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知の巨人、立花隆さんのお話に、考えさせられました
曰く
"私の外にある宇宙のとらえ方と私の内にある宇宙のとらえ方はちがいます。
後者の意味での世界把握のためには、私との関係性の上で世界をとらえ直さなければなりません。外部世界の中で成立している関係性を見ただけでは足りないのです。
外部世界を構成するエレメントの一つ一つについて〈私〉との関係性を問い直さなければならないのです。"
ここから私は思いました
1、自分がいる宇宙といない宇宙
→ユクスキュルの環世界
2、自分とエレメントとの関係毎の宇宙
→ニーチェの解釈論、平野啓一郎の分人
3、自らが解釈し創造する宇宙
→情熱の源が宇宙を創る
ももクロの、白金の夜明け、の歌詞が好きで、自分がどんなに地獄でも世界は普通に回る、ということだし、自分がもしこの世界からいなくなっても、世界はそのまま回っている、当たり前なのですが、なんか不思議な気がしていました
立花隆さんの、宇宙は二つある、というお話は、一つその答えを教えてくれてる気がしました
自分がいない宇宙は、物理法則に従って存在しているし、自分がいる宇宙は、ある意味、自分の目を通して存在していると思っている宇宙、ということなのだなと
ユクスキュルの環世界のように、虫の目で感じている世界と人の目で感じてる世界が全く違うように、自分がいる世界というのは、自分だけが感知できる独自の世界なのだなと思いました
さらに、自分がいる世界は、世界にあるすべてとの関係性の中に、いるということも、目から鱗な話でした。
そうすると、ニーチェの解釈論のように、真実はなく、すべて自分の解釈によって、良いも悪いも創られた世界なのかもしれないなと思います
さらに、平野啓一郎の分人論のように、エレメント一つ一つに、実は自分も分人化して、対応しているとすれば、自分がいる宇宙も、自分の分人毎の宇宙がエレメント単位にあるということになるのかもしれないなあと思いました
そのそれぞれの自分の宇宙は、自らの解釈でできている宇宙なので、ある意味、いい宇宙にするも、イヤな宇宙にするも、自分の解釈次第になってくるとすると
結局、自分の宇宙は、自分で創るものなのかもしれないなと思いました。その宇宙を自分の居心地の良い宇宙にするためには、自分が何が気持ちよくて、何が良くないのか、どんなことが好きで、どんなことに価値を置くのか、これらは、自らの情熱の源を意識しておくことが、自分の良い宇宙を創るのにはとても大事。そんなことを思いました
宇宙は大きく二つある
そして、自分がいる宇宙は、自分が創ることができる
自分の宇宙は自分で創るノベーション
そんなことを思いました^^
参考:本: いつか必ず死ぬのになぜ君は生きるのか 2022年11月15日 初版第1刷発行 2022年12月1日 電子第1版発行 著者:立花隆 発行所:SBクリエイティブ株式会社
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/fii1D-gEJ6E
右脳的パッションの源の探索ノベーション(1305回)
蜷川実花さんの、好きなものを探す方法に感動しました
"写真を1日10枚、20枚って決めてですね、毎日自分が好きなものをとにかく撮るっていうのを、1ヶ月くらいして頂くと、だいぶなんか、見えてくると思うんですけども
そうやってこうね、撮っていくとね、なんで同じものばかり撮るのかしら、みたいなことだったりとか、これとこれ気になってたけど、こういうことなんだみたいな
写真を見てく中で立ち上がってくると思うんですよね。
で、それがなんか、自分の好きなもの探しをもしかしたら、手助けしてくれることに、なるんじゃないかなって思うんですけれども"
ここから私は思いました
1、情熱の源を映像で確認する
2、映像を撮った意味を考える
3、右脳的なパッションの源を発見する
私はワークショップで、よく情熱の源を発見しようというセッションをやるのですが、それは好きなことや違和感のあったことを、言語化してきて持ち寄ろうということをやるのですが
なんと蜷川実花さんのやり方は写真で画像を集めちゃえ、というやり方なんだということに、めちゃくちゃ簡単で、しかも言語よりもイメージが膨らむ、幅広い発想を生むことのできる素敵な方法だなあと感動しました
そこから、各々の関連性のカテゴライズや、因果関係のロジカルシンキングで深めていくと、より自らの情熱の源が出てくるのですが、それを映像を使ってやることによって、より解釈の幅が広がって、もっと自分自身の潜在的な情熱を発見することがでるのではないか、とまで思いました
それをまた改めて情熱のポートフォリオで、大好き、利他、個性、成長にわけて、貼ってみて、全体を眺めてみると、自分自身が何をやりたいのか、何にワクワクするのか、どんなイメージにときめくのか、とてもわかってくる気がしました
これは言ってみれば、右脳と左脳の往復運動を促してくれるので、発想もとても広がり、かつわかりやすいので、めちゃくちゃ楽しいなあと、思いました
言ってみればこれは
右脳的パッションの源の探索ノベーション
そんな素敵なことを教えて頂きました
そんな話をしています^ ^
参考:NHKアカデミア 蜷川実花(後編)リミッターをかけない生き方 NHKEテレ東京 2024/11/5 https://www.nhk.jp/p/ts/XW1RWRY45R/episode/te/G6W5KVV3J7/
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/7DljNaLBt9w
誰かの心に灯りを灯すノベーション(1304回)
"いのちの歌"が特に大好きな竹内まりやさん、ですが、歌を歌う意味についてお話を伺い、感動しました!
曰く
"普通だということが奇跡的だなって思って
一言で応援って言ってもなかなか難しいことがあって
せめて歌の中ではちょっとだけ小さな灯りを、聴いてる人の心の中に灯せたらいいなっていうふうに思っていて
自分の幸せのためにもちろん歌を歌ってるんですけど、その歌によって他の人が少しでも幸せになるように
自分の仕事を通して誰かが幸せになるようにって気持ちを忘れないで仕事していきたいなってことでしょうか"
ここからイノベーター3つのフレームで考えてみました
1、パッション
自分の幸せのために歌を歌う
2、仲間
夫、山下達郎
3、大義
誰かの心に灯りを灯す
イノベーター3つのフレームは、イノベーターに基本的にある3つ、うちなる思いが抑えきれないパッション、自分だけでできないことを手伝ってくれる仲間、そして自己満足ではなく誰かが喜んでくれる大義、と私が必ず言ってるのですが、竹内まりやさんにも、明確にあるなあと思いました
パッションの源は、自分の幸せのために歌う、と言われている通り、とにかく歌うことが幸せな、大好きパッションにあるんだなあと思いました
一時期、実は歌うことが楽しくなくなった時期にお休みをとられて、そしてまた復活されたそうなのですが、やはり自らの情熱の源に、とても正直に生きるとこができる人なのだなあと、素敵に思いました
とかく仕事がうまく行き始めると、楽しかったことが、いつのまにか苦しみに変わっていきながらも、続けていくうちに、自分の好きなことがわからなくなっちゃった、ってことが私にはあったので、自らの情熱の源を常に意識していきたいなと思いました
仲間としては、あの当時、どちらもめちゃくちゃ大好きなアーティストの山下達郎さんと結婚というニュースは、大激震として感じたのを覚えていますが
このお二人になったからこそ、ここまで素晴らしい音楽をお二人とも続けてこられて発表し続けているということなのかと思い、感謝しかないです。仲間の大切さを本当に感じました
そして、竹内まりやさんの歌が素敵なのは、大義として、誰かの心に灯りを灯す、ということが貫かれているからこそ、こんなに素敵な曲なのだなあと、改めて思いました
あまりテレビに出られない、竹内まりやさんですが、自らのパッションの源に従って生きられてるんだろうなあと思いましたし
また、ジャンルは違うものの、渋沢栄一さんのように、大義を持って、公のために活動されているだなあと追うことに、改めて感動いたしました
誰かの心に灯りを灯すノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:TBS 日曜日の初耳学 竹内まりや×林修 2024/11/3 https://www.mbs.jp/mimi/
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/-vcqeyflfCA
逆境は役割分担であるノベーション(1303回)
渋沢栄一さんの、逆境への考え方に、勇気を頂きました
"逆境に立たされた場合、どんな人でもまず、「自己の本分(自分に与えられた社会のなかでの役割分担)」だと覚悟を決めるのが唯一の策ではないか。
(略)"
"「どんなに頭を悩ませても結局、天命(神から与えられた運命)であるから仕方がない」とあきらめがつくならば、どんなに対処しがたい逆境にいても、心は平静さを保つことができるに違いない。"
ここから私は思いました
1、良き暮らしや社会を作る大義
2、アドラーの共同体感覚
3、ヴィクトールフランクルの今そこにある意味
日々の暮らしの中で、逆境は各々の人々によって小さなものから大きなものまで必ず訪れるものだと思います。そんな時に、この渋沢栄一さんの考え方はとても勇気をもらえるものだなと思いました
こう思えるためには、自分なりの大義として、日々良い暮らしを作ることを、人知れずでも意識してやっている、というようなことが、覚悟を決めてくれるような気がしました
それは身近な人たちの幸せのためだったり、社会に役立つ何かの仕組みだったり、そんな大義が自分の中に意識されていることが大切な気がしました
そしてそれは、自分1人だけでやってることではなくて、社会全体をより良くしようと思う人たちの、仲間の一部として、実は自分はいるというような、アドラーの共同体感覚のようなものが意識できるかなと思いました
その上で、その一員として、自分自身に訪れている何らかの逆境は、何らかの役割分担としての意味が必ずあるのではないかと、思うことができるのかも知れないなと思いました
それは、夜と霧、のヴィクトール・フランクルのように、何のために生きるかではなく、いまそこにある人生の意味を理解しようとする、そんなことにも通じるかも知れないなと思いました
その上で、逆境は、自分に与えられた役割分担である、との考え方は
みんなが良き社会を作ろうとしている大義のもとで、その中の一員として分業をしている自分として、今回の自分の役割分担として逆境を引き受ける
そんなことを意識できると、その逆境を乗り越えることこそが、皆で良き社会を作る一員としてのミッションと思えば、何か1人ではない、そして乗り越える勇気をもらえる、そんな気がいたしました
逆境は役割分担であるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:NHK 100de名著 渋沢栄一 2021年4月5日放送
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/TH255CfISgw
成功はカスにすぎないノベーション(1302回)
※カウント間違ってました💦
渋沢栄一さんからの、成功と失敗の考え方に感動しました
曰く
"本当に人を評論しようと思うならば、その富や地位、名誉のもととなった「成功か失敗か」という結果を二の次にし、よくその人が社会のために尽くそうとした精神と効果とによって、行われるべきものなのだ
成功や失敗といった価値観から抜け出して、超然と自立し、正しい行為の道筋にそって行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う、価値ある生涯を送ることができる
成功など、人として為すべきことを果たした結果生まれるカスにすぎない以上、気にする必要などまったくないのである。"
ここから私は思いました
1、三木清の失敗は彩り
2、ヨーゼフボイスの社会彫刻
3、マルクスガブリエルの倫理資本主義
渋沢栄一さんが、480もの事業を挑戦し続けられた理由が、成功や失敗よりも、社会のために尽くしたかどうか、で見られてたからかと、感動いたしました。
ここから思ったのは、哲学者の三木清さんの、人生のゴールは成功ではない、幸福である、失敗も人生の彩りの一つ、という言葉です。
この考え方があることで、何か新しいことへの挑戦の尺度が、成功や失敗から解き放たれて、社会のために尽くしてるのかどうか、ということで、恐れずに挑戦できるなあと思いました
また、ヨーゼフボイスさんの社会彫刻のように、あらゆる人が創造的な活動をできると言われるように、新しい価値を誰もが、社会を彫刻するように創っていけるのだということにも通じると思いました
新たな価値を創って社会に尽くしていこうとすることが、上手くいく上手くいかなかったことを超えて、とても価値ある生涯を送れると、そんなことにも思えました
さらに、新進気鋭の哲学者のマルクスガブリエルの発表された倫理資本主義にも、とてもシナジーのあるお話かとも思いました
企業などの提供する価値に、倫理感がきちんと反映されているのか、それによって資本主義が回っているのか、これはすなわち、渋沢栄一さんの言われる、社会のために尽くそうとした精神と効果があるのか?それがとても大切ということにつながると思いました
何かに挑戦する際に、成功や失敗をゴールとするのではなく、社会のために尽くそうとしてるか、を評価軸として考えるということは
挑戦をする気持ちを後ろから押してくれるような勇気を頂かお話しだなと思いました
渋沢栄一さんの言葉を借りて、あえていうとすると
成功はカスにすぎないノベーション
そんなことを思いました
参考:NHK 100de名著 渋沢栄一 2021年4月5日放送
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/1j0k3zrFAUw
揺るぎなき大きな志と、揺れまくれ小さな志ノベーション(1201回)
「日本資本主義の父」渋沢栄一さんの言葉に震えました。
曰く
"志を立てることは、人生という建築の骨組みであり、小さな志はその飾りなのだ。
だから最初にそれらの組み合わせをしっかり考えてかからないと、後日、せっかくの建築が
途中で壊れるようなことにもなりかねない。"
ここから私は思いました
自らの大義が必要
1、大きな志
→大義
2、小さな志
→やり方、課題とソリューション
3、ピボットしていい
→大義は外さずやり方は変えていく
イノベーション創発WGを実施する際には、まずは自らのパッションと仲間とともに、大義を何にするのかを発表する、ということをよくお話ししているのですが
ここで渋沢栄一さんが言われている、大きな志とは、まさに大義のことに相当するかもしれないなあと思いました。渋沢栄一さんからは、国を強くする、そういう大きな志があったとのことです
その屋台骨を軸として、どんなやり方で実現していくのか、それはある意味、それを実現する上での真の課題を特定し、そして解決策ソリューションを組み立てていく、それが小さな大義と言われているような気がしました
しかし、小さな大義は必ずしもひとつではないし、全てが成功するわけでもないので、飾りとしてつけたり外したりでもいいということかと。
つまりそれは、小さな志(大義)については、ピボットを繰り返しながら、大きな志(大義)を実現するために、挑戦し続けるのだとそんなことを言われているような気がしました
実際、渋沢栄一さんは、強い国を作る、という大きな志(大義)のもと、最初は政治家という小さい志(やり方)だったが、自分には政治家は向いてないと悟り、その後、民間の事業で強い国を作るという、小さな志(やり方)にピボットされたとのことでした
大切なのは、大きな志(大義)を、揺るぎなきものとして、設定する
そして、それを実現するために、真の課題から小さな志(やり方)を産んで、ピボットしながら様々な挑戦をすること
渋沢栄一さんが、480もの企業設立をされたのは、日本を強くする、その大きな大義のために、小さなやり方として480もの挑戦をされた
そういうことなのかもしれないなと、そんなことを思いました
揺るぎなき大きな志と、揺れまくれ小さな志ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:NHK 100de名著 渋沢栄一 2021年4月5日放送
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/FqYvC_VAwk0
「縁りて起こる」ノベーション(1200回)
歴史学者の水谷千秋さんから、釈迦の悟りの本質を教えて頂き、感動しました
曰く
"このとき釈迦が得た悟りを成道といいますが、果たして何を悟ったのか。
古い仏典はその内容を「縁起」であると言っています。縁起とは「縁りて起こる」。
これが在るとき、かれが在る。これが無ければ、かれは無い。
すなわち、この世にひとつとしてそれのみで存在しているものはない。あらゆるものが他に依存し、他との関わりによって相対的なものとして存在しているのだ、という意味です。"
ここから私は思いました
1、人の幸せの三要素
→健康、仲間、富(成功)
2、“反射する光”
→ "人は誰かと交流することによって初めて、他者
の存在に“反射する光”として自分を見つけるんです"by福島智東大教授
3、イノベータ3つのフレーム
→パッション、仲間、大義
釈迦の人生は手塚治虫さんのブッダがめちゃくちゃ好きで、今でも本棚の奥の方に全巻持ってるのですが、悟りを開いたときに何を悟ったのか?ということについて、改めて感動しました
「縁りて起こる」ということは、そこには自分以外の誰かがいるからこそ、自分がいるという意味では、仲間がとても大切な意味を持つのかなと思いました
以前、人の幸せの三要素という話を、樺沢紫苑さんや、ナヴァル・ラヴィカントさんなどから、健康、仲間、富(成功)と教わりましたが、ここでも仲間が一つの要素として挙げられてるなと
また、全盲ろうにして日本で初めて教授になられた東大のバリアフリー研究者の福島智教授が以前インタビューで言われていた
"人は誰かと交流することによって初めて、他者
の存在に“反射する光”として自分を見つけるんです"
との言葉も、仲間がいるからこそ、反射する光としての自分がいるというお話にも、とても通じるなとも思いました
さらに、私がいつも言っているイノベーター3つのフレームでも、パッション、仲間、大義、ということで、決して1人ではできないことも、仲間と共に分担することで乗り越えられる、という意味で仲間が重要とのお話をしてるのですが、ここでも繋がった感じがしました
確か、北欧の幸せ指数が高い理由は、様々なサークルやコミュニティに入ってるからということも要因の一つでは、との話も聞いたことがあります
栗山監督がWBCで、できるやつはやるな、と黒板に書いていたというお話しも、仲間を信じるというメッセージなのかなとも思います
そう考えると、健康も、富(成功)も大切だけど、ワンピースじゃないけど、仲間を作ったり、仲間に入ったり、一緒に何かやったり、薄くても濃くても繋がっていこうとすることや、繋がってるよということを伝えることが、とても大切なのかなと
「縁りて起こる」ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 教養の人類史 ヒトは何を考えてきたか? 2023年10月20日 発行 著者 水谷千秋 発行所 株式会社文藝春秋
隙間を発見するノベーション(1199回)
今をときめく新進気鋭の脚本家・演出家の加藤拓也さんのイノベータースピリッツに触れた気がして感動しました
曰く
"新しいものが生まれる瞬間って、やっぱりなんかこう、文化と文化の隙間からだったりすると思うんですよね
文化と文化を混ぜるとかじゃない、隙間を見ていきたいなと思ってます''
ここから私は思いました
1、広く知ること
→出会い、セレンディピティ
2、深く理解すること
→パッションのポートフォリオ、3シンキング
3、隙間を見つけること
→デフォルトモードネットワーク、ひらめき
シュンペーターいうところの、イノベーションは既存のアイディアの、掛け合わせ、新結合との話がありますが、実は掛け合わさずに、隙間を発見するということも、イノベーションとしてあるかもなあと思いました
もちろん、例えば、既存の文化に異種のものを掛け合わせることによって、さらに文化が変容を遂げていく、ということもあると思いますし、それこそが長らく続く文化の凄さだと思いますが
既存の文化を俯瞰してみたときに、国同士の違いやジャンルの違いを理解しながら、もっとこんなことがあっても良いのじゃないか、または、こんなことが実はありそうでないよね、みたいなことって、掛け合わせというよりは、隙間を見てるのかもしれないなと思いました
隙間を見つけるためには、知ること、が第一ステップとしては大切なのかなと思います。いまは、ネットやAIでより早く知ることができる素敵な時代だと思いますが、自らの興味を超えたセレンディピティな出会いをすることも、とても大事かと思いました
また、そこから、表層的なことだけではなく、なぜそれが発現し存在し、本質的な価値は何なのかまで掘り下げるために、ロジカル、ラテラル、クリティカルな3シンキングのような形で、できるだけ理解しようとすることが大切かなと思いました
そういう意味では、より深く知るためには、なによりも興味が持てないと厳しいかなとも思います。自らの情熱の源のどこかに触れるようなことがあれば、自然と深く深く潜れるかなとも思います
その上で、やばい、こんなところに隙間が開いてるのに、誰も気づいてないっぽい、という隙間発見の喜びと共に、新たな地平や未来が見えてしまうのが、もしかしたら、イノベーターかなと思いました
ここはひらめきが必要になるかもなので、そればっかりを考える時間を取るのではなく、デフォルトモードネットワークのように、全く違うこと、散歩やアートやエンタメなどに触れるみたいなことも、やはり大事になるよなと思いました
加藤さんは、番組で見た限りではありますが、自らとの対話を重視されているような、とても静かで普通の生活をされている、なんかそんなところが、普通の人には気づかないほどの繊細な隙間を見つけられているのかなあと勝手に思ってしまいました
イノベーションは、掛け合わせでもありますが
隙間発見でもある
改めてそんなことを教えて頂けた気がしました
隙間を発見するノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:MBS 情熱大陸 2024年11月03日(日) 放送分
加藤拓也 脚本家・演出家Vol.1324 演劇と映像の垣根を越えて 名だたる俳優たちを魅了する30歳https://www.mbs.jp/jounetsu/2024/11_03.shtml
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/zNwMoPHOGRQ
虚と実は交錯し合うノベーション(1198回)
映画:八犬伝を観て、28年で106冊という超大作を書き切った滝沢馬琴のイノベータースピリッツに号泣しました
ここから私はイノベーター3つのフレームを思いました
1、パッション
一つのことをやり抜く
"老いてなお、頂きを求めるのは俺たちくらい"
2、仲間
熱さにほだされる
→葛飾北斎、家族
3、大義
勧善懲悪
→虚と実
八犬伝はNHKの人形劇新八犬伝にめちゃくちゃハマってそこから大好きだったのですが、今回の映画は、八犬伝のスペクタクルと、滝沢馬琴の壮絶な人生を織り交ぜながら話が進んでいく、それだけでめちゃくちゃイノベーティブな映画でした
イノベーター3つのフレームで見てみると、パッションは、28年間で106冊を書き切った滝沢馬琴の執念に尽きるのですが、特に盟友の葛飾北斎が語った"老いてなお、頂きを求めるのは俺たちくらい"という言葉が刺さりました
自分にも、人生をかけて、老いてもなお追い続けることができるもの、それを持てたら、たとえそれがうまくいかなくたって、世に認められなくたって、それでいいのかもしれないなあと、そんなことを思わせて頂きました
また、仲間のフレームとしては、文の天才が滝沢馬琴とすると、絵の天才である葛飾北斎との、盟友でありライバルであるような、刺激し合える仲間がいたことが、28年間もパッションを持ち続ける原動力だったように思えますし
視力を失ってからも書き続けるという奇跡を成し遂げたのも、家族がいたからこそと思うと、滝沢馬琴のパッションの強さが周りの人を動かしたのか、それとも周りの人の愛が滝沢馬琴を突き動かしたのか、仲間がいたからこその、両方がある気がしました
最後に大義としては、とても深く考えさせられました。勧善懲悪が滝沢馬琴の大義であることを、最後の最後まで貫いた、そこが素晴らしかったのですが、実はそれに対する迷いや葛藤もあったことが心に刺さりました
果たして何が虚で、何が実なのか。何が正義で何が悪なのか。映画自体も、虚と実が織り込まれていく中で、エンタメも虚であるべきなのか実であるべきなのか、とても考えさせられました
それぞれにはそれぞれの虚があり実がある、と言ってしまえばその通りなのですが、私は自分にとっての虚と実、正義と悪というものは、何かを持ってることが大切なのかもなあと、滝沢馬琴を見て思いました
かと言って、それに固執続けるわけではなく、他の人の虚と実を知る、それによって場合によってはアップデートしようとする、そういう姿勢が大切なのかもしれないなあと、改めて思いました
虚と実は交錯し合うノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:映画:八犬伝 監督・脚本 曽利文彦 原作 山田風太郎 出演 役所広司 内野聖陽 土屋太鳳 河合優美 栗山千明 磯村勇斗 黒木華 寺島しのぶ 他 https://www.hakkenden.jp
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/747-gV-9tyI
蝶よりも毛虫を愛でるノベーション(1198回)
日本語学者の山口仲美さんから、平安時代の末期にできた『堤中納言物語』という短編集におさめられている「虫めづる姫君」の素敵さを教えて頂きました
曰く
"姫君が、蝶より毛虫を愛玩するのは、美しいものの根源を知ることの重要性を知っているからです。
さらに、毛虫から蝶になる過程に注目することによって、物事の変化の様相を知ることの大切さを認識しているからです。"
ここから私は思いました
1、秘められた力を見出す喜び
2、奮闘する美しさ
3、将来を楽しむ
私は少年時代には図鑑四冊を小脇に抱えながら野原を駆け巡っていた昆虫少年だったので、この姫君の気持ちがよくわかりました
一つは、秘められた力を見出す喜びというのがある気がします。今はなんの変哲もない目立たない存在が、実はめちゃくちゃ美しい蝶になる、とんでもない力を秘めている、それを発見する喜びというのが、自らの驚きとともに、ワクワクが止まらない
さらに、一生懸命、葉っぱを朝から晩までひたすらに食べ続けて、そしてある日突然、蛹になる。もう死んじゃったのかなと思いきや、背中が割れて、真っ白い姿で現れたかと思うと、みるみる羽が広がって美しい紋様が現れて、そして飛び立っていく
少年時代は、お家の中に私が育てた蝶々がたくさん飛んでました笑。この感動は本当に忘れられません
そして、外界に出て、無限の空を飛び回りながら、素敵なパートナーを見つけて、新たな生命を産んでいく、そんな将来を思い描くと、それもとてもワクワクしてしまいました
この感覚は、もしかすると、今、スタートアップの方々を応援している気持ちにも、実は通じるところがあるのではないかと、改めて思いました
子育てをされている方々やアイドルのオーディションから応援している方々ももこんな感覚を持たれているんでしょうかね
今そこにある素晴らしいものや人を愛でるのも素敵ですが、そこに至るまでの道のりをともに応援していく、という応援文化みたいなもの、とても素敵なことだなあと改めて思いました
蝶ももちろん素敵ですが、毛虫だってもっと素敵
蝶よりも毛虫を愛でるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 千年たっても変わらない人間の本質 日本古典に学ぶ知恵と勇気 令和6年5月発行 著者 山口仲美 発行所 株式会社幻冬舎
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