
Sign up to save your podcasts
Or


詩人のアンドレ・ブルトンのシュルレアリスムの定義に、深く考えさせられました
曰く
"心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる
理性によって行使されるどんな統制もなく、
美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。"
(友人スーポーが自動記述で書いた)
''解剖工場と安価住宅が最高層の都会を破壊するだろう"
ここから私は思いました
1、デフォルトモードネットワーク
2、意味からの脱却
3、観るものの解釈への拡大
1、デフォルトモードネットワーク
これを聞いて、現代の脳科学でいうデフォルトモードネットワークの働きと、どこか響き合っているようにも感じました
理論的に精緻に考えている時の脳の働きではなく、散歩や音楽を聴いている時に、あたかも休んでいるような時にこそ、働く脳の部位があり
さらにその働きが、とてもクリエイティブな発想や発明を湧き起こしている事例がたくさんあるというデフォルトモードネットワーク
それを最大限に活用することこそ、新たなクリエイティビティの先にあると、感じていたのではないか
そんなことを思いました
2、意味からの脱却
先にあげたスーポーさんの、自動記述の文章は、まさに全体としては、何を言おうとしているのか、よくわからない
けれども、何かを伝えてきているような気がする
まさに心の純粋な自動現象を掬い取ることこそが最も大事で、そこに理性や美学、道徳上の気遣いは全く存在させない
あえて理性で意味を固定しないことで、無意識から立ち上がる意味を受け入れようとしていたのではないかと思いました
それは、ブルースリーさんの名言「考えるな、感じろ」という言葉にも、どこか通じるものを
そしてそこに、言葉や理性を超えた表現を目指す、というパッションのようなものを感じました
3、観るものの解釈への拡大
そうだとすると、書いた方にも、それがなぜそこに出現したのかわからない状況での表現ということになると
それを観る側が、どう解釈していくかという幅が、非常に広いものになっていると思いました
これこそ、観る人がいるからこそ、作品は完成するという、その態度にも通じることかと思います
シュルレアリスムは、一人の芸術家の表現では終わらず、同じ問題意識を持った仲間が集まり、一つの運動へと広がっていったことを鑑みると
イノベータリップルモデルで考えると
心の純粋な自動現象というものを世の中に打ち出すという強力なパッションがあって
そしてそこに、これまでの表現の限界を感じていたアーティストが仲間として加わり
既存の概念を破壊するだけではなく、新しい表現による形作られる世界を、大義として目指していく
そんな超イノベーティブな活動だったのかもしれないと、思いました
シュルレアリスムは、新しいアートの運動だけではなく、人間の心そのものを解放しようとする挑戦だったのかもしれないなあと
ということで、一言で言えば
シュルレアリスム・ノベーション
そんな話をしています
参考: 100分de名著 アンドレ・ブルトン“シュルレアリスム宣言” (1)20世紀最大の芸術革命 2026/8/3
https://www.web.nhk/tv/an/meicho/pl/series-tep-XZGWLG117Y/ep/68241LZP6Q
片桐はいりさんが、今現在、映画館のもぎりをしている理由に、深く感度させて頂きました
曰く
「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。俳優としての経歴を考えれば、『大学時代から小劇場の舞台に立ちまして……』と言うのがスジかもしれません。でも心の底では、演劇でもドラマでもなく、私は映画館の出身だとかたくなに思っています」
「中学から女子校に通っていたのですが、学校生活や勉強に馴染めなくてね。唯一楽しかったのが、学校が催してくれた映画鑑賞会です。放課後には、おカネが許す限り有楽町や銀座の映画館に通っていました。内容はなんでも良かった。映画館で作中の別世界に入り込むことが、たまらなく面白かったんです」
ここから私は思いました
1、パッションの源を忘れない
2、創る側と観る側の気持ち
3、パッションの源への恩返し
1、パッションの源を忘れない
片桐さんが言われた
「自分の出自を問われたら、『映画館の出身』と答えたいです。」との言葉から
自分の出自を聞かれたときになんで答えるかなあと思いました
会社に入って、新しいビジネスをいろいろ作ってきて、オープンイノベーションにたどり着いてきたものです
みたいな感じに、私の場合、経歴を時系列に言っちゃうのですが、片桐さんは、自らのパッションの源がどこだったか?
ということを、あえて出自に言うと言う意味で、とても素敵だなあと思いました
自分の今に至る内発的動機の元はどこにあったのか?
それを出自として語る、それは、自らのパッションの源を確認することでもあり、そして、他の人にもそうみてほしい、というメッセージでもあると、思いました
2、創る側と観る側の気持ち
よく言われるように、アートは、創る側から発信されて、観る側がそれを各々が解釈されることで、完成する、とのことですが
片桐さんは、映画人・演劇人としての創る側と、そして映画館のもぎりとしての観る側の感情を、両方ともに、わかる人となってるんだなあと思いました
これは、デザインシンキングにおける、見る側の人たちが、どんな思いでチケット買って、もぎりを通って、始まるまでの暗い中でワクワクして、ポップコーン食べながら、泣いて笑って、そしてリアルに戻っていく
と言うような観客側の気持ちや行動や課題感を、共感として理解できることを常にやられていると言うことかと思います
それは、恐らくは、クリエイティブに戻ったときに、その気持ちを理解しながら創ると創らないでは、全くものが変わってくるのではないか
片桐さんの、映像や舞台での演技には、それが反映されているからこそ、唯一無二の感動を頂けてるのかもしれないなあと思いました
3、パッションの源への恩返し
自分が今ここにいるのは、奇跡的に会社に入らせて頂き、さまざまな人と出会わせて頂き、仕事を厳しく指導して頂き、愛を持って仲間に加えてもらえた、そのおかげだと思います
そして音楽活動も、小さい頃からピアノを学ばせてもらえて、めちゃくちゃ素敵なメンバーに巡り合って、音楽できる環境があって、今できている
それらに対して、何らかの恩返しをしたいと言う気持ちは、とても強いものがあると思います
自分がワクワクさせれてもらえた、今の自分を創り上げてくれた全てのものや人に、恩返しをして死ぬこと
もしかしたら、それが1番幸せな生き方なのかもしれないなあと思いました
片桐さんが、映画館でもぎりをやられているように、自分も、何かできることで恩返しをしたい
それは、まさに、内発的動機への恩返し、パッションの源を形作ってくれたものたちへの感謝
イノベーターリップルモデルは、パッションから始まり、仲間と共に、誰かが喜ぶ大義を実現しますが
その大義の中には、これまでの仲間や、パッションの源に対する感謝を、実現したいと言うことが、たくさん含まれていると思いました
と言うことで一言で言えば
パッションの源への恩返しノベーション
そんな話をしています
参考:FRIDAY DIGITAL 「もぎりも担当」片桐はいりが今も映画館で働き続ける理由 2020年11月27日
カルチャー https://friday.kodansha.co.jp/article/147760
慶應義塾大学総合政策学部教授の琴坂将広さんより、新たなイノベーションの形を教えていただきました
曰く
"制度的起業家とは、「新しい制度を創造したり既存の制度を変革したりすることで、自らに有利な機会を創出する組織的アクター」と定義できる。
テスラのイーロン・マスクは、その典型例だ。
彼は電気自動車を製造・販売するだけでなく、スーパーチャージャー・ネットワークという新たなインフラを構築し、各国政府に働きかけて購入補助金制度を整備させ、ディーラーを介さない直販モデルの合法化を推進した。
つまり、電気自動車が成功するための「新たなゲームのルール」を自ら創造したのである。"
1、ルールを守るというバイアス
2、ルールの破壊ではなく創造
3、大きな大義の必要性
1、ルールを守るというバイアス
ルールはもちろん、守るべきものとして定められたものなので、守らなければならないのですが、時代のアップデートともに時代にそぐわなくなってくるものでもある
ということを、あらかじめ、自分の中にビルトインしておくことは、とても重要なことだと、改めて思いました
イーロンマスクさんの事例のように、起業家は特に、ルールを変えイノベーションを起こすというところに、面目躍如があるのかもしれないですね
逆に言えば、バイアスがあるからこそ、イノベーションが起こしやすい領域であり、突破の鍵が見つかれば、誰もに先駆けて市場を創造してい具ことができる
それが制度的起業家ということなのかもしれないなと思いました
2、ルールの破壊ではなく創造
そこで難しいのは、単に、これまでのルールを破壊することではなく、新しいルールを創造することにあるということのような気がします
ともすれば、ルール自体が古いからという理由で、そのルール自体を破壊してしまうような方法では、対立を深くする気がします
これまでそのルールがあったという理由と背景がそこにあって、それを理解した上での、新たなルールづくりをしていく
破壊ではなく、時代に合った新しいルールを創造していく
そこには、今の時代にあったルールとは、いったい何なのかという、説得力のある、物語が必要になってくると思います
3、大きな大義の必要性
そこで、重要となってくるのは、これからどのような世界を創っていくべきなのかという、大義なのではないかと思います
これから世界がどうよくなっていくのか、のビジョンをもてることが、新たなルールの創造に、人がついてくるかどうかが決まる気がします
制度的起業家は、国や世界をどう変えていくかの大きなビジョンによって、どれだけの仲間を味方につけていけることができるか
国や世界までも、仲間として集ってくる、そんなことを目指し、実現していく、そんな起業家なのかもしれないと思いました
これからの起業家は、もちろんパッションも大事ですが、売上目標も大事ですが、世界をどう変えていくべきなのか、という大きな大義を持てるかに、かかってきているのかもしれないなと思いました
ということで、一言で言えば
制度的起業家ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 経営戦略の進化〈理論編〉 電子版発行日 2026年4月28日 Ver. 1.0 著者 琴坂将広 発行所 東洋経済新報社
映画監督の是枝監督の言葉にクリエイターの真髄をみました
曰く
"(他の人の意見を)出すことはいいことなんですよ
出したものが否定されたとしても、そうじゃないって選択肢が僕の中で残れば
なぜそうじゃないかを考えることで、何が正確かを見つけられる"
ここから私は思いました
1、セレンディピティを組み込む
2、インプロビゼイションの力
3、個の力を超える
1、セレンディピティを組み込む
システムエンジニアをやっていたときには、いかに想定外のことが起きないように、予測してその対処も全て共有化しておく
それでも絶対はないので、その場合についても計画しておくという、やり方を徹底してやってました
クリエイティブの真髄は、それとは全く逆で、予想外のことをいかに起こしていけるか、ということが、実はとても重要ということに、改めて気が付かされました
しかもそれを待つだけではなく、仕組みとして入れていく、ということが、いかに大事かと
番組では、なりたての助監督の提案が実際に映像にのこっていく、それがまた次の提案を生み出していく
そんなスタンスや行動、そして実践が、セレンディピティを産んでるのだなあと、感動しました
2、インプロビゼイションの力
インプロビゼイションとは、ジャズなどのの即興演奏のことですが、ある一定のルールの中で、自由なな発想で各々がプレイすることで、思いもよらない演奏が生まれてきて感動することが多々あります
これを、今回のようなクリエイティブな仕掛けとして入れ込むということは、とても面白いと思う反面、それらを最終的にどうまとめていくのか、そこにが難しさがあると思いました
もちろん、フリージャズのように、どうなってもオッケー、というやり方も一つのやり方かと思います
しかし最終的に、創り上げたものを、観ている人、聴いている人に、わかるように仕立て上げていく、ということが求められることもあると思います
それが1番難しいし、それを仕立て上げられるという、スキルとノウハウ、さらには経験と自損がないと、とてもじゃないけど、怖すぎてやってられない
自由とまとめる、この二つの微妙な匙加減をやり切れる、そういう人が必要になってくると思います
3、個の力を超える
もしそれができたなら、その作品は間違いなく、1人で創り上げるものよりも、より、意外性があり、クレエイティビティの高いものを作ることができるのだろうなあと思いました
メンバーの力を最大限に出してもらうために、極限まで自由に羽ばたかせる、それどころか各々に生まれるセレンディピティを最大化する
そしてそれを、最終的には、この力を超えた創造物として、世の中の人たちに、わかるように伝える
それができる人が、チームとしての、個を超える、クリエイティブを作れる人なのかもしれない
イノベータリップルモデルでも、個のパッションから、仲間と共に、個を超えるものに、波紋を拡大させられることができるか
それが、たくさんの人たちに受けいられる大義への昇華ができるかどうかの、分かれ目にもなるかもしれないと思いました
一言でいうと
セレンディピティを組み込むノベーション
そんな話をしています
参考: NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 探しても 探しても ~映画監督 是枝裕和~ 7月31日(金) https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/R6NM14Y79N
違うまま共にに生きるノベーション(1924回)
スーパー歌舞伎「もののけ姫」にめちゃくちゃ感動し、プログラムの中にあった、スタジオジブリの依田謙一社長からの、宮崎駿さんが、もののけ姫の映画の企画書で書いていたという言葉に、感動しました
曰く
"少女は、最後に少年にいうだろう。
「アシタカは好きだ。でも人間を許すことはできない」と。
少年は微笑みながら言うはずだ。
「それでもいい。私と共に生きてくれ」と。
そういう映画を作りたいのである。''
ここから私は思いました
1、それぞれの正義
2、許さないを受け入れる
3、違うまま共に生きる
1、それぞれの正義
改めてスーパー歌舞伎で「もののけ姫」を観させていただき、このストーリーには悪役もヒーローもいないのだなあとつくづく思いました
それぞれが、それぞれの正義のために戦い、傷つき、そして新たな正義を模索していく、そんな物語に思えました
進撃の巨人の塀の中の人と、外の人と、景色が全く違うように、自然界と人間というのも、いつの間にか、全然違う正義を持つようになってしまったのかもしれないなと思いました
もともとは、同じ正義のもとにあったはずなのに、いつの間にか、それが対立するものになっていってしまう
これは、自然と人間だけではなくて、国と国の関係や、人間関係や組織関係においても、そのようなことが起きて、そして、いつの間にか、対立軸ができてしまっている
まさに世界の縮図だなあと思いました
2、許さないを受け入れる
少女が「人間を許すことはできない」と言った中で、少年が「それでもいい」と許していることが、とても大きな考え方の転換になるのではないかと思いました
例えば、子供が喧嘩をした場合でも、謝りなさい、から始まって、じゃあ、お互いに握手、という形で、暗黙に、謝ったんだから、許してあげなさい、ということがあるのではないかと思いました
お互いに違いがあることを認識して、そして、お互いに許し合うこと、ということがとても大切だとは思うのですが、現実問題では、そんな都合のいいことはほとんどない
どうしても、許せない、という感情が湧き上がってきてしまう
そういう現実を見つめるのだ
という強いメッセージを感じました
だからこそ、許してくれない、ということを受け入れた上で、どうするのか、という起点に初めて立つことができる
そんな考え方を学びました
3、違うまま共に生きる
人間関係の中では、あまり合わない人とはそもそも合わないことが最善策、みたいなことを言われるのもよく見る気がします
先方が許してくれないから、なんか、考え方が合わないから、じゃあいいや、と言って、2度と会わないような選択をとっていくこともあるなあと思いました
しかし、この少年は、それでもいいから、共に生きる、ことが大切と言ってくれてるのかなあと思います
人それぞれでいいんじゃないの、という突き放した考え方から一歩進んで
違うんだけど、もっと関わっていこうよ、という、違うからこそ、一緒にいて、面白いんじゃないと言えるような方向性の気がします
知ってる、僕のこと、嫌いなんでしょ、それでいいよ、でも僕は、全然君のことは嫌いじゃないから、それでいいよ
と言ってくれているような
それがいつしか、きっと本当の共生をすることができる、きっと第一歩になると信じているからなのかもしれないなあと思いました
答えはないけど、答えを一緒に探していくことができるかもしれない
そんな可能性に賭けてみる、そんな宣言なのかもなあと思いました
ということで、一言で言えば
違うまま共にに生きるノベーション
そんな話をしています
参考:スーパー歌舞伎「もののけ姫」原作 宮崎駿 オリジナル音楽 久石譲 脚本 丹羽圭子 戸部和久 上演台本・演出 横内謙介 協力 スタジオジブリ 出演 市川團子 市川中車 他 新橋演舞場 制作 松竹 のプログラムより
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/IKzU7Pw9K8o
2017年のブロードウエイでトニー賞6部門を獲得した、ミュージカル ディア・エヴァン・ハンセンの日本初公演に感動してとても考えさせられました
こんなキャッチコピーから始まります
"はじまりは、僕が僕に宛てた1通の手紙と、
ひとつの嘘だった。"
(ホームページより)
ここから私は思いました
1、確証バイアスが描く物語
2、バイアスを砕く贈与の存在
3、贈与がくれる自らの選択
1、確証バイアスが描く物語
素晴らしい音楽と、皆様の歌唱と演技、また美術もセットも、本当によく考えらえているなあと、とても感動しました
私がとても印象に残ったのは、人は、事実よりも、自分が信じたい物語を信じてしまう、確証バイアスの怖さを思いました
劇中では、一つの嘘が、周囲の「こうであってほしい」という願いと重なり、一つの大きな物語に、どんどん発展していきます
この物語を通じて思ったのは、私たちは、真実だけで生きているのではなく、善意からの希望に溢れた物語を、全く事実と異なる形に変容させながら、実は紡いでしまっている
そんなことがあるのかもしれないなあと思いました
2、バイアスを砕く贈与の存在
イノベータは、どんなに世間の反対があろうと、そのバイアスを壊していく人であると、私は思っていますが
この物語から、そのバイアスに塗れた物語を壊すものとして、贈与の力、というものがあるのかもしれないなあと気づかせていただきました
贈与の最も身近な姿は、親の愛情というのがあると思いますが、それは、「出世する物語」や「大成功する物語」を求めているのではなくて
ただ「あなたがあなたである」ということを、目指して、ひたすらに「自分らしく幸せに生きる」ことのみを、祈り、願っているものなのだと思います
それに、触れた時、どんな確証バイアスに塗れた物語も、真の姿へ戻ることを助けてくれる、そういうパワーを持っているのだなあと、思わせていただきました
その時、人はありのままの自分と向き合えるのかもしれない、そんなことを思いました
3、贈与がくれる自らの選択
誰かが信じてくれたから、自分も自分を信じてみようと思える。それが贈与の素晴らしい力のような気がします
その結果、ありのままの自分を見つめることで、自らのパッションの源に沿った、選択をしていけるようになるのかもしれないなと思いました
贈与で、誰かに与えられた愛は、依存させるものでは決してなく、
自分自身で、自分の人生を選び取れるようにしてくれる
だからこそ、本当の贈与は、人を自由にしてくれるものなのかもしれないと思いました
そんな素敵な物語を見せてくれたのが、ディア・エヴァン・ハンセンでした
一言でいうと、ディア・エヴァン・ハンセン・ノベーション。
そんな話をしています。
参考:ミュージカル ディア・エヴァン・ハンセン ジャパン2026 脚本 スティーヴン・レヴェンソン 作詞・作曲 ベンジ・パセック/ジャスティン・ポール 翻訳・演出
小山ゆうな 訳詞 高橋知伽江 出演 柿澤勇人 安蘭けい 主催 ホリプロ/テレビ朝日
モモから、マイスターホラが教えてくれた、星の時間、について考えさせられました
曰く
"「それはね、あらゆる物体も生物も、はるか天空のかなたの星々にいたるまで、まったく一回きりしかおこりえないようなやり方で、たがいに働きあうような瞬間のことだ。
そういうときには、あとにもさきにもありえないような事態がおこることになるんだよ。
だがざんねんながら、人間はたいていその瞬間を利用することを知らない。だから星の時間は気づかれないままにすぎさってしまうことがおおいのだ。
けれどもし気がつく人がだれかいれば、そういうときには世のなかに大きなことがおこるのだよ。」"
ここから私は思いました
1、自分にとっての星の時間とは?
2、今が星の時間かもしれない
3、誰かの星の時間になる
1、自分にとっての星の時間とは?
人生を振り返ると、「あの瞬間がすべての始まりだった」と思える出来事があるなあと思います
誰かとのとの出会い。
一冊の本との出会い。
勇気を出して踏み出した一歩だったり
独立の一歩を踏み出した時は、本当に怖くて寝れない夜を過ごしました。
でもそれを踏み出したからこそ、今の自分がいると思える、自分にとっての、星の時間、だったのかもしれないと思います。
哲学者のセーレン・キェルケゴールは、
「人生は後ろ向きにしか理解できない。しかし、前向きに生きなければならない。」
と言ったそうです。
皆さんにとっての、星の時間って、いつですかね?
必ず誰にでもある気がしました
2、今が星の時間かもしれない
マイスター・ホラが語るように、多くの人はその瞬間に気づかないまま通り過ぎてしまってるのだとすれば
もしかしたら、今が、その、星の時間、なのかもしれない
でも、我々が知らないうちに来てるのだとすれば、常日頃、星の時間が来てるかもしれない
と思って過ごすことは、楽しいし、充実した今を過ごせるかもしれないなあと思いますし
そうすることで、せっかくきた、星の時間、を逃すことがない
今を生きることで、星の時間、を生きることができ可能性が高まる、
今、人生の分岐点を生きていると思うことが、星の時間過ごすことができる、お得な過ごし方かもしれないなあと思いました
3、誰かの星の時間になる
マイスターホラによると、星の時間は、互いに働き合う、ことが生じるということなので
実は自分が、星の時間、を過ごすということは、誰かが、星の時間を、共に過ごしている、ということになるのかもしれないなあと思いました
星の時間は、自分だけの時間じゃないとすると、自分が、星の時間、を意識することで、誰かの星の時間、を増やすことにもつながるということなのかもしれません
今が、自分の分岐点なのかもしれないし、もしかしたら、誰かの分岐点なのかもしれない
星の時間を生きることは、誰かにも、星の時間を生きることを繋げていける、そんなことを思いました
モモが、人の話を心から聞いてくれるその時が、その人にとっての星の時間にもなっている
もしかすると、イノベーションは、自分の星の時間から始まって、誰かの星の時間を作っていく、そんな活動なのかもしれないな、とも思いました
一言でいうと、星の時間ノベーション。
そんな話をしています。
参考:本: 岩波少年文庫127 モモ〔電子書籍版〕 二〇一七年七月二〇日 発行 作者:ミヒャエル・エンデ 訳 者:大島かおり(オオシマカオリ) 発行所:株式会社 岩波書店
イーロンマスクさんが、スペースXを創業した翌年、スタンフォードでの講演した内容に、マスキズムの真髄を感じました
曰く
"国防高等研究計画局(DARPA)がインターネット黎明期の推進力となり、初期の開発コストの多くを引き受けたのと同じように、NASAもまた、初期段階で根幹技術の開発に資金を投じることで、実質的に同じ役割を果たしてきたと言える。そこに商業の自由競争を持ち込めれば、インターネットで見られたのと同じ劇的な加速が起きるはずだ。"
マスキズムの著者のクィン・スロボディアン、ベン・ターノフ さん曰く
"つまり宇宙は、「国家との共生」というロジックのもとでマスキズムが探していた次なるフロンティアだったのだ。"
"しかしマスキズムとは、企業が国家に取って代わることではない──両者の融合を志向するものだ。"
ここから私は思いました
1、国家と市場の融合
2、国家は倫理をより重視し、市場は成長をより得意とする。
3、ビジョンとソリューション
1、国家と市場の裕 融合
国家主導というと、ある程度の枠組みの中で、ともすれば自由が阻害されるのでは、と思いがちだし
市場主導というと、自由にやり過ぎて、独占や逸脱があるようなイメージにもなりますが
一見、対立しそうなこの二つの考え方で、互いの強みを生かし、お互いの役割を補完し合う
「国家か市場か」という対立ではなく、「国家と市場」という発想なのかと思いました
国家は長期的な投資やルールづくりを担い、市場は競争を通じて価値を社会へ届ける。
インターネットも宇宙開発も、この二つが融合したからこそ、大きく発展しのたのだなあと思いました
ヘーゲルが語ったように、本当に新しいものは、対立のどちらかを選ぶことではなく、その両者をより高い次元で統合すること、
アウフヘーベンから生まれるのかもしれないと思いました
2、国家は倫理をより重視し、市場は成長をより得意とする。
国家と市場のアウフヘーベンがあったとして、その役割分担はどうなるかと考えた時に
国家はより倫理を司り、市場が成長を担う、そんな役割分担なのかもしれないなあとも思いました
成長しようとすると、どうしても倫理が疎かになるし
倫理中心で行くと、成長を抑えてしまいがちになる
ドラッカーは、「利益は企業の目的ではなく、企業が社会に貢献し続けるための条件である」と述べたように
両方が必ず必須になるので、融合することによって、より両面が強化されつつ促進される
そん形になればいいなあと思いました
3、ビジョンとソリューション
国家は選挙や株価に左右されにくいテーマについて、超長期のビジョンを描きやすい存在なのかもしれないなあと思いました
そしてそれを実現するソリューションを生み出せるのが、市場または、その中にいる人々というとかと思います
また国家と市場はお互いに常日頃影響しあって、アップデートされていくことが大事とも思います
市場からセレンディピティで生まれてくるソリューションや発明などにより、超長期のビジョンが新たにアップデートしていくことがあるかもしれないし
国家からの地球規模、または宇宙規模の大いなるビジョンが描かれて、そこに新たなソリューションを築くアクティビティが生まれていく
もちろん、それは特定の企業と国家が利益を共有するような癒着ではなく
社会全体の未来を見据え、それぞれが役割を果たす協働なのかなと
役割分担としての、そんな素敵な融合とコラボレーションが、できる世界は素敵かもしれないなあと思いました
もう少し抽象化すると
「大きなビジョンを描く人」と「それを実現する人」が共生することがイノベーションを生む、ということでもあるのかもしれません
というとで
一言でいうと、国家との共生ノベーション
そんな話をしています
参考:本: マスキズム 新たな独占の時代 電子版 2026年5月30日 version1.0発行 著者 クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ 解説 斎藤幸平 訳者 樋口武志 発行所 株式会社飛鳥新社
オハイオ州デイトンにあるライト州立大学哲学科教授のウィリアム・B・アーヴァイン さんより、古代のストア哲学者たちの知恵に、人の幸せへの考え方に目から鱗が落ちました
曰く
"たとえば、定期的に、人生が今よりもつらいものになる場合を想像するようにした。
最悪の事態を想像し、潜在意識に錨を沈めれば(このような心理学の用語を使っていたわけではないが)、みじめになるだけのように思うかもしれないが、じつはその反対のことが起こった。
錨があることによって、現状をどうとらえるかが変わる。
現状をしばしば夢に見る最高の状況と比較するのではなく、より悪い状況と比較すれば、現状もそれほど悪くないと思えるようになった。"
ここから私は思いました
1、あえてネガティブな想像をする逆転の発想
2、失って初めて価値を知る
3、青い鳥はすぐそばにいる
1、あえてネガティブな想像をする逆転の発想
基本自分は、ポジティブシンキングな人間で、ディストピアよりもユートピアを思い描いていたいなあと思っていますし、何かあった時も、「前向きに考えよう」とか、「未来は明るい」みたいな、根拠のない思いがあると思います
しかし、ストア哲学者たちは、あえて逆を実践していたということに衝撃をいただきました。
「もし今あるものを失ったら」「もし今日が最後の一日だったら」と想像するということ
一見すると後ろ向きな発想で、暗くなってしまいそうですが、実は、それによって今あるものの価値が鮮やかに見えてくるという効果が、確かにあるなあと思いました
哲学者セネカは、「未来の苦しみを前もって思索する者は、その苦しみに支配されない」と説いたと言います
ネガティブな想像は、不安を増やすためではなく、現実を豊かに味わうための逆転の発想なのだなあと、改めて教えていただきました
2、失って初めて価値を知る
普段は、空気の存在のようで、もっと言えば、むしろ面倒くさいみたいに思っていた人が、突然、会えなくなってしまって、その価値の大きさに愕然とするということが、私も何回もありました
それは今思い出しても、胸が締め付けられるほどの思いですが、その時には、全くそれを感じることはできませんでした
空気のような存在ということは、いなくなれば、息が吸えなくなるんだよ、ということが、事前にはわかることができなかった
だからこそストア哲学は、「実際に失う前に、その価値を感じよう」と教えてくれているのだなあと、改めてその重要性に気づきました
それは、未来の目標を立てて、頑張っていく、それに向かっていくプロセスも幸せだと思うけれども
今そこにある幸せに気づくこと、この大切さを忘れてしまうことは、とても厳しいことだと
ネガティブビジュアリゼーションは、それに気づける大切な営みだと、思います
3、青い鳥はすぐそばにいる
メーテルリンクの『青い鳥』では、幸せの青い鳥を世界中に探し回った兄妹が、最後に自分の家でその青い鳥を見つけます。
幸福とは、遠くにあるものではなく、すでに自分のそばにあるものだった
言われれば、そりゃそうでしょ、と思うのだけれども、実は、それに気づくことは本当に難しいなあと思います
理想の未来を追うこと、目標を立てて突き進むこと、そこに幸せがあるはずと、ガンダーラというユートピアを目指すこと
それも幸せの一つの形だと思いますが、実は、すでに幸せであると思えること、それができたら、もっと心が軽くなるかもしれないなと思いました
それに気づかせてくれる
ネガティヴビジュアリゼーション・ノベーション
そんな話をしています
参考:本: ストイック・チャレンジ 逆境を「最高の喜び」に変える心の技法 2020年11月30日 電子書籍版発行 著者 ウィリアム・B・アーヴァイン 訳者 月沢李歌子 発行所 NHK出版
ピューリッツァー賞受賞ジャーナリスト兼小説家のジュリア・ケラーさんの言葉に、深く考えさせられました
曰く
"唯一の絶対的な間違いは、何も選択しないこと。何も選択しなければ、誰かに人生を決められることになるだけだ。
科学者や学者、歴史家、そして多数の一般の人への「やめること」についてのインタビューを通じて、はっきりと浮かび上がったことがある。
人が後悔するのは、何かをやめたことではなく、「やめるべきときにやめなかったこと」なのだ。"
"私は、世間の「やめること」に対する偏見が、どちらの方向からも、なくなればいいと願っている。
つまり、やめるべきことをやめられなくてもひどい人間とは見なされず、やめられたとしても、それが過度にもてはやされたりはしない社会になればいい、と。"
ここから私は思いました
1、諦めるな、と、やめるべき
2、辞める辞めないが自由な世界
3、自らのパッションに従える世界
1、諦めるな、と、やめるべき
私も成功した起業家が必ずいう言葉として「諦めなかったから」ということを、お話しさせて頂くこともあります
でもそれは、時と場合によっていて、「辞めるべき」時にやめないことも、良くない結果になるという、一面も知っておくことが大切だと思いました
名言や金言には、必ずその反対の意味の名言や金言が、必ずあってというお話しは、先日もしましたが、その時々のコンテキストによるということが大事かと思います
心理学者のエイブラハム・マズローは、
「もし手元にある道具がハンマーだけなら、あらゆるものが釘に見えてしまう。」
という趣旨の言葉を残しています。
ふと立ち止まって、道具はハンマーだけじゃないと気づけたら、他の選択肢も見えてくる、そういうことなのかもしれないなと思いました
2、辞める辞めないが自由な世界
途中で辞めることは、負け犬と言われるんじゃないか
たくさんの人に応援してもらっているから今更辞められない
あそこで辞めたことが、自分は続かない人間だと思われているに違いない
これらは、私としてはよく考えてしまうことです
そして、実際に、世間の中の常識として言われていることも確かにあると思います
でも考えてみると、これらは。すべて人からどう思われているか、という他人軸からの見え方を気にしている、ということのように思います
それが、自分の自由な決断に影響を与えてくる
そこがとても難しいことだよなあと思います
3、自らのパッションに従える世界
それを跳ね返すことができるのは、自らのパッションの源に沿って生きられている、という自分しかないような気がしました
世間体という判断からは、そう言われるかもしれないし、確かに言われていると思う
そんな状況になったとしても、これが自らのパッションの源に沿う道筋だということに確認をもてれば、最後は自分を支えてくれる気がします
例えば、スタートアップを始めたとして、それがうまくいかなくて、そこで一旦清算したとしても
「なんで諦めるの?」「諦めちゃうまくいかないよ」と言われていたとしても
それこそが、自らのパッションの源に従ったのだとしたら
それは、Fast Failで、次なる道への礎になったと言えばいいし
逆に、何度も何度もやり直しても、それでも全然うまくいかなかったとして
それでも、自らのパッションの源は、それをやり続けることにワクワク感をずっと感じているのだとしたら」
「そろそろ諦めなよ」「絶対ピボットしたほうがいいよ」
と言われていたとしても、いつかくる時がくる、と言い続けていればいい。
それを、自由に選べる世界
誰かに言われたから、世間的にそうだからということに、影響されずに
自らのパッションの源に従っていける
そしてそれだったら、応援するよ、と言ってくれる世界
そんな世界が素敵なのかもしれないなあと思いました
ということで、一言で言えば
辞める辞めないが自由な世界ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 日経ビジネス人文庫 やめる 最良の人生戦略 電子書籍データ作成日 2026年6月3日 第1版 著 者 ジュリア・ケラー 訳 者 児島 修 発 行 株式会社日経BP 日本経済新聞出版
From the publisher's feed

44 Listeners

62 Listeners

0 Listeners

0 Listeners