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仏教学者の植木雅俊さんからの、日蓮さんの死生観に関するお話に、深く考えさせられました
曰く
"日蓮の死生観は、波が生まれたり消えたりしても海そのものはなくならないのと同じように、人が死んでもその生命本体は一貫して存在し続けているという思想から来ています。
生も死も、その生命本体の一つの表れ方に過ぎないのだから、自分が殺されたところで「私」という生命はなくならないと考えるのです、と。
もちろん、誰かが亡くなってしまうことは、「今生の別れ」という意味でとても悲しい。でも、生命本体はなくなってしまったわけではなく存在し続けているのだから、今その人がいる場所に向かって祈ればいい。
その場所ー霊山浄土は、決してはるか遠くではなく私たちが生きるこの世界の中に、現実と分かちがたく存在している。そう、日蓮は考えていたのだそうです。"
ここから私は思いました
1、自分の中に共にいてくれる
2、思いや言葉で共に生き続けることができる
3、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方
1、自分の中に共にいてくれる
私の周りでも、「今生の別れ」として、会えなくなってしまっている人が沢山いますので、それを考えると、大変残念な気持ちになってしまいます
日蓮さんの死生観に照らして考えると、別れではなくて、生命本体の表れ方にすぎず、一貫して存在し続けているとしたら、少し気持ちが安らぐ気がします
私は自分の中に、たくさんの人たちが入っていると感じることがあって、それは、たとえば、大変な時に、その人の言葉が思い浮かぶような時です
ああ、そういえば、あの人、こんなこと言ってたようなあ、と思い出す時に、その人のかけらが、自分の中にまるで生きているような、そんな感覚を持つことがあります
そんな時には、物理的には2度と会えないけれども、実は、共にいてくれる、そんな感覚を持たせてくれて、ありがたいと、思います
2、思いや言葉で共に生き続けることができる
自分自身が死ぬ時には、どうなっちゃうんだろう、というのは、怖さと共に、小さい頃から、考えることがありました
サルモネラ菌で倒れた時は、「ああ、こんな感じで、意識が遠のいていっちゃうのかなあ」と思ったこともあります
でも、実は、自分という生命はなくならない、または、今いる世界に、思いや言葉で共にいることができるんだ、と考えたら、その怖さが少しは和らぐ気がして
だからこそ、限りある今という時間を大切に生きたいと思いました。
内村鑑三さんの、「後世への最大の遺物」のように、思想、事業、お金、生き様、などを残していって、少しでも次の世代に役立ててくれたら
それは、自分が存在した価値や意義が、次の世代へ受け継がれていくという意味で、とても嬉しいことだと思います
思いや言葉で共に生きるづけることができる、という考え方があるからこそ、今この人生を精一杯生き切ることが何より大切なのだと教えてくれているような、そんな優しさを感じました。
3、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方
死んだらどうなるのか?という問いに関しては、今のところは、少なくとも科学では、まだ答えが出ていない問いへの考え方という中で
わからないからこそ、どう考えるか、ということが、ということがとても大切なんだなあと思いました
ユヴァルノアハラリさんが言われていたように、人は物語を創る力がある、ので、
そこにどんな物語を作ることが、みんなの幸せにつながるのか、ということがとても大切だと思いました
究極的には、その考え方が、あっている、あっていないは別として、そう考えることで、多くの人の心が少しでも救われるのであれば、そのような物語にも大きな意味があるのではないかと思いました
人生は、選択した人生を、精一杯しあわせな物語にしていくことが大事なように
だからこそ、今日という一日を大切に生き、その積み重ねが人生になり、その人生が誰かの中で生き続ける。そんな物語を私は信じたいと思いました
もちろん、客観的事実として、科学的に解明していくことも大事だと思いますが
解明できないことは、考え方や物語で幸せな方向へ持っていく
それは、決して、誰かの話を盲信することなどではなく、自分自身で納得できるものとして、自分で物語化して行くことが大切かと思いました
日蓮さんは、生命は永遠につながるという思想を説きながらも、同時に
「命というものは第一の宝」と語っています。
だからこそ、この考え方は死を願うためではなく、限りある今を精一杯生きるための死生観なのだと、私は受け止めました
ということで、一言で言えば
生も死も一つの表れ方ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
上智大学外国語学部英語学科 教授の小川公代さんの言葉に新たな気づきを頂きました
曰く
"フロイトは、人間の行動には自分の欲求を満たそうとする「快楽原則」と、制約やその行為の結果を踏まえて欲望を制御する「現実原則」が働いていると言いました。"
"結局、「生きる」とは、経済的にうまくいけばいいという現実原則と自分は何に突き動かされているのかという快楽原則、この両方の均衡の上に成り立っているのだと思います。
そして、その快楽原則と深く関連するのが自分の「無意識」です。"
"頭で考えているだけではなく自分の中の無意識を汲みとろうとしなければ、血相が変わるほど夢中になれることや深く集中できる活動が何かは見えてこないのではないか。"
ここから私は思いました
1、現実原則と快楽原則のせめぎ合い
2、無意識に快楽原則あり
3、快楽原則こそパッションの源
1、現実原則と快楽原則のせめぎ合い
まさに、私の人生も、なんとか経済的に持ち堪えれるかと、やってて面白いことをいかに時間を作ってやるのか
このせめぎ合いでここまできているなあと、大いに共感させていただきました
そしてともすれば、経済的活動が忙しくなりすぎて、自分が一体何にワクワクするのかすら、忘れてしまうということも今でも起きています
ある程度の経済的余裕があるか、自給自足に振り切ることができているか
それがないと、どうしても、現実原則に引っ張られてしまう
それがなかなか難しいなあと常々思います
2、無意識に快楽原則あり
小川さんは、夢に怪物が出てくるという悪夢に、とても悩まされていたそうです
でもそれが後から考えると、快楽原則と逃げずに対話するために、無意識が悪夢を見させていたのかもしれないというようなことをおっしゃっています
自分の無意識はなかなか把握することはできませんが
なぜか、イライラしてしまう
なぜか、涙が出てしまう
変な夢ばかり見てしまう
などの何か普段と違う違和感を感じることが大切なのかもしません
そして、それが、実は、
自分の快楽原則を忘れてるのではないか?
というメッセージである可能性があるということは
大きな気づきとなりました
3、快楽原則こそパッションの源
私は常日頃、自分軸における、パッションの源を忘れないように、または、定期的に思い出すように、していくことがとても大切と言っているのですが
多忙すぎる毎日を送っている場合には、そんなことはなかなかできるものではないというふうにも思っています
でも、今回の、小川さんのお話のように、自分の無意識に、なんらかの異変が起きた場合には
ちょうど、パッションの源を、一度、おさらいする時期が到来しているよ、というアラームとして
活用させていただくことは、多忙な毎日でも、快楽原則、つまり、自分を突き動かすような、普段は忘れてしまっているかもしれない、パッションの源を思い出す
それを心に留めておいてもいいなあと思わせていただきました
ということで、一言で言えば
無意識を汲み取ろうとするノベーション
そんな話をしています^^
参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
電気と水を自然エネルギーで自給する完全オフグリッド型のラグジュアリーホテル「WEAZER(ウェザー)を展開されているARTHの高野由之社長のイノベーターぷりに感動しました
曰く
"ウガンダという国は豊かな自然、リソースとしては豊かなんですけど、停電だったり水だったり、あるいは綺麗な水の供給が行われない。
そんなすごい厳しいインフラ環境だったので、よし、じゃあ僕たちがもし地球上で初めて、この降り注ぐその雨や太陽エネルギーみたいな自然のリソースだけをインプットした宿泊施設を作ることができれば
僕たちのこの事業の展開がインフラがちゃんと整っているところ以外でも展開できるっていう風にちょっと夢を見てですね。
そこから 6年ぐらい研究開発を重ねて、実はこの日本においても既存のインフラに頼らないテクノロジーというのは結構社会の中ですごく大きい可能性と必要性があるというふうに思って、それであの今展開させていただいています"
ここから私は思いました
1、リバースイノベーション✖️ラグジュアリー
2、仕掛け学
3、一つのイノベーションは様々な課題を一気に解決する
1、リバースイノベーション✖️ラグジュアリー
ウガンダでのインフラ問題があると知った際に、普通は諦めるか、もっとインフラの整ったところへと考えると思いますが
逆にそれを解決できれば、これまでにないホテル展開ができるのでは?という逆転の発想に、イノベーターを感じました
完全オフグリッドを実現するために5年かけて実現させたことがまさにイノベーターと思いますが
それをリバースイノベーションとして日本への展開をさせて、僻地でインフラがない、かつ知られざる風光明媚な場所へ展開するという発想が、またイノベーターだなと思います
さらには、それを単に提供するだけではなく、ラグジュアリーにすることで
これまでにない風光明媚な場所で、ラグジュアリー体験をする、そして、だからこそブランド高い商品価値として、ビジネス的にも成り立たせる
という驚くべきイノベーションだなあと、ひたすら感動しました
2、仕掛け学
これはもしかしたら、仕掛け学と言ってもいいのかもしれないなあと思いました
仕掛け学は、大阪大学大学院経済学研究科の松村教授提唱された考え方ですが、個人的欲求と、社会的欲求を掛け合わせることによる社会課題解決ができる考え方と思っています
WEAZERは、個人的欲求である、これまでに観たことのない景観が見たい、だったり、ラグジュアリーな体験がしたいというものと
社会的欲求である、インフラもない過疎な地域に人を呼びたい、地域創生をしたい、というものを
両方を、オフグリッド技術により、掛け算することで、いっぺんに実現できる、まさに仕掛け学といってもいいのではないかと思いました
社会課題は、真面目に正面から向き合うことも大切ですが、全く関係のない個人の欲求を満たすことによって、自然と社会課題が解決していく
そんなアプローチとも言えるなあと思いました
3、一つのイノベーションは様々な課題を一気に解決する
イノベーションの本質は、一つのソリューションで、一変に様々な課題が解決されてしまう、というパワーがあることだと改めて思いました
ラグジュアリーだけど、見たことも行ったこともない景色が見たい
過疎化していくこの地域に、なんとか人を呼びたい
電気、水道などの、インフラ設備を構築するのはあまりにお金がかかり過ぎる
インフラのない地域で適切に医療を受けることができない
まさにWEAZERは、これらの世界の課題を一気に解決することができる、真のイノベーションかもしれない
そんなことを思いました
ということで一言で言えば
リバース・ラグジュアリー・イノベーション
参考: テレ東 カンブリア宮殿【秘境に次々出現!絶景ホテルの秘密】 2026/7/16 https://www.tv-tokyo.co.jp/broad_tvtokyo/program/detail/202607/18189_202607162306.html
NHK「100分de名著」プロデューサーの秋満吉彦そんから、斉藤孝平さんのお話で刺激的だったことに、とても感銘を受けました
曰く
" 「読んだ本の中で違和感を覚えたり、納得できなかったりする部分が出てきても、まずはすべて一度受け入れる」"
"私自身も含め、人はどうしても、わからない部分は「まあいいや」「ピンと来ないな」と読み飛ばして、抱いた違和感を排除してしまいがちです。
ですが、その違和感──私の言葉で言うならば「異物」──をとりあえず一度吞み込んでおくと、後から、その違和感が自分の中で芽吹いて、新たな発見につながることがある。
「異物」と感じられた部分が、むしろ一番大事だったと気づかされることは、しばしばあります。"
ここから私は思いました
1、自分の常識を疑う
2、異物を呑み込む
3、デフォルトモードネットワークに賭ける
1、自分の常識を疑う
自分の理解できない話が出てきた時には、本に限らず、私は、「良くわかんないな」とか、「自分とはちがう」というネガティヴなイメージで反発してしまうことがよくあるなあと思いました
でも実はそれこそが、イノベーションの種を拾う、絶好の機会である、という話には、とても感銘を受けました
自分の常識と反発するからこそ、そこに自分にとっては新しいイノベーションの可能性があるのではないかと捉え直してみる
または、なぜ違うのか、なぜ反発したくなるのかと、一瞬考えてみる
そんな態度が、新しい価値を生み出す態度としては、とても大切なんだなあと、改めて教えて頂きました
2、異物を呑み込む
とはいえ、異物はすぐに理解できるものではないからこそ、異物であるとも言えると思います
だからそこで諦めてしまうのではなく、理解できなくとも、一旦飲み込んでおく
そして、心の片隅に異物として、留めておく
これは、ジョンキーツさんの言われる、ネガティヴケイパピリティに通じる考え方なのかもしれません
呑み込んで、すぐに苦いと言って吐き出すのでは、なく、自分の中に留めておくことができるか
私の場合は、呑み込んでも忘れちゃうので、メモっておくのですが笑
それもイノベーターとしのノウハウなのかもしれないなあと思いました
3、デフォルトモードネットワークに賭ける
人の脳は、何もしていないように見える時間にも働き続けていて、神経科学では、ぼんやりしているときや散歩をしているときに活動する脳のネットワークをデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)という話を今までもさせていただきました
この違和感、異物、それを脳やメモに書き留めておくことで、いつの日か、散歩をしている時、お風呂に入っている時、音楽を聴いている時
ふとした時に、脳の水面に浮かび上がった異物が、ある化学反応を起こして、新しい気づきを得られる時が来るかもしれない
発明家と言われている人たちのひらめきは、そのようなことから、生まれているケースが多いというお話もよく聞きます
自分が気に入ってる情報だけでなく、全く理解できない、反論したくなる、全然違うと思う
そんなことを一旦呑み込む
そこに自分の新しい価値を発見する、さらにはバージョンアップさせることができる鍵が潜んでいる
一言で言えば
異物をあえて呑み込むノベーション
そんな話をしています^ ^
参考:本: 血肉となる読書 なぜ読むことだけが人生を変えるのか 電子版 発行日 2026年5月1日 著者 斎藤幸平/小川公代/安田登/秋満吉彦 発行所 株式会社あさま社
俳優の高嶋政伸さんが、父である高嶋忠夫さんからいただいた言葉に、感動させていただきました。
曰く
"父親が、あのえらい坊様が言った言葉だけど
一隅を照らすもの、これ国の宝なり
っていうことを言ってくれたんですよね。
片隅でもいいけど、その一隅を照らすものはもういわゆるその国の宝なんだと
もしお前 30秒とか1分とか 30秒しか出番がなくても、その時間が輝いていれば、お前は国の宝なんだと
めげずにやれよっていうのはまあ言われて、まあやっぱりグッとくるもんがね。やっぱりありましたよね。"
ここから私は思いました
1、内発的動機者
2、誰もが創造者である
3、全世界1世帯あたり一法人化
1、内発的動機者
”一隅を照らすもの”
この言葉は、最澄さんが「山家学生式(さんげがくしょうしき)」の中で言われた
”国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。一隅を照らす、これすなわち国宝なり”
からきているものかと思いました
まず私が思ったのは、こういう人たちというのは、デシ&ライアンさんが言われている、”内発的動機”を持たれた方なのかもしれないなあということです
つまり、”外発的動機”としての、名をあげるとか、お金をたくさん儲けるということよりも、まずは、自らの周りを照らすこと、それは極めてプライベートな範囲での、誰かへの価値を提供している人、ということなのかと思いました
私の父を思い出します。
サラリーマンで転勤が出世コースだったにも関わらず、家族のことを優先して、それを断っていたと聞いています。結局、出世されていったのですが。
自分の周りの大切な人や、物や、事を、大切にすることを一番に考えるというのは、自分の内面から出てくる動機で、イノベータリップルモデルにおける、パッションから、周りの仲間と共に、最小限の周りの人たちを喜んでもらう大義を実現する
そんな人たちのことなのかもしれないなあと思いました
2、誰もが創造者である
よくお話ししていますが、ハーバード大学の広中先生の言われている、誰かに編み物をしてあげたり、庭の手入れをしてあげたり、それこそが、みんな創造者であると言うことだ、と言う話を思い出します
照らす、というのは、言い換えると、誰かに何かの価値を提供するということだと思います
それは、もしかしたら、笑顔を見せてあげることだったり、うまくいかないかもしれないけれども、何かの声をかけてあげることだったり、という、本当に小さなことでも、照らすということになるような気がします
創造というと、大袈裟に聞こえてしまいますが、実は、誰かに何かをしてあげたい、そこから行動に結びついたものは、すべて創造と言っていいのだと思います
それは、誰にもできることで、きっと、たくさんの人たちが、普通の生活の中で、意識せずとも、照らしている、ということだと思いました
3、全世界1世帯あたり一法人化
これは私が勝手に言っていることですが、誰もが誰かに価値を提供できているのだとすれば、それを、対価としてお金をもらえるような仕組みにさえすることができれば、
誰もが、誰かの価値を手伝う人(雇われる人)から、自分の価値を提供する人(雇う人)になれるのではないかと思っています
企業に勤めている人たちが、辞めて独立をした方がいいと言っているわけではなくて、勤めていながらにしても、自分が創造した価値を自分で提供できる、そんな立場を手に入れることで
やらされている人生から、やっている人生に、転換できるのではないかと思っています
企業の中で、それを実現できている人も、もちろんいて、それは、幹部だったり、一部の人だったりというように思います
誰もが一隅を照らす、ことが実感できる世界
そんな世界がきたら良いなあと思っています
ということで一言で言えば
一隅(いちぐう)を照らすノベーション
そんな話をしています
参考: 徹子の部屋 高嶋政伸 2026/7/14(火) テレビ朝日 https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
7月大歌舞伎を観させていただき、めちゃくちゃ感動したと共に、能狂言を素材にした狂言舞踏「末広がり 長唄囃子連中」に大いに笑わせていただき、かつイノベーションのあり方についても考えさせられました
プログラムより
"幕が開くと、能舞台を模した松羽目の舞台に大名が現れ、太郎冠者に"末広がり(扇)”を買いに行くよう命じますが、太郎冠者が、”末広がり”がどのような物かを知らないことが、この物語の肝となります。
都の市に赴き、「末広がり買いましょう」と声を上げた太郎冠者は、人に勧められるままに古傘を買い求めます。
役目を終え安堵した太郎冠者は、酒を飲んで主人の許に戻り、買ってきた傘を差し出すので大名は怒りますが、太郎冠者は買ってきた傘が末広がりであると言い張ります。
そして、傘をさすなら春日山」と傘を手に踊り始めます。"
ここから私は思いました
1、ボケは進化思考の変異
2、ボケからイノベーションが始まる
3、ボケを許容できる世界が必要
1、ボケは進化思考の変異
太刀川英輔さんの「進化思考」によると、生物は、変異と適応を繰り返して、進化してきたとの理解ですが
お笑いで言ってみたら、ツッコミは、徹底的に深掘りをしていくので、適応で、ボケは、どんどん横に話がそれていくので、変異、ということができると思います
「末広がり」における太郎冠者が、末広がりのことを、傘だと、ボケてきたところから、この物語は始まりますので
まさに、おっちょこちょいに見える太郎冠者が、実は、イノベータとして、大いにボケて、それが変異となって、新たな進化を促進し始めているかもしれない
という見方ができると思いました。
2、ボケからイノベーションが始まる
「末広がり」のお話は、扇を頼んだのに、太郎冠者が傘を持ってきちゃったところから、話が回り始めますが
太郎冠者がガンとして、これが「末広がり」なのだと言い張るからこそ、イノベーションが生まれるのだと思います
じゃあ、例えば、傘がおめでたい、末広がり、だという世界だとしたらどうなるんだ?と考えられるかどうかが、ボケをイノベーションにできるかどうかの境目なのだと思います
それは、ピーターティールが、誰もが賛同しないあなただけの真実、みたいなことに通じるものだと思います
傘で言うと、この傘でおめでたいことってなんだろう?と考えた時に、傘の上で鞠を回しまくると言うところへ到達したのかもしれないなと思いました
つまり、普通の人が見たら、単なる間違いに過ぎないことが、イノベータのレンズを通してみたら、
これまで誰も気づいていなかった、さらなる新しい素敵な世界が広がっていた、ということ、それがイノベーションが生まれる瞬間なんだろうなと思いました
3、ボケを許容できる世界が必要
「末広がり」が素晴らしいのは、そんなおっちょこちょいの太郎冠者と、いつの間にか、一緒になって、大名が踊り始めて
見事なほどのシンクロした踊りをみんなに見せつけるところだなあと思いました
つまりそれは、そんな、おっちょこちょいがいるからこそ、人生は楽しくなるんじゃあないか、と言ってくれているような
さらには、そんなおっちょこちょいが、実はあたらしい世界を連れてくるのさ、と言ってくれているような、そんな温かい気持ちになりました
そして、それは実際に、扇も素晴らしいですが、傘で鞠を回すという、まさにイノベーションを生み出して
より喜んでくれる人が増える、ある意味、新しい大義を作られた、張本人こそ
おっちょこちょいの太郎冠者であると言うことかと思います
そして、そんな優しい世界にこそ、新しい進化が生まれる、新しいイノベーションが生まれる
この世界はそう言う原理原則でできているんだという、素敵なメッセージをいただいた気がしました
と言うことで、一言で言えば
末広がりノベーション
そんな話をしています
参考:7月歌舞伎「末広がり 長唄囃子連中」 出演 市川染五郎、中村隼人 他 歌舞伎座 松竹 https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/976/
株式会社U-ZERO 代表取締役 CEO兼CPO の三村真宗(みむら・まさむね)さんの言葉に、新たな気づきを頂きました
曰く
"「コーチャビリティとはどういう意味?」と聞くと、「他者からの助言をちゃんと聞き入れる能力のことだよ」と教えてくれました。"
"華やかな実績を引っさげて入社した人が伸び悩み、目立たなかった人が周囲の助言を吸収してめきめき頭角を現す。その差を分けていたのは、多くの場合、コーチャビリティでした。"
ここから私は思いました
1、アンカリングバイアス
コーチャビリティという言葉は、初めて聞いたのですが、確かに非常に重要な能力だなあと、勉強させていただきました。
その一つに、既存の知識がアンカー(錨)で固定されてしまい問題の本質が見えなくなることを、アンカリングバイアスと言いますが、まさに自分もそういう時があるなあと思いました
以前もお話しした、ボストンコンサルティングの秘伝のタレにも、
できない事実を受け入れる素直さ
これがとても大切と書かれているように、基本的マインドセットの一つとして、意識することが大事だと思います
また、エドワード・W・サイードさんが
”現代の知識人はアマチュアであるべきである”
と言われるように、専門的な知識をつけていくことによる、弊害として、心しておくべきこと、というようにも思いました
2、フィードバックは才能を超える
これで思い出したのが、「超一流になるためには才能か努力か」というアンダース・エリクソンさんの本で
超一流の先生に教えを乞うこと
というのがあるのですが、これもまさに、コーチャビリティがあるからこそ、それに大きな意味があるということなのだなあとも思いました
自らのコンフォートゾーンを抜ける鍛錬を続けていても、そこに誰かからの、適切なフィードバックがあり
そして、それをコーチャビリティ高く、自分のものとして吸収していくことこそが
もしかしたら、自らの才能を超えるほどの成長を促す鍵なのかもしれない、とも思いました
3、コーチャビリティがパッションを仲間へ繋ぐ
そう考えると、イノベータリップルモデルでは、自らのパッションから始まり、第二段階としては、足りないところを仲間と共に、共創していくところが大事なのですが
その仲間とのコミュニケーションにおいて、自分よがりなパッションを、仲間からのフィードバックに対しても
コーチャビリティ高く、アップデートができる人ではないと、イノベーションのリップル(波紋)は広がらずに、つきてしまうのかもしれないと思いました
イノベーションを誰かが喜んでくれる大義まで、リップルを拡大するためにも、コーチャビリティを持つということは
イノベータによっては必須の能力なのだなあと、思わせていただきました
ということ、一言で言えば
コーチャビリティがパッションを仲間へ繋ぐノベーション
そんな話をしています
参考:本: フィードバック経営 「沈黙の組織」から「高め合う組織」へ 電子書籍版データ作成日 2026年6月3日 第1版 著者 三村真宗 発行者 発行 株式会社日経BP
モスフードサービスの中村 栄輔(なかむら えいすけ)社長の言葉に、とても共感させていただきました
曰く
"お客様のそうすると、モスの良さである、モスって面白いことやるよね。美味しい商品面白い味を提供するよね。食べ方を提供するよねという期待があるじゃないですか。
それに応えるようにするために(商品企画とマーケティング)をまた分けたと。
ですから、多分ね、これって 3年なのか 5年なのか一緒にしたりね離したりした方がいいんじゃないかなというのはね。私の結論なんですけどね。"
ここから私は思いました
1、パッションからプロダクトアウト
2、ユーザニーズからマーケットイン
3、インとアウトを両立する
1、パッションからプロダクトアウト
モスバーガーは、私が大学生の時、本当によくお世話になりました。きんぴらご飯バーガーのイノベーティブな衝撃は今でも覚えています。
スティーブ・ジョブスさんのMACやiphoneのように、お客様のペインや声を実現したというよりは、自分の作りたいものをこだわり抜いて作ったものが、時代を切り開く新たなイノベーションとなるということが一つはあると思います
まさに初期のモスバーガーも、テリヤキバーガーやライスバーガーなど、「誰も想像すらしていなかったものが、食べてみたら新しくおいしすぎた」という商品を生み出してきたのだと思います
その原点には、プロダクトアウトの精神があると思います
まさにイノベーションは、1人のパッションから生まれていく、その典型がプロダクトアウト型なのだと思いました
2、ユーザニーズからマーケットイン
一方で、ユーザーがとても痛みを伴っているのに、様々なバイアスで、それを課題とは認識できずに、そういうものと認識ているところに、真の課題を明らかにして、新しいソリューションを展開する、マーケットイン型のイノベーションもあると思います
山口周さんが言われるところのアジェンダシェイパーが活躍する世界もあると思いますし、デザインシンキングの第一歩も共感から始まるというのもその世界かと思います
モスバーガーにおいては、新とびきりアボカドは、ターゲットの女性客からボリュームがありすぎるという声があったとのことで、そこで翌年に肉を小さくしてその分値下げし大ヒットしたとのことです。
ユーザーは何に困り、何に喜び、何を期待しているのか。
マーケットインとは、お客様に迎合することで決してなく、お客様の真の課題を深く理解するイノベーションなのだと思います
3、インとアウトを両立する
実は、イノベーションは、どちらもあるということが、組織としてどのようにするのがベストなのかという時に迷われるポイントだよなあと、改めて思いました
私が大企業のイノベーション組織を見て感じるのは、イノベーション組織を、全く別の組織にするか(プロダクトアウト型)、既存事業部の中に入れるか(マーケットイン型)でも、大きく揺れるということを思います
中村社長の言葉から、何年かおきに、それを往復運動させるというのは、とても、良い方法だなあと感動しました
私はなんとかそれを両立できないかと考えて、アクセラレーション型組織という仲介組織を置くことで、プロダクトアウトで出てきたものを、マーケットイン組織にできるだけ早く組み込んでいく、ということをやっていたこともあります
あとは、イノベーション案件をポートフォリオ化して、アウト型とイン型のバランスをとっていくということもやっていました
このバランスをどのようにしていくのか、そして、各々の企業の状況、コンテキストに合わせて、柔軟に動きを変えられるようにしていくということが
まさに経営者の腕の見せ所なのだろうなと思いました
ということで一言でいえば
インとアウトを両立ノベーション
そんな話をしています
参考:テレ東 カンブリア宮殿 2026年7月2日放送 売上高 過去最高 モス流"客を呼び込む"戦略https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0702/
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/EvzSMzekgx0
モデルで俳優のUTAさんが、モデルになるきっかけを、お婆様の樹木希林さんがアドバイスされた言葉に感動しました
曰く
"その時に、洋服を着ることっていうのは、自分をこう客観視することができる。
それは人生においてもとても大事なことであると思う。
こう自分を俯瞰して見るっていうことは本当に大事なことなので、そういういい訓練になるんじゃないか
と言ってくれて。それでじゃあ一度パリのオーディションにチャレンジしてみようということで"
ここから私は思いました
1、ファッションはリフレクション
2、個性派パッション
3、新しい共感
1、ファッションはリフレクション
洋服を着ると言うことは、必ず鏡を見ることになるので、自分を客観的に見ることができる
それは、外側だけではなくて、自分自身と言うものを俯瞰して見ることができることにつながる
と言う樹木希林さんの言葉は、めちゃくちゃ響きました
人のことはとやかく言えても、自分のことは、自分が一番わからない。そういうもんだと思います
そこで大事になるのが、メタ認知とか、リフレクションという方法で客観視していくことで、正ししい判断により近づいていく、そういうことなんだろうなあと思います
それを、モデルをやることで、洋服を着ることになることで、その訓練や鍛錬になるというのは、全くもってそんな発想は今まで聞いたことがありませんでした
長年名優として継続されてきた樹木希林さんの含蓄のある言葉に、目から鱗が落ちる思いでした
2、個性派パッション
ファッションは、自己表現の一つでもあるので、パッションの源からすると、自分自身をどう見せたいのか、という個性派パッションに近い気がします
それは、必然的に、自分の内面が出てしまうことになると思います
スティーブ・ジョブスさんが黒のタートルネックを着ていたことは有名ですが、余計な判断をできるだけ切り捨てるということから、常に同じものを選ぶということだったと思いますが
それは、それだけ全身全霊Appleのことだけを考えて生きていきたい、そんな内面が伝わってくる気がします。
そんなことからも、みんながついていきたくなる、ブランディングになっているのかと思います
リフレクションで自分を見つめながら、自分自身の個性派パッションをどう表現していくか
洋服はそういう役割を持つものだと思いました
3、新しい共感
この言葉は、養老孟司さんが言われていた言葉ですが
オリジナルというのは、誰もが全く観たことがないもの、ということでは、決してなくて
どこかで観たことがあるような気がするけど、新しい
というような、共感をするのだけども、でも新しい
それがオリジナルティとして定着していくものである。そんな話だったかと思います
リフクレクションで自らをメタ認知して、個性派パッションで、自己表現へ挑戦をして、でもその表現方法は、決して観たことがないものではなく、どこかに共感ができる点がありながらも、とっても新しく個性的である
そんなブランディンができるような、洋服やスタイルへ到達する
実は、ファッションは、そんな深い役割があることなのかもしれないなあと思いました
ということで、一言で言えば
ファッション・リフレクション・ノベーション
ファションは、自分をメタ認知できる多いなるイノベーションである
そんなことを思いました
参考: 徹子の部屋 UTA 2026/7/1(水)テレビ朝日
https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
様々な書籍を出されているペズルさんからの言葉に、とても考えさせられました
曰く
"名言集を読んでいると、ときどき正反対のことを言っているように見える言葉に出会います。たとえば、
・私たちの最大の弱点は、あきらめることだ。ーエジソン
・断念の仕方さえ身につけば、人生はけっこう楽しい。ーフロイト
「絶対にあきらめるな」というエジソンと、「時にはあきらめよう」というフロイト。偉人でさえ意見が割れていることを知ったとき、思ったのです。「ああ、どっちもあるんだ」と。''
"今のあなたに必要なのは、背中を押す名言かもしれません。あるいは立ち止まることを許す名言かもしれません。ページをめくりながら、そのときのあなたに、いちばんしっくりくる言葉を1つでも見つけてもらえたらーあるいは、「どっちでもいい」と肩の力を抜くきっかけになればー。
それが、この本をつくった理由であり、願いです。"
ここから私は思いました
1、真実はない。あるのは解釈のみ
2、自分で選んだ方を正解にする
3、自分で選ぶことが大事
1、真実はない。あるのは解釈のみ
このお話は、常日頃感じていたことを、明確なエビデンスで示してくれてて、まさにそうだよなあと思いました
「諦めろ」と「諦めるな」。
ビジネスをやってる世界でも、特にスタートアップで成功された人の言葉を聞くと、必ずいうのが、諦めなかったから、成功したと思います、という言葉
一方で、時代の流れから取り残されていて、イノベーションのジレンマに陥ってる時、既存の事業をいつまでも引きずらずに新たな展開へと舵を切るべきな時などは、やめる勇気、が大切と言われると思います
これはまさにシチュエーションや、コンテクストによって、判断は変わってくるということだと思います
哲学者フリードリヒ・ニーチェは、「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである」という趣旨の言葉を残しました。
つまり、生じてる事態は一緒でも、それをどのような文脈で捉えるかによって、判断は180度変わってくる
現在の解釈が、通り一遍の判断に任せていないか、定量ではなく、定性的なコンテキストをきちんと見た上で判断しようとしているか
それがとても大事だと思いました
2、自分で選んだ方を正解にする
人生の選択で、あの時こうしておけば良かったなあと、いうことも、多々あります
でも時を戻すことは決してできない
であれば、選択が正解か失敗かを問うのではなく、選んだ道をいかにすれば正解になるのかを、その後の行動で示していくことがとても大事な気がしました
やっぱりエジソンの名言に従っておくべきだった、と言っても後の祭りです
それを嘆くよりも、じゃあ次に何をすれば、それは成功へ近づくのか、それがとても大事だと思いました
名言が対になってあるのも、実は、どちらでもいい、または、どちらも正解、ということが、ありうるからだと思います
だったら、自分が選んだ道が、その後も正しくあるためには、何をすべきかに、力を集中した方が良いかなあとおもいました
3、自分で選ぶことが大事
どっちを選んでもいいんなら何も考えなくて良くね?と思う節もあるかと思いますが、それはそうではないと思います
最後は自分で選択した!という事実が後々の自分を支えてくれるからと思いました
そうしないといつのまにか、誰々のせいでこうなった、とか
この本にあるようなある偉い人のお言葉に従ったらこうなった、みたいな言い訳がどんどんでてくる、と思います
人生の岐路のような選択の際には、あくまでも自らのパッションの源にどう引っ掛かるのか、をきちんと考えながら、選択する必要があると思います
その上で、思った通りの結果が出なかったとしても、その結果が正解になるまでやり続ける、それが大切になるのかもしれないなあと思いました
実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトルが、「人間は自由の刑に処せられている」
というようなことを言われていたように
選択することはとても勇気と責任が生じると思います
それを最後は自らが判断する
そこから、次の正解への道筋が見えてくる
と思いました
ということで一言で言えば
自分で選んだ方を正解にするノベーション(1901回)
そんな話をしています
参考:本: どっちもある名言集 2026年3月14日 第1刷発行 著者 ペズル 発行所 株式会社ライツ社
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