残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか"

By kotaro zammaBusinessEntrepreneurship
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残間光太郎の"闘うものの歌が聞こえるか" episodes

  • 1人でも救えたらノベーション(1938回)

    坂本美雨さんが、徹子さんに、なぜ諦めずにユニセフ親善大使を続けられるのか?と言う問いへの徹子さんの答えがとても心に刺さりました


    曰く

    "例えば一人の子供でも救えたら。私たちは子供を救うってことはできないでしょう、普通。


    でも一人でも救えたらそれでいいじゃないかって、私は思ってるんです。全部の子供救うのはとても無理でも。


    だから一人の子供を救えたらそれでいいかな。一人でも泣いてる子がいたらちょっとね、抱いてあげらればいいかなって


    そういうところから始めようと思ってる。"


    ここから私は思いました


    1、できない理由を「大きさ」にしない

    2、「一人」は一つの世界である

    3、小さな勝利(Small Wins)


    1、できない理由を「大きさ」にしない


    世界には、今の自分からは見えていないけれども、あまりにも大きな問題があって


    戦争、飢餓、災害、差別、貧困、などなど


    その大きさを前にすると、

    「自分一人が何かをしても、何も変わらない」

    と思ってしまって、日々を送ってしまう


    あまりにも大きな問題を前にして立ちすくんでしまう、見ないふりをしてしまう


    でも、徹子さんは「全部の子供を救う」こと、繰り返される大きな社会課題全体を解決することを、自分の行動の条件にしていませんでした


    全部は救えなくても、一人なら救えるかもしれない。そこからなら、始めることができる


    これは、社会課題や巨大な課題へ向き合うときの、とても大切な視点だと思いました。


    できないことの大きさを見るのではなく、

    自分にできる一歩を考える


    大きな理想を掲げながら、

    目の前の一人に手を伸ばせるか 


    数や、金額の大きさに、ついつい捉われてしまう私ですが、目から鱗が落ちる思いと感動を頂きました


    2、「一人」は一つの世界である


    人を一人救うことができるって、それだけで本当に凄いことだと思います


    その人にとっては、人生の全て、世界の全てだと思います


    その人が自分と考えてみると、自分の全てが失われてしまうこと


    それを救ってくれるというのは、その人からすると、世界を救ってくれたと同じかと思います


    一人は数じゃない


    一つの世界なんだと思いました


    3、小さな勝利(Small Wins)


    組織心理学者のカール・E・ワイクは、1984年の論文 “Small Wins: Redefining the Scale of Social Problems” でこう書いています


    「ひとたび小さな勝利が達成されると、次の小さな勝利を後押しする力が動き始める。」


    また、論文には「問題の規模を行動を促すために大きくすると、フラストレーション、興奮、無力感などが生じ、思考と行動の質が低下する」という趣旨の記述があります


    実は、徹子さんの行動には、一人を大切にする、ということ、目の前のできることから始める、ということから、更に


    大きな社会課題を動かしていく、その第一歩にもなり得ると思いました


    そして、これは、普段の行動においても、同じことが言えると思います


    行動科学者のBJ・フォッグが、Tiny Habits(小さな習慣)で


    「シンプルにすることが、行動を変える。」

    といわれています


    モチベーションは上がったり下がったりする。だから、モチベーションを上げようとするのではなく、行動の方を小さくする。


    本を一冊読むのではなく、一文読む。運動するのではなく、まず運動着を着る。


    そして私は、徹子さんの「一人でも救えたら」という言葉にも、同じものを感じました。


    志を小さくするのではない。

    最初の行動を小さくする。


    そうすることで、動けなかった自分が動き始める。


    そして、その小さな一歩が次の小さな一歩を生み、いつか大きな志へとつながっていく。


    そんなことを思いました


    ということで一言でいうと、徹子さんの言葉を借りて


    1人でも救えたらノベーション


    そんな話をしています


    参考: 徹子の部屋 坂本美雨 2026/8/10 テレビ朝日 https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/guest/0350/

    17 min
  • 余白のフィードバック・ノベーション(1937回)

    編集者の佐渡島庸平(さどしまようへい)さんの「アドバイス」と「感想」の違いについての考え方に、イノベーションを生み出す関係性のヒントを感じました。


    曰く、

    "アドバイスをすると、その通りにしか動かない。アドバイスは、指示に近い。


    それよりも、その状態から連想した自分の体験を話す。すると、それを受けて、相手も連想する。


    具体的な指示に近いアドバイスには余白がなくて、聞いてしまった相手は主体的に動けなくなる。


    もっと余白がたくさんある感想であれば、聞いた相手がその余白を埋めた時に主体的に動ける。


    そして、こちらが想像もしないようなことを行う余地が生まれる。


    使役的な関係ではなく、中動態的な関係を築くためには、アドバイスにならない、感想を言う必要がある。"


    ここから私は思いました。

    1、 アドバイスが創造性を狭めるとき

    2、感想から余白をつくる

    3、想像の上をいく余白


    1、アドバイスは創造性を狭めるとき


    自分も起業家のメンタリングをする場合がありますが、ついついアドバイスをしてしまうことがあるなあと思いました


    特に自分がやってきたことや、失敗したことなど、善意から「こうした方がいい」または「こうやっちゃダメだよ」みたいに


    しかし、それは、職人からの伝承など、定型的なやり方などについては、良いと思うのですが、


    こと、イノベーションのような、本人のパッションが原動力になり、まだ誰も成し遂げていないことに挑戦するような場合は


    創造性の可能性を狭めてしまうことがあるのだなあと改めて思いました


    よくある壁打ちというのは、実は聞いてもらえるだけで良くて、その中で自分で答えを見つけることができる、と言われますが


    実はアドバイスをあえてしない、こちらの方がなかなか難しいのですが、それだけでもいいということもあるなあとも思いました


    2、感想から余白をつくる


    さらに一歩進んだ方法として今回のお話は響きました


    よく先輩に何か聞いた時に「それを考えるのがお前の仕事だ」と丸投げされることもありましたが


    「いる意味ないじゃん」とよく思ってました。それもある意味、あえて放任する育成方法だと思いますが


    そうではない方法として、「感想を言う」、というやり方がある、と言うことは、目から鱗が落ちる話でした


    それは、自分はこう思ったということを伝えながら、対話がはじまり、それをどう解釈して落とし込むかは、全て相手に委ねることができる


    その余白で相手がどう自分自身で変化していくかに、クリエイティビティを発揮してもらえる素晴らしい方法だなあと思いました


    3、想像の上をいく余白


    ある意味、武道でいうところの、守破離なのかもしれないなあとも思いました


    まだ型ができていない場合は、「守」として、型をアドバイスしながら徹底的に教え込むことも大事かなと


    その上で、型を破り「破」、そして想像の上を超えてもらう「離」


    最後の想像を超えてもらうためには、アドバイスをもらってしまうと、その枠からでられなくなってしまうので


    「感想」から対話を始めて、自らの殻を「破」り、    自分自身の答えへたどりつく「離」を実現してもらう


     「相手が今どの段階にいるかによって、教えるのか、感想を返すのかを変えることが必要なのかと思いました


    そのために、佐渡島さんが「使役的な関係ではなく、中動態的な関係」と表現しているところも、とても興味深いです。


     私はここから、「私があなたを動かす」という一方向の関係ではなく、対話の中で互いに影響し合い、そこから何かが生まれていく関係を想像しました。


    誰かの正解通りに動くのではなく、互いの言葉から連想し、それぞれが余白を埋めながら、誰も最初には想像していなかった場所へたどり着く。


     創発を生みたいときに必要なのは、優れたアドバイスを与えることではなく、感想から対話を始め、相手が自ら考えられる余白を残すことなのかもしれません


    アドバイスは「答え」を渡す。

    感想は「余白」を渡す。


    一言でいうと、余白のフィードバック・ノベーション。


    そんな話をしています。


    参考:本: 想像の上をいく アウトプットを引き出す 編集者のフィードバック 令和8年5月1日 初版発行 著 者 佐渡島庸平 発行 株式会社クロスメディア・パブリッシング

    18 min
  • 少数者の声が常識を壊すノベーション(1936回)

    東洋製罐グループホールディングス 会長の大塚 一男(おおつか いちお)さんの言葉にイノベーションの真髄を頂きました


    曰く

    "多分三分の一くらいの人しか賛同されてないと言うことかもしれないけど、それは無視できないんじゃないかなと思うんですよね。


    いろんな人がいるわけですよね。特にハンデキャップを背負った方たちとか、高齢者とか、そういう人たちにもやっぱ便利していきたいわけですね。


    例えばちょっと例がちょっとあれかもしれませんけど、マッチっていうのは両手でないと、つけらないですよね。片手の人って難しいですよね。


    だけど、 100円ライターは片手で付けられますよね。それはハンディキャップの人が便利なだけではなくて、やっぱり健常者も便利なわけで


    やっぱりそのハンデ背負ってきた人たちが、便利になることが、実は世の中みんなが便利になると言うこと。"


    ここから私は思いました

    1、最も痛みの強い人から始める

    2、多数決ではなく、パッションの強さ

    3、少数者の声が常識を壊す


    1、最も痛みの強い人から始める


    昔、QC活動をやっていた時に、パレート図を使って、まずはたくさんクレームがあったり、声がたくさんあがっているところから、手をつけていこう、ということをよくやっていました


    その延長線上で、イノベーションを考える時も、つい「より多くの人が困っていること」を探そうとしてしまうのかもしれないと思います


    パレート図は「全体への影響が大きいところ」を見るけれども、イノベーションは「たった一人でも、痛みが深いところ」を見る。そんな違いがある気がしました。


    最も強く困っている人を見る。


    片手しか使えない人、高齢者、障害を持つ人。


    多数の人にとっては小さな不便でも、ある人にとっては「できない」という大きな壁になることがある。


    その最も強い痛みの中にこそ、まだ誰も解決していない課題が隠れているのかもしれないなと思いました


    ここに、改善型のビジネスと、創発型のビジネスの違いがあるのかもしれないとも思いました


    2、多数決ではなく、パッションの強さ


    大塚さんの


    「三分の一くらいの人しか賛同されてないと言うことかもしれないけど、それは無視できない」


    という言葉が、とても印象に残りました。


    とかく企業や組織の中での、GO or NO GOの意思決定は、わかりやすさと効率性から、多数決に流されることもままある気がします


    しかしながら、イノベーションは、ピーターティールの言葉を借りるなら、「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」にこそ、出現する


    じゃあ何を基準に判断するんだ?と問われたら、私は、そこに熱量があるか、ということに尽きるかと思います


    どうしても、これをやるんだ!誰が反対しても、たとえ、この組織でできなかったとしても、私ははやり遂げて見せる!


    くらいの熱量があるかどうか。それが最も大切な気がします


    そして、もしそれがあるのだとしたら、あとはそれを汲み取ることができる組織としての仕組みがあるか


    またはリーダーがそういう判断ができるイノベーションの本質をわかっている素養がある人なのか


    にかかってくるような気がしました


    3、少数者の声が常識を壊す


    今は基本的には、見えているニーズには、ほとんど誰かがソリューションを作られている時代だと思います


    だからこそ、新しいイノベーションを創発するためには、みんなが、それでいいと思っていること、当たり前だと思っていること


    つまりそれは、人間が抗うことができないバイアス、その中にこそ、新しいイノベーションの種があるということかと思います


    それが見えているかもしれない、少数の人たちを現場100回で見つけ出し、もしかして我々が思っていたことって、実は間違っていたのではないか、もっと違う世界があってもいいのではないか


    ということに気づかせてもらえるかどうかということが大切と思います


    つまり少数者の声は、多数者には見えなくなっている、社会の中の無意識の前提を教えてくれる可能性がある


    そして、その前提を壊すことで新しいものが生まれる。


    ここに、イノベーションの本質があるのではないかと思いました


    多数者の中に答えを探すのではなく、

    少数者の声から、多数者が気づいていない常識のバイアスを発見し、その常識を壊すことで、新しい世界をつくる。


    一言でいうと、少数者の声が常識を壊すノベーション。


    そんな話をしています。


    参考: カンブリア宮殿2026年8月13日放送 世界初!日本初!を連発 知られざる巨大黒子企業

    https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/backnumber/2026/0813/


    20 min
  • 愛する能力ノベーション(1935回)

    映画『アイ・アム・サム』に、人間の能力とは何なのか、深く考えさせられました。


    あらすじは、こんな感じです。

    「知的障害のある父サムは、一人娘ルーシーを育てていましたが、養育能力を問題視され、娘と引き離されてしまいます。サムは娘と再び暮らすため、弁護士の力を借りながら闘っていきます。」


    ここから私は思いました。

    1、能力とは何か

    2、弱さは、つながる力になる

    3、愛する能力


    1、能力とは何か


    学校も会社も就職も、様々な試験によって「能力」を測られるので、それに合格するために必死にみんな頑張っているんだと思います


    確かに提供すべきサービスを、サービス提供者になったら、きちんと提供する必要があるので、それは必要なことなんだろうとも思います


    そんな世界では、サムには、できないことがたくさんあります。


    けれど、娘を愛するという「能力」においては、彼は誰にも負けないものを持っていました。


    ここに、この映画が突きつけてくる大きな問いがあるように思います。


    そもそも、人間の能力とは何なのだろう。


    測りやすい能力だけを「能力」と呼んでしまった瞬間、私たちは、人間にとって本当に大切な「能力」を見失ってしまうのかもしれないなあと思わせて頂きました


    2、弱さは、つながる力になる


    サムは、一人ではルーシーを育てられないから、周りの人たちに助けてもらいます。


    普通なら、それは親としての「弱さ」と評価されるかもしれません。


    ここで、戸谷洋志さんの『弱い責任』という考え方を思い出しました。


    私は、自分でできないからこそ、積極的に人に頼りに行くことが、本当に責任を果たすということになるのではないかと思いました。


    「一人でできない」ということを認め、誰かの力を借りることも、一つの能力なのではないかと思いました。


    弱さを隠して一人で抱え込むのではなく、弱さを開くことで、人と人との間につながりが生まれる。


    サムの子育ては、一人の強い父親が娘を守る物語ではなく


    弱さを持った人たちが互いに補い合いながら、一人の子どもを育てていく、つながりの物語にも見えました。


    3、愛する能力


    今回のお話から私が感じたのは、もしかしたら、人間が持つさまざまな能力の中で、最も根源的なものの一つが「愛する能力」なのかもしれない。いうことでした。


    記憶力がいい人もいれば、頭の回転が速い人もいれば、人の気持ちを慮ることができる人もいる。


    各々、背が高い人がいたり、筋力が強い人がいたり、走るのが速い人がいたり


    身体と同じように「能力」も、人それぞれで得意なこと、不得意なことがあるのが、自然だし、それが特徴として、個性が生まれるのかなとも思います


    そんな中で、もしかしたら、誰もが根源的に持っていて、そして最強な「能力」は、「愛する能力」なのかもしれないなあと思いました


    そして、その「能力」を忘れずにいられれば、得意なことや不得意なことが違っていても、互いに補い合いながら生きていけるのではないか。


    サムがルーシーに与え続けたものは、まさにそれだったような気がします


    「できること」の量だけで測る社会から、


    「誰かを愛することができる」という、数値化できない能力も大切にする社会へ。


    イノベーションも同じなのかもしれません。


    足りないものを探して人を排除するのではなく、その人にしかない力を見つけ、それぞれの弱さを補い合う。


    そこから、今までとは違う社会の形が生まれてくるのではないでしょうか。


    それは、イノベータリップルモデルの、誰かの「パッション」から、自分だけではできないところを「仲間」と共に補い合いながら、誰かが喜んでもらえる「大義」へと波紋が広がっていくのにも、呼応することかと思います


    一言でいうと、愛する能力ノベーション。


    そんな話をしています。


    参考作品:映画『アイ・アム・サム(I am Sam)』2001年/監督:ジェシー・ネルソン/Amazon Prime Videoにて視聴

    参考:戸谷洋志『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』講談社現代新書、2024


    動画で観たい方はこちら

    https://youtu.be/kuR0aebDAfE


    18 min
  • 最も小さい人から見る世界ノベーション(1934回)

    イエズス会の神父の李聖一さんの言葉にイノベーションのあり方について、考えさせられました


    曰く

    ”他者への他者っていう時に、アザーズっていう時によく言われるキリスト教って、隣人愛の宗教ですよねとかっていう


    隣人という概念とは全然違います。


    私の隣人とか私の近くにいる人じゃないんです。


    アザーズっていうのは最も小さい人々


    そしてこの正義というものから、弾き出されている抑圧されている人々”


    ここから私は思いました

    1、他者とは、私の近くにいる人ではない

    2、正義から弾き出される人を思う

    3、最も小さい人から世界を見る


    1、他者とは、私の近くにいる人ではない


    ここで言われている通り、私も「隣人愛」とは、周りにいる人たちのことを指しているのかと思っていました。


    しかし、今回のお話の中で語られるアザーズ:他者とは、「最も小さい人々」。


    私はこの言葉を聞いて、むしろ、自分から遠く離れた人にまで想像力を向ける、ということなのかと思いました。


    価値観も違う。境遇も違う。自分とは接点すらなく、放っておけば、その存在に気づくことさえない人。


    そういう人たちの存在にまで目を向けるという考え方に、とても考えさせられました。


    哲学者エマニュエル・レヴィナスは、他者を、自分の理解の中に完全には回収できない存在として捉えました。


    つまり、自分が理解できる人だけを見るのではなく、自分には理解できない人がいるということを、まず認識する。


    そして、その人の側から世界を見ようとすることができるか。


    私はこの「他者」という考え方に、宗教という枠を超えて、社会やイノベーションを考える上でも大切な視点があるように思いました。


    2、正義から弾き出される人を思う


    正義とは、本来、人を守るためのものですが、土地と場所、文化、風土、育ち方が違えば、各々の正義がそこにはあるということに難しさを感じることがあります


    『進撃の巨人』の壁の内側と壁の外側で正義が違うように、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンとジャベール警部の正義が違うように、


    各々の正義があるがゆえに、その正義から弾き出されてしまう人が生まれることもある


    だからこそ、本当に問わなければならないのは、


    「これは正しいか」だけではなく、「この正しさから、誰がこぼれ落ちているのか」ということも重要ということを、改めて教えていただけた気がします


    正義の中心に立って世界を見るのではなく、その正義から弾き出された人の側から、もう一度世界を見直してみる。


    そこに「他者」という存在が持つ、大きな意味があるようにも思いました


    3、最も小さい人から世界を見る


    そして私は、ここにイノベーションの原点もあるように思いました。


    イノベーションというと、例えば成長産業を狙えなど、多くの人に受け入れられるものをつくることだと考えがちですが


    しかし、本当に世界を変えるものは、むしろ、これまで見過ごされてきた「一人」から始まるのかもしれないとも思います


    その人の場所に立って世界を眺めてみると


    すると、それまで当たり前に見えていた社会の仕組みに、まったく違う景色が現れるのではないかと


    最も小さい人は、社会の弱点を最も早く教えてくれる存在でもあるとも思いました


    だから、その一人のために仕組みを変えることは、単なる救済ではなく、その一人が見せてくれた世界から、これまで誰も気づかなかった課題を発見し、新しい仕組みをつくっていくことができる


    それこそが、真のイノベーションなのかもしれないなあと思いました


    多数の人が見ている場所から、未来を見るのではなく


    最も小さい人の場所に立ったときに初めて見える未来がある。


    一言でいうと、最も小さい人から見る世界ノベーション。


    そんな話をしています。


    参考: NHK こころの時代~宗教・人生~“他者のために” アルペ神父と広島8月10日(月) https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973

    15 min
  • 生き方を受け継ぐノベーション(1933回)

    診療所医師でありパイロットでもある次田展之(つぐたのぶゆき)さんが、離島医療に挑戦するきっかけについて語った言葉に、深く考えさせられました。


    曰く

    "彼だって、やっぱすごいリスク負ってたわけですよ。人生かけてね。


    で、まあそういう精神っていうのをね、多分自分も受け継いではいるんですよ。


    だからやっぱり僕もその勤務医っていうね、安泰安定した立場にずっといたらダメだなと思ったわけですよ。


    だから僕にしかできないことって多分あるんだろうなと思って


    だから多分ロックさんと飛んでなかったら、僕は離島医とかに挑戦してないんですよね。"


    ここから私は思いました

    1、挑戦は伝染する

    2、自分にしかできないことは何か

    3、生き方は次の生き方を生む


    1、挑戦は伝染する


    私が会社に入った頃は、将来は1人で生きていける人間になりたいなと、漠然と思っていましたが、このような形で、独立するとは思っていませんでした


    2013年にオープンイノベーションという手法にであって、7年間スタートアップ企業の皆様と触れ合わせていただいたことが


    自分自身も、人生のリスクを背負いながら、自分の足で歩いてみたいと、思わせてもらえたと思います


    私の他にも、来ていただいた方の中から、スタートアップの皆様の生き様に触れて、自分も何かやりたくなった、という人は、少なくなかったと思います


    誰かが本当にリスクを背負い、自分の人生をかけて何かに挑んでいる姿を目の前にしたとき、その生き方そのものが、こちらの心を突き動かす、そういうことが実際にあるなあとつくづく思います


    次田さんが受け継いだのも、ロックさんのアクロバット飛行の知識や技術だけではなく、「人生をかける」という精神だったのかもしれないなあと思いました


    挑戦する人の存在やパッションが、別の人の中に眠っていた挑戦する心を呼び覚ます


    私が今、オープンイノベーションのイベントをやっているのも、そういう人たちのパッションに触れて自分自分も鼓舞されるし、さらに、そこに来ていただける方々にも、挑戦のかけらを味わってほしいという思いがあるなあと思いました


    2、自分にしかできないことは何か


    次田さんの、フライングドクターというのは、唯一無二の存在だなあと、感動しました


    それは、自分にしかできないことは何かを探された結果なのかと思います


    それはある意味、自分軸と仕事軸の掛け合わせなのかもしれないなあと思いました


    自分軸である、アクロバット飛行という経歴と、仕事軸である医師というものが、かけ合わさった先に、離島でのフライングドクターという、新たなイノベーションが生まれたという考え方もできるかなと思いました


    企業向けのイノベーションのワーキングの中で、私はいつも、自分軸を見つめ直すことと、会社軸との交わりを考えてみるセッションを行うのですが


    それは、仕事の中ではないところに、その人ならではの人生の中でのパッション溢れることがあって、それと掛け合わせることによって


    まさに、その人だからこその価値が浮かび上がってくる


    そんな形で、自分にしかできないことを、探ってみるということも、ありなのかもしれないなあと思いました


    3、生き方は次の生き方を生む


    内村鑑三さんの、後世への最大遺物の話を思いだしました


    思想、ビジネス、お金、いろいろ遺すものはあると思いますが、誰もが残せるのは、その人の、生き様であると、いうような内容がとても好きです


    ロックさんの生き様が、次田さんのフライングドクターを産んだように


    きっと、フライングドクターの生き様を見られた方が、次のパッション溢れる人の生き様を産んでいくのだろうなあと思いました


    それは、決して、特別な人生を歩んだ人の特権ではなく、自分の親の生き様や、先輩の生き様、友人、知り合い、たまたま旅先で出会った人


    様々な人たちの生き様が、自分の中に新しい気づきを置いて行ってくれているし、自分自身の生き様も、きっと、誰かの心の中に、少しでも、何らかの光を灯してくれる


    そんなことになっているのではないかなあと思いました


    ということで、一言で言えば


    生き方を受け継ぐノベーション


    そんな話をしています


    参考:MBS  情熱大陸 2026年08月09日(日) 放送分 次田展之 診療所医師・パイロットVol.1414  空を飛び 島民の命を守る 瀬戸内海の“フライングドクター” https://www.mbs.jp/jounetsu/2026/08_09.shtml


    12 min
  • 利他は合理的であるノベーション(1932回)

    実験寺院 寳幢寺(ほうどうじ) 僧院長の松波龍源(まつなみ・りゅうげん) さんと、深井龍之介さん、野村高文さんとの対談からの、お釈迦さまの教えの解説に、目から鱗が落ちる思いでした


    曰く

    "たとえ人生が1回きりであっても、先ほどお話ししたように、私という存在は他者に担保されているのだから、自分の利益のためには鏡写しの存在である他者の利益も最大化する必要がある。  


    さらに、人生が無限繰り返しゲームである可能性も否定できないのだから、相手を出し抜こうとする行動は、未来のあなたの損になりますよという説得方法。


    お釈迦様はこの二段構造で、人びとの心にアプローチしたんじゃないでしょうか。"


    ここから私は思いました

    1、他者の利益は自分の利益

    2、人生を繰り返しゲームとして捉える

    3、利他と利己を超える視点


    1、他者の利益は自分の利益


    ギブアンドテイクという言葉は、特にビジネスの世界では、商慣習としても使われるものかと思いますが


    この考えの凄いところは、ギブのみで、テイクしなくても、それは、自分の利益になっている、という考えかと思います


    なぜなら、私は他人の存在なしにいられないから写し鏡であり、他人との信頼関係の上でも、自分に損が降りかからないようにできるから


    という考え方は、ある意味、とても論理的な、納得感があるなあと、目から鱗が落ちるようでした


    他者を損なうことは、結果的に自分が生きる環境を損なうことにつながる。一方で、他者の利益を増やすことは、自分の生きる世界を豊かにするということかなと


    この意味で利他とは自己犠牲ではなく、「自己と他者を切り離さない視点」という捉え方ができるのかもしれないなと思いました


    2、人生を繰り返しゲームとして捉える


    ”輪廻転生”ということが、本当にあるのかどうかは別として、考え方として、関係性は、長期に続いていくという捉え方をしたら


    その時の関係が終わればいいという判断は、難しくなってくるというところが、非常に面白い考え方だと思います


    これはまさにゲーム理論で、一度きりの関係と繰り返される関係で合理的な行動は変わるのと同様で


    一度きりなら裏切りが得になる場合もあるが、関係が続くなら話は違ってきて


    短期的な利益のための裏切りは、長期的には信頼や機会の損失として跳ね返ることになる


    人生も同様で、他者を出し抜く行為は一時的な得に見えても、長期的には自分の可能性を狭めていくことになるので


    ここからも、利他は道徳ではなく、時間軸を長く取ったときに現れる合理性なのだということだなあと思いました


    3、利他と利己を超える視点


    今回のお話の本質は、「利他を選びなさい」という単純な道徳ではないのだということを教わった気がします


    他者を大切にすることは自分を大切にすることでもあり、その行為は未来の自分にも返ってくる、という構造にあるのだと


    この視点に立つと、「利他か利己か」という対立自体が意味を失って


    他者の幸福を増やすことが、自分の幸福を増やす世界をつくるということに行き着くような気がしました


    それは、イノベータリップルモデルの、自らのパッションから、仲間と共に、誰かの喜ぶことを実現する大義を持つ


    という構造とも、とても響き合うと思いました


    一言で言うと


    利他は道徳ではなく構造であり、短期と長期、自己と他者を統合したときに現れる合理性なのだと


    利他は合理的であるノベーション


    そんなことを思いました


    参考:本: 視点という教養 世界の見方が変わる7つの対話 紙書籍発行日 2022年6月20日  著者 深井龍之介・野村高文  発行所 株式会社イースト・プレス

    15 min
  • 社会貢献で人を育てるノベーション(1931回)

    日建設計の大松敦社長の言葉に、社会貢献への向き合い方を教えて頂きました


    曰く

    "日建設計の基本にね。価値ある仕事で社会に貢献する。その仕事を通じて人が成長する。最後に会社も発展すると。


    会社にとっては短期的に見ると、これ良くないかもしれないけど


    社会にしっかり貢献することで、一緒にやったプロジェクトメンバーも育つし


    それはひいては 5年後 10年後必ず会社の発展にもつながりますよという信念で説得しました"


    ここから私は思いました

    1、社会貢献は見せかけではない

    2、会社軸と社会貢献軸の交わりが何か

    3、会社の大義に入れ込む


    1、社会貢献は見せかけではない 


    以前、SDGSプロジェクトのご支援をさせていただいたことがあって、本業で貢献しているところもあれば、ある意味、これもSDGSに入れることもできるのではないか的な、アピールの要素もあった気がします


    それだけ、社会貢献型ビジネスや、ソーシャルインパクトのビジネスというのは、通常の企業経営と、共に進めていくというのはコストもかかり、手間もかかり


    相当な揺るぎないパッションがないと難しいものなのかもしれないなあとも、思います


    今回のお話を聞いて、日建設計という企業は、会社の在り方にそれが組み込まれて、会社経営と両立することを実践している企業なのだなあと感動しました


    2、会社軸と社会貢献軸の交わりが何か


    今回の、日建設計の大松敦社長のお話は、まさに、会社軸と社会貢献軸の交わりに答えを出している、という意味で、画期的な考え方だと思いました


    つまり、その会社経営軸と、社会貢献軸の、交わりの部分は、人材育成である、という、発見をされた、または定義されたということなのかもしれないなあと思いました


    会社経営においては、人材育成は、売り上げを上げ、利益を創出するためには、最も重要なことなので


    すぐには利益は出なくとも、社会貢献をすることにより、人材が育成されるという果実を得られるのであれば、それは会社経営の根幹を支える活動になる


    それが中長期的に、会社を伸ばすことに繋がるというのは、単なるアピールではない、本気で社会貢献ありきで取り組むモチベーションになるなあと思いました


    3、会社の大義に入れ込む


    さらに驚きなのは、それが、会社の基本理念に明確に記述されているということでした


    それによって、今の社長が言っているだけでなく、今後、会社が存続する限り、その考え方で、会社がドライブされていくことになる、ということに繋がると思います


    社会貢献をすることこそ、会社経営の根幹である人材を育成することに繋がり、それがひいては、会社の利益にも貢献することになる


    この方程式が、会社のミッションに、仕組み化されているからこそ、お題目やアピールではない、本物の社会貢献が企業活動として実現されていくのだと思いました


    経営学者のドラッカーさんが言われていた

    「企業の社会的責任とは、社会問題を経済的な機会や利益へと転換することである」

    というようなお話と、とても符合すると思いました


    ということで一言で言えば


    社会貢献で人を育てるノベーション


    そんなことを思いました


    参考:カンプリア宮殿【一級建築士が1000人!日本最大の建築家集団 2026/8/ 7(金)テレビ東京 https://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/smp/

    18 min
  • ほんの一つでもノベーション(1930回)

    警視庁で「神」と呼ばれる捜査支援分析のスペシャリスト、三浦達也さんの言葉に、深く考えさせられました。


    "自分は何をやってもダメだみたいなことを思ってしまう人もいるかもしれないけど、それは決してそうじゃなくて


    何か失敗するっていうことは、自分が否定されることじゃないですよね。


    ほぼほぼ人生すべてと言っていいほど挫折ですけど、ほんの一つでも、自分に向いてたことがうまくいったから


    そういうチャンスは絶対あると思う。

    すべての人に。


    だから諦めるな。

    何かある、絶対ある。"


    ここから私は思いました

    1、失敗と自己否定を分ける

    2、ほんの一つを探し続ける

    3、「何かある、絶対ある」を信じる


    1、失敗と自己否定を分ける


    何かに失敗したとき、私たちは「これは自分には向いていなかった」という出来事を、「自分はダメな人間だ」という自己否定に変えてしまうことがあると思いました


    しかし、失敗したのは「自分」ではなく、「その方法」や「単に自分には合わなかった」だけってことが、たくさんあると思います


    心理学者キャロル・ドゥエックが提唱した「グロース・マインドセット」では


    「自分の基本的な資質は伸ばすことができると信じている人にとって、失敗は傷つくものではあっても、その失敗がその人自身を定義することはない。」


    と言われています


    失敗は、自分の価値を証明する判決ではない。


    むしろ、「ここではなかった」と教えてくれる情報なのだと思います。


    2、ほんの一つを探し続ける


    三浦さんの言葉で特に心に残るのは、


    「ほんの一つでも、自分に向いてたことがうまくいった」


    というところです。


    人生のすべてで成功する必要などない。


    十の挑戦のうち九つがうまくいかなくても、残った一つが、自分の人生を大きく変えることがあると思います


    ユニクロの柳井正さんは『一勝九敗』と言われていました。


    10回新しいことを始めれば9回は失敗する。だとすれば、9回の失敗は「自分には何もない」という証明ではなく、「一つ」にたどり着くための過程なのかもしれないなあと思いました


    自分の才能そのものがないのではなく、まだ、その才能が生きる場所に出会っていないだけかもしれない。


    だから大切なのは、失敗しないことではなく、


    「自分の一つ」に出会うまで、試し続けることなのだと思いました。


    3、「何かある、絶対ある」を信じる


    「だから諦めるな。

    何かある、絶対ある。」


    この言葉に、挫折を繰り返してきた、三浦さんだからこそ、語れる熱いパッションを感じました。


    「ほぼほぼ人生すべてと言っていいほど挫折」と語った人が、その果てにたどり着いた言葉だなあと思います。


    プロデューサーの秋元康さんが、売れる人と売れない人の違いは、あと1ミリで届くところにいるのに、諦めちゃうかどうかが分かれ目、というようなことを言われているのを思い出しました


    百のことができなくてもいい。


    ほんの一つ、自分だからできること。

    ほんの一つ、自分が夢中になれること。

    ほんの一つ、誰かの役に立てること。


    その一つとの出会いが、それまでの挫折の意味さえ変えてしまう。


    だから、まだ見つからないなら、探し続ければいい。


    「何かある、絶対ある。」


    三浦さんから、とても勇気の出る言葉をいただいた気がしました


    一言でいうと、ほんの一つでもノベーション。


    そんな話をしています。


    参考: プロフェッショナル 仕事の流儀 神と呼ばれる男 警視庁警部補の記録〜捜査支援分析・三浦達也〜

    8月8日(土)  https://www.web.nhk/tv/an/professional/pl/series-tep-8X88ZVMGV5/ep/NR3MRPNRWM

    17 min
  • ハリーポッター・ノベーション(1929回)

    ファンタジー小説のハリーポッターで、ハリーが両親のお墓を前にして、墓碑銘の意味を考える場面に、ハリー・ポッターの真のメッセージを感じました


    "ハリーは、たった一度しかその意味を理解するチャンスがないかのように、ゆっくりと墓碑銘を読み、最後の言葉は声に出して読んだ。


    『最後(いやはて)の敵なる死もまた亡ぼされん』


    「この意味は・死後に生きること」

    「そうね・・・・・死を超えて生きる。」


    しかし、両親は生きていない、とハリーは思った。

    死んでしまった。

    空虚な言葉で事実をごまかすことはできない。

    両親の遺体は、何も感じず、何も知らずに、雪と石の下に横たわって朽ち果てている"


    ここから私は思いました

    1、死を直視する

    2、最後の敵とは何か

    3、死を超えて残るもの


    1、死を直視する


    ハリーポッターの素晴らしいのは、魔法というファンタジーの世界なのだけれども、実は現実の世界の痛みがありありと描かれているところだと思います


    絵画や鏡の中に、死んだ人たちが蘇っているように見えても、実はそれは、本当の生きていた人とは、全く別のものになっている


    つまり、死は、魔法では超えられない、だからこそ、生きている時の懸命さに、光が当たっているのだと思います


    死という取り返すことのできない現実を直視する。それでも、その先を生きる、次の新たな世界へ踏み出せる、みんなそういうものなんだよということを、ハリーは教えてくれてる気がしました


    2、最後の敵とは何か


    『最後(いやはて)の敵なる死もまた亡ぼされん』


    この墓碑銘の言葉は、聖書に書かれている言葉だそうですが、我々の最後の敵となるのは、死であるということかと思います


    確かに、どんなにお金持ちであろうと、名誉があろうと、誰にでも必ず訪れるのが死であるので、人類共通の敵は何かと言われたら、死、ということなのかもしれません


    宇宙人が攻めてきて、初めて人類は一つになれるのでは?という話もありますが、もし、人類共通の最後の敵が「死」なのだとしたら、その敵を前に、人類はもっと一つになっても良いのではないかとも思いました 


    最大の敵である、死をどのように捉えて、どのように戦い、そして乗り越えようとするのか


    人類同士で争ってる場合ではなく、死、そのものに向き合うことで、みんなが一つになれる


    そんなメッセージでもあるような気がしました


    3、死を超えて残るもの


    ハリーのお母さんが、ハリーをヴォルデモートから救い、そして勝利した最後の魔法は、愛、だったのではないかと思います


    それは、我々マグルでも唯一使える魔法にて、どんな魔法にも負けることがない、最大の魔法と言っても良いのかもしれないなと


    その魔法は、物語の中でもハリーを救い、そしてこれからの生きる力を与えてくれて、物語を抜け出して、我々の心にまでも、影響を及ぼしてくる、決して消えることのない、魔法


    我々はハリーと同じように、その最大の魔法の使い方を、ホグワーツみたいなところで、もっともっと学ばなければならないと言われている気がしました


    イノベーターリップルモデルで言えば


    パッション

    我々は実は、愛という最大の魔法を持っている


    仲間

    人類共通の敵である、死に対して、愛を持って一致団結できる


    大義

    愛を受け渡していくことで、死を超えて生きていく


    そんなことを思いました


    一言で言えば

    ハリーポッター・ノベーション


    そんな話をしています


    参考: こころの時代~宗教・人生~ファンタジーに秘められた宗教 (5)『ハリー・ポッター』8月3日(月) https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-X83KJR6973/ep/WQGQG337GR

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