Jennykaede

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Jennykaede episodes

  • 暮らしの基本--2016/11/3
    暮らしの基本--2016/11/3

    おはよう

    投げたボールは、投げたように自分に返ってきます。乱暴に投げれば、乱暴に返ってきますし、やさしく投げればやさしく返ってきます。今日はどんなボールを投げましょうか。今日もていねいに。


    こんにちは

    今日会う人は、みな自分に何かを教えてくれる先生と思って接しましょう。そういう気持ちでいれば、何かひとつかふたつは、必ずためになることに気がつくでしょう。いい一日を。

    おやすみなさい

    自分を傷つけることなく、人のことも傷つけることのない言葉を使うことが大切です。感情的になっても、丸くやわらかな言葉を使うよう心がけましょう。おやすみなさい。
    2 min
  • 松浦弥太郎《日々の100》——005
    《日々の100》
    松浦弥太郎

    005 村上開新堂のクッキー

    「いつもは家族の誰にもあげないのだけれど、今日は特別に君にあげよう。さあ、どうぞお食べになって」

    下戸(げこ)の僕に気遣って、宴たけなわの頃、家の主(あるじ)はピンク色をした箱をうやうやしく開けた。中を覗く(のぞく)と、クッキーは、ほんのわずかしか残っていなかった。

    「美味しいのを最後にとっておいているんだ。残っているのは美味しいのばかりだぞ」

    「全部食べたら一生言われるわよ。俺の大切なクッキーを残さず食べたってね。いつもは絶対、誰にもあげないのに」

    主の奥方(おくがた)は、面白がって笑いころげた。

    パステルグリーン色をした、どんぐりの帽子よりも小さなメレンゲをつまんで口に放る(ほうる)と、抹茶のほのかな苦味(にがみ)が口に溶けて、幸せな気持ちになった。

    「僕は、僕の好きなものを君に全部教えたいんだ」

    そう言うって主は、言葉で僕を酔わせた。

    僕にとって、村上開新堂(むらかみ かいしんど)の詰め合わせクッキーは、特別なごちそうだ。亡き祖父の大好物(だいこうぶつ)だったからだ。二十七種類もの宝石が詰め込まれた、およそ一万円するクッキー缶。祖父から食べさせてもらったことは二度しかなかった。

    その日、主の顔が祖父に見えて仕方なかった。

    クッキーをかじるとカリッと音がした。

    3 min
  • 坂本真绫欧洲游记——From Every Where 4-1
    【4日目】-1

    たった3日間しかいなかったのにパリに愛着が湧きすぎてものすごく名残惜しい。1カ月後にまた戻って来る予定だけど、もしチェッコに行ってみてつまらなければすぐに引き返して、そのままずっと最後までパリに居てもいいかもしれないとすら思うほどに、この街が好きになっていた。

    朝8時、ホテルをチェックアウトして、ずっと行ってみたかった向かいのパン屋さんでできたてアツアツのパン オ ショコラを買ってから空港へ。 

    平日の朝のメトロはラッシュアワーで大混雑していた。私が大荷物を抱えながら乗り換えのホームを探してウロウロしていたものだから、先を急ぐビジネスマンたちからは少し迷惑そうな視線を浴びた。東京のラッシュだってかなりの人の多さだけど、パリでは背の高い人ばかりに囲まれて余計に圧迫感がある。お財布をすられないように、駅を乗り過ごさないようにと、ずっと警戒していたせいも、たぶんある。私はまた、突然あのイヤな感じに襲われて、たまらず電車を途中で降りてしまった。

    この、イヤな感じ、というのは。いつからか、混雑する電車や駅と駅の間隔(かんかく)が長い急行電車などに乗ったときに私に起こるようになったもの。突然スイッチが入ったように自分でもどうしようもない不安感が止めどなく湧いてきて、息苦しくなって、とにかくその場に居られない、一刻も早く逃げ出したいという気持ちに駆けられてしまう。もしまた同じことが起きたらと思うと怖くて、もう何ヵ月も電車に乗るのを避けていた。だんだん人の多いところも嫌いになって、外に出るのも億劫(おっくう)になってきて……。一体どうしたんだろう私は。克服したい。負けたくない。

    負けてたまるか。でも、誰にも言えなかった。

    普段の生活の中ではきっかけが掴めないけど、もしかして外国まで行って本当にひとりきり、誰も知らないところでなら……。余計なことを考える暇もないような非日常の世界に飛び込んでしまえば、むりやりにでも自分のペースを取り戻せるかもしれない。私にとってはこの旅で、ただ電車に乗って移動するということ。外へ出て好きな場所を好きなだけ歩くということが実はとても勇気のいる、最大の課題(かだい)だったのだ。

    5 min
  • 日本の昔话17——いなばの白ウサギ
    いなばの白ウサギ

    むかしむかし、隠岐(おき→島根県)の島という小さな島に、一匹の白ウサギが住んでいました。
     ウサギは毎日浜辺に出ては、海の向こうに見える大きな陸地に行きたいと思っていました。
     ある日の事、良い事を思いついた白ウサギは、海のサメに言いました。
    「サメくん、ぼくの仲間と君の仲間と、どちらが多いか比べっこをしよう。君たちは向こう岸まで海の上を並んでくれ。ぼくはその上を数えながら飛んでいくから」
    「いいよ」
     お人好しのサメは、白ウサギの言う通りに向こう岸まで並びました。
    「じゃあ、始めるよ。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・」
     白ウサギはサメの上をジャンプしながら、向こう岸まで渡りました。
    「やーい、だまされたな。比べっこなんてうそだよ。お人好しのサメくん。ぼくはこっちに渡りたかっただけなのさ」
     それを聞いたサメは怒ってウサギをつかまえると、ウサギの皮をはいでしまいました。
    「うぇーん、痛いよ!」
     皮をはがされたウサギが泣いていると、若い神さまたちがそこを通りかかり、
    「海水をあびて、太陽と風にあたるといいよ」
    と、言いました。
     ウサギが教えられた通り海水をあびると、ますます痛くなりました。
     そして太陽と風に当てると、さらにもっと痛くなりました。
     そこへ、大荷物を持った神さまがやってきました。
     その神さまは、意地悪な兄さんたちに荷物を全部持たされていたので、遅れてやってきたのです。
    「かわいそうに、まず池に入って、体の塩気を良く洗うんだ。それから、がまの穂(ほ)をほぐしてその上に寝転がればいいよ」
     ウサギがその通りにすると、やがて痛みも消えて、全身に元どおりの毛が生えてきました。
     この心やさしい神さまは、のちにオオクニヌシノミコトと呼ばれ、人々にうやまわれたそうです。

    おしまい

    3 min
  • 松浦弥太郎《日々の100》——004
    《日々の100》
    松浦弥太郎

    004 エンリーべグリンの財布

    二年に一度、財布を新調(しんちょう)している。

    二十代半ば(なかば)の頃、十歳以上年上の人達ばかりとつきあっていて、「財布はいいものを持たないといけない」と口うるさく言われた。すでに世に出て、何かしらの仕事を成した大人たちの言葉は重かった。「そんなよれよれの財布には、いつまでたってもお金は入ってこないぞ」こうまで言われると、どれほど愛着(あいちゃく)ある財布であっても替えたくなった。僕の唯一の取り柄(とりえ)は素直さだ。

    どんな財布がいいのか、と訊くと、シンプルで、大きくて、上質で、しっかりとしていて、一歩下がったところから眺めて(ながめて)きれいと思うものがいい、と教えてくれた。そして、いつも手入れをしなさい、とも。財布の中身は、いつも整理整頓(せいりせいとん)しておくこと。カード類は最低限にすること。革製(かわせい)なら週に一度は磨くこと。パンツの後ろポケットなどに入れたまま座ったりしないこと(これはお金を尻に敷く(しく)ことになるから絶対駄目だと言われた)。お札の向きは必ず揃えること。できれば小銭(こぜに)入れを別に持つこと。一つの財布を二年以上使わないこと。その人は僕と膝(ひざ)を突き合わせながら話してくれた。最後に、これこそお金に不自由しない秘訣(ひけつ)だ、とつぶやいた。

    ここ数年、イタリアのレザーブランド、エンリーべグリンの財布を愛用している。財布の教えはずっと守っている。秘訣は正しい。

    5 min
  • 坂本真绫欧洲游记——From Every Where 3-2

    ご安心ください。旅の始まりは快調です。私はパリを楽しんでいます。昨日まではどうしてもクセで「サンキュー」「ハロー」と英語で挨拶していたけど「メルシー」「ボンジュール」が板についてきたし。こんな短い時間の間にも人って少しずつ、しかし確実に環境に順応(じゅんおう)していくものなんですね。

    メトロのドアに、歩き食い……私からの最初の手紙がこんなばかばかしい報告であなたは拍子(ひょうし)抜けしたかもしれません。凱旋門とか、ルーブル美術館とか、ヴェルサイユ宮殿の話を待っていたかしら。初めてパリに来たというのに私はまだ観光地らしいスポットにはほとんど足を運んでいないんです。かろうじてエッフェル塔の足もとまでは行ってみたものの、エレベーターが何基か故障中らしくてふもとには展望台へ行く人たちの行列がとぐろを巻いっていたので上へはのぼらなかったし。他人から見たら「せっかくパリまで行ってなぜそんなもったいないことを!」って言われちゃうのかも。けれど取るに足りない小さな出来事をひとつひとつ噛み締めながら積み重ねたこの3日間は、私にとってはとても濃厚で、良い時間でした。

    最後にもうひとつ。たわいもない。けれど私にとっては驚くべき事件がありました。

    今日帰り道で突然雨が降り出して、傘も無いし、雨脚(あまあし)はどんどん強くなるし、ひとまずお肉屋さんの軒先(のきさき)に避難してしばらく雨宿り(あまやどり)させてもらうことにしたんです。なかなか降り止まなくて、空を見上げて……気がついたらそのまま30分も経(た)っていました。この私が、たかが雨のために足を止めるというだけでも驚きなのに、30分もじっとしているなんてありえないことです。

    もっと驚いたのは、その交差点のあっちこっちには私と同じように店先で雨宿りする人たちがたくさんいて、その誰もが動こうとしないこと。あの人たちはいつもああしているのだろうか。

    ねえ、雨宿りなんて、あなたは最近いつしましたか?いつ終わるかもわからないものが通り過ぎるまで、あらがわず、求めず、ひたすら待っているなんて、なんて豊かなことだろうとひそかに感動しました。雨宿りとはなんて穏やかで、平和な光景でしょう。私が旅に出ると言ったときちょっぴり批判めいた口調で「贅沢だね」と言った人たちに、この最上級の贅沢を見せてあげたかったです。

    明日の朝の便で2つめの目的地に向かいます。せっかく呼吸が合ってきた気がするのに、パリとお別れなんて寂しい。でも帰国の直前にもう一度戻って来るので、その時またじっくり堪能(たんの)しようと思います。

    いちばん初めにこの町に来て本当によかった。優しい人たちや美しい街のおかげで、旅立つ前に不安だった気持ちは全部いい意味で裏切られて、ふんわりした明るい予感が私を包んでくれています。正直なことを言うと、もう充分かもしれないなんて、ちょっとだけ思っています。たくさん寝たし、ゆっくりと時間が流れ、気分が上向いて(うわむいて)、旅に求めていたものはすでに手に入れてしまったのかな……なんて。あと1ヵ月以上も旅は続くのに。

    とは言えもちろんまだ帰りません。次はプラハから手紙を書きます。それでは、また。

    パリにて
    6 min
  • 日本の昔话16——おだんごコロコロ
    おだんごコロコロ

    むかしむかし、おだんごを作るのが、とても上手なおばあさんがいました。
     ある日の事、おばあさんがおだんごを作っていると、そのうちの一つが、コロコロコロと、転がり落ちて、外へ行ってしまいました。
    「これこれ、おだんごよ、待ってくれ」
     おだんごは、コロコロコロコロ転がって、道ばたの穴にストンと落ちました。
     追っかけてきたおばあさんも、続いて穴の中にストンと落ちてしまいました。
     穴の中は広い原っぱで、石のお地蔵さまが、たいくつそうに立っています。
    「お地蔵さま、わたしのおだんごが、来なかったかの?」
    「きた、きた。わしの前を通って、向こうの方へ、コロコロコロ」
    「ありがとよ」
     おばあさんが少し行くと、また、お地蔵さまが立っていました。
    「そのおだんごなら、向こうの方へ、コロコロコロ」
     おばあさんは教えられた通りに行くと、またお地蔵さまです。
    「ああ、あのおだんごは食べたよ。とってもおいしかった。ごちそうさん」
    「おんやまあ。お地蔵さまが食ベたのなら、まんず、よかんべ」
     そのとき、ドスンドスンと、大きな足音が近づいてきました。
    「おばあさんや、大変じゃ! 鬼どもが来るぞ! はよう、わしの後ろに隠れるがいい」
    「ヘいへい、ありがとうさんで」
     おばあさんは、お地蔵さまの後ろに隠れました。
     やがて赤鬼と青鬼がやってきて、鼻をピクピク動かします。
    「ふんふん、くさいぞ、人間くさい。・・・そこにいるな!」
     おばあさんは、すぐにつかまってしまいました。
     おばあさんを屋敷へ連れて帰った鬼が、しゃもじを一つ渡して言います。
    「米粒を一つ、カマに入れて、水をいっぱいにしてたくんだ。煮えたら、このしゃもじでグルリとかき回す」
     言われた通りにすると、お米はムクムクとふえて、まっ白なごはんがカマいっぱいになりました。
    「あれまあ。なんて不思議な、しゃもじじゃろう」
     おばあさんは毎日、せっせとごはんをたきました。
     でも、家に帰りたくてしかたがありません。
     そこである日、鬼どもが山ヘ遊びにいっているすきに、不思議なしゃもじを持って逃げ出しました。
     まもなく、おばあさんの行くてに、大きな川が現れました。
     けれども、都合のいい事に、舟が一そうつないであります。
     おばあさんの乗った舟が、川のまん中あたりまでいったとき、鬼どもが岸まで追いかけてきました。
    「おいみんな、水を飲んで舟を止めよう」
     鬼どもは岸にならんで、川の水をガボガボと飲みはじめます。
     水はドンドン少なくなって、舟はとうとう動かなくなってしまいました。
    「困ったのう、どうすベえ。おお、そうじゃ」
     おばあさんは、しゃもじを取り出し、舟の中でひょっとこ踊りをしました。
    ♪あっそれ、よいよい、すっとんとん。
     その踊りがあまりにもおもしろいので、鬼どもは思わず、
    「ワッハッハッハッ・・・」
     とたんに飲んだ水が口からふきだして、流れ出た水のいきおいで舟は向こう岸につきました。
     おばあさんは、お地蔵さまの原っぱを通って穴をよじ登り、どうにか家に帰ることができました。
     さて、家に帰ったおばあさんが、このしゃもじでお米の粉をこねてみると、粉はドンドンふえて、ビックリするくらい大きなおだんごができました。
     こうして、おだんご作りの上手なおばあさんは、不思議なしゃもじで、いつまでもいつまでも、おだんごを作ったということです。

    おしまい

    5 min
  • 松浦弥太郎《日々の100》——003

    《日々の100》 松浦弥太郎

    003 ネイティブアメリカンのお守り

    基本的にアクセサリーは好まない〔このまない)。

    指輪やネックレスをしている男を見ると、男のくせに、と眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せたりする。昔から身を飾るという行為にどうも抵抗があるのは、心のどこかで、簡素(かんそ)で美しい禅僧(ぜんそう)の容姿(ようし)に憧れているからかもしれない。

    はじめて身につけたアクセサリーは、ニューメキシコの旅でネイティブアメリカンのおじさんにもらったターコイズの指輪だ。別れるときにお守りにしろと言って手渡された。お守りか……。そう思ったら、つけてみても良い気になった。大きくて青々としたターコイズの指輪なので、それを見た大抵(たいてい)の人は目を大きく見開く(みひらく)。「お守りなんです」それは何ですか?と訊かれる前に、こう言って照れを誤魔化す(ごまかす)。身につけているとネイティブアメリカンの祈りに守られている心地がして、満更(まんざら)でなくなった。しかし自分の中では、あくまでもお守りであってアクセサリーではない。

    アメリカの旅に出かけると、無意識にお守り探しをしている自分がいる。四〇年代に作られた手の込んだもの。いろいろある部族(ぶぞく)の中でも意匠(いしょう)が細かい(こまかい)ズニ族のお守りが好きだ。今では意外とうるさい自分がいる。

    旅の途中、他人から服装はほめられないが、お守りはいつもほめられる。誰かにほめられたくて旅に出てるのかと思うときさえある。

    3 min
  • 坂本真绫欧洲游记——From Every Where 3-1
    【3日目】-1

    日本を発って早くも3日が過ぎました。ここは最初の目的地、パリです。
    思ったよりも寒くて、今日たまらず上着を買ってしまいました。グレーのジャケット。さっそく荷物を増やすことになってしまったけど、これで少しは家出少女みたいな惨めな格好もごまかせるかも。私が持ってきた服はどれも、手洗いができてシワにならなくてかさばらないことにばかり気を取られていたものだから、オシャレにはほど遠いんです。パリの女の子たちはみんなモデルさんみたいに綺麗で、その中にいると余計に残念さが際立ちます。いくら実用性重視と言ったってもう少しアジアンビューティーをアピールできそうな洋服を選んでおけば素敵な出会いのひとつもあったかもしれないのにね。

    でも今日、買ったばかりの服を着て外へ出たらそれだけで昨日よりもちょっとだけ自分らしくパリの街に立っていられる気がしました。いいえ、服のせいだけじゃないのかも。瑣細(ささい)な事だけど、昨日よりも色んなことが上手にできるようになっている自分がいるんです。たとえばメトロのドアの開閉ボタン、今日初めて自分で押せた、とか。「子どもかよ!」というあなたの声が聞こえてきそうですね。でも笑っちゃうけどこんなことでも今の私にはすごい達成感。ちなみに地元の人たちは、ちゃんと停車するまで待ちきれずまだ電車が動いているうちから扉を開けてしまうんですよ。私も真似してみたいのだけどまだそこまでの度胸はなし。その代わり、“サンドイッチ歩き食い”は真似してみました。

    やってみると実に気持ちがいい。マヨネーズがこぼれて服を汚さないように注意が必要ですけどね。これはパリではマナー違反ではありません。だって本当に多いんです、老若男女オールウェイズ歩き食い。郷に入っては郷に従え。実際、レストランに入るよりテイクアウトして外のベンチで食べたほうがひとり旅の私には気楽です。
    3 min
  • 日本の昔话15——鏡の中の親父
    むかしむかし、田舎(いなか)では、カガミという物をほとんど知らなかったころの話です。
     ある若夫婦が、夫の父親と三人で仲良くくらしていました。
     ところがある日の事、父親は急な病で死んでしまったのです。
     大好きな父親に死なれた息子は、毎日毎日、涙にくれていました。
     さて、ある日の事、その息子は気ばらしにと、江戸の町へ出かけました。
     そして町中をぶらぶらと歩いていると、店先においてあったカガミがピカリと光ります。
    「おや? 今のは何だろう?」
     不思議に思った息子は、ピカッと光ったカガミをのぞいてみてびっくり。
    「死んだ親父に、こんなところで会えるとは!」
     カガミにうつった自分の顔を父親と勘違いした息子は、なけなしのお金をはたいて、そのカガミを買いました。
     そしてそれを大事にしまうと、ひまさえあればのぞき込んでいました。
     そんな夫の行動を不思議に思った女房は、夫が昼寝(ひるね)をしているすきに、隠してあるカガミをこっそりのぞきこみました。
     するとカガミの中には、とうぜん、女房の顔がうつります。
     しかしそれを見た女房は、血相(けっそう)を変えて怒りました。
    「なんとまあ! こんなところにおなごをかくしておるとは、それもあんなブサイクなおなごを!」
     腹を立てた女房は、
      ガシャーン!
    と、大切なカガミをこわしてしまいました。
    「さあ、ブサイク女。よくもあたしからあの人をうばいやがって、はやく出てこい!」
     女房はこわれたカガミをひっくり返してみましたが、もちろん、だれも出てはきません。
    「ちくしょう。逃げたな!」
     女房は気持ちよさそうに昼寝をしていた夫をたたき起こすと、こわい顔でいいました。
    「あんた! わたしにだまって、あんな所へおなごをかくしておるとは、どういうこと!」
    「はあ? おなご? なにを一体・・・、ああっ! なんという事をしてくれた。あれにはわしの親父が入っておったのに!」
    「うそおっしゃい。ブサイクなおなごじゃったよ」
    「なにをいう。わしの親父だ!」
     そんなわけで、夫婦の大げんかが始まりました。
     ちょうどそこへ、村一番の物知りの庄屋(しょうや)さんが近くを通りかかりました。
    「まあまあ、なにをけんかしておる。落ち着いて、わしに事情を話してみろ」
     そして二人の話を聞いた庄屋さんは、腹を抱えて大笑いです。
    「あははははっ。何じゃ、そんな事か。それはな、カガミといって、自分の姿がうつる物じゃ。亭主が見た親父さんと言うのは、自分の顔じゃ。そして女房が見たおなごも、自分の顔じゃ」
     庄屋さんの説明に、夫も女房も大笑いしました。
    「なるほど、親父にしては、若いと思った」
    「あたしも、どうりで、美人なおなごと思った」

    おしまい

    4 min

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