カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」

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カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」 episodes

  • いかひこ深夜便2020 #13/スルーしない
    酒井氏とスルーについて話しました。いまの社会は、どこかに所属せずとも生きられます。様々な価値観があり、とても複雑な社会です。全体を見渡せる仕事は少ないでしょう。そんな社会に合わせて生きるのは、それはそれは大変なことだと思う。だから、もしかしたらみんな、精一杯生きてるけど、余裕がないのかもしれないね。だからスルー。自分の損得に大きく関わる案件でなければ、それはスルーしようと。スルー。スルー。スルーーーー。そうやってバランスを取って、生きてるほかないのが現代なのかもしれない。そういうイマなのだから。そんな社会に対し、どうのこうのと口を尖らせたところで、そういうもんだと諦めたほうがいい。そんな社会に合わせて生きていくほかないのですからね。ボクらは若い頃から、そういう社会で生きていくよう訓練されているし、日々、勝ち組、負け組と選別されたりしている。ただ。そういう社会に、なんとなく合わせ続けることはボクはできなかった。大切にしたい感受性が損なわれると10代のときにボクは感じちゃったのよ。だから、「誰がなんと言おうが嫌なものはスルーしない」と神様と約束しちゃった。信ずべき基準は、世間の目ではなく、自分自身の神様と決めちゃったのね。社会に対して、なんでもかんでも反抗してやるというわけではない。できるだけ合わせる努力はする。だけど、どうしても譲れないところが出てくる。不正義だとわかっているのに、なんとなく異論を唱えにくい。そういうことに対しては、文句をいう。スルーしない。徹底してスルーしないのね。それはめんどくさいことも多いです。だけど、煙たがられても、スルーしない。それが信条だから仕方ないのです。
    35 min
  • マメクル2020 #15/群れが生き残るには
    夕暮れの公園で、ボクと影山くんは仲間を切る切らない、そんな物騒な話をしています。ボクらのカフェも、先行きは暗い雲に覆われています。そんななかで、影山くんはこんなことを言います。「のちの世のために、もしくは、より多くの人が幸せになるために、ボクはあえてそこは鬼になって、その道を行く、つまり、誰かを切り捨てる必要があるとか、誰かの命を奪う必要があるとか、そういう決断力っていうんですかね。そういうのがボクにあるかって問われると、ちょっと自信ないんです。鬼にならなきゃ、本当の意味で結果は出せない。もちろん、世の中なんか変えられない。そんなことは、どっかで分かりつつ、決断できないですね。どうしても、ボクの八方美人の性格が、せめぎあってしまう。決断できなくなってしまう。一人として悲しむ仲間を作り出したくないって思っちゃう。仲間を切る、切らないの葛藤で、選べなくなっちゃうんです」というようなことを言います。ボクは、群れが生き残るためなら、仲間を切ることは厭わない、というようなことを言ってます。もちろん、仲間を切る、切らないの二択しかないような、局面にならないことが一番でしょう。そしてまた、その局面になったとき、果たしてどんな選択をするかは、そのときになってみなければわからないでしょうし、所詮はタラレバのはなしです。命ほど尊いものはない、だから、何人の命であっても粗末に扱ってはいけない。そんな正論に、誰も反論できません。んーー。話はそれますが、ボクが思うに、自然界というのは、群れが生き残るためなら、仲間を切ることは厭わない、というものだと感じています。(切るとか切らないという、選択の意思をそもそも持たないでしょうけど)そんなことを色々と考えてみたりします。正論というのは、正論なだけに、反論しにくいものです。だからこそ、正論を実行に移すときは、多くの思慮が求められることだと思います。正しいことを、正しいからと、何も考えずに実行すれば、なにか誤る気がする。そう考えるのが、街場の理屈ではないでしょうか。時と場合で正しさなんてものは、ころころと変わるものだ。少なくともボクはそう思います。
    20 min
  • いかひこ深夜便2020 #12/LESS IS MORE
    LESS IS MOREについて酒井くんと話をしています。LESS IS MOREはボクが書いた小説のタイトルで、そこから話題は多岐にわたっています。Less is moreとは、「より少ないことは、より豊かなこと」。20世紀のモダニズム建築を代表する、ドイツの建築家ファン・デル・ローエが提唱した言葉です。この言葉は、示唆に富んでいます。ボクら日本人にとっては、物が足りない戦中戦後から、物があふれる高度経済成長期を経て、現代、それでもなお、満足しえない、いやむしろ、物が少なかった時代よりもかえって不安が強いのではないか。それはなぜなんだろう、と。考えるヒントとして、LESS IS MOREは捉えることができます。ボクに置き換えてみれば。たくさんのものに溢れているせいか、ボク自身ほとんど、ものを買いません。周りも買っているヒトを見ません。給料が高いとか、低いとかは、さほど関係ないと思います。買う気の起こらないボクらに広告は説きます。「あなたはそれで大丈夫ですか?」と。せっせと広告は不安を植え付け、ものを買わせようとします。そしてさらには、生き方にまで、不安を植え付けてくる。「あなたが感じているその薄幸感は、選択を誤ってきた結果なのです」と。そして、「いまからでも正しい選択をすれば、あなたは幸せになれるのです」と。今からでも遅くない。正しい知識を手に入れれば、あなたは幸せになれる。そういう手口で不安を煽り、選択を迫ろうとする。そして不安症のヒトほど、その手に乗ってしまいます。ボクは疑問に思います。人間とは、つねに最適な選択などできないものではなかろうか。顔だって選べない、親だって選べない、家族だって選べない。寿命だって、いや、なにもかも自分では選べない。それが人間ではないですか、と。だからこそ、生きることは苦痛であり、だからこそ楽しいことを見つける必要があり、一緒に楽しいと感じる仲間がいるのでしょうと。そして、生きていくうえで起きることすべて、それは我が運命と引き受けて、生きるのです。テレビが、いまこそ正しい選択をしなくてはいけないとボクの横で騒いでいます。じっと引きこもるという選択を取るヒトがいる。外に出て働くという選択を取るヒトがいる。どちらにせよ相応の結果が、一人ひとりの人生に待っているのです。選択の結果は、自分で引き受けなくてはいけない。選択が怖いから、選択しない。そういうヒトもいるでしょうが、選択しないという選択をしているのであって、時間は容赦なく進んでいく。LESS IS MORE 「より少ないことは、より豊かなこと」。自分の選択は、すべて引き受けて生きていく。ボクはそういう解釈をしますが、みなさんはいかがでしょうか。
    32 min
  • マメクル2020 #14/外に出てみたら
    2019年2月「遠足について」 ブログより================================北海道のハタケに来ています。10年続けたハタケも昨秋をもって一区切りで、その片付けが今回の目的です。10年のあいだ、 ハタケの遠足をずっとやってきました。
    とてもたくさんのヒトたちに参加してもらったのです。
    豆を栽培し収穫までする一連の作業を、遠足のみなさんに手伝ってもらうのです。そしてハタケが終わっても、ゆるやかに遠足は続いています。
    ボクの趣味嗜好でしかないのですが、ボクは散歩がとても好きなのです。ボクにとって散歩とは、「好奇心」の解放です。「好奇心」の赴くままに歩くことは、自分がどんなことに「好奇心」を持っているのかを確かめる大切な作業です。
    ボクはこう思うんですがね、「好奇心」こそが「自分そのもの」だと思いませんか?
    たとえば…。ボクは植物が好きです。散歩して様々な植物を見つけると嬉しい。小川に咲くヨモギ、浜大根という花は根が辛味大根に似ています、そして菜の花と辛子菜の葉の違い、酸っぱくて成長の早いスカンポ、水路脇にそよぐクレソン。それらを見つけたら、食べられるか、口に入れて確かめたくなっちゃいます。
    たとえば…。ボクは生活の匂いが好きです。古い建物を見つけると、誰がどんな暮らしをしていたか、そのヒントを探したくなります。荒れ放題の庭に一台の錆びた子供自転車、崖っぷちにせり出したバルコニーの物干しざお、瓦屋根の上に立つ大きなパラボラアンテナ、(いったい誰と交信しているの!?)。
    たとえば…。ボクは小さいころ自転車が好きだった少年だったので、高低差の地形に敏感です。自転車で坂道を登ることは苦しみですし、坂道を下り顔に風を受けることはとても楽しい。坂道は人生そのものだと言うのは大げさでしょうか。
    水は高いところから低いところへ流れます。易きに流れるのは、人間と同じです。ボクの水への好奇心は、河原、湧水地、暗渠、かつてのあぜ道、古い井戸、国分寺崖線へと向かうのです。
    そんな散歩ですが、ボクが主催する遠足は、大勢でする散歩でなくてはいけないと思っています。散歩が自分を見つける行為なら、遠足は他者を見つける行為と言い換えてもいい。
    国分寺崖線遠足をはじめとしたボクが主催する遠足は、ボクの好奇心に賛同してもらうことが前提ではあるんですがね、参加者の好奇心を確かめる余裕を持ちながら行うよう努めています。
    参加するヒトがみんな、ボクの好奇心と合致するわけではありません。他者なんですから当たり前です。ただ、ボクは主催の手前、何時何分にどこどこへ行き、これこれを見て、あれこれ食べましょうと計画を提示します。けれど、みんながそれに乗らなくてもいい。
    予定の目的地に着かなくたっていい。そういう遠足なんです。
    さて。世の中には言われた通りのことをしたがるヒトがいますし、案外と多いものです。
    「いつもオレは偉い連中から指示を受けている」とそれに誇りを持っているならいいと思います。
    ただ、中にはヒトに指示されているうちに「好奇心」が失せてしまうヒトがいるんですね。「好奇心」とは「自分そのもの」ですから、「好奇心」が失せるということは、「自分が何者なのかわからなくなる」ということです。会社や学歴といった肩書は自分ではありません。
    無気力になって、生死をさまようような男性に出会い、かつて助言をしたことがあります。
    「もうだめだ。オレは何がしたいのかわからない」と苦しそうでした。ボクはこう言いました。
    「君が管理社会を生き抜く中で、自分自身を見失ってしまったとしても仕方のないことだ。でもね、大丈夫。人間ってタフだと思うんだよね。ダム底に沈んだ村のように、「自分」は沈んでいるだけなんだ。消えてしまったわけではないんだよ。君はボンベを積んで注意深く潜水してゆけば、やがて沈んでいる「自分」にたどりつくはずだから。さぁ、探しに行こう」
    でも彼はこう言いました。
    「自分を探す?その自分がオレにはわかっていないんだから、どうやって探していいかわからない」
    「自分とはすなわち「自分の好奇心」ということだとボクは思う。好奇心を見つけるには散歩が一番だよ」
    「散歩?そんなことしてる暇はオレにはない。第一、散歩して何の意味があるんだ?何の得になるというんだ?」
    最後の言葉は彼の言葉ではなく、彼を受け入れてこなかった周りの言葉を、彼の口を通して彼自身がリフレインさせているんですね。
    ため息をついてうなだれ、生気を失った顔の彼にボクはこう続けました。
    「こういうとき、動けない君を慰めようと近づく人物がいる。仮にそいつを理解者と呼ぼう。理解者は、優しい言葉を君にかけるだろう。『安心して、動けなくたっていんだ、ヒトはそれぞれなんだから』とね。君はその言葉に安心するかもしれない。動きたくても動けない弱さを理解者が、理解してくれたと、喜ぶんだね。ただ注意することがある。理解者は君を慰めているのではないんだよ。同じように動けない理解者を慰めているんだよ。いいかい、わかる?理解者は君を慰めるふりをして理解者を慰めているんだ」
    つまるところ、自分の「好奇心」とは、自分そのものです。それを足で確かめるのが散歩なんです。彼は散歩を通して、自分を取り戻したようでした。
    ボクが定義する遠足は、みんなで同じ道を歩く散歩のことです。自分が何者かわからずに悩んでいるヒトにとって、散歩はとても有効ですが、孤独を感じているヒトには遠足がとても有効です。
    散歩が自分を認める作業なら、遠足は他者を認める作業だからです。むろん、他者を認めなければいけませんから、他者が自分と違うストレスは感じることもありますが、互いにある程度、認め合えれば孤独は減ります。
    17 min
  • いかひこ深夜便2020 #11/4月の桜の下で聞こえたはなし
    この騒ぎも、数ヶ月後には、すっかり収束しててほしいなと思います。
    日本の医療は世界に誇れる素晴らしいプロの集まりだし、ほんとに、命を削って頑張ってくださってるのテレビで見たりすると、なんか頭が下がります。
    政治家も頭の良い選ばれたヒトたちがやってるわけで、日夜、ワタシたちのことを真剣に考えてくれてる。いまだけ、ほんの少しだけの我慢ですよ。
    合言葉は、Stay at home。家にいろ。
    いまは、外でやりたいことは我慢して、誰とも会わないようにして。この緊急事態をはやく収束させて、もとの社会に戻れたらいいなと思います。そうです。
    政府には、家賃などお金については、しっかりと補償してもらいたいです。
    他の外国でもそうしてるみたいだし、補償してくれなくちゃ、日本中がどうかなっちゃいますから。どうかなっちゃったらそのときはほんとに困りますから、どうかしてくれると思いますよ。
    国とか、会社とかに、きちんと補償さえしてもらいたいです。そして、またみんなで笑える社会に戻そう。
    コロナは、ほんとうに怖いです。早くノーベル学者にワクチンを作ってもらって、根絶してもらうしかないのかなって。
    それまでの辛抱ですけど、早くできてほしいと祈るばかりです。
    あぁ。医療崩壊なんかしたらほんとに怖いですよね。一人でも感染者が出ないように、政府は行動をもっともっと、本気になって制限すべきですよ。
    それができないなら、みんなが自覚して行動すればいんです。これだけの事態になっても、無自覚なヒトっていますよね。あのヒト達って何考えてるのかなって。
    大事なのは、他人を思いやる気持ち、愛なのかなって。結局最後は、愛の力で根絶するんだと思います。そうやって人類はいままで生きながらえてきたんですよね。
    一番怖いこと、それは。無意識に自分が、愛するヒト、とくにお年寄りとか、子どもたちとかに、感染させてしまうことです。
    自分がかかるのも怖いですけど。うつすのは、つまり無意識に親しいヒトを殺すってことだから、ほんとに、ほんとに怖すぎます。
    5月の連休後、緊急事態宣言は解除になったら、またみんなで会いたいねって、友達とはラインしてるんです。収束したら、またみんなでわいわい騒ぎたいねって。来年は楽しみにしてた東京オリンピックもあるし。ワタシ、チケット、当たってたんですよー。
    今回のことは、大切なヒトを守るために、なにをしなくちゃいけないかを考える、良い機会だったなって、あとから考えれば思うと思います。
    こういうときこそ、暗くなっちゃダメですっ。希望を持たなくちゃっ。
    桜はここ数日の寒さから、長く持ちこたえている。花びらが風になびいて、仙川の川面を薄ピンクに彩っている。
    ボクの前を二人並んで歩く顔の見えない女性たちの声が、後ろを歩くボクの方まで聞こえてくる。彼女たちはボクのことなどお構いなしに、大きな声で楽しそうに歩いている。
    彼女たちが、ボクの友人だったら、ボクは彼女たちになんと声をかけるだろう。そんな風に考えたら、足が止まった。
    きっと。
    ボクはなにも聞こえなかったふりをするだろう。卑怯でずるい、そういう男なのだ。そして盗み聞きを悟られまいと、何事もなく、ほんとうにポーカーフェイスで、
    「ここにいたんだ?探したよ。お腹すいたね。なんか食べようか」と夕飯に誘うだろう。
    32 min
  • マメクル2020 #13/ほんとうの出会い
    40年以上渋谷で営業しているレストランの店主が知り合いにいます。その彼が、
    「ランチで並んでるお客を、ボクは順番に入れない。常連は先に、新規は後回し。それで文句言われても、うちはうち」って言ってました。
    そういう考え方が大事だよなー、さすが長くやってるとこは潔い、とボクは思いました。
    そんなはなしをどこかでしたら、こんな意見をボクに言ってくれるヒトがいました。
    「常連をひいきするのは、身内びいきですよね?それはあまりいい気がしません。身内びいきされなかった人の気持ちを想像すると、仲間はずれにされた時のいや~な気持ちがわかるからです。
    もし自分がひいきされる側にいたとしても、何かがまかり間違えば、いつか自分が差別される側にまわるな~と思っちゃう怖さもあります。
    これは、真の意味での「ひいき」をされたことがないからでしょうか??」
    そう言ってくれたんですね。はい、たしかに、その気持はよくわかります。
    ボク自身は、身内びいきではないので、身内をこれみよがしにえこひいきするヒトは嫌いです。
    ただ、お店をやっているとですね。やれること、やれないことがあるとしたら、やれないことのほうが圧倒的に多いのが現実です。
    では微力な自分たちは、なにを優先してやるのか。いつも常に考えて取り組む必要があります。
    やれることだけを、やるしかないのです。たとえなんと言われようと、やれないことまではやらない。ボクがマメヒコで学んだ教訓のひとつです。
    ボクが一番避けたい結論は、全部やろうとして、結局、なにひとつやれなかった、なのです。
    通常、ランチで並んでいるお客さんは、並んだ順番にランチにありつけると思っている。
    それは誰しもが理解できる、単純明快なルールですが、それはけして万能ではない。
    そもそも、人間とはかなり複雑です。長くお店をやっていれば、店とお客との関係もそれぞれ複雑でしょう。
    その複雑な人間の営みは、生きる上でとても魅力的ではないでしょうか。運用しやすい単純なルールは万能で、その単純さからはみ出る複雑な営みは、例外なく許してはいけない、とするのは、とてもつまらないことだし、むしろ乱暴だとボクは思います。
    「ランチで並んでるお客を、ボクは順番に入れない。常連は先に、新規は後回し。それで文句言われても、うちはうち」と言ったレストランの店主も、お客さんをこれみよがしにえこひいきするような、乱暴なヒトではありません。
    ともすると、運用しやすい単純なルールが万能だと思い間違ってはいけないのではないかと。
    対談の中でも、ボクらカフェ店主は色んなお客さんと出会うけれど、ほんとうの出会いは少ない、というような話をしています。
    自分たちの両手が小さくなるときほど、その両手に乗せるものは、慎重に選ぶようになるものです。
    時代が変わろうとしてますが、みなさんは選んだり、選ばれたりするのは苦手でしょうか?
    22 min
  • いかひこ深夜便2020 #10/ホントのこと言うと
    「いま飲食店は大変なことになっている」と飲食店の今後、そんな話を酒井氏としています。酒井氏もレストランにいたので、思うところがあるようです。ニュースにもなってますけど、実際、そりゃもう相当大変に決まってますよ。だけど、だけどですね。それはそうなんだけども、大変なのは、今に始まったことではないでしょう。ごはん屋さんが、いわゆる飲食ビジネスとなってから、いろんなことがおかしくて、街の喫茶店が、カフェビジネスなんて言い出してからおかしいわけです。だから流行病になって、急に大変大変と言ってるけど、だから流行前に戻そうと言ってるヒトいうけど、それはどうなの、違うんじゃないのとボクは思う。ボクらマメヒコのスタッフは、ほんとによくよく、よくよく働いてますよ。朝も夜もね、土日も祝日も関係なくね、年がら年中、休みなく働いて、それでお給料がいいとかそういうんじゃないからね。店というのはなにがあるかわからないから、夜討ち朝駆け当たり前、メインのスタッフは、みんなお店の近くに住んでます。生活と商売の切り離しなんか、できるわけなくてね。完全に一体化してますよ。そんなのけしからん、とか言われたってね。そうじゃないとやってけないんだっつーの。それだけのこと。だからオススメなんかしないよ。もっと合理化できねーかなと、といつも考えてるけど、合理化なんてしようがないよね。機械化って言ったって、せいぜい食洗機を入れるくらいのことだよ。すでにボクらは無駄な会議なんかひとつもしてないし、徹底して無駄を省いてる。アスリートみたいなもんだから、スリム化なんかできないよ。うちのお店なんかはさ、スタッフとお客さん、互いの信頼とか、笑顔での接客、ありきみたいなもんで成り立ってるわけだからさ。ずっと笑ってるなんて誰でもできることじゃないよ。珈琲にしたってデザートにしたって、すべて手作りでやってれば、そうとうな手間なんで、とにかく一生懸命やるしかないのよ。お店とは、そういうものだと感覚的に理解できるスタッフとだけやってきたのよ。いまのマメヒコを良いと思ってなくて、いまよりもっとよくしていきたいんだ、カフェの仕事に誇りを持って取り組んでいきたいんだというスタッフがうちには何人かいる。それが失くなったら、ボクらはそのとき終わりで、売上とかそういうことだけで成り立ってるわけじゃないんだよ。ホントのこと言うと、うちだって、あしたには閉店かもしれないわけよ。お客さんいなければ店はやってけないわけだから。でも、まぁ、そのときはそのときでね。喜ばれなくなったらお終いなのは、いつの時代だってそう。そういうものでしょ。もしそうなったら、ボクと一緒にやろうというヒトたちと、また新しいカフェを創ればいいだけだと思ってます。今回の騒ぎで、飲食店はもう懲り懲りなんてボクは、そんな風には考えないわね。それが本音です。
    28 min
  • マメクル2020 #12/予測とコントロール
    喫茶店に勤めているボクの考えを申し上げたいと思います。教育にしても、法律にしても、経済にしても、政治にしても。あらゆることを予測し、コントロールし、合理的に振る舞うよう求めるいまの現代社会は、明らかに行き過ぎであり、狂っていると、喫茶店に勤めているボクは感じています。たとえば。自然に対しても、徹底した予測とコントロールを求める。小さな子供に対しても、過度な予測とコントロールを求める。世論に対しても、操作をしてまで予測とコントロールを求める。「あのねぇ。そんなことを続けてればさ、予測とコントロールがなけりゃ動けない、何をしていいのかわからない。そんなやつが続出するってのがわからんのかね」つまりですな、その、とても非合理的な社会になるとわかんないのかね、と喫茶店に勤めているボクは、カウンター越しにお客様に繰り返し申し上げているのです。「まったくよぉ、科学は万能じゃねんだぞ、こら」と、ありとあらゆる制服を着た「現場」が、大きな声で叫べばいいのよ。「薬は万能じゃねぇぞ、こら」、「教師は万能じゃねぇぞ、こら」「だからよぉぉぉぉぉぉ、自分である程度考えてくんないとよぉぉぉぉぉ、困っちゃうのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」喫茶店に勤めているボクは、なんでみんな、文句言わないのか謎です。たとえば子供というものは、突飛なことをするものです。突飛なことをすると書いて子供と読むんです。子供の突飛に付き合ってあげるのが、教育なんじゃないですかっ。突飛なことをしちゃダメっというのは、教育でもなんでもないんじゃないですかっっ。あなたね、予測できずコントロールできないことはそんなに恐ろしいですか。そちらのあなたね、予測できずコントロールできないことはそんなに不安ですか。現場ではないどこかで。予測とコントロール可能なデータを操って、「ほら予測できた、コントロールできたよ」と呑気に鼻を膨らませてる連中を見て、「そったらこと 当たるも八卦、当たらぬも八卦に、なにを偉そうに」と。現場はみんなで笑えばいいのにと、喫茶店に勤めているボクは思いますです。路地裏の喫茶店で、今日も蝶ネクタイを締め灰皿を洗っているボクは、お客さんの小さな声がよく聞こえるよう、今日も念入りに耳くそをほじっています。
    21 min
  • いかひこ深夜便2020 #09/考えるほかありません
    渋谷の大きなお店はほとんど閉店しているなか、カフエ マメヒコは、相変わらず、いつも通りやっています。もともと、すごい流行ってる店じゃありませんから、それほど変化が少ないといえば少ないんですね。ボクらなりに、開店以来お店を存続させるため、色んなことを考えて実践してきました。いつも思うんですけど、こういうときって、あとから振り返れば他愛ないことに一喜一憂しがちです。いろんなニュースがありますでしょ。そのどれが正しいとか間違ってるとか、そんなことはね、考えたってわかんないんですよ。だってそうでしょ。わかんないことが起きてるから、みんな慌ててるし、色んな情報が飛び交ってるわけです。普通に知ることのできる範囲のニュースを見て、ボクが判断するほかないです。ボクの判断が間違ってるかどうか、そんなものは知ったこっちゃありませんよ。間違ってれば、お店が存続できなくなる。ただそれだけのことです。それにしても、いつでもほんとに大変なことは予告なく起こりますですね。心配して、備えたところで、起こるものは起こっちゃう。自分たちでは、飛んでくる弾を避けることができない。それが人生だし、それがまた生きている証です。だから、ちっぽけなボクにできることといえば、考え方を変えることくらい。どうしても心配して慌てると、まずは自分たちの身を守ろうってなりますね。飛んでくる弾に当たらないように、隣のやつには当たっても自分だけは当たらないでおこうってね。だけどそれでは商売はやれませんよ。だってお客さんあっての自分たちなんですから。==◯少しでも店を開けて、売上を確保する。そうして甘い誘惑の「運転融資」には手を出さない。結局、返さなくちゃいけないんだから。◯長年かけて築き上げたお客さんたちとの絆は、継続的に続けていく。お客さんあってのお店です。こういうときでも、マメヒコはやってるのよねぇ、そう言ってわざわざ来てくれるお客さんの具体的な顔が浮かんでるから、長いスタッフはこんな日の朝でも、店でお客さんを待てるんです。シフトが入ってるから仕方なく行くっていう人種ではないんですよ。◯お店に帰属意識の強いスタッフの雇用は、なんとしても守る。ばらばらにして、また集まろうって言ったって集まりませんよ。去る者日々に疎しです。==とまぁ、こんなことを考えています。震災のときもそうだったように、今回のこともこれだけ騒げば、沈静化するには長期化けするでしょう。いやむしろ、再び浮き上がってくるなんて、ボクは無い気がします。世の中が変わったんですよ。そう思います。
    42 min
  • マメクル2020 #11/円の内側か外側か??
    お店をやっているとその仕事柄、たくさんのスタッフと関わってます。ボクが関わっているのは、だいたい10代から40代の主に女性です。
    たくさんのスタッフと関わってきたなかで、一様に言えるのはみんな、とてもとてもとても、相談する相手がいなくてみんな困っているということです。
    相談相手の少ないスタッフばかり選んで採っているというわけではありませんよ。もうみんな、一様に相談相手がいないのです。
    希薄な人間関係にこじれて、行き場のないヒトがとても多いという印象です。感情の問題に鈍感な男たち、鈍感な年配者たちに対し、彼女たちは肌身で失望を感じています。
    そんな女のヒトが、次から次へとボクのもとに愚痴を言いに集まってきます。ボクには話しやすいというより、それだけ話を聞いてくれるヒトも圧倒的に少ないんだと思います。
    ボク自身、もそうです。自分が抱えている感情の問題を誰に相談しようかと考えてみても、困ってしまいます。たとえば人生の先輩にですね。いろいろとお店で困っている話をしてみるじゃないですか。
    たとえば、「いまの若い子たちって、ほんとに自信がないんですよ。どうしたらいいでしょう」「ふーん。自信の無い若いヒトってそんなに多いのかしら。まぁ、若いうちは誰だって自信がないものよ。私の若い頃もね」
    それで、終了なのです。
    スタッフが疲れてるなら、勤務時間を減らしたほうがいいよとか、就業規則を見直したほうがいいわねとか、モチベーションの上がる査定をしたらどうかしら。
    具体的かつバカバカしいアドバイスをしてくれるヒトはいっぱいいますが、問題はそういうことじゃない。
    とにかく、ちっともわかっていないのです。
    こんな調子では、若い子達の微妙な変化、今の時代の問題、そして気持ちや感情の苦悩から体調にまで出てしまっている、それらの愁訴になんの打つ手もないという感じでしょう。
    これでは、自分の子供が、自分の奥さんが、同じようなことで悩んでいても、きっとなんにも気づかないはずです。
    うちの◯◯に限って、というやつでしょう。
    この動画のなかでは、ある円の内側と外側の倫理、の話をしています。円の内側と外側。いろんな問題は縁の内側では解決できずに、外側でしか解決しようがない。
    そんな話にピンときて、会話を継いでくれるのは、影山くんくらいしか思い当たらないのです。ボクらの孤独は、こういうことな気がします。
    24 min

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