カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」

カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」

By カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」ArtsPerforming ArtsFood
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カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」 episodes

  • いかひこ深夜便2020 #02 作りたいものしか作れない
    ラジオ いかひこ深夜便です。
    ナビゲーターに、マメヒコ歴15年、マメヒコがやらんとしてることを誰よりもわかっている、サカイ氏、を迎えてお送りいしています。
    第2回目も、取り上げる題材は冊子「いかひこ」について。と言っても、中身にはほとんど触れずじまい。わかりやすいものじゃないと受け入れないという若者と、わかりやすかったらつまんないという中年と、マーケットは二極化しているんじゃないかっていう指摘が途中にある。
    だけどね、やっぱり数売らんかなであれば、わかりやすさなんだろうなと思うけど、どうなんでしょうか。
    ボクの場合、わかりやすいものを作ろうと思って、作れるほど器用じゃない。ていうか、お金が発生してるわけでもないし、クライアントに発注されてるわけでもないのに、なんていうか自分の承認欲求で、数欲しくて、わかりやすいものを作れるわけじゃない。そういう資質なんだと思う。
    やっぱり内なるものから生まれたもの、感情がね生み出すもの、結局、そういうものしか作れないよなぁ、と思う。
    それが受け入れられれば、プロのアーティストなんだろうから、プロでもないし、徹底したアマチュアリズムなんでしょう。受け入れられまいが知ったこっちないと思ってやってる。
    いかひこネーム キコ形に残るものというのは、時間を切り取るなぁと思います。ライブ感がわかりやすいラジオやお芝居だけでなく、『IKA-HICO』も小説も、映画も曲も料理も全部、井川さんのつくるものってなんというか、勢いがあります。今という瞬間から生まれてるものだということが、伝わってきます。形に残るものは、受け手の私たちにとっては、受け取るたび、その時その時の自分が反映されて、変化します。でも、それぞれの作品にはやっぱり、それをつくった瞬間の井川さんの思いのようなものが、それは変わらずに、そこにあるような気がします。この『IKA-HICO』を読みながら、なんとなく私は、井川さんのいなくなった世界のことを考えました。たぶん今よりずっと先でも、今と同じようにいろんな世代の人たちがそこにいて、その存在をなくしても、存在とその瞬間の宿る作品が、その人たちのそばに、残っていくんだろうなぁと、そんなことを思ってしまいました。お便りという形で参加させていただけた自分も、ちょっぴり便乗させてもらえて、うれしいです。
    34 min
  • いかひこ深夜便 2020 #01/「いかひこ」に込めた意味
    ラジオ いかひこ深夜便です。
    ナビゲーターに、マメヒコ歴15年、マメヒコをやらんとしてることを誰よりもわかっている、サカイ氏、を迎えてお送りいたします。第1回目の今回、取り上げるのは冊子「いかひこ」について。もともとボクは「マメヒコ」というカフェを作り、そこから「いかはげ」が生まれ、「いかひこ」になりました。 その名前たちには、それぞれ深い意味があってですね。そのことについて深堀りして話していきます。いままで語らなかった「マメヒコ」や、ボクの深いところまでサカイ氏は切り込むので、ボク自身がこのラジオを、とても楽しみにしています。
    いかひこネーム さとみ私がIKAHICOの「写真」の中で一番好きなのは、観覧車から見る津軽海峡の写真です。やわらかくて明るくて淡い感じがして、とても好きです。文章のほうでヨシノが亡くなった人たちを想って手を合わせているからというわけじゃないですが、自分が死んだ後に行くならこんな所がいいなあと思いました。函館公園の他の写真も、遊具のカラフルさがありつつも、全体的に淡くて明るい感じがして、なんというか幸福感が伝わってきました。
    34 min
  • イカハゲ深夜便 vol.12
    今週の井川さんのはなし ~30分
    知りませんでしたがロスジェネ世代、ロスジェネ中年なんだそうです。
    ロスジェネとは、「ロスト・ジェネレーション」の略で、失われた世代という意味なんだそうです。 この「ロスジェネ世代」にあてはまるのはバブル崩壊後から約10年間の期間に就職活動をした人たちのこと。 つまり、1970年~1982年頃に生まれた世代、ボクは1973年生まれですから、ロスジェネ中年ですね。
    なんとも、ロスジェネについてはネットで散々なんですよ、というはなしを。
    今週のお便り ~55分
    暖かい日が、ありますね。今週のお便りテーマは「この春、力試ししてみたいこと」です。
    みなさんも、長く寒かった冬を越え、よい春をお迎えください。
    イカハゲネーム:さとみ
    実はわたくし、夫の転勤に伴い、4月から横浜に住むことになります。
    というわけで、この春は、お部屋探しと引越しを頑張りたいです。
    頑張るといいますか、私は部屋探しと引越しが大好きなので、自然と張り切ってしまいます。
    まず、間取り図を見るのが好きだし、地図とにらめっこしながら、お目当ての物件の位置に印を付けていくのも好きです。
    そして、実際に物件を見に行くのはもっと好きで、空っぽのお部屋を見ながら、新しい生活を妄想してニヤニヤしてしまいます。
    そういえば、好きが高じて、学生時代は、学生生協で新入生に物件を紹介するアルバイトをしていました。
    現役の学生がリアルな学生生活に基づき物件を紹介するというのがウリでした。
    合格発表の翌日になると、たくさんの新入生とその保護者が学生生協に押し寄せます。
    彼らに物件を紹介し、一緒に内覧に行き、決断をさせ、契約デスクまで連れて行くのが私の仕事でした。
    朝から晩まで何組もの親子を相手にしましたが、理系の学生が7割を占める大学でしたので、一番多いのはシャイな理系男子とおせっかい焼きのお母さん、という組み合わせでした。
    このパターン、だいたいの場合はお母さんのほうが喋りまくります。
    一方、息子のほうはというと、こちらはほとんど喋りません。
    「ちょっと~!春からこの部屋に住むのはアンタなのよ~!少しは意見しなさいよ~~~!」と心の中でヤキモキしていたのですが、男の子ってお母さんと一緒だと案外こんな感じなのでしょうか。
    お題からはかなりズレてしましましたが、春、そして新生活というと、このアルバイトのことを思い出します。
    イカハゲネーム:イカっ子
    この春はフィルムカメラで写真を撮ってみたいと思っています。
    実家の物を整理していた時に、父が愛用していた古いカメラを何台か見つけたからです。
    中でも黒いカバンに入っていたカメラに目が留まりました。
    箱に長い年月閉じ込められていたカメラは、かつて愛された美しさを保っていました。
    今までカメラに興味はありませんでしたが、
    最近、イカハゲphoto classで写真を撮るようになったせいもあります。
    また行きたいと考えているNYで写真を撮るのもいいなと思いました。
    母の介護と娘の大学受験も重なり、そう簡単には動けませんが、望む方向を忘れずにいながらも、今出来ることを楽しむことが私の気持ちを明るくします。
    フィルムカメラでまず撮ってみたいものがあります。
    父が何十年も使っている国語辞典。
    あんなに綺麗に汚れている辞書を私は見たことがありません。
    小学校も満足に通えなかった父ですが、知らない言葉や漢字に出会うと、今もその場で辞書を引いています。
    私が子どもの頃は、まだ小学生の私にも漢字を聞くこともありました。
    あの辞書は父にとっては生涯の師。
    私から見ると父の生きてきた痕跡が染みついている父の分身にも見えます。
    フィルムカメラを構えると、父の工場や、故郷の景色も、きっと軒下のつららすら輝いて今までと違うものに見えてきそうです。
    人は同じ事を繰り返すとは言いますが、一度故郷を離れて再び戻って来てみると、こんなものと思っていたものが実はそうではなかったという気付きもあります。
    フィルムカメラで撮る写真は誰かに見せる為にというより、新しい視点で私自身のルーツに光を当てる為に撮ってみたいと思っています。
    まだまだ寒さは続きますが、気持ちだけは一足早い春の到来を感じています。
    井川さんの一枚
    エトワールの稽古場から見える晩冬の東京。手前の桜の木が満開になるころ、ヨシノのリサイタルです。
    イカハゲ深夜便、毎週の更新は、しばらくお休みしますが、生配信は続けますし、録音も不定期でお送りするので、またみなさんお会いしましょうね。
    それまで、お元気で。
    49 min
  • イカハゲ深夜便 vol.11
    今週の井川さんのはなし ~45分
    2019年第1回目は瀬戸内海からお送りします。
    尾道から生口島、そして怒和島を歩く「檸檬の島 遠足」に来ています。愛媛県の瀬戸内海側に忽那諸島があり、その西部に位置する小さなみかんの採れる島が怒和島です。成人式の今日はそこから梅田君と対談です。
    子供の頃の理想と大人の現実が工作し、挫折を味わうのがヒトです。
    それでも、いくつになっても自分の道を模索するのが人生です。
    イカハゲネーム:イカっ子
    成人式は故郷に帰らずに、式にも参加せずに、友達と渋谷のバーゲンに行ってたあの日のあなたの気持ちを今、振り返っています。
    渋谷で買いたい物は特に無かったけれど、成人式にも特別な思い入れが無かったんですよね。
    お正月にレンタルの振袖を着て写真だけは撮っておいたし、その式を境になりたい理想の大人になれるわけではないしと、あの時のあなたはそう思っていた。
    今にして思えばそれだけではなくて、そのまま惰性で大人になってしまうことが嫌で、あなたは背を向けたかった。
    自分が同じところで足踏みを踏んでいるのに、時間ばかりが過ぎていくことに。
    なのに望まない方向に身体が向いていることに対する苛立ちや焦りに。
    やりたいことを本気で追求出来ないままに、ただ大人としての責任ばかりがのしかかる未来から逃げたかったというのが、おそらくあなたの本心でしょう。
    全然大人じゃないのに、無理やり形式だけ大人にさせられるような圧迫感を感じていたんですよね。
    渋谷のバーゲンで友達が嬉々としてスカーフを選んでいる店の外では、振袖やスーツ姿の希望に満ちた若者達が通り過ぎて行く。
    その光景を横目に見ながら、彼らの眩しさを羨ましく思っていましたね。
    その前日まであなたは数日間篭って、卒論を書いていました。
    卒論のテーマは「芸術について」。
    短大に通っていた2年目に専攻した芸術学の授業があの頃のあなたにはあまりに面白くて、毎週金曜日の一限目が待ち遠しかった。
    教科書はなく、黒板にも一切何も書かない先生の言葉を絶対に聞き漏らすまいとペンを握り締め、ノートにはいつでも書き込めるようにとペン先をノートにぴたりと這わせた状態で、全身を耳にして先生の言葉を待っていましたね。
    もう一度あの瞬間に戻れるなら、私もかつてのあなたの隣りで同じ授業をあの先生から受けたいと思います。
    肝心の芸術について書いた卒論は、卒論と呼ぶにはあまりに乱暴でまとまりもなく、ただただ若さほとばしるままに想いの丈を50枚も書き殴って、あなたは燃え尽きていました。
    宿題を終えた解放感を味わう一方で、自分が書いた内容と、現実の自分が乖離していて、在りたい理想の世界に手が届かないことに言いようもない哀しみを感じていましたね。
    でもそんなモヤモヤした気持ちは上手く表現出来ず胸に押し込めたまま、成人式のあの日だって、渋谷で友達と楽しげにアイスクリームを食べてたんですよね。
    あれから30年という年月が過ぎました。
    その間、就職して自活しながら、このままではいけないと、一度全てを清算して24歳でかつてのあなたの願いを決行したこともありました。
    ままならないことが人をたくましくすることも知りました。
    誰も振り向かず報われないと思えることからをも、糧を得ようとする貪欲さも学習しました。
    かけがえのない出会いもありました。
    思いがけない優しさに触れ、手を合わせたくなるようなこともたくさんありました。
    現状が行き詰まる時こそ、内側に潜在する可能性を開くチャンスなのだと受け止められるようにもなりました。
    だからあの時のあなたよりは少しだけ強く、賢くなったつもりではいます。
    それでもあの時のあなたの情熱や純粋さには今の私から敬意を送りたい。
    これからも常に二十歳の頃のあなたを私の前に置いて問いかけることを忘れてはいけないと思っています。
    私達は互いにもう一人ではありません。
    かつてのあなたには経験を積んで少しだけ強く賢くなった今の私がついています。
    だから今の私にも、若さ溢れるかつてのあなたの熱と力を貸してください。
    そしてこれからは他の誰でもない私達の人生を、今の私達だからこそ出来る最も相応しい在り方で、何度巡ってもこれで良かったと思えるような人生を共に築き、祝福していきましょう。
    イカハゲネーム:さとみ
    二十歳のイカハゲネームさとみさんへ。
    まずはお礼を言わせてください。二十歳のあなたはお便りのネタの宝庫です。ありがとうございます。例の先輩にフラられたことも、妹の彼氏との微妙なやり取りも、お便りのネタとして使わせてもらっています。本当にありがとうございます。
    地元を出て仙台の大学に入ったあなたは、色々なことを経験します。先輩にフラれたり、周りの同級生の凄さに圧倒されたり、バイト先の店長に怒られたり。そろそろ、「頑張っても報われないこともあるんだなあ」なんてやさぐれかけている頃かもしれません。そうですね。頑張っても報われないことは、残念ながらあります。でも、それはやさぐれる理由にはならないと思います。
    「そんなの言われなくてもわかってるよ!」とあなたに言われそうですね。
    ごめんなさい。二十歳のあなたはちゃんとわかっていますよね。だからこそ、報われないことを恐れずに、いや、恐れていたとしてもそれを乗り越えて、色々なことをやってきたんだと思います。それって、イケてるし、面白いし、最高です。そういう二十歳のあなたのことを、今、私はお便りという形にして残そうとしています。
    こんなこと言うと、「エラそーに言っちゃって。そういうアンタはどうなのよ?」なんて言われちゃいそうですね。
    うーん。まあまあボチボチ頑張ってるよ。こっちも色々あるのよ。やさぐれたくなるようなことも、全然あるよ。でも、なんだか毎日面白いですよ。
    井川さんの一枚
    怒和島から見た海の景色です。本当にいい天気で、暖かく、穏やかな海でした。
    【お知らせ】
    1、ラジオで読んでほしいお便りはフォーム(http://ikawayoshihiro.com/form/)から送ってください。
    2、フォームに送るのがやっぱ面倒な場合は、チャット(Messengerの「イカハゲ深夜便 生放送」か「イカハゲ本堂」)に送ってください。フォームとチャットの両方に送っても大丈夫です。
    ちなみに月曜深夜の生放送では、当日の夜に井川さんがフラっと「イカハゲ本堂」に表れてその日のお題を投げるので、オンエアまでの数時間でお便りをチャットに投稿することになっています。フォームで送る必要はないので、お気軽にご参加ください。いつもイカハゲ深夜便生放送お聴きいただき、ありがとうございます。
    よろしくお願いします!
    「井川さんとなっちゃん」、「瀬尾さんと井川さん」へのご感想もお待ちしてます。
    「ちょっと聞いてよ、井川さん」(テーマ自由で何でもOK)
    自己紹介代わりに聞かせてほしい「あんたのお名前なんてーの?」
    チビッコからの疑問質問なんでも答えちゃう「教えて!イカハゲ先生!」
    47 min
  • イカハゲ深夜便 vol.10
    今週の井川さんのはなし ~23分ごろ
    今週は今年を振り返ります。
    2018。出会いもありました、別れもありました。
    オリンピック前の混乱、マメヒコの宇田川町店を閉店したのは初夏。ハタケマメヒコも最後の年となりどうなることかと思いましたが、終わってみれば、たくさんの小豆と黒大豆が収穫できました。ゲーテ先生の音楽会は宇田川を飛び出し、銀座、横浜でライブ。そうそう、デビューCDの販売も始まりました。長く続けていたラジオ、HPは一新しました。小説を書き始め、イカハゲが産まれました。ラジオはお便りに支えられました。みなさん、ありがとうございました。
    マメクルラジオ~38分ごろ
    影山くんと、事あるごとにしてきた話題、ブリコラージュとエンジニアリングについて。
    ブリコラージュとはその場にある寄せ集めの道具や素材を組み合わせ、必要な物を手作りすることです。エンジニアリングとは初めに設計図(概念)を作ります。その為の道具や材料を集め、設計図通りに完成させます。同じものを大量生産したり、用途にピッタリと合った物を作るのに向いています。
    ブリコラージュが得意な井川さん、エンジニアリングを得意としてきた影山さんの最新のはなしです。
    今週のお便り~58分ごろ
    ラジオにお便りをたくさん書いてくれた、イカっ子さん、ぱたぱた卵さん、さとみさん、ゆきさん、くつなっこさん…、ありがとうございました。皆さんは、お便りが変化してきていることにお気づきですか。イカっ子さんは、文章がスッキリしてきましたし、さとみさんやゆきさんは、自分のカラーを意識して書いておられます。
    ひとつの傑作を残すことよりも、小さな気づかないほどの変化を知ることが生きる楽しみだと思います。さて、今週のテーマは「サンタクロースへの願い事」。
    イカハゲネーム:イカっ子
    ここしばらく子ども達のサンタクロースを演出する側だったので、いざ自分がお願いするとなると戸惑いますが、せっかく聞いてくださるなら、願い事を書いてみたいと思います。私には長年温め続けている想いがあります。1つはまたNYへ行きたいということ、もう1つは舞台を創ってみたいということです。またと言うのは、若い時にNYにダンス留学した経験があるからですが、今度行ける機会が訪れたなら、特にダンスにこだわっていません。NYへは、その時の自分に相応しい形で、相応しいタイミングで行けたらと思っています。ダンスの舞台にしても、子育てをしながら出来る範囲では参加してましたが、今は様々な事情で休止してるので、再開時には創り上げる側もやってみたい。とりあえず還暦までを目標にすることで、気力体力を維持するようにしています。そして内側の灯火を絶やさないようにすること。友達からは、実現するならあと5年は縮めなくちゃねと言われてるのですが。なぜその2つなのかと自分に問いかけてみると、願いそのものより、願いの奥に潜んでいるものが私にとって重要なことなんだと気付きました。まずNYは私自身が開かれた状態でいられた象徴としての街だからです。だから必ずしもNYでなければいけないということではありませんが、水が合う場所で自分が開かれやすい環境に身を置くことは大事だと思っています。もしNYへも行けず、他に水が合う場所もなければ、望む環境を自ら生み出すぐらいになれたらいいです。また何故舞台なのかと問われるなら、互いが持てるものを、限りを尽くして引き出し合いながら作品を創る面白さと一体感が、舞台活動では感じやすいからだと思います。人生はそう簡単には壊せませんが、舞台は壊しては創り、再生することが出来ます。一緒にやろうよと言う仲間がいるなら尚更、最高です。人前で何か披露したいからということではなく、美しいと思えるものを、私と同じように必要だと感じる人達に向けて、自分が出来る形で伝えられたら舞台にこだわる必要はないと思っています。そういう喜びを私はどこかで授かり、味を知ってしまった。美味しい料理はまた食べたいから作ってみたい、出来れば1人より誰かと一緒に食べたらもっと美味しいに違いないと思う気持ちに似てるのかもしれません。でも今は娘の進学を応援して自立を見届けることと、親の最期に寄り添う時期なので、私にしか出来ないことは後悔ないように精一杯やっておきたいと思っています。思うように身動きが取れない時こそ内圧が高まるので、時々こうしてお便りを書きながら、内省の期間としてこの時期を活かせたらと思っています。なのでサンタさんへのお願いは、私が夢に向かって最善を尽くせるよう、自分を見失うことのないよう、道を照らし続けてもらえたらとても心強いです。ただこうしてお願い事を書きながら思うのは、願い事は叶えてもらうより、叶えてあげられるサンタクロースの方が喜びは何倍も深いのかもしれません。実家で父と数日前、夕飯時に話していた時のことです。父がふと、何かの話しの流れで、嬉しそうにこう言いました。「文字を書きたくてウズウズして仕方ない時がある。日本語の形、特にひらがなは本当に美しくて、字を見るといつもうっとりする。」父は漁師の生まれで、長男なので親の漁の手伝いで小学校も満足に通えてなかったと聞いてます。80歳にもなって文字が書きたくてウズウズするなんて、父の本質をかいま見た気がしました。現在の父は未だ現役で自営業を営んでるのですが、支えてきた母が倒れてからはますます忙しくて、現在、趣味を楽しむ時間はほぼ皆無です。「一生死ぬまで働く、それが俺の人生だからいいんだ。」と父は言いますが、私がサンタクロースなら、父の少年時代に戻って、学校に行かせてあげたかったと思いました。
    イカハゲネーム:さとみ
    大学1年生の、もうすぐクリスマスという頃の話です。おかしい。こんなはずしゃなかった。12月のはじめに意中の先輩にフラれた私は、完全にやさぐれていました。「クリススマスまでに彼氏ができますように」こんなこと、サンタクロースに願うまでもなく、簡単に叶うものだと思っていました。周りの友達たちは、花火大会や文化祭、芋煮会なんかで愛を深め、次々とカップルが成立していきました。みんなも上手くいってるんだし私も楽勝でしょ。そんなふうに思っていました。しかし、現実として、私は意中の先輩にフラれ、大学生はじめてのクリスマスを一人で過ごそうとしていました。最悪です。先輩のことがこんなに好きなのに、頑張って仲良くなりたいのに、先輩の態度は素っ気ないものです。むしろ、頑張れば頑張るだけ、素っ気なさが増しているような気さえします。それまで、頑張って何とかならないものなんて無いと思っていました。勉強も、楽器の練習も、好きだからどんどん頑張れるし、頑張れば頑張ったぶんだけ、上手になったと思います。神様や、サンタクロースにお願いなんかしなくても、頑張れば何とかなると思ってました。でも、先輩のことがこんなに好きなのに、頑張っても上手くいかないなんて。もうどうすればいいのかわかりません。そんなある日のことです。午後の講義が終わって、さて帰るかという時に、強烈なめまいに襲われました。立って歩けません。生まれて初めてタクシーを呼んで下宿まで帰りました。体温を測ってみると、39℃超え。そりゃあフラフラになるはずです。私は、そのままご飯も食べずに寝込んでしまいました。寝込んでいると、玄関の呼び鈴がなりました。「どうしたの?」私は言いました。「何言ってんの、自分でメールしたんじゃん。」友達はあきれた感じで言いました。私は寝込む直前に、薬とポカリを買ってくるよう、彼女にメールしていたようなのです。それを見た彼女が、他の友達も引き連れて、薬とポカリ以外に食べ物も買って、私の下宿まで来てくれたのです。彼女たちは、そうめんをくたくたになるまで煮込んで、卵でとじた物を作ってくれました。どうして、こんなにやさしくしてくれるんだろう。頑張って叶うもの。頑張っても叶わないこと。そして、頑張らなくても叶うもの。彼女たちは、頑張って、努力して、作った友達ではありません。自然と仲良くなった友達です。私はよくわからなくなっていました。でも、この友達たちを大事にしたい、ということはわかりました。
    イカハゲ先生 ~70分ごろ
    (質問1)せとかちゃん(4歳)
    今日はクリスマスイブ、明日はクリスマスです。みんな、クリスマスも、クリスマスイブも、おいしいモノを食べたり、パーティーをするそうです。でも、どうしてクリスマスは、前の日もお祝いするのですか?私の誕生日だって、お誕生日の日と、その前の日もお祝いしてほしいです。クリスマスだけずるいと思います。どうしてクリスマスだけ特別なのですか?
    (質問2)イカハゲネーム:だいず坊主(5歳)
    冬休みに入る前に幼稚園で「おおそうじ」をしました。いつものそうじと違って、みんなで幼稚園全部を掃除して、ワックスというものをかけて廊下がツルツルになったり面白かったです。
    でも、どうして冬に「おおそうじ」をするんですか?
    幼稚園の先生に聞いても「年末だからよ」と言っててわかりません。年末ってなんかすごいんですか?普通のお掃除じゃダメなんでしょうか?
    イカハゲ先生も年末だから「おおそうじ」するんですか?
    井川さんの一枚
    クリスマス・イブの田園調布駅。窓の中に、クリスマスリースが3つも飾ってあります。目立たないよなぁ。でも、この目立たない感じが、昭和の奥ゆか...
    1 hr 11 min
  • イカハゲ深夜便 vol.9
    今週の井川さんのはなし ~30分ごろ
    今週は、マメクルラジオ復活です。井川さんと、クルミドコーヒーの影山知明さんが一年ぶりにラジオで対面です。二人で10年近くラジオをやってきただけあって、互いに久しぶりの再会でしたが、相変わらず息の合ったコンビとして復活です。
    影山さんは、新しい本、「続・ゆっくりいそげ」を書かれました。書店で販売するのではなく、自分たちで製本までして販売していくというスタイルはとても新鮮です。「続・ゆっくりいそげ」を作った裏側を、余すところまでおはなしされています。
    今週のお便り~49分ごろ
    今週のテーマは「あの表現に救われました」。こうやって手紙を書くという表現に救われることもあるんですね。
    イカハゲネーム:イカっ子
    就職したての20歳の頃、会社の寮で生活していました。10畳ほどのワンルームの両脇の壁に2つのベットが置いてあるだけの2人部屋。学生時代も規則が厳しい4人部屋の寮生活の経験があるので、共同生活は慣れていましたし、ルームメイトとも仲良くやっていました。でも私の心や生き方は会社にはありませんでした。会社での付き合いは最低限にして、私は仕事が終わると吹っ飛んで、好きなダンスのクラスを受けに行ったり、友達との交流も会社以外の人達と会う時間を大切にしていました。その中の1人に高校時代からの友人がいました。彼女は私と同じく、高校卒業と同時に進学の為に上京してましたが、1人暮らしだったので遊びに行きやすいというのもありました。私は短大を卒業してすぐ就職しましたが、彼女は四年制の大学だったのでまだ学生でした。夜勤明けで遊びに行く時などは、彼女はちょうど夜の銀座にアルバイトに行く時間帯でした。可愛さと毒の加減の塩梅が絶妙なバランスで同居してる彼女には適職だと思いました。私は鍵を預けられて、夜勤明けの疲れた身体でそのまま泥のように彼女の家で眠ることもありました。姉御で面倒見のよい彼女は、目覚めた私に朝食を作ってくれました。中でもベーコン入りのブラックペッパーが効いたふんわりしたスクランブルエッグが私のお気に入りでした。夜のアルバイトなのに、生活が崩れないしっかりしたところも彼女の魅力でした。彼女は私の夢も理解して応援してくれていました。「イカっ子ちゃんには好きなことをやって欲しい。イカっ子ちゃんの1人や2人ぐらい、私が夜の仕事でもして食べさせてあげる!」彼女の家庭環境を知っていた私は、もし私が逆の立場ならとても言えない言葉だと思いました。もちろん私が彼女に援助のお願いをすることはなかったけれど、そう言ってくれる友達がいるということが、あの時の私を力強く励ましてくれたことには代わりありません。
    イカハゲネーム:ぱたぱた卵
    井川さん、こんにちは。録音の深夜便、いつも深夜ではなく、昼休みに聴いてます。「似た者同士のなかにある違い」と、「違った者同士の同じ部分」があります。この話しは「違った者同士の同じ部分」に救われたというものです。僕の小学校時代の友人に、足が早く、小さい頃からサッカーをやっていて、顔立ちも整っていて、明るく朗らか、お父さんは先生、お母さんはチャーミング、一人息子で愛されていて、端から見ていると幸せそのもの、お前になれるならなりたい、という男の子がいました。僕とは違ったタイプです。卒業してから何年か経ち再会し、彼が料理好きだったこともあり、彼の家で二人で料理をする機会がありました。その日は冬の寒い日で献立は鍋にしました。久しぶりに互いの話しをしていた時、彼がポツリと呟きました。「ぱたぱた卵は死にたいと思ったことはある?」僕は感情の起伏が薄く、ニュートラルな印象があるので、死にたいなんて思うのか疑問に思っていたそうです。僕は彼がそんな質問をしたことに驚きました。僕と彼は違うタイプです。けれどニュアンスは違えど、死を近い存在として見ていたということです。この質問から、二人の違いではなく、同じ部分がフォーカスされるようになりそれが救いになりました。死を意識しない生は、躍動感がないのではないか。だから死にたいという感情を感じて良いと二人で思えた瞬間でした。僕は死をいけない感情だと思い込んでいたのですが、たまーに吹く強風や大雨みたいに感じるようになって本当に救われたな、と思える瞬間でした。
    イカハゲ先生 ~60分ごろ
    イカハゲネーム:さよちゃん(7歳)
    (質問1)ほとんどの動物はオスの方が見た目が立派で綺麗なのに、人間は女の人の方がお化粧したり宝石を付けたりしてキラキラに飾ります。
    どうしてですか?
    (質問2)クリスマスの朝にはいつも枕の横にサンタさんからのプレゼントが置いてるけど、サンタさんはえんとつから入ると絵本で読みました。
    えんとつがある家なんて見たことがないけど、サンタさんはどうやって入ってくるのですか?
    サンタさんなんていないよ、という友だちもいます。
    でもプレゼントは枕の横に置いてあるし、どっちがほんとですか?
    イカハゲネーム:せとかちゃん(4歳)
    毎年、クリスマスにはイチゴのショートケーキを食べるのですが、「ショート」って「短い」っていう意味ですよね?私はいーっぱいケーキを食べたいので、ロングケーキの方がうれしいです。でも、ケーキ屋さんにあるのは全部ショートケーキでした。イカハゲ先生、マメヒコではロングケーキを売っていますか?
    井川さんの一枚
    いろいろと忙しくて、なんか疲れちゃってるんですかね。冬の空から、天使のはしごが下りています。ボクを助けに下りてきてほしいです。
    【お知らせ】1、ラジオで読んでほしいお便りはフォーム(http://ikawayoshihiro.com/form/)から送ってください。2、フォームに送るのがやっぱ面倒な場合は、チャット(Messengerの「イカハゲ深夜便 生放送」か「イカハゲ本堂」)に送ってください。フォームとチャットの両方に送っても大丈夫です。ちなみに月曜深夜の生放送では、当日の夜に井川さんがフラっと「イカハゲ本堂」に表れてその日のお題を投げるので、オンエアまでの数時間でお便りをチャットに投稿することになっています。フォームで送る必要はないので、お気軽にご参加ください。いつもイカハゲ深夜便生放送お聴きいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします!「サンタクロースへの願い事」で、24日〆切でおねがいします。「ゲーテ先生の音楽会へのほとばしる想い!」「THE GOETE シングル曲の感想」などなど、たくさんお便り募集中です!【随時募集】「井川さんとなっちゃん」、「瀬尾さんと井川さん」へのご感想もお待ちしてます。「ちょっと聞いてよ、井川さん」(テーマ自由で何でもOK)自己紹介代わりに聞かせてほしい「あんたのお名前なんてーの?」チビッコからの疑問質問なんでも答えちゃう「教えて!イカハゲ先生!」
    1 hr 1 min
  • イカハゲ深夜便 vol.8
    今週の井川さんのはなし ~28分ごろ
    今週は、ゲーテ先生の音楽会特集です。月末の音楽会に向けて準備中です。そのなかで井川さんの詞の話をします。THE GOETHEの歌は、聞いてくれるヒトの気持ちに寄り添い、そっと励ますような歌にしたいと井川さんは思っています。そのため、THE GOETHEの歌詞は、すっと入ってくる言葉をあえて選んでいます。難しい日本語や説明的なものよりも、キチッカチやポチッカチといった音として楽しいひらがなやカタカナを使っているのです。
    時代の変わり目に、THE GOETHEを通して、井川さんが考えていることをはなします。
    今週の梅田くんとのはなし ~36分ごろ
    年末ですね。井川さんと梅田くんは根っこは似たところがあるようです。ですが、店を持っている井川さんは、どうにもならないものに対する諦めのようなものがあるようです。そこが井川さんの寛大さでもありますが・・・。
    今週のお便り~53分ごろ
    今週のテーマは「背中を追いかけたあの人との想い出」。どんな背中をどんな気持ちで追いかけたのか、いろいろな想い出です。
    イカハゲネーム:イカっ子
    高校を卒業して進学の為、上京したての頃、海外のミュージシャンの追っかけをしてたことがあります。
    ノルウェー人の3人組のバンドで、
    中でもボーカリストのファルセットボイスと呼ばれる声と、憂いある瞳に私は夢中でした。
    ワールドツアーで来日した時、コンサートは東京だけでなく、山梨までも追いかけて観に行きました。
    そしてファンレターを書きました。とても苦労して成功した彼らへの尊敬と憧れ、自分の夢を英語で綴って、何度も何度も書き直して。どうしてもその手紙を直接渡したくて友達と宿泊先のホテルまで押しかけてしまいました。
    何人か同じようなファンがホテルのロビーで待ち伏せていましたが、長く居られるはずもなく、私達はホテルの出入り口付近に夜通しいました。せめて一目だけでも彼らを見たい、会いたいという一心で。待ち伏せしてる知らない女の子達とへんな親近感が湧き始めた頃、真夜中に彼らは私達の為に外にわざわざ出て来てくれたのです。
    ずっとホテルの外で徹夜で彼らを待ち続けている私達をかわいそうだと思ってくれたようでした。
    1人ずつと握手して、写真も撮ってくれました。
    私は頰を近づけて写真を撮ってもらった事に浮かれてしまい、目的だったファンレターを渡すのをすっかり忘れてしまいました。
    朝になって彼らがロビーに降りて来た時は、SPに囲まれて近づける空気はなく、
    彼らはバスに乗り込んでしまいましたが、1人のSPが私に気が付いてくれたので、私は駆け寄って手紙を託しました。
    そのSPはウィンクして、オッケー、僕を信じてと言って手紙を受け取ってくれました。
    2週間ほど経った頃、なんと返信が届きました。
    筆跡にクセがあることを知ってたので、
    そのクセは紛れもなく、彼のものだと確信出来ました。
    今回のツアーで訪れた国の中で日本が一番よかったという内容の短い文章の最後の一文に震えが止まりませんでした。
    “You can dance for me”
    まだティーンエイジャーで、そのノルウェー人の彼と自分の夢を追いかけていた私にとってこれほど嬉しい言葉はありませんでした。
    今はもうそのバンドは解散しており、追いかけることもなく落ち着いてしまいましたが、その時の返信は捨てられず今も大切に持っています。
    イカハゲネーム:さとみ
    井川さんが書いた「小説 裸足の金星」、あれこそまさに、誰かの背中を追いかけることについて書かれた物語だと思います。というわけで、テーマに便乗して、裸足の金星の感想文を書きます。
    まず、この小説では、主人公の優希が、想い人である瞬の背中を追いかけています。ですが、ここでは優希のことは一旦横に置いて、瞬について書こうと思います。
    この小説での瞬は、優希の視点を通した形で描かれているので、わりとカッコ良く描かれています。しかし、そうは言っても、瞬は二十歳そこそこの男の子です。カッコ悪い部分もたくさんあると思います。むしろ、オスカー・ビーダーに憧れて、彼のように生きたいと、その背中を追いかけていた瞬のことですから、自分のカッコ悪さと、ありたい自分とのギャップに落ち込むこともあったのではないでしょうか。
    瞬のように「自分が決めたことをやり抜く」というのは、とても勇気のいることだと思います。頑張りが報われなかったり、周りから笑われたりして、心が傷つくことも多いと思うからです。でも、そのような勇気は、とてもカッコいいものだと思います。
    私は、いつの間にか、自分がこれまでに好きになった男の子たちと、瞬とを、重ね合わせていました。たとえば、先週のお便りで書いたあのシャイな彼、きっとヘルメットを買ってくるのに勇気を振り絞ってくれたことでしょう。私の都合の良い妄想かもしれませんが。
    私は、今までに好きになった男の子たちから、そのような勇気をたくさん貰いました。そして、彼らから貰った勇気に、今でも励まされているのだと思います。
    以上、脱線しまくりで書いてしまいましたが、勇気を出せる男の子ってカッコいいなと思い、お便りを書きました。
    イカハゲ先生 ~55分ごろ
    イカハゲネーム:さよちゃん(7歳)
     
    世界で一番強い動物はなんですか?
    お母さんが携帯で調べたら、1番強い動物は
    アフリカ像でした。
    でも海でシャチとケンカしたらシャチの方が勝っちゃいそうです。
    でもシャチは10番目だったので、わかんなくなりました。
    じゃあ、ほんとに世界で一番強い動物はなんですか?
    井川さんの一枚
    しっぽが3つ、並んでいます。姫リンゴとメキシコの猫を並べてみました。
    色というのは、太陽と関係ありますね。
    同じ鮮やかな色どうしでも、北国のリンゴの赤はメキシコの青とは、合いません
    【お知らせ】
    1、ラジオで読んでほしいお便りはフォーム(http://ikawayoshihiro.com/form/)から送ってください。
    2、フォームに送るのがやっぱ面倒な場合は、チャット(Messengerの「イカハゲ深夜便 生放送」か「イカハゲ本堂」)に送ってください。フォームとチャットの両方に送っても大丈夫です。
    ちなみに月曜深夜の生放送では、当日の夜に井川さんがフラっと「イカハゲ本堂」に表れてその日のお題を投げるので、オンエアまでの数時間でお便りをチャットに投稿することになっています。フォームで送る必要はないので、お気軽にご参加ください。いつもイカハゲ深夜便生放送お聴きいただき、ありがとうございます。
    よろしくお願いします!
    次回のお便りテーマは、「あの表現に救われました」です。
    映画や舞台、小説、そして、誰かの言葉だけでなくふとした態度などなど、「表現」で救われたことを募集します!
    〆切は来週月曜12/10です。
    【随時募集】
    「ちょっと聞いてよ、井川さん」(テーマ自由で何でもOK)
    自己紹介代わりに聞かせてほしい「あんたのお名前なんてーの?」
    チビッコからの疑問質問なんでも答えちゃう「教えて!イカハゲ先生!」
    1 hr 3 min
  • イカハゲ深夜便 vol.7
    今週の井川さんのはなし ~33分ごろ
    今週も、エトワール・ヨシノ特集。エトワール・ヨシノは井川さんが演じる女性シャンソン歌手です。ゲーテ先生の音楽会の登場人物として始まったエトワール・ヨシノですが、間もなく銀座でソロリサイタルをします。エトワール・ヨシノの歌のリハーサルを紹介します。
    井川さんは、なぜエトワール・ヨシノを演じるのでしょうかという問いを再び。
    井川さんは頼まれたことを日々の生業にするのではなく、自分で決めたことを生業にしたいと思っています。
    それはそのほうが、生きている実感を持つからだそうです。
    生きている実感というのは、きついことも含めて、とても多幸感があるんだそうです。
    今週のお便り~53分ごろ
    今週のテーマは「あなたの周りのおせっかいさん」。「おせっかい」ではなく、「おせっかいさん」と呼びたくなる、困っちゃうけど許しちゃう、ついつい助けられちゃう、いつのまにか頼っちゃう、など、愛すべき「おせっかいさん」エピソードです。
    お便り1
    イカハゲネーム :イカっ子
    私はお節介をするより、
    明らかにされる方です。
    振り返るといつも親切なお節介さんが周りにいて、今は最高のお節介さんが側にいます。
    そのお節介さんは痒いところに手が届くだけでなく、私の行動を急かすのです。
    それもとても良い方向に。
    10歳年下の彼女とは10年前に通っていたヨガスタジオで出会いました。
    彼女は受付にいたスタッフさんでした。
    ヨガに興味を持ち始めた私は、そのヨガスタジオのワークショップを1番に申し込んだはいいものの、
    当時まだ小学生の娘を旦那に預けるつもりが、旦那の急な出張で無理となり断りました。
    すると彼女は娘を受付で預かるから大丈夫、ワークショップは安心して受けてきてと言うのです。
    今、思えばそこから彼女のお節介が始まっていたんですね。
    私はその頃、主婦兼、パートでホテルの電話交換手の仕事をしてましたが、彼女はヨガのワークショップの後、ヨガスタジオの受付業務のスカウトをしてきました。
    このヨガスタジオの受付の仕事は、レッスン代が無料になるから転職しちゃえばと。
    娘を預かる時と同じようにニッコリ笑って。
    でも勤務時間が合わないからと断ると、店長を口説いて、私の好きな時間で働けるよう条件を整えてくれたのです。
    そのおかげで私はそのヨガスタジオの受付の仕事を好きな勤務時間で働き、ヨガやピラティスまで無料で受けられることになりました。
    彼女は私が働きやすいよう条件を整えるばかりか、仕事面での成長も促してくれました。
    そこのヨガスタジオは彼女が辞めた後も8年ほどスタッフとして在籍してましたが、そこでまた彼女のお節介が始まりました。
    今度はヨガスタジオの受付業務を辞めて、先生になっちゃえと言うのです。
    そろそろそうしようかと迷っていた時だったので絶妙なタイミングでした。
    まずは辞めてから今後のことはゆっくり考えようなんて思ってたら、辞めた途端、彼女は生徒を数人紹介してきました。
    すでに場所や日程の候補まで押さえた上で。
    そうやってまたも彼女のおかげで口コミでポチポチと生徒さんが増えてきて、リズムが手始めたころ、彼女はまた急かしてきました。
    スタジオ開いて、ホームページも作らなくちゃねと。
    いい場所もあるよと、場所を貸してくれる人の間に入って紹介までしてくれたので、もう後には引けない状態に。
    パソコン苦手なのでホームページの作成を躊躇ってたら、彼女は私が手伝うからと、マクドナルドで私達の企画会議が始まりました。
    ヨガスタジオの受付業務の経験がある彼女は、アドバイスは具体的かつ的確。
    ホームページ用に写真撮影して、チラシまで作ってくれました。
    それが今に繋がっています。
    でも先週から函館の母の具合が悪くなり、急遽、帰省中です。
    またもお節介な彼女は私が気落ちしないようにと、せっせと私が大好きなNYの動画や画像を送ってきます。
    彼女はちょうどNYに旅行中なのです。
    でも気配り上手な彼女のことだから、地域の高齢者の為の情報もしっかり添えて。
    そして今度はNYへ一緒に行こうと誘われています。
    私のスーパーお節介さんはお節介の領域を超えて、いつも私の一歩先の夢をリードしてくれています。
    彼女のお節介に乗せられて、私はいづれまた新しい方向に動くことになる予感でいっぱいです。
    お便り2
    イカハゲネーム さとみ
    男女の仲を取り持ちたいおせっかいさんというのはどこにでもいるようです。
    大学二年生の夏、私は北海道でを一人旅をしていました。これは、稚内で泊まった宿での話です。その宿には談話室があり、宿泊者がそこで酒盛りをしていました。私は、そこで一人のおじさんとウマが合い、好きだった先輩に告白してフラれたことなどを、ベラベラと喋っていました。
    すると、そのおじさんが向こうから一人の男の子を連れてきてくれました。歳は私と同じくらいの、ちょっぴりシャイな感じの男の子です。その男の子は、バイクで北海道を一人旅しているそうです。
    「明日、この子を後ろに乗っけて、どっか走ってきたら?」
    周りの大人たちが無責任に囃し立てます。彼は、ハイともイイエともつかない感じでモジモジしていました。
    次の日の朝のことです。驚くべきことに、彼は、わざわざホームセンターに行って、私にかぶせるためのヘルメットを買ってきてくれたのです。こんな展開、予想していませんでした。胸が高鳴ります。私の夏が完全に始まりました。
    ヘルメットをかぶって、バイクの後ろにまたがり、落ちないように彼の腰に手を回してつかまります。男の人とこんなに密着したのは生まれて初めてです。ち、近い…! 彼の頭の匂いまでわかってしまいそうです。ウブだった私は、彼の匂いと、体温に、ガツンとやられてしまいました。
    その日は一日、海辺の道を走ったり、一緒にソフトクリームを食べたりして、楽しく過ごしました。私はすっかり恋人気分でした。
    彼とはそれっきりで、その後連絡を取り合うことすらなかったのですが、今でも忘れられない、楽しい夏の思い出です。あの夜、おせっかいを焼いてくれたおじさん、本当にありがとうございました。
    お便り3
    イカハゲネーム:くつなっこ
    私には第二の故郷と呼ぶ場所があります。愛媛県松山市にある、忽那諸島(くつなしょとう)という島々です。
    私のイカハゲネームの由来でもある地名で、みかんなどの柑橘を栽培する農家さんと、瀬戸内海を漁場とする漁師さんが暮らしています。一番よく足を運んでいる怒和島(ぬわじま)は、コンビニはもちろん、信号機すらないですし、携帯の電波も入りにくいところがあったりする人口300人程度の小さな島で、以前、島留学のプログラムで訪れて以来、仲間と何度も通っています。(※ちなみに「ダッシュ島」の近くです。)
    この島には、私たちが「島の父さん」と慕っている田中さん(72歳)という重鎮がいるのですが、父さんは昨年、携帯電話をガラケーからスマホに変えたのを機にLINEを始めました。それまでは、しょっちゅう電話やメールで連絡してきたのですが、スマホになってからは、島に通う仲間と父さんでLINEグループを作り、日々の出来事をやりとりしています。
    「今日はハマチが大漁です」「島の小学校で運動会がありました」 「明日、みかんを送るよ」など、よく写真付きで島の様子を送ってくれるので、離れていても島の暮らしに思いを馳せることができるのは嬉しいことです。
    しかし、父さんは台風のことになると、ちょっとおせっかいが過ぎます。日本列島を台風が襲うとニュースになれば、即座に「みんなは大丈夫か?気をつけろよ」「停電はしてないか?」「島では波が荒くなってきました」「こちらは無事に通過したようですが、東京はまだ気をつけて」と、非常に細かい報告と、過度な心配のメッセージが絶え間なく送られてきます。
    たしかに、島では過去にも台風の大きな被害があったり、西日本豪雨でもみかん畑が流されたり、人的被害があったりと大変だったようで、農家さんや漁師さんにとっては影響が大きく、台風は一大事のようです。しかし、東京で生活する私たちにとっての台風は、交通機関に影響するくらいですし、いつでも天気予報や台風情報は確認できますので、そんなに大騒ぎするほどではありません。
    しかし、既読スルーだと父さんがスネてしまうので、誰かしら空気を読んで、持ち回りで適当な返事をするというのが暗黙の了解となっています(笑)。
    実の親子でも、台風くらいではそんなに心配しあったりしないのですが、島の暮らしと東京の暮らしがかけ離れすぎていて、おせっかいなコミュニケーションが生まれています。正直なところ、台風の時はちょっとうっとうしいなと思いつつ、離れていても心配しあえる家族のような存在は、これからも大切にしていきたいです。
    お便り4
    イカハゲネーム 白くま
    おせっかい焼きな人って、人の気もちを考えているようで、どこか鈍いところがあったりします。
    その子は大学の同級生で、同じゼミでした。明るくハツラツとして、どこか抜けたところもあったけどそれもいいアクセントで、いつも笑いの中心にいる、みたいな子です。自然とぼくも吸い寄せられて、一緒になって笑っていました。くしゃりとした笑顔が可愛らしい子でした。
    59 min
  • イカハゲ深夜便 vol.6
    今週の井川さんのはなし ~35分ごろ
    今週は、エトワール・ヨシノ特集。エトワール・ヨシノは井川さんが演じる女性シャンソン歌手です。ゲーテ先生の音楽会の登場人物として始まったエトワール・ヨシノですが、間もなく銀座でソロリサイタルをします。
    井川さんは、なぜエトワール・ヨシノを演じるのでしょうか。
    思い入れのあったマメヒコ宇田川店を閉店したとき、ヨシノは続けていこうと井川さんは思ったそうです。「無常の世に生きなくてはならない人間の悲哀」、そして、「言葉ではなく行動に規範がある」、エトワール・ヨシノに込められた井川さんの思いを語ります。
    そして今回のステージのために書き下ろされた新作、「グズのブルース」が作られていく裏側もこっそり公開します。
    今週のお便り~46分ごろ
    今週のテーマは「あなたと親友になれたあの日のこと」。今回は情景が浮かんで来るお便りでした。
    お便り1
    イカハゲネーム:キコ親友とはいえないけれど、友達になるってこういうことかと、少しだけ苦い思い出とともに、記憶に残っていることがあります。小学三年生の時、クラスにいつもからかわれてしまう女の子がいました。今だと、いじめといわれてしまうのかもしれません。くしゃみをすれば笑われ、走っても笑われ、話しても笑われ、考えてるだけでも笑われていました。その子と私は家の方向が同じだったので、一緒に帰るようになりました。でも、私もクラスの子と同じでした。その子があたふたするのが楽しくて、いつもからかいながら帰ってました。もちろん全然嫌ってないのだけど、本人がどう感じるかは別のこと、なのに何にも考えていませんでした。3ヶ月ほど一緒に帰り、夏休みに入る前だったと思います。急にその子が転校することになりました。そうなって初めて考えました。「もしかしたら、嫌だったのかもしれない、一緒に帰るの。」明日で最後という日の放課後、その子とお母さんが家まで訪ねて来ました。「どうしても、恥ずかしくって渡せなかったんですって。」とお母さん。その子はお母さんの後ろに隠れてました。「ほら」とお母さんに促され、私に直接渡してくれたのは、お菓子をパンパンに詰め込んだ手作りのポシェットでした。そのとき、「ああ、友達ってこうやってできるんだな」と思いました。最後の給食の時間、いつも先生のパンだけは白い紙の袋に入っていて、それを膨らませてパンッと鳴らすのが生徒たちの楽しみだったのですが、その日は全員一致で、その子がその役を任されました。みんなが注目する中、袋を膨らませてパンッと鳴らしたら、期待通り、いつものびっくり顔になりました。それを見たクラス全員が笑っていて、それがとっても温かかったことを覚えています。その子と一緒に過ごした時間はとても短かったのですが、私の中に焼き付いてしまった、友達の記憶です。
    お便り2
    イカハゲネーム さとみ大学三年生の頃、私は妹と二人暮らしをしていました。しかし、初めこそ二人暮らしだったものの、妹はその当時付き合っていた彼氏を自分の部屋に連れ込み、いつの間にか三人暮らしになっていました。そんな中で発生したのが東日本大震災でした。当時私が住んでいた仙台もかなり揺れました。壁を挟んで、二人の男女と一人の女、余震が続く夜を過ごしました。最高にトホホって感じでした。なぜ私には彼氏がおらず、妹には彼氏が途切れないのか。姉妹だから似たような顔をしているはずなのに。まあ妹のほうが若干カワイイかな。いやでも私も負けてないと思うよ?胸のサイズでは確実に勝ってるしな… 当時の私は、こんな不毛なことをぐるぐると考えていました。そんなある日、妹の彼氏がココイチのカレーを買ってきてくれました。なんと、私の分も含めて三人分です。震災直後の仙台で食料を手に入れるためには、とにかく長い行列に並ばなければなりませんでした。このカレーも、きっと苦労して手に入れたのでしょう。妹の部屋にお邪魔して、三人で一つのこたつに入ってカレーを食べました。自分の分も買ってきてくれたのがうれしかったのと、久しぶりに食べるカレーがおいしかったので、なんとなく気を許した私は、この時初めて彼とまともに会話をしました。意外とイイ奴でした。当時流行り始めだったツイッターで、彼とお互いにフォローし合ったのもこの時だったと思います。なので、私のタイムラインには今でも時々彼の動向が流れてきます。いいねボタンは押しませんが、スマホの画面越しに念を送っています。だから、私は彼のことを今でも友達だと思っています。あっちはどう思っているか知りませんが。
    お便り3
    イカハゲネーム:ぱたぱた卵井川さんこんにちは。生と録音、どちらも楽しく聴いております。僕のあの日のことの始まりは、19歳の冬。その友達とは高校の時に席が隣になったことで知り合い、印象は身体は大きくて、大食いで、でもおばちゃんみたいにおせっかいで、自宅で鍋パーティーするくらい世話好きで、だけど口が悪くてトゲがあるから誤解もされやすい、そんな人。僕は夏、彼は秋に好きだった人が恋人になった。11月末の土曜日、23時過ぎに彼から連絡があった。こんな時間に連絡をもらうのは初めてなので、どうしたのか聞くと僕の家の前の公園にいる、とのこと。公園に行くと生娘のように泣いていた。どうやらフラれてしまった、悲しくてこのまま夜行バスにでも乗ってどこかに消えたいと言っていた。半分くらい、勢いの旅も後で振り返ればいいのでは?と思いながら2時くらいまで話しを聞いたら落ち着いて彼は帰宅した。彼の普段のキャラクターらしからぬ姿に驚いたのだが、1週間後、今度は僕がフラれてしまった。その帰り道に当時好きだった、席に仕切りのあるラーメン屋さんに寄って美味しいもの食べて元気出さないと、と思って食べ出したところ、千と千尋の千尋が白いおにぎり食べる時みたいにぼろぼろ泣けてきた。世界が揺れてる、涙色とはこの事か、そしていつも美味しいはずのラーメンが美味しくなかった。あぁ、彼は先週こんな気持ちだったのか、と。自分が幸せだからどこか他人事で親身ではなかった、と申し訳ない気持ちになった。帰り道に彼に報告の文章は送ったが、その日は会わなかった。後日彼の好きな焼肉屋さんでご飯になったのだけど、彼はあえて雑談をする。僕が聞かれたくないこと、聞いてくれないと話せないこと、話したいこと、を探っているようだったので彼ほど全部ではないが、自分なりに話せることは話した。そうして気付くといつもの一緒にご飯を食べる空気感になっていた。僕は彼とこの日また少し仲良くなれた気がした。彼とは今も親友です。
    あんたのお名前なんてーの?~49分ごろ
    https://www.facebook.com/groups/IKAHAGE.radio/ で集まったお名前の由来をご紹介しています。裕香■名前の由来名前の候補を出したのは父、決めたのは母だと聞いています。本名は「裕香(ユカ)」です。父は幼少期を戦中、青春期を戦後に過ごし、アメリカ、ヨーロッパ文化に、ある種の憧れを持っていました。それで子供の名前は海外に行っても発音しやすいものがいいと思っていたようです。物心ついた頃の父の印象は、いつもNewsweekなどの英字の雑誌を読んでいたというものでした。私が生まれた頃は、2文字、というか2音節の女の子の名前が流行っていたこともあり、父は母に子供の名前として「ゆか」か「ゆき」を提案しました。そして母が「ゆか」を選び、名字に合う、運が良くなりそうな画数の漢字を本を調べて探したそうです。本当にその頃は2文字の名前が多く、親戚を見渡すと「ゆみ」「ゆき」「みき」とちょっと似た響きの名前の従姉妹たちがいます。私も父に影響されたようなところがあり、海外のことが知りたくて高校まで英語、大学でフランス語を学びました。成人してからアメリカ、カナダ、フランスなどに行きましたが、どの国でも割合とすぐに名前を覚えて発音してもらえました。'Your name is easy.'と言われるので、これは親からもらったプレゼントだと思っています。ただ一つの難点は、漢字の画数が多いこと。「ころもへん」に「たに」と書く「裕」の字は、油断すると横広がりになってしまい、他の名前の漢字、例えば「香」の1.5~2倍の幅になってしまいます。漢字を覚えたての小学生の頃は、枠からはみ出してしまって大変でした。今だに自分の名前なのにうまく書けない、という気持ちと付き合っています。淳子■名前の由来母親はユミってつけたくて、父親はジュンってつけたくて、初めに生まれた姉にユミ次に生まれたワタシにジュン。となっただけなのです。2人とも子がついているのは祖母が女の子には子をつけたほうがらいいんじゃないかしら…と。なんだか時代を感じさせますね。 
    イカハゲ先生 ~56分ごろ
    イカハゲネーム:せとかちゃん(4歳)
    食パンの外側の茶色い部分を「パンの皮」と言ったら、ママが「それはパンの耳よ」と教えてくれました。イカハゲ先生、パンにも耳があるんですか?パンは、私のお話が聞こえているのですか?
    井川さんの一枚
    国分寺崖線の遠足をしています。今回は調布の深大寺でした。ここに深大寺城址というのがあって、そこにいい公園がありまして、みんなで烏龍茶を淹れて飲みました。大きなクスノキが枝を...
    57 min
  • イカハゲ深夜便 vol.5
    今週の井川さんのはなし ~19分ごろ
    今週は、なぜ自分にできることを探さないのかについて。日本というのは、地政学的に見ても、ヨーロッパやアメリカを見習っても、条件が違いすぎると思うのです。
    それなのになぜ、まったく違うものを見習ってしまうんでしょうか。
    同じように、自分というもの、それは自分にしか無いものがあるはずです。
    いや、どんなに頑張っても、どこまでも自分は自分で、
    他人を見習っても、どうなるものではないでしょう。
    そのことについてはなしをします。
    梅田くんとのはなし~30分ごろ
    翻訳する必要がある人間は苦手だという井川さん。コミュニケーションに翻訳がはいると、まどろっこしくて、めんどくさいからだそうです。
    今週のお便り~52分ごろ
    今週のテーマは「想い出の淡水魚」。今回はテーマがテーマなだけに数少なかったでしたが、とてもいいお便りでした。
    お便り1
    イカハゲネーム:くつなっこ私は犬や猫などのペットを飼ったことがないのですが、水槽で魚を飼うくらいならできるかも、と淡水魚を飼っていた時期がありました。熱帯魚や海水魚は管理がめんどくさそうなので、ただの水で育つもの、場所を取らない小さなものがいいと、レッドビーシュリンプという1-2cmくらいのエビと、アベニーパファーという淡水で育つ小さなフグを選びました。レッドビーシュリンプは赤と白のしましまで、きれいな縞模様があると高値で取引されるので、全国にブリーダーがいるほどです。ウチの水槽でも、うまくいったときは大繁殖したのですが、夏場の水温上昇に耐えられず、一気に大量死することも。水面に小型の扇風機を当ててしのぎましたが、エアコンのない部屋では生き延びられず、減ったり増えたりを繰り返しました。淡水フグもだいたい2cm前後と小さく、ぷくぷくとかわいらしい魚でした。 でも、エサが冷凍の赤虫という、かわいらしくないものを食べていました。いずれも何年か育てましたが、自然に数が減ってしまい、全滅したタイミングで水槽を置くことを辞めてしまいました。実は2011年の震災の日、帰宅したら床が水浸しになっていたことも、育てるのを辞めてしまった大きな理由です。他の家財などはほとんど被害がなかったのですが、水面はちょっとの揺れでも波が増幅してあふれてしまうことを知り、また大きな地震があったら大変だなと思ったのです。淡水魚というテーマで、そんなコトを思い出しました。
    お便り2
    イカハゲネーム:写真クラスより小学4年生くらいの頃、教室でメダカを飼っていました。いきものがかりだった私は「メダカ新聞」を毎週発行して、メダカの四コマ漫画を描いていました。10匹くらいいるメダカそれぞれに名前をつけて、それぞれに個性的なキャラクターがありました。当時は1匹1匹を見分けられたものです。そのメダカたちがその後どうなったのか思い出せないのですが、今でもメダカには不思議と愛着があります。
    お便り3
    イカハゲネーム さとみもしもの話です。もしも、私が「鮭」だったとしたらの話です。鮭が自分の生まれた川に里帰りし、上流へと遡って(さかのぼって)ゆくというのは皆さんご存知のことだと思います。となると、もしも私が鮭だったとしたら、どの川を遡るのでしょうか。ここは、私の故郷福島県を代表する河川であるとともに、個人的にも想い出深い、阿武隈川(あぶくまがわ)を遡るのが適切でしょう。旅の始まりは宮城県亘理町(わたりちょう)、阿武隈川の河口がある街です。この街の名物は、鮭の身の炊き込みご飯にイクラをのせた、はらこ飯という郷土料理です。川は宮城県丸森町(まるもりちょう)に入ります。この辺りはとても風光明媚です。屋形船で川下りなんかもできて、なかなかオツなものです。丸森町を過ぎると、川は福島県に入り、県庁所在地である福島を経て、二本松、本宮(もとみや)、郡山(こおりやま)と福島県を北から南へと縦断します。ちょうどこの辺りでは東北新幹線と平行して川が流れます。そしていよいよ、私の生まれ故郷である須賀川市(すかがわし)に入ります。この街には阿武隈川で唯一の滝である乙字ヶ滝(おつじがたき)があるので、気合いで遡りましょう。乙字ヶ滝は松尾芭蕉が句を詠んだ地でもあり、なかなか風流なスポットです。旅はいよいよクライマックス、阿武隈川の最上流部に入ります。ここでの見どころは、西郷村(にしごうむら)にある雪割橋(ゆきわりばし)です。この辺りの紅葉は見事なもので、まじインスタ映えです。こんな感じで、途中から観光案内になってしまいましたが、鮭になって遡るにしても、観光するにしても、阿武隈川、オススメです。(お便り終わり)
    あんたのお名前なんてーの?~59分ごろ
    https://www.facebook.com/groups/IKAHAGE.radio/ で集まったお名前の由来をご紹介しています。桂子■名前の由来「桂子」は父がいくつか考えた候補の中から母方の祖父が決めたと聞きました。祖父は「桂」の字が好きで、俳句を詠む時に「桂窓」の俳号を使っていました。桂の木のようにまっすぐ育って欲しいという意味だそうです。桂の木は葉がハート型だし月に桂の木が生えているという中国の伝説もあったりで、なかなか良いなと自分でも気に入っていたのですが、以前トレッキング中に桂の巨樹に出会い、衝撃を受けました。一本の太い幹を何十本もの細い幹が取り囲んで一体となって上へ上へと伸びているのです。その姿から大地の気を吸い込んで天に昇る竜のようなエネルギーを受け取りました。もしかして祖父はこういう桂の姿も好きだったんじゃないかなと、身が引き締まる思いでした。一方、個人的には将棋の駒の「桂馬」のまっすぐ前に進まず、後戻りもできないという、ちょっとひねくれものな動きも好きで、どちらかというとそっちの方が性にあっているかもと思っています。すみ江■名前の由来祖母(スズ)と母(光子:ミツコ)から1字ずつとって祖父がつけました。「江」にしたのは当時は「子」よりモダンだったんじゃないかと思います。祖父は結構流行りものが好きだった気がするので。子供の頃は漢字に憧れたり、字の説明をする時「「こ」は子供の子」って言いたくて、なんで「江」にしたんだろう💦なんて思ってました。でも大人になるにつれ、平仮名は見た目に丸くて優しい感じがして段々好きになってきました。それに何たって、書くのが楽です。音的には少し寂しいけれど。佳苗■名前の由来父方の祖父が〝叶〟と書いて〝かなえ〟と 読ませたかったのですが、当時 当用漢字に この字がなかったので、当て字で〝佳苗〟と したそうです。ちなみに…わたしは 娘に 数字を付けた名前にしたかったので、〝七海〟と〝三玲〟と付けました。飼い犬も〝Avril〟(4月生まれなので仏語で4月)と付けました。雅子■名前の由来父母の周辺にいた「雅子さん」が素敵な女性だったから、らしいです。wikiによると「雅とは上品で優雅なこと。宮廷風・都会風であること。風采の立派なこと。」名は体を表さない、とはこのことか!帰国子女だった母にお嬢として育てられましたが、13歳で母が鬼籍に入ったあとは下町育ちの祖父母のお世話になり、多忙なギョーカイ人だった父の目は行き届かず、好き勝手やってきた結果こうなりました。
    イカハゲ先生 ~59分ごろ
    イカハゲネーム:せとかちゃん(4歳)
    おやつにカステラが出てきたのですが、端っこの紙を食べてしまいました。でも、紙が甘くて一番おいしかったです。だから、紙の部分だけたくさん食べたいのですが、どうしたらいいですか?紙の部分だけ売っていないのですか?
    井川さんの一枚
    秋の夜の始まりです。人工的な鉄道の明かり、そして茜の夕焼けが、ぎりぎりまで闇に抗っています。こういう空を見ると、寂しいという気持ちではなく、嬉しい温かい気持ちになります。この世は人間だけではないんだ、無神論者ですが、ああ、神様っているのだと感じられるからです。
    【お知らせ】テーマのお便りを募集しています。また毎週月曜深夜生放送用のなんてことない雑談や井川さんへの質問や、お便りは、投稿フォームから受け付けておりますが、マメヒコに行った際に便箋にしたためて、お店のポストに投函するのもまた良しです。【募集中のお便りテーマ】「あなたと親友になれたあの日のこと」※11/12(月)締切  【随時募集】「ちょっと聞いてよ、井川さん」(テーマ自由で何でもOK)自己紹介代わりに聞かせてほしい「あんたのお名前なんてーの?」チビッコからの疑問質問なんでも答えちゃう「教えて!イカハゲ先生!」
    1 hr 3 min

About カフエマメヒコ井川啓央の「いかひこ深夜便」

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東京、渋谷・三軒茶屋のカフエマメヒコの井川啓央のラジオ「いかひこ深夜便」です。