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<レオンラジオ日の出 われらの文化17欣福茶釜05
レオー作「沈む陽の色」鑑賞会②)〉
20261020
レオンラジオ日の出 アクセス総数45.1万回
オープニングテーマ 楠元純一郎作詞作曲 🎵シャンパンスパークリング🎵
エンティングテーマ 楠元純一郎作詞作曲 🎵遺伝子の舟🎵
楠元純一郎 ラジオパーソナリティー 会社法学者
レオー 作家、画家、ラジオパーソナリティー 録音師
松尾欣治 哲学者 評論家
福留邦浩 国際関係学者 評論家
Feng老師 国際経済学者 評論家
畠山果也 SNS日中架橋企業社長
どうにも諦めきれなかった僕は、ふと思った。
美大の近くなら、美術書を扱う本屋がいくつもあるんじゃないか。
スマートフォンを取り出して探してみると、本当に一軒見つかった。
大学関係者の住宅区の近くだった。
柵越しには、赤い壁の集合住宅が見える。何枚かの窓を隔てた先には、古本の買取りや画材販売を知らせるカラー印刷の看板も見えた。
ところが、地図が示す場所まで来ても、それらしい看板がどこにもない。
不甘心的我突然想到,美院附近肯定有不少美术书店。于是掏出手机,还真被我发现一家。
是在家属区附近。透过栏杆看去,是红色墙面的住宅楼。隔着几扇窗户,就能看到一个收旧书或者卖画材的彩印广告牌。
到达指定的地方,却没有发现任何招牌。
だんだん焦ってきて、スマートフォンを何度も見返した。
小さな小さな写真の一枚に、本で埋まった書棚の前に座り、上を見上げている老人が写っていた。
宝箱を見つけた海賊なのに、どうやって蓋を開ければいいのかわからない。
そんな気分だった。
そのとき突然、シャッターに貼られた、黄ばんで角の欠けた一枚の紙が目に入った。
電話番号が書いてあった。
電話の向こうから聞こえてきたのは、標準的な「普通話(プートンホゥア)」を話す、落ち着いた、やさしい男性の声だった。
詳細に、でも、くどくない口調で、彼は自分のことを話してくれた。
我开始急躁,翻着手机。在一张张光圈极小的图片里,一个老人坐在满是书的书架前,抬头向上看。
而我就像发现宝箱的海盗,却不知道怎么把它打开。
突然,我看到一张贴在卷帘门上的、泛黄缺角的纸,上面写着一个电话号码。
电话里,是一个普通话很标准、沉稳而温柔的男声。
他详尽而不啰嗦地介绍了自己。
魯美の図書館長を務めていたこと。
もう八十代であること。
住んでいるところが遠いので、今日は店を開けて僕を迎えることができないこと。
もし僕が本を見たいのなら、明日、店で待っていてくれること。
他说,他是鲁美图书馆的原馆长,已经80多岁,住得很远,不方便当天前来打开店面招待我。如果我想看书,他愿意第二天在店里等我。
僕はぼんやりと、その話を聞いていた。
何か不思議な力に、すっぽり包み込まれてしまったようだった。
我に返ったときには、翌朝九時半に会う約束ができていた。
我听着这一切出神。
一股神秘的力量把我包裹住了。
回过神来,我们已经约好了第二天早晨九点半见面。
僕はいったい、どんな人と話していたんだろう。
まだ、その落ち着いたやさしい声の持ち主の顔さえ見たことがない。
それなのに、午後の陽射しに満ちた交差点に立ちながら、僕は高校生だったころの自分に、心の中でそっと言った。
焦らなくていい。
お前が想像することさえできなかったあの言葉に、今、僕がお前の代わりに一歩ずつ近づいているんだから。
我在和一个什么人对话呢?
我还没有见过这个沉稳而温柔的男声本人。站在下午洒满阳光的路口,我却默默对高中时代的那个自己说:
不要着急。
我在替你一步一步走近这个你想都不敢想的词语。
待ち遠しくて仕方がなかった。
けれど、その「待ち遠しさ」が何を待っているのかを、単純に「ある人に会うこと」だとか、「一冊の本を買うこと」だとか、そんなふうには言いたくなかった。
ただ、その待ち遠しさのせいで、翌朝、雨が降り続く窓の外を見た瞬間、ちゃんと傘を持っているにもかかわらず、僕は反射的にこう呟いた。
「しまった……」
我如此期盼。我不愿意把这个“期盼”的宾语简单地说成“见一个人”或者“买一本书”。我只知道,这份期盼使得第二天早晨看到阴雨连绵的窗外时,明明带了伞的我还是下意识地说了一声:“完了。”
スーツケースを引き、リュックを背負い、地下鉄に二駅乗って、約束の場所には十分早く着いた。
電話では、店が具体的にどこにあるのかは聞いていなかった。
少し待っていてくれれば、自分が迎えに行く、とだけ言われていた。
胸がきゅっとした。
外は小雨だった。
三十九歳の僕でさえ、ふくらはぎに力を入れなければ足元が危うい。
八十を過ぎた彼が、この濡れて滑りやすい道をどうやって歩くのだろう。
いったい、どれだけの距離を歩いて僕を迎えに来るのだろう。
我拉着行李箱,背着背包,坐了两站地铁,提前十分钟到了约定的地点。电话里他没有说具体在哪里,只让我等一会儿,他来接我。我心里一紧。外面下着小雨。39岁的我姑且都要绷紧小腿才能走稳,我不敢想象80多岁的他在湿滑的路面上要怎样走,又要走多远出来接我。
髪が薄く、白くなった、黒いジャケット姿の老人が、地下駐車場の入口に現れて手を振った。
僕は慌ててスーツケースを引きながら、早足でそちらへ向かった。
彼は、光っていた。
表情が特別豊かな人ではなかった。
それなのに、僕はあたたかいと感じた。
一个头发稀少而花白、穿着黑色夹克的老人出现在地下停车场的入口,向我招手。
我赶紧拉着行李箱快步走过去。
他发着光。
他没有过多的表情,但是我觉得暖和。
老人について地下駐車場へ降りていった。
そこはかつて防空施設として使われていた場所で、小さな部屋がいくつもあった。
彼の書店は、そのうちの一室だった。
老人がシャッターを開けた。
部屋そのものは大きくない。
三方の壁がすべて本棚になっているのに、不思議なことに中央にはかなり広い空間が残っていた。
我跟着老人下到地下停车场。这里以前被用作人防工事,有很多小房间。老人的书店就在其中一间。
他打开卷帘门。
小房间不大,三面墙都放上了书架,神奇的是中间竟然还有很大的空地。
全部で何冊あると言っていたのか、僕は忘れてしまった。
たぶん、もうそのころには、目の前に並ぶ背表紙と表紙の群れの中で、すっかり迷子になっていたからだ。
しかも、これで全部ではなかった。
我忘记老人说他一共有多少书了。
或许是因为我已经迷失在那一排排书脊和封面中。
而这些还不是全部。
〈われらの文化16欣福茶釜04
レオー作「沈む陽の色」鑑賞会①)〉
20261013
レオンラジオ日の出 アクセス総数44.8万回
オープニングテーマ 楠元純一郎作詞作曲 シャンパンスパークリング
エンティングテーマ 楠元純一郎作詞作曲 遺伝子の舟
楠元純一郎 ラジオパーソナリティー
レオー 作家、画家、ラジオパーソナリティー 録音師
松尾欣治 哲学者 評論家
福留邦浩 国際関係学者 評論家
畠山果也 SNS日中架橋企業社長
楠元「このレオンラジオ日の出からついに作家がデビューしました!お馴染み、レオ先生ことレオ君。作品は、レオー作「沈む陽の色」。これは我われが7年かけて続けてきたラジオ番組で蒔いてきた種がついに発芽し、開花したもの。レオ君の文章にはかつてこのラジオで読んだ魯迅「故郷」や、現在も講読中である中勘助「銀の匙」の香り漂う。」
松尾「この作品は散文詩のよう。」
福留「そうですね。」
昨日、大きな荷物が届いた。
瀋陽から。
魯迅美術学院の近くから。
箱の中身は、全部、本だった。
一冊、また一冊と取り出していく。
重い。
これまでにも、いろいろな古書店で本を買ってきた。
美術書だって、ずいぶん買った。
けれど、本を買ったというだけの出来事について、こんなにも何かを書き残しておきたいと思ったことは、一度もなかった。
昨天,我收到了一个大大的包裹。
来自沈阳,鲁迅美术学院附近。
包裹里面全是书。
我一本一本地把它们拿出来。它们很重。
我在不少旧书店买过书,也买过不少艺术类的书,却没有一次买书的经历让我这么想写点什么。
高校生のころ、僕は美大受験を目指して絵を勉強していた。
当時の僕にとって、「魯美」――魯迅美術学院という名前は、憧れであり、地元の普通科の高校生にとっての清華大学や北京大学と同じくらい、はるか遠くにあるものだった。
高校一年、二年のころ、先輩の誰かが魯美に受かったと聞けば、その人はたちまち僕たちの神様になった。
その人の絵は、僕たちのお手本になった。
读高中的时候,我是艺考生。
“鲁美”对于当时的我而言,就像我们那里一般高中生心目中的清华北大一样遥不可及。
高一、高二时,一旦听说有哪个学长考上鲁美,他就变成了我们的神,他的画也变成了我们的典范。
もちろん、僕は美大には受からなかった。
あのころの僕が自分で納得した理由は、いたって単純だった。
絵が下手だったから。
やがて「魯美」という言葉は、憧れから思い出へと変わっていった。
我当然没有考上美院。
那时候,我给自己的解释很简单:
因为我画得不好。
后来,“鲁美”这个词就从憧憬变成了回忆。
つい数日前までは。
瀋陽に来て二日目の午後、ふと気づいた。
――そうだ。魯美を見に行けるじゃないか。
電動バイクに乗って向かう僕の気分は、ちょっとした巡礼だった。
ところが、そこで目にしたのは、大学全体の移転を知らせる告知と、すっかり寂れて黄ばんだ旧キャンパスの門と柵だった。
直到前几天。
我在沈阳的第二天下午,突然发现可以去鲁美看一看。
骑在电单车上的我有一种去朝圣的心情,看到的却是举校搬迁的通知,和凋敝泛黄的老校区大门与栅栏。
<日の出ラジオ 我らの文学241 中勘助『銀の匙』169(後編15⑥)>
ラジオ収録20261006 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者・クスモン) 中国語翻訳・朗読 レオー(レオ君)(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師・日の出仙人)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士・かっか)。畠山果成(キャナル君)
<<44.4万回突破記念!ありがとうございます!>>
久しぶりで思ひ出の多い橋をわたつたら離れには香の煙がたちこめて大般若のときに見おぼえのある坊さんが大勢よつて話してゐた。
〈大般若(だいはんにゃ)→般若心経(はんにゃしんぎょう)は大般若経の神髄をまとめた経典。ただし、浄土真宗(阿弥陀経)と日蓮宗(法華経)はこれを唱えない。
我久违地走过那座充满回忆的桥,偏房中香烟缭绕,我在大般若经会上见过的几位和尚正聚在一起谈话。
老僧はへちまをかいてくれた座敷に据ゑてある曲彔きよくろくのうへに金襴の袈裟をかけ、払子ほつすをもつて、昔ながらの石仏のやうに寂然と扶坐ふざしてゐる。
<曲彔(きょくろく)→お坊さんの肘掛け椅子。金欄(きんらん)→金や銀の糸の織物。払子(ほっす)→僧侶が葬儀の時に持っているハタキのような法具でもともとは虫除けだったとも。寂然(じゃくぜん・じゃくねん・せきぜん)。扶坐(ふざ)している→足を組んで座る(結跏趺坐)。>
老僧在他曾为我画丝瓜的那间屋中,身披锦襕袈裟,手持拂尘,寂然趺坐于一张开法会时禅僧坐的椅子上,一如从前那般模样。
私はそのまへへいつて昔のとほり頭をさげて焼香した。
<焼香(しょうこう)→仏式の葬儀・法要等で、香を焚いて故人や仏様を拝む作法>
我走到他面前,如从前那样低下头,烧了一炷香。
私たちが僧正遍昭と綽名をつけたでこでこな和尚さんが「大往生ぢや 大往生ぢや」といひながら蕎麦饅頭をぱくぱくくつてゐた。
<綽名(あだな)→愛称。でこでこな→顔の作りに凹凸(おうとつ)のある。大往生(上長寿)>
那个绰号“僧正遍昭”、额头光亮饱满的和尚一面大口嚼着荞麦馒头,一面说着:
“寿终正寝,寿终正寝。”
私はいよいよ木から落ちた猿であつた。
<いよいよ→ますます。木から落ちた猿→猿も木から落ちる→弘法も筆の誤り、河童の川流れ。ここでの意味は、失敗とかして気恥ずかしい、バツ(場都合)が悪い気持ち。気まずい、居づらい。>
这一次,我更加不知所措了。
<レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1>
20261006通算226回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第10段落③ Op.「水魚の交わり」、Ed.「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 )司会 楠元純一郎(東洋大学教授・法学者・クスモン) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師・レオ君) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師・日の出仙人)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士・かっか)畠山果成(キャナル君)。前回収録2020812
<<レオンラジオ日の出アクセス総数44.4万回突破!>>
It is plain that if we are to know anything about the table, it must be by means of the sense-data -- brown colour, oblong shape, smoothness, etc. -- which we associate with the table; but, for the reasons which have been given, we cannot say that the table is the sense-data, or even that the sense-data are directly properties of the table.
もし我々がテーブルについてなにか知ろうとするならば、茶色で、長方形で、なめらかである等の、我々がテーブルと関連づけるセンスデータによるものであるにちがいないということは明らかである。しかしこれま述べたいくつかの理由から、そのテーブルはセンスデータであるということはできず、それどころか、そのセンスデータは直接的に、テーブルの性質(本質)であるということすらいうことができないのである。
it that構文、be to構文 (可能、予定、運命、意志、義務)
很明显,如果我们想知道关于桌子的任何事,就必须借助于我们与桌子相关的感觉数据——棕色、长方形、平滑度等。但是,我们并不能因为上述的理由,就说桌子就是一系列的感觉数据,或者直接说这些感觉数据就是这桌子的性质。
这里的plain是明显的意思!by means of 用,依靠
Thus a problem arises as to the relation of the sense-data to the real table, supposing there is such a thing.
このように、そのような本当のテーブル(そのようなものがあると仮定すれば)とセンスデータとの関係において、ある問題が生じるのである。
于是,假设有这样一张真实的桌子,关于感觉数据和这桌子的关系,一个问题产生了。
<日の出ラジオ 我らの文学240 中勘助『銀の匙』168(後編15⑤)>
ラジオ収録20260923 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)。
今日はお彼岸の中日。
<<43.5万回突破記念!ありがとうございます!>>
老僧がなくなつたのはそれから三年ばかり後のことであつた。
那之后不过三年,老僧人就去世了。
私は中学へはひるし、貞ちやんは奉公にでるし、寺とはいつとはなしにうち絶えてたがある晩突然 老僧がなくなつたから といふ使がきたので私は父といつしよに悔みにいつた。
<奉公(ほうこう)→住み込みで家事に従事すること。行儀見習い。いつとはなしに→いつの間にか。うち絶えて→関係が切れて。使(つかい)→命令や任務を受けて派遣される使者(ししゃ)。お悔(く)やみ→故人の死を悼(いた)み、悲しむ気持ちを伝える行動様式。>
我升上中学,小贞工作了,不知不觉,我已经很久不去寺里玩。一天晚上,突然有寺里的人来告诉我们老僧圆寂的消息。我和父亲一起出席了他的葬礼。
老僧はこれといふ病気もなくいはば寿命がつきたので、方方の住職になつてる昔のお弟子たちがかはるがはる世話をしてたのださうだ。
<寿命(じゅみょう)が尽きた→老衰。住職(じゅうしょく)→お寺の代表。弟子(でし)→師匠について学問・技芸・芸道の教えを受ける人。かわるがわる→交替交替で>
听说老僧人生前一直由各家寺院的住持轮流照料,他们都是老僧人的弟子。而他不是病逝,只是寿命到了,自然死亡。
<レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1>
20260923通算225回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第10段落② Op.「水魚の交わり」、Ed.「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 )司会 楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)。前回収録2020812
<<レオンラジオ日の出アクセス総数43.5万回突破!>>
The colour is that of which we are immediately aware, and the awareness itself is the sensation.
その色は、我々が直接知覚しているものであって、知覚それ自体は感覚である。
颜色是我们直接意识到的,而这种意识本身则是感觉。
<日の出ラジオ 我らの文学239 中勘助『銀の匙』167(後編15④)>
ラジオ収録20260915 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、畠山果也(社長)、日本が誇る語学の帝王(カツどんさん)初登場!。
<<42.6万回突破記念!ありがとうございます!>>
いつになく間ぢかく坐らされて汗ぐつしよりになりながら今までこの人を死ぬまでも石仏みたいにして鈴を鳴らす人ときめてた私はその一挙一動をなにか珍しいことのやうにじつと眺めてゐた。
<いつになく→いつもと違うこと。間じか(近)く→距離が短い。汗ぐっしょり→汗でひどく濡れている様。石仏(いしぼとけ)→石に彫られたり、石で作られた仏像。一挙一動→一つ一つの動作や振る舞い。>
我之前从未坐得离他这么近,紧张得浑身是汗。在这天之前,我已认定老僧会像石佛一样,摇一辈子的铃;如今我目不转睛地望着他,仿佛他的一举一动都带有珍稀的意味。
老僧は大きな硯をもちだして墨をすらせ、筆をとつてさらさらと糸瓜の絵をかいた。一枚の葉と、一本の蔓と、一つの糸瓜と。
<硯(すずり)→固形の墨(すみ)を水で磨(す)って液体にする書道用具。糸瓜(へちま)→インド原産の瓜科、ツル性の一年草。蔓(つる)→地面を這う、または他のものに絡みついて伸びる「つる」。>
老僧取出一只大砚台,把墨磨开,拿起笔利索地画了一幅丝瓜。纸上画了一片叶子,一条藤蔓,一个丝瓜。
そのうへへ 世のなかをなんのへちまと思へどもぶらりとしてはくらされもせず とかき急須みたいな書判をしてとみかうみしてたが、不意にからからと笑つて「さあ、これをあげるであちらへもつておいで」といつて硯を棚にのせ、筆を洗ひ、さつさと金剛座へ帰つてもとの石仏になつてしまつた。
<とみかうみ→あっちを見たり、こっちを見たり。「世の中を 何のへちまと思えども ぶらりとしては 暮らされもせず」→世間や人生の厳しさと、それでも適当に気を抜いてばかりでは生きていけない現実を、ユーモアを交えて詠んだ江戸時代の狂歌(または俗謡)。→「世の中(浮世)なんて、へちまのように大した価値もないくだらないものだと思ってみても、だからといって何もせずにぶらぶらと暢気に暮らしていくわけにもいかない(生きていくためには働いたり、世間のしがらみに付き合ったりしなければならない)」。急須(きゅうす)→茶葉にお湯を注いでお茶の成分を抽出するための、日本で広く使われている茶器のこと。書判(かきはん)→昔の文書の末尾に自筆で書いた署名やサイン、または手書きの印影のこと。金剛坐→仏教用語でダイヤモンドのように堅固で壊れない、釈迦が悟りを開いた際の座所。>
接着又在上面题字:“我看人世如丝瓜,切莫吊儿郎当活。”他在旁边画了一个小茶壶似的花押,左看右看了一会,忽然哈哈大笑道:“好了,这个送给你,你把它带走吧。”说完他把砚台放回书架,洗好毛笔,匆匆回到自己的金刚座上,又成了一尊石佛。
私は木から落ちた猿のやうにすごすごと糸瓜の絵をもつて家へ帰つた。
<すごすごと→期待した結果が出せず、気落ちして(意気消沈して)元気がない様子でその場から引き下がる、立ち去る様子>
我像离了水的鱼一样不知所措,最后只好垂头丧气地拿着这幅丝瓜回家了。
<レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1>
20260915通算224回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第10段落① Op.「水魚の交わり」、Ed.「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 )
司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、畠山果也(CUC中国語専攻・Kakehashi Studio社長)。前回収録2020812
<<レオンラジオ日の出アクセス総数42.6万回突破!>>
It will help us in considering these questions to have a few simple terms of which the meaning is definite and clear.
その意味が明確ないくつかの簡単な用語があれば、これらの問題を検討するのに役立つだろう。
it to 構文
有几个意思明确的简单术语,有助于我们去考虑这些问题。
it作为形式主语,将真正的主语(从句)放在后边。
Let us give the name of 'sense-data' to the things that are immediately known in sensation: such things as colours, sounds, smells, hardnesses, roughnesses, and so on.
感覚で直接知られるもの、つまり、色、音、匂い、硬さ、肌理(きめ)の粗さなどのようなものに、「センスデータ(感覚与件)」と名づけることにしよう。
让我们将那些通过感官直接获得的“东西”命名为“感觉数据”:例如颜色,声响,气味,硬度,粗糙程度等。
We shall give the name 'sensation' to the experience of being immediately aware of these things.
我々は、これらのものについて直接知っている経験を「感覚」と名づけることとしよう。
我们把直接意识到这些感觉数据的经验,赋名为“感觉”。
Thus, whenever we see a colour, we have a sensation of the colour, but the colour itself is a sense-datum, not a sensation.
かくして、我々がある色を見るときはいつでも、その色についての感覚を有するが、しかし、色それ自体はセンスデータであって感覚ではない。
data複数形 datum dataの単数形
于是,每当我们看到一种颜色,我们就有了这个颜色的“感觉”,但这个颜色本身是一种“感觉数据”,而并不是一种感觉。
<日の出ラジオ 我らの文学238 中勘助『銀の匙』166(後編15③)>
ラジオ収録20260908 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、畠山果也(社長)。
<<42.5万回突破記念!ありがとうございます!>>
そんなにして橋をわたつてゆくこともたびたびであつたけれどこの枯木のやうな隠者にはとりつくしまもない。
<とりつくしまもない→取り付く島もない→頼りにして取りすがろうとしても相手にもしてもらえないこと。けんもほろろ(頼み事を無愛想に突き放し、冷淡に断ること。>
就这样,我从那座桥上走过许多次,这枯木一般的隐士却连一点靠近他的机会都没有给我。
ところがある時またからからと鈴がなつて、いつものとほり茶碗をおいて帰らうとしたら意外にも後ろから呼びとめて「絵をかいてあげように紙を買つておいで」といつた。
然而有一次,铃铛又“咔啦啦”地响了,我像往常那样放下茶杯转身回去的时候,他竟然从身后叫住了我:“你把纸买好,我给你画幅画吧!”
私は狐につままれた気もちで唐紙を買つてきて老僧のまへに出した。老僧は根の生えたやうに坐つてる脇息のそばから立つて日あたりのいい隣の間へ私をつれていつた。
<狐(きつね)につままれた→狐に化(ば)かされたように、何が起きたのか分からずポカンと唖然とする様子。唐紙(からかみ)→中国由来の装飾紙。根の生えたように座っている→じっと座ったまま動かない様。脇息(きょうそく)→肘掛け>
我莫名其妙地买来一张有金粉花纹的纸,递给老僧人。他从那张坐到生了根似的摇椅上站起来,把我带到旁边采光明亮的房间。
部屋は悉く渋色に燻ぼつて 椿寿 と書いた小さい額がかかつてゐる。
<悉(ことごと)く→残らずすべて。渋色(しぶいろ)→燻(くす)んだ茶褐色。燻ぼって→燻(くすぶ)って→火が炎をあげずに煙ばかりを出している状態→煤(すす)ける、黒ずむ。椿寿(ちんじゅ)→長寿を祝う言葉。額(がく)→絵画や書を飾る額縁・枠。>
屋子的墙壁已经被线香熏成淡黄色,上面挂着一张写有“椿寿”二字的小小匾额。
<レオンラジオ日の出 <我らのラッセル哲学 Remake版1>
20260908通算223回『哲学の諸問題』"The problems of philosophy" by Bertrand Russell" 第1章第9段落 Op.「水魚の交わり」、Ed.「遺伝子の舟」(作詞作曲 楠元純一郎 )
司会 なんだかんだぱんだ楠元純一郎(東洋大学教授・法学者) 中国語翻訳・朗読 レオー(録音師・中国大慶美術教師) 中国語監修 冯宪中(国際経済学博士) 朗読・読解者 松尾欣治(哲学者・神田外語学院社会学非常勤講師)読解者 福留邦浩(日本経済大学教授・国際関係学博士)、畠山果也(CUC中国語専攻・Kakehashi Studio社長)。前回収録2020803
<<レオンラジオ日の出アクセス総数42.5万回突破!>>
Thus it becomes evident that the real table, if there is one, is not the same as what we immediately experience by sight or touch or hearing.
このように、その本当のテーブルが、もし一つだけ存在しているとして、我々が視覚または触覚または聴覚によって直接体験するものとは同じではないということが明らかになる。
所以事情就很清楚了,如果存在有一张“真实的桌子”,那么它也和我们通过视觉,触觉和听觉所直接感受到的桌子是不一样的。
The real table, if there is one, is not immediately known to us at all, but must be an inference from what is immediately known.
その本当のテーブルは、もし一つだけ存在しているとして、我々にはまったく直接知られることはないが、直接知られているものから推論されねばならないのである。
如果存在有一张“真实的桌子”,它并不为我们所直接认知,而是经由我们的直接认知而推论得出的结果。
Hence, two very difficult questions at once arise; namely,
(1) Is there a real table at all?
(2) If so, what sort of object can it be?
したがって、二つの非常に難解な問題がただちに生ずる。つまり、
(1)いったい本当のテーブルは存在しているのか?
(2)もし存在しているとすれば、それはどんな対象でありうるのだろうか?
由此,会同时出现两个非常困难的问题,即:
(1)是否存在“真实的桌子”?
(2)如果存在,它会是什么样的对象?
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