人生に必要なもの、それはいろいろあります。なかでも大切にしたほうがよいもの、他の物がなくてもこれはというものは何か。人は自分の経験からいろいろと考えることでしょう。これはなくても大丈夫だった。これはないととても困った。そういう経験が知恵となって、蓄積されていきます。人間、失ってはじめてわかることが多いので、苦労した人ほど人生に必要なものの本質を見抜くことができると言えるでしょう。今朝開かれている聖書には、ほとんどのものを失い、そして本当に必要なものを与えられたひとりの女性の話が記されています。ご一緒に読みながら、考えてきましょう。
25節「そこに、十二年の間、長血をわずらっている女の人がいた」と物語はやや唐突に始まります。「そこ」というのは、2000年前のイスラエルのある村です。イエスという一人の男性、彼は聖書の教師であり、奇跡を行う人であるとも考えられていました。この人に、大勢の取り巻き、群衆がついて歩いている場面です。
(続きは音声でお聞きください)
<第一部>
191124_1_人生に必要な声_マルコの福音書5章25-34節_原牧師_宣教.MP3
<第二部>
191124_2_人生に必要な声_マルコの福音書5章25-34節_原牧師_宣教.mp3
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主日礼拝宣教ガイド20191124_人生に必要な声_マルコの福音書5章25節~34節.pdf