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2000年から書き続けているプログ記事(一部は2009年から始めたFacebookの記事)、あるいは、拙著『書物の時間』(1989年)、『『努力する人間になってはいけない』(2013年)、『シラバス論』(2019年)の一部をGoogleの「音声概要」による解説会話で再編したもの。会話音声上、一部、漢字などが正しく読めていない場合がありますが、お許しください。元記事の再現力は90%くらい。漢... more
FAQs about 『芦田の毎日』:How many episodes does 『芦田の毎日』 have?The podcast currently has 280 episodes available.
June 10, 2025「不治の病」とは、死ぬという病気のことこの文章は、人間が死ぬことの普遍性について論じています。著者は、「不治の病」とは治らない病気のことではなく、すべての人間がかかっている「死」そのものであると主張します。病気や健康状態に関わらず、すべての人間は生まれたときから「死の宣告」を受けており、徐々に身体が衰えていくという事実を強調しています。この認識に基づき、病人と健康な人を区別することや、病人に特別に優しくする必要はないと述べています。むしろ、互いの苦しみを認め合うことの重要性を示唆し、**すべての人間が「死への存在」**であることを忘れてはならないと説いています。...more7minPlay
June 10, 2025台風とキリスト教とニーチェとこの文章は、著者の妻の闘病生活について綴られています。特に季節の変わり目や低気圧による体調の悪化と、それが家庭生活にもたらす影響が語られています。著者は、病人は人前では元気でいるべきという持論を展開し、人前でだけ辛そうな態度をとる人々をニーチェのキリスト者批判を引き合いに出して批判しています。そして、本当の孤独や悲哀、そして本当の元気は、人に見られていないところで生まれるという考察を述べています。...more5minPlay
June 10, 2025季節はずれの桜と二匹の犬この文章は、季節外れの桜と二匹の犬との出会いを描いています。著者は、芦花公園での花見の帰り道で「犬ゆずります」の張り紙がある犬に出会い、その寂しげな様子に心を痛めます。また、別の日に散歩できない老犬と飼い主にも遭遇し、彼らの困難な状況を描写しています。これらの犬たちの姿を通して、著者は生命の終わりや適切な散り時について深く考えさせられているようです。...more6minPlay
June 10, 2025生活苦とは、何か筆者は、妻の突然の入院を通して、息子と二人きりでの生活を余儀なくされた体験を語ります。その中で、食事、掃除、洗濯といった避けられない「生活」の営みがいかに大変で、不快感を伴うものであるかを痛感します。「生活苦」とは経済的な問題だけでなく、この不可避な作業に追われることの苦しさであると定義し、選択肢に溢れる「仕事」や「情報化社会」と対比させます。そして、家庭はこうした避けられない「生活」の場であり、古くから女性(特に母親)がその多くを担い、家族を「選択する存在」に変えてきたと述べ、現代における家庭の崩壊は、この「生活感」の希薄化が原因であると論じています。...more7minPlay
June 10, 2025新学力観と教育評価の諸問題提示された文章は、芦田宏直著『シラバス論』の一部であり、主に日本の大学改革と教育評価における**「新学力観」とその弊害について論じています。この改革は、中曽根臨教審以降の「大綱化」と並行して進められ、「関心・意欲・態度」や「思考力」「判断力」といった能力が「観点別評価」とともに重視されるようになりました。しかし、筆者はこれらの能力が「結果の能力」に過ぎず、従来の「知識」を問うテストを軽視することで、教育の指導性を弱め、教員の質の低下を招き、さらに家庭の文化的な格差を助長していると批判しています。また、「履修」と「修得」の分離や、それと関連する「観点別評価」が、実質的な学びを伴わない出席主義を隠蔽する機能しか果たしていないことを指摘しています。最終的に、これらの改革は学校や教員の地位を相対的に低下させ**、カリキュラムやシラバスの重要性を軽視する風潮を生み出したと結論づけています。...more6minPlay
June 10, 2025東日本大震災と「気仙沼ブルース」この記事は、著者が東日本大震災の際に抱いた故郷・気仙沼への思いが、森進一の楽曲「港町ブルース」と深く結びついていたことを論じています。 著者は、震災以前から「港町ブルース」を通して気仙沼を知っていたこと、そして震災による気仙沼の惨状を見たときに真っ先にこの歌が思い出されたことを語ります。 そして、「港町ブルース」が時代の変化に影響されない普遍的な作品性を持っていることに着目し、真の作品は一時的な出来事ではなく、常に瑞々しい衝撃を与え続けるものだと主張しています。 また、ツイッターなどの現代のメディアが、大小様々な出来事を瞬時に消費し、忘れ去っていく一方で、「港町ブルース」のような作品の単調性と反復性の中にこそ豊かな意味があるのではないかという視点を示唆しています。...more7minPlay
June 10, 2025講座制とカリキュラムと — なぜ、日本の大学にはカリキュラムが存在しないのか提示された文書は、日本の大学における講座制とカリキュラム教育の対立について論じています。特に、講座制が明治期に始まり、教授個人の権威や専門領域を中心に組織される傾向があり、これがカリキュラム教育における科目間の連携や体系的な学習計画の阻害要因となっていると指摘しています。また、現在の大学で行われている**「カリキュラム改革」の多くが実質的なシラバス内容の改善を伴わない**表面的なものであることにも言及しています。最終的には、教員の研究志向が強い日本の大学組織では、学生中心のカリキュラム改革が難しい現状を分析しています。...more7minPlay
June 10, 2025大学の多様性と多様な教育の諸問題筆者は、日本の大学における「多様性」という概念の変遷と、それが抱える問題を論じています。特に、戦後導入されたアメリカ型の「一般教育」が、日本の「講座制」といった大学の構造や、学校間格差といった教育システムの中で十分に機能しなかったことを指摘しています。また、文部科学省が使う「多様性」が、個人の多様性に留まり、社会階層の多様性というメリトクラシーの本質を見失っていること、そして**「多様な学生」の出現が、教育の質の低下やカリキュラムの課題に繋がっている可能性を示唆しています。最終的に、日本の大学における「多様性」は、偏差値による大学間格差や学生の学習意欲の低下**といった日本固有の状況に根ざしていると分析しています。...more8minPlay
June 10, 2025授業ノート論この文書は、学生の多様な理解プロセスに対応することの難しさが、授業、特に一斉授業における主要な課題であることを論じています。著者は、教員が話すことにのみ依存する授業は、この多様性を無視し、単一の理解経路に限定してしまうと指摘します。その解決策として、板書やノートといった空間的メディアの重要性を強調し、これらが時間の流れに沿った話すことの欠陥を補う役割を果たすと述べます。特に、学生のノートは、教員の意図を超えた学生自身の理解過程を示すものであり、ワープロ化された講義ノートの公開や学生からの質問が、学生の理解状況を把握し、授業を改善するための重要な要素となることが論じられています。...more8minPlay
June 09, 2025『シラバス論 — 大学の時代と時間、あるいは〈知識〉の死と再生について』序文について語る。提供された文章は、芦田宏直による書籍『シラバス論』の「まえがき」の抜粋であり、シラバスを単なる「学習支援書」や学生との「契約書」として捉える現状に疑問を投げかけています。著者は、現在の日本の大学における教育の停滞は、シラバスへの関心の薄さや形式的な利用に起因していると考え、その背後にある臨教審以降の教育改革における「学びの主体」論と「多様性」論が、知識を軽視し、意欲や人物評価に偏った教育評価体制を招いたと批判しています。また、情報化時代における学校の役割を再考し、体系的な知識教育の場としての学校、そしてその設計図であるシラバスの重要性を主張しています。著者は、これらの問題意識から「シラバスとは何か」を問い直し、シラバスは大学教育の中核を占めるべき「教育活動」の原理論であり、教師自身の教育ミッションとして真剣に取り組むべきものであるという提言を行っています。...more9minPlay
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