守銭奴というより、下品な金持ちに権力握らせると、ギャン中以上に惨めだという事です…品位や教養がまるでなく、自らの価値観が金銭以外存在しないから、非常に乳幼児以下の態度にしか、第三者目線には映らないのです。何故なら、虚勢を張る事でしか、誰からも相手されなかった事で、成功体験がそれしかない上に、つまらん取り柄に縋ってるだけで、実際は馬鹿にされるのが怖いのです。だがしかし、品のない札束ビンタは、結局自分を孤立させるだけであり、自分が持つ人徳がないから、資金が尽きれば、そこで“試合終了”なのです。
本編では、共産圏国家と創価学会にまつわる話をしましたが、当時の指導者は異口同音に、将来の国家安寧には人間的道徳感と品格が伴う教育が必須と唱え、そこに協力して欲しいと訴えてました。しかし、今の中国やロシアの首脳陣は、完全にその恩義や意向を捨て、傲慢な態度を取り続けてるのが現状です。つまり、為政者が権力や資源を牛耳るあまり、国民もまたその権威を傘に、傍若無人を働いてしまってるのです。そこに気付かない時点で、国家組織としても品格がないし、国民に対してまで虚勢は張ってるが故に収拾がつかなくなってるのが現状であり、また、トランプ米大統領がウクライナのゼレンスキー大統領をこき下ろすのも、過去に同じ事やってる(ホームアローン2に出演)のに、どの口が言うか?って話です。
故に、自分の“貧困さ”を隠そうとして虚勢張る人程、人として、為政者として、肝心な素養部分を捨ててしまった“哀れな存在”として見られる訳であり、どんなに貧困で生活苦な人でも、倫理観や教養を身に付け、正しい礼儀作法をそつなくできるなら、そこに有能な人材も、活動資金も、八百万の森羅万象も、自然と集い応じるのです。