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FAQs about オーディオドラマ「五の線」リメイク版:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」リメイク版 have?The podcast currently has 89 episodes available.
May 13, 202067,12月21日 月曜日 15時24分 金沢市街このブラウザでは再生できません。走行する白色のなんの変哲もない一般的な社用車。その助手席に山県は座り、唯ひたすらに窓の外を眺めていた。「支店長。どうしましたさっきから。」「なんだ?」「珍しく煙草も吸わずに、何かずっと黙ってますよ。」山県はポケットに左手を突っ込んで、煙草を取り出した。そしてそれを佐竹に見せる。「無くなったんや。」彼はそれを握りつぶして再びポケットにしまった。「コンビニでも寄りますか。」「あぁいいわ。これも何かあれや。止めっかな。」「え〓︎」赤信号のため佐竹は車を停車した。しかし山県が発した意外な発言は彼のブレーキを踏むタイミングを間違えさせた。佐竹の運転する車は前につんのめるようにカクンと止まった。「なんや。その反応。」「いや、支店長と言えば煙草じゃないですか。」山県は苦笑いした。「これで少しは楽になれそうや。」「何言ってるんですか。これからでしょう。」「…ほうやな。」「それにしても支店長凄いですね。」「何が。」「マルホン建設の支店長、凄みが違いましたよ。」「ほうか。」「何というか、ドラマで鬼気迫るやり取りとかあるじゃないですか。それみたいでしたよ。」山県は笑みを浮かべた。「自分もこの会社入って15年ぐらいですけど、あんな場面に立ち会ったのは始めてです。」「…佐竹、あんな事はやらん方がいい。やらんのが普通なんや。」「…」「しかし、ウチとマルホン建設を取り巻く状況は普通じゃない。だからあんな荒療治も必要になったんや。」彼がそう言ったと同時に信号が青になった。佐竹はゆっくりとアクセルを踏んだ。「佐竹。取り敢えずは首尾よくいった。どうや、今晩。」そう言うと山県は杯をいただくような素振りをみせた。「今晩ですか?」「おう。次長と三人でどうや。」「支店長。戦いは始まったばっかりですよ。祝杯を挙げるにはちょっと早すぎるんじゃ無いですか。」この佐竹の言葉に山県は口をとがらせた。「なんや、せっかく酒が飲めると思ったんに。」山県は窓の外を眺めた。彼の視線の先には青のLEDライトで電飾された街路樹たちがあった。「クリスマスか…。」「そうですね。」「はぁーわかった。佐竹お前、あれやな。」「はぁ?」「あれや。女や。ほらさっきマルホン建設出た時にお前、携帯弄っとったやろ。…ったく、こっちはえらいやり取りしとったっちゅうげんに、お前なんかマルホン建設出た瞬間に携帯やもんな。」マルホン建設を出る際に佐竹の携帯にメールが入った。それは山内美紀からのものだった。今日は6時でバイトを上がることができるので、その後なら食事はできるという内容だった。女を誘うときにはスピードが必要だ。相手を連れ去るぐらいのスピード感が最大の演出になる。佐竹はものの本を読んでそう理解していた。それを彼は山内攻略戦で実践していた。佐竹は昨日入手した山内のメールアドレスに早速、今晩食事に誘う文章を送っていたのである。「いや、まぁ、ちょっと…。」心の奥底を見透かされた佐竹はばつが悪そうに、ただ正面だけを見て運転を続けた。「あぁ図星やな。」山県は佐竹を見て、お前も隅に置けない男だと言った。「支店長もこの時期ぐらいは家族サービスしてあげないと、奥さんも娘さんに叱られるんじゃないですか。」山県は窓の外を見てため息をついた。さっきまで佐竹を茶化していた彼の表情は一転して暗いものになった。この山県の表情の変化に佐竹は気まずくなった。立ち入ってはいけない家族の事情に、自分は踏み込んだのかもしれない。山県は奥さんや娘さんとうまくいってないのかもしれないのに自分は相手の背景を考えずに、適当な言葉をかけてしまった。こちらはお目当ての女性から誘いに応じる連絡を受けてすべての事が上手く運んでいる。それに浮き足立って軽率な発言をしてしまった自分の思慮の足りなさを佐竹は恥じることとなった。「申し訳ありません。軽率でした。」「なーん。いい。お前、何歳やったけ。」「36です。」「ほうか…やわらあれやな。」「何ですかあれって。」「何言っとれんて、結婚やわいや。」「やめて下さいよ、支店長。おれはまだそんなんじゃないですよ。」「ほうなんか?どいや、もうやわら結婚せんと加齢臭漂わせるただのおっさんになってしまうぞ。」「いえいえ、支店長。本当にぜんぜんなんですよ。」「どいや、女ねんろメール。」「すんません。気になる人がいまして…。」「ほら、やっぱりやがいや。」「まだ付き合ってもいませんよ。」「はいはいはい。なるほど、クリスマスに向けて勝負ってやつか。」「まぁそんな感じですか…。」「いいねぇ。若いねぇ。」そう言うと山県はおもむろに懐から携帯を取り出して、その待受にある画像を見て目を細めた。佐竹は運転しながら、その写真を横目で覗き見した。瞬間、彼は急ブレーキをかけた。タイヤがけたたましく音を出し、車は急停車した。「だらァ、佐竹。お前なにしとれんて。」「支店長…」佐竹は山県が手にしている携帯電話を憚ることなく覗き込んだ。「何なんですかこの写真…。」「何って、ウチの写真やわいや。」「いえ…支店長のウチって奥さんと娘さんの3人家族でしょう…。」佐竹はそう言って写真の中の1人の人物を指差した。「これ…一色じゃないですか…。」山県は佐竹と目を合わせずにただ黙っている。「支店長…。この男…いま報道されている熨子山の事件の容疑者じゃないですか…。」「…そうや。」佐竹は山県の顔を見た。「何で…。」「娘の婚約者やったんや。」佐竹は改めて写真を覗き込んだ。写真の中央に山県本人とその妻が座り、その後ろに娘の久美子と一色が立っていた。山県は携帯をしまい、思い出したかのように左腕につけている時計に目をやった。そして佐竹にこのまま車を停車していると交通の妨げになるから、どこでもいいので走らせろと指示を出した。「は、はい。」「4年前のクリスマスになる。久美子がこいつを家に連れてきたのは。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
May 06, 202066,12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフこのブラウザでは再生できません。「一色貴紀。」「そうです。」松永はため息を付いた。「あのバカ…。」彼は下唇を噛んだ。そしてホワイトボードに貼られている顔写真を見つめ、再び十河と相対した。「さっきも言っただろう。覚悟はできている。」松永は彼の視線からは目を離さず、こう言い切った。暫くの沈黙を経て十河の目が充血し、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。「十河…。」「理事官、申し訳ございません…。私は嬉しいんです。若手警察官、しかもキャリアの貴方が一心不乱に真実を追い求めてひた走る姿を見ることができて…。」「なんだなんだ。おまえやめろよ。本題はこれからだろう。調子が狂うじゃねぇか。」松永は頭を掻いた。「すいません。本題に移ります。先ほど私がお話したマルホン建設、仁熊会、金沢銀行の関係性に新たに加わるものがあるんです。それが衆議院議員本多善幸と我が県警です。」「なに。」「本多善幸と県警のつながりは10年前ほどからです。そのころ国政で大きな動きがあったのを管理官は覚えてらしゃいますか?」「10年前?10年前って言うと…イラク戦争とかいろんな銀行が合併したとかそんなところしか思い浮かばん。国政レベルって言っても…あの時は…民政党の大泉総理の長期政権中だ…。いや、まて…そういえば、今の最大野党の政友党ができたのはそれぐらいだったかもしない。」「そうです。政友党ができました。理事官。政友党の実力者は誰ですか?」「小金沢だろ。」「はい。小金沢は民政党を割って政友党を結成しました。ヤツは民政党で本多が幹事長になるまでの間、権勢を誇った大物政治家でした。しかし奴はどちらかというと民政党の中でもリベラルな立ち位置。いつの頃からか小金沢は官僚に実質的に支配されているこの国の形を憂い、今一度改めて政治主導の国を作るという思想を高らかに叫ぶようになります。この小金沢の主張は民政党の中で物議を醸し出すことになります。そのころ小金沢に真っ向から対立する形で政治主導の思想に異を唱えたのが本多善幸でした。彼は昔ながらの利益誘導型の政治家。官僚の思惑と自分の票を上手くすり合わせることによって、その盤石な地盤を築いてきました。民政党自体がそういった背景を持つ議員ばかりで構成されていましたので、彼の意見は党内で一気にコンセンサスを得ることになります。ここで小金沢と本多の対立が表面化します。どちらも民政党のベテラン議員。両者の権力闘争は熾烈を極めます。二人の対立が激化したある時のことです。この県警に小金沢の秘書がやってきます。」「秘書?何をしに。」「どうやら当時はまだ明るみになっとらんマルホン建設と仁熊会の関係を匂わすようなことを、当時の県警上層部に吹き込んどったようなんですわ。」「お前らはその時点でそのことに気づいていいなかったのか。」「はい。我々がマルホン建設と仁熊会のことを調べ始めたのはこのリークがあったからです。」「調べてどうした。」「いま理事官に言ったようなことがぼろぼろ出てきました。」「だが、それだけでは立件できない。」「そうです。そこでガサを入れようとしたんです。しかし…。」「しかし?」「令状の請求時点でそれは握りつぶされました。」「なぜ。」「本多の上層部買収です。」「何…。」「理事官。当時のウチの本部長は誰だと思います。」「…知らん…。」「石田長官ですよ。」「まさか…。」「そのまさかなんですよ理事官。」「警察庁長官、石田利三(トシゾウ)か…。」松永は肩の力を落とした。そして手にしていたサインペンをそっとテーブルの上に置いて、椅子に座った。「官僚との対決姿勢を打ち出した小金沢よりも、調整型の本多のほうが与し易かったんでしょう。小金沢からの働きかけにも関わらずウチは本多を取ります。ほんで臭いものに蓋をするわけです。」松永は頭を抱えた。「本多を狙ったスキャンダル事件は発覚することはなくなりました。ほんで形勢は本多の方に傾きます。党内の保守派の意見を取りまとめて党内基盤を固め、あいつは次なる一手を撃ちます。」「検察上層部も取り込んで公共事業口利き事件をでっち上げる。」「ご明察です。ありもしないことを検察リークという形で大々的にマスコミに報じさせるわけです。このニュースは一時期世の中を騒がせました。本多はいろいろやったんでしょう。今は退官していますが、前の検事総長も本多の息がかかっとると噂されとりましたからね。結果、小金沢の権威は失墜します。奴は民政党から半分追い出されるように離党。以前から親交があった野党と合流し、政友党を結成するわけです。本多のスキャンダルは司法関係のグリップを聞かせとるから明るみにはならん。しかし小金沢はグリップがきかんため、現在も公判中ですわ。」「警察も検察も本多とずぶずぶってわけか。」「検察に関しては畑が違いますんで、私はよくわかりませんが、少なくともウチに関してはマルホン建設と仁熊会、そして金沢銀行の関係は歴代上層部で秘匿事項として引き継がれとります。」「引き継がれているからこそ、そこに手を入れようとした一色の捜査請求をもみ消した。」「理事官。さっき北署で言ったように、私には一色の捜査請求をもみ消した当事者はわかりかねます。しかしこれだけは分かるんですよ。県警上層部と察庁上層部が何かを寄って集ってもみ消しとるってことはね。長い間ここにおったら、それぐらいのことは調べんでも空気でわかるようになりますわ。」「なるほど。よくわかった。」松永は立ち上がって部屋の奥に続く扉を開いた。「おい。こういうことだそうだ。」部屋の奥からヘッドフォンをつけたままの男が二名現れた。突然の彼らの登場に十河は驚きを隠せない表情である。「あ…」「ということは俺らが聞かされていた情報はどうやら本当のようだな。」容姿端麗な男はつけていたそれを外し、松永の方を見て口を開いた。「そのようだ。」「しかし、お前も役者だな。」「何が。」「お前、上層部からの指示で捜査本部の指揮をとってるんだろう。」「宇都宮だけならいざしらず、石田長官まで絡んでるとは思わなかったよ。」突然繰り広げられる男三人の様子に唖然としていた十河は、なんとか口を開いて言葉を発した。「理事官…これは一体…。」「ああ、十河。言っとくがおれは理事官でも何でもねぇ。」「はい?」「監察だ。」「え…。」「国家公安委員会特務監察専任担当官。松永秀夫だ。」「何ですって…。」「この二人は東京地検特捜部機密捜査班の人間だ。」直江は松永の方を見て何でそんな事を十河に話す必要があると詰め寄ったが、本人を前にしてお互いが言い争うのは良くないとの高山の諌めを受けて、襟を正して十河と向き合った。「こんな紹介を受けてしまっては機密も何もあったもんじゃありませんが、よろしくお願いします。直江といいます。」「同じく高山です。」「今聞かせてもらった話の続きは北陸新幹線に繋がっていくということで宜しいでしょうか。」「え、ええ…。」「確認のためにお話します。十河さん。私の話に間違いがあるようでしたら、違うと言ってください。逆の場合はそのままお聞きください。」「はい。」「仁熊会のマルホン建設に対する侵食は田上地区の開発にとどまることは無かった。彼奴らは関わった連中から全てを毟り取る。すでにマルホン建設と仁熊会は蜜月の関係。そこは慶喜が勤める金沢銀行の存在すら介在している。気付けば三者は一心同体の運命共同体のようになっていた。本多はいまあなたが言ったように司法関係に手を回し、グリップを効かせている。こんな状況下で仁熊会は放っておきません。マルホン建設は石川県では一番のゼネコンです。そして金沢銀行も石川の経済を支える有力第一地銀。両者とも石川の経済の屋台骨をになっている。そこで仁熊会は更なる見返りをマルホン建設に要求するようになる。」「すいません。恐縮ですが、仁熊会は決して見える形で要求はしません。」「ああ、すいません。言葉が悪かった。仁熊会は運命共同体であるマルホン建設と金沢銀行の慶喜との間で更なる利権を作り上げることを画策する。それが北陸新幹線にかかる用地取得のインサイダー取引です。」「そうです。北陸新幹線事業はベアーズが土地を国に売り払った頃から本多が唱え始めた政策です。あの頃はまだ単なる構想にすぎなかったはずなのに、既に彼奴らは準備をしていました。」「ベアーズデベロップメントは、バブル崩壊後、地価が下がり続けているにも関わらず、田上地区の土地だけでなく、田舎の山や田畑を宅地開発の名目で買います。なぜ構想間もないこの頃にベアーズが土地に当たりをつけていたか。既にこの段階である程度の素案が国建省で作成されていたからです。それを建設族の本多が入手しリーク。土地購入資金の用立ては弟の慶喜が関与。二束三文で買った土地はしばらくの間適当に開発され、計画が行き詰まったとかの理由で放置される訳です。」「あなたのおっしゃる通りです。そして田上の頃とは比べものにならん程の壮大な工作活動が始まるわけです。」高山が十河に缶コーヒーを差し出した。「そこまで調べ上げてるんでしたら、皆さんお分かりでしょう。」「まぁ大体のことはな。」松永も高山から提供された缶コーヒーに口をつけた。「ここが闇の本質です。さっき10年前に本多と小金沢の政争の道具に警察が使われたと言いましたね。」「はい。」「私はそこで金が動いたと言いました。」「そうだな。」「それですよ。原資は。」皆と同じく缶コーヒーに口をつけた高山は咳き込んだ。「ですよね。文脈からいくとそうなりますよね。」「理事官。直江さん。これは大疑獄事件なんですよ。」全員が沈黙した。しかし彼らの表情は何ひとつ変わることはない。「ここにあいつは切り込もうとした。」「そうです。当時、一色はこっちに赴任してきて間もない頃だったんで、そこまでの関係性を把握しとらんかったでしょうが、上層部は横領事件に絡む仁熊会へのガサをきっかけに事が明るみになるのを拒んだ。だから一色の捜査請求も取り上げられんかったわけです。」松永は再び大きな用紙が置かれたテーブルに移動した。「しかし、そんな大掛かりな枠組みを作るためには誰かを統括する立場に据えなければならない。本多自身が全てを仕切れるわけもない。」彼は大きな紙に書かれた人物の名前を目で追った。そしてそこに書かれているひとりの男の名前を指差した。「こいつか…。」室内の全員がその名前を見た。「よし。松永。俺は今から部長に報告する。お前もすぐに段取りを整えてくれ。」「わかった。」「私は関係各所に連絡します。」直江と高山は奥に部屋へ戻って行った。「一体…何が起こってるんですか…。」松永は十河を見た。彼の口元には緩んだ。「時は今、雨がしたたる、師走かな。」「…雨、ですか…。」十河は辛うじて外の様子が見える窓を眺めた。「雨なんか降っていませんが…。」「今にわかる。十河。ありがとう。ここでのやり取りは一生記憶から消してくれ。」「は、はい。」「お前のような警官ばかりだと、この世も少しはまともなんだろうがな…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more19minPlay
April 29, 202065,12月21日 月曜日 14時55分 ホテルゴールドリーフこのブラウザでは再生できません。かつては金沢城の大手堀があったこの辺りはその一部を残して埋め立てられ、今では道路が走っている。この道路に沿うように何件かの宿泊施設が並んでいた。近江町方面からこの辺りまで歩いてきたひとりの男は立ち止まって見上げた。そこには背は低いが真新しい5階建てのホテルがあった。この辺りは金沢城や兼六園のすぐ近くであるため、景観保持ということで建物の高さに制限が設けられていた。無論それは宿泊施設においても例外ではない。彼は握りしめていた拳を開いて、そこに目を落とした。そして建物の正面玄関に掲げられている看板に目をやった。「ここやな。」彼は寒さに身を竦めながらその中へと足を進めた。自動ドアが開かれるとすぐそこはフロントロビーだった。ロビーの中央には大きなクリスマスツリーが配され、様々なオーナメントによって凝った飾り付けがされていた。彼は左腕の時計を見た。今日は12月21日の月曜日。今週の木曜日はクリスマスイブということもあって、このロビーの客層はガラリと変わるのだろう。彼は周囲を見回した。平日の夕刻ということもあって、客はまばら。せいぜいが暇を持て余した老年層がロビーにある喫茶店で、日常会話に興じる程度だった。彼はそれを横目にエレベーターの前に立った。しばらくしてそれは開かれ、彼を5階まで運んだ。扉が開かれるとそこに男が立っていた。「よう。」先ほどまで北署で一緒だった松永が声をかけた。突然のことだったので彼は返答に苦慮した。「あ、ああ…。」「部屋は奥だ。」そう言うと松永は十河を奥へ手引きした。「512号室なんて部屋はここにはない。」彼は苦笑いをした。「秘匿性が求められる場合は、これぐらいの気遣いがホテルには求められる。」部屋の前で立ち止まった彼は扉に記されている部屋番号が1512であることを確認した。松永はカードキーを取り出して扉を開いた。そして部屋に入ってすぐの壁に手にしていたカードを差し込み、室内の全ての照明を灯した。部屋に通された十河だったが、3歩歩んだところで彼は足を止めた。「何ですかこれは…。」ゴールドリーフの1512号室は60㎡の豪華な作りのスイートルームであった。上質で機能的、そして贅沢でくつろぎのひとときを提供するというのが、スイートルームの本来の用途。しかし今、十河が目にしている情景はそう言ったものとは程遠いものだった。本来ならばこの部屋から隣接する金沢城址公園を望み、眺めの良さを楽しむはずの大きな窓はホワイトボードが置かれることで、その魅力を見事に失わせていた。そしてそのホワイトボードには様々な人物の顔写真、そして殴り書きに近い文字の羅列が見受けられる。側にあるテーブルにはノート型のパソコンが2台配され、そこにも数多くの書類が山積みとなっている。足元を見るとこれまた数多くの書類が乱雑に置かれ、部屋の隅には多くの段ボール箱がうず高く重ねてあった。「帳場みたいなもんだ。」松永はそう言うと部屋の隅にあるソファに腰をかけた。それはおそらく有名なデザイナーによるものだろう。しかし書類によって部屋が占拠されているので、その存在感は薄い。十河は落ち着かない様子で松永と対面するようにそれに腰をかけた。「帳場って…。」十河はソファに腰をかけて再度部屋全体を眺めた。散らかっている。それが十河の素直な感想だった。そこかしこに散らばっている書類が目立つ。お世辞にも綺麗とは言えない。捜査本部もいろいろな人間が出入りし、様々な情報を吸い上げるためするため随分な状況だが、この部屋はそれに輪をかけたような有り様だ。「俺は欲しい情報にすぐアクセスできないと気が済まないたちでな。この通りだよ。」「で、早速なんだが。」身をかがめていた十河は背筋を伸ばした。「仁熊会とマルホン建設の関係性を詳しく教えてくれ。」松永はソファに腰を掛けたまま地べたに落ちているA2サイズの用紙を拾い上げて、それを持って立ち上がった。そして山積みの書類をテーブルから退かして空いたスペースにその紙を広げた。「どこから話せばいいでしょうか。」「はじめから順を追って。」十河は自分の額に手をやった。どのように話せば効率的に松永に情報を伝えることができるだろう。マルホン建設と仁熊会の関係は簡単に説明できない複雑さを持っているため、彼はそれを整理するためしばしの時間をかけた。「…マルホン建設は国会議員の本多善幸の実家です。仁熊会とマルホン建設が関係を持ったのはこの善幸が社長だった時からです。」一体何を書いているのか分からないが、松永は十河の言に従ってサインペンを走らせた。「続けて。」「私もマルホン建設と仁熊会がくっついたきっかけまでは知らんがですが、仁熊会の影があの会社にちらついてきたのは、バブルが崩壊したころからです。マルホン建設は金沢のいろんなところに土地を購入しとりました。勿論投資目的です。それが弾けてしまって、あの会社は随分な含み損を抱えたんです。さっさと損切りしようにも毎年価値が下がる資産なんざ誰も買いません。しかしそれをなんでかそんぐりそのまま買い取ったところがあった。それが仁熊会のフロント企業と言われるベアーズデベロップメントっちゅう会社ですわ。しかもバブルが崩壊して1年もたたんころの話です。」「何だそれは。」「正確な数字ではありませんが、確か全部で20億ぐらいやったと思います。」「20億?」「はい。これからどんだけ価値が目減りするかわからん物件をベアーズは全部買い取りました。その後も地価は下落します。ほんでもベアーズは手放さんかった。」「それじゃあベアーズがみすみす損をするだけだな。」「そうです。しかしあいつらがそんなボランティアなんかする訳ありません。あいつらがそのタイミングで土地を購入したのは訳があったんです。」「何だ。」「バブル崩壊から2年後に本多は衆議院議員選挙に打って出ます。その時にも仁熊会の影がちらほら見えとるんですわ。あいつの選挙運動をバックアップしとったイベント会社ってのがありまして、それがこれまたどうやら仁熊会系列の会社のようなんですよ。」「ほう。」「あいつらを侮ってはいけません。あいつらはあいつらなりのネットワークっちゅうもんを持っとります。その組織票も馬鹿になりませんしね。始めての選挙にもかかわらず、結果的に本多は圧勝し国会議員となるわけです。しかしこんな選挙ビジネスだけで仁熊会の損は取り返せません。マルホン建設は土地の売却あたりから、建設工事の下請けに仁熊会のフロント企業を使うようになります。暴対法では暴力団が自分のところを使えと要求することは禁じられておりますが、マルホン建設が進んで使うならば話は別です。あいつらは上手くマルホン建設に潜り込んで行くわけです。」「そうか…所謂ズブズブってやつだな。」「はい。そんなこんなで月日は経ち、本多が国会議員になって3年後の頃、田上地区の区画整理事業が突如として持ち上がったんです。」「区画整理?」「ええ。バブル崩壊から下落し続けとった地価はそこで下げ止まりました。あの辺りに幹線道路が作られるとか、大学が建設されるとかいろんな話が噂され、田上あたりの地価は高騰を始めます。まぁこの噂っていうのも仁熊会が積極的に流したやつなんですけどね。噂には尾ひれ背びれがついて、田上地区あたりだけがバブル再来のようになります。結局、地価はマルホン建設が手放した時とほとんど同じぐらいになりました。そこで区画整理事業が始まったんです。」「用地取得か。」「はい。田上には新たに国道が敷かれました。またうまいぐあいにこの国道っちゅうのが仁熊会が持っとる土地にことごとく引っかかっとったんです。あいつらは何かしらの理由をつけて取得価格を釣り上げます。結果的にあいつらは三割高値の売却に成功。20億の3割ですから6億の丸儲けですわ。」松永はペンを走らせていた手を止めた。「聞いたことがあるような話だな。」「ええ。」「それが闇なのか。」「いいえ。まだです。」「なんだ?本多善幸の国建省への働きかけか?」「それもありますが、順を追って話します。」「いったいどんだけあるんだよ…。」「理事官。深いということはその闇がそれなりに広範に渡ってあるということです。要点だけを掻い摘んで説明するというのを困難にさせます。それにあまり端折ると物事の本質が見えにくくなります。なので簡単に説明できるものではありません。」「わかった。わかったよ。続けてくれ。」松永は両手を上げて万歳するように身体を伸ばした。「はい。まず疑問に思うのが、仁熊会が20億の金をあっさりと用立てた点です。ひとくちに20億と言いますが、ここらの中小企業が簡単にキャッシュで用立てられるもんじゃありません。」「確かにそうだ。」「もちろん仁熊会もそれだけのキャッシュをポンと出せるほどの体力はありません。」「…銀行か…。」「はい。本多善幸の弟の慶喜は金沢銀行の行員です。彼は当時、とある支店の次長でした。彼がどうやらその時にベアーズデベロップメントにこの金を融資しとるようなんです。」「なに?」「マルホン建設は損を出す資産を売却したい。しかしバブル崩壊で誰もそんなもん買わん。そこでマルホン建設は仁熊会を噛ませることで、金沢銀行に損失を補填させた。」「しかしその損失を補填する資金はあくまでも金沢銀行から仁熊会に対する貸付資金。借りたものは返さなければならない。仁熊会が倒れてしまってはその資金は回収不能となり、今度は金沢銀行が大損するハメになる。」「そうです。本多慶喜はこのベアーズに対する巨額の融資案件を実行することで、次長から支店長に昇進します。しかしそれが不良債権化すると、彼の出世のどころか金沢銀行の経営にも影響を及ぼすほどの事態に発展します。そこでマルホン建設の善幸は仁熊会と密約を結ぶんです。自分が政治に影響のある立場になることで、仁熊会に売却した土地の含み損を解消させると。それが確実に売りさばけるようにすると。それが善幸が国会議員になって3年後に持ち上がった田上地区の区画整理事業やったって訳です。仁熊会としては当初の予定通りといったところでしょう。区画整理事業までの間、本多の選挙にまつわるビジネスや、マルホン建設からの工事を受注することで利益を得る。別に自分たちがマルホン建設に要求するわけじゃない。マルホン建設が自ら依頼してくるんですからね。暴対法に何ら抵触しない。これで日銭は稼ぐことができる。ほんで最終的には買った土地の価格高騰と売却先も斡旋すると約束してるわけですから、仁熊会にとってこれ以上ないうまい話になる。」「区画整理事業が着手されるまでの期間、仮にベアーズの資金繰りが難しくなっても、慶喜も自分の立場を守るために追加の融資をせざるを得なくなる。慶喜は同支店の支店長になることで融資を続ける。そうしないと金沢銀行は多額の不良債権を抱えてしまうからな。」「どうです。酷いもんでしょう。」「政官業の癒着だな。」松永は手にしていたサインペンを床に投げつけた。「理事官。これからですよ闇は。」十河は立ち上がった。そして松永を真剣な面持ちで見つめた。「理事官…。本当に突っ込むんですね…。」念を押すように十河は言った。「過去に1人だけここに突っ込もうとした人が居ました。」十河の顔を見ていた松永はホワイトボードの方へ視線をそらした。そして彼はそこに貼られている一枚の顔写真をしばらく見つめた。「しかし、その人間は今、連続殺人事件の被疑者となっています。」「一色貴紀。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more19minPlay
April 22, 202064,12月21日 月曜日 14時22分 金沢銀行本店このブラウザでは再生できません。本多慶喜は12畳ほどの広さの専務室にある革張りの自席に座った。ため息をついたところで懐にしまっていた携帯電話が鳴った。彼はそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見て思わず舌を打った。先程まで開かれていた金沢銀行の役員会上でマルホン建設の追加融資には、条件が課せられた。それは事前に山県が作成した経営改善策を無条件で受け入れることだった。常務の加賀は成長分野である介護・医療の優良先とマルホン建設が提携する山県の案を評価した。これが即座に実行されるならば、仮に金融検査が入っても格下げを回避できようという評価だ。併せて加賀はこの改善策を根拠に、金融庁にマルホン建設の査定を大目に見るよう、事前に働きかけること約束した。今俎上に上がっている1億の融資が実行されなければマルホン建設は資金ショートを起こして経営に行き詰まってしまう。しかしそのために課せられた条件は慶喜にとって具合の悪いものだった。提携だけならば良いが、ドットメディカルはそれに条件をつけてきた。ドットメディカルのマルホン建設における発言権を高めるために、役員を刷新せよとの事だった。現社長はそのままで、一族の役員は全て解任。その代わりにマルホン建設社内の生え抜きの若手管理職を常務に、ドットメディカルから専務取締役を選任せよとのことだ。後の2人の取締役は社外から引っ張ってくる。今まで役員数が何故か10名もいたマルホン建設はその数を5名にせよとのことだった。慶喜は金沢銀行専務取締役ながら、実家の家業であるということもあって、マルホン建設の社外取締役として席を置いていた。しかし今般の提携話によってその職も解かれることとなる。「善昌…。すまん…。」そう言って彼は何度も鳴る携帯をそのまま机の上に置いて放置した。しばらくしてそれは鳴り止んだ。ー兄貴にどう報告すればいいんだ…。慶喜は背もたれに身を委ねて、そのまま天を仰いだ。目を瞑りひと時の間をおいて彼は目を開いた。そして彼は自席に配されている固定電話の受話器に手をかけた。「もしもし…。あぁ、私だが…。」「どうしました。」「まずいことになった。」「まずいこと?」「マルホン建設の人事が一新される。」「はぁ?」「俺も身内も全員解任だ。」「どうしたんですか急に。」「実は…マルホン建設に対する1億の融資案件があってな。その実行条件として役員一同の刷新が課せられた。」受話器の向こうの男は黙ったままだった。「善昌はそのままだが、役員のほとんどが社外からの者になる…。」「あの…そういう事態を未然に防ぐのがあなたの仕事のはずじゃないですか。」「すまん…。私の力が及ばなかった…。」「専務困りますよ。力及ばずで済ませる話じゃありませんよ。何とかしてくださいよ。」「しかし…。役員会でこれは決議された。この条件を飲まないことには手貸が実行できん…。」電話の向こう側の男はしばらくの沈黙を経て言葉を発した。「役立たずめ。」「なにっ。」「俺に畑山の秘書をやれとか横槍入れてる暇があるんだったら、足下を固めときゃよかったんだよ。ったく…。」「村上君…。」「別にいいじゃないですか。マルホン建設ぐらい潰れても。」「お前、何言ってるんだ…。あの会社が潰れたら社会的な影響も大きい。下請けの多くも飛ぶことになる。」走らせていた車を止め、彼は右手で髪をかきあげた。そして大きく息をついた。「お利口さんぶんじゃねぇよ。」「なにぃ。」「結局自分のウチが心配なんだろ。」「村上、お前何言ってるんだ。俺ら一族もマルホン建設から追放されるんだぞ。」「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。善昌は残るんだろ。本多家としての世間的な対面は保ったままだろ。」村上の言葉に慶喜は反論できなかった。「何とかしろよ。」「それは…。」「簡単だろ。その融資を実行させないようにすればいいだけだ。」「お前、何言ってるんだ…。」村上は助手席にある鞄の中をまさぐった。そしてその中から煙草を取り出してそれに火をつけた。「マルホン建設を潰せ。」「お前…自分が何を言っているか分かってるのか…。」「ふーっ。利用価値がないものには市場からご退場いただくしかないでしょうが。」「マルホン建設は兄貴の実家でもあるんだぞ。」「だから?だからどうだって言うんですか?」「マルホン建設を基盤とした組織票が…。」「うるせぇ。なんだ組織票って。うるせぇよ。」村上は吸っていた煙草を車内の灰皿に力一杯押しつけた。「あのなぁ。お前やマルホン建設がどうなろうがこっちには関係ないことなんだよ。先生は先生で確固たる基盤を持ってるんだ。建設票のひとつやふたつ、挽回しようと思えばなんとでもなるよ。それにな、もうそんな組織票をあてにする時代じゃねぇんだよ。浮動票だよ浮動票。世の中の風を読んでそれに乗っかったもんが勝つんだよ。」「む、村上君…。」「専務、何とかなりませんかねぇ。マルホン建設が存続することは結構なんですけど、私としてはそこに外部の人間が入ってくるって事態が非常に困るんですよ。そんなぐらいならいっそあの会社がなくなってしまった方がありがたい。あーむしろ無くなるにはグッドタイミングかもしれませんね。」「しかし…。」「しかしもクソもあったもんですか。無能なトップを据え、ろくに経営らしい経営もできていないあんた達本多一族にすべての原因があるんでしょう。専務、あなたも同類ですよ。」「村上…お前…。」「専務もご存知でしょう。ねぇ。」「何の…ことだ…。」「またまた、ご冗談を。」「待て、村上君…。一体…何のことだ…。私には皆目見当も…」「6年前の熨子山。」電話の向こうの慶喜は絶句した。「まったく…。あれがバレるでしょう。なんでそんな事にも気が回らないんですかね。」そう言うと村上は社外に出た。そしてトランクの方へ向かってそれを開けた。彼はその中を何かを確認するかのように、隅から隅まで覗いた。「まぁ何でもいいから、何とかしろよ。な。」「ど、どうすればいいんだ…。そ、そうだ…こういう時こそ兄貴の力を借りるのはどうだ。」「だから言ってるだろう。先生は関係ない。全部マルホン建設がやったことだ。」「馬鹿な〓︎お前こそ当事者だろう〓︎」「さっきからゴタゴタうるせェな。口動かす前に体動かせ。何としてでもその融資の話をぶっ壊せわかったな。」ここで村上は一方的に電話を切った。そしてトランクの中に首を突っ込んだ。「あーやっぱり何か臭うな。気のせいかな…。」彼は消臭剤を手にしてそこに2、3度吹き付けて扉を閉めた。「佐竹ぇ。これがお前が言ってたやつか?ちょっと早くねぇか?」村上は車のトランクに拳を叩きつけた。そしてそこに寄り掛かった。吹き付ける凍てつく風に肩を竦めながらも、彼はポケットに手を突っ込んで目を閉じて何かを考えていた。そして彼はおもむろに携帯電話を取り出してそれを耳に当てた。「ったく…。随分と厄介なところに攻め込んできたな、佐竹の奴…。あぁ…村上だ…。」「あぁ、村上さん。丁度よかった。こっちも電話しようと思っとったんですよ。」「はぁ?何だよ。」「今さぁ、警察のお偉いさんがウチに来とるんですよ。」「警察?」「あぁ。何でも鍋島について聞きたいことがあるって。」「鍋島だと?」「村上さん。どうしますか?」「ちょ、ちょっと待てよ。誰だよ、その警察のお偉いさんって。」「何か関っていう警察庁のお偉さんらしいですよ。」村上は髪をかき分けて天を仰いだ。「…関?誰だそれ。」「何か分からんけど、捜査本部のイカれた捜査官に指示されて来たそうですよ。」「イカれた捜査官?」「まぁ何でもいいんですけど、どうします?村上さん。」「どうするって?…適当にあしらっとけよ。」「…村上さん。ひょっとしてヤバいんじゃないですか?」「大丈夫だよ。心配ない。警察には手を打ってある。」「じゃあ何で鍋島のこと聞きにウチに捜査員が来るんですか。困るんですよね。」「何かの間違いだ。こっちでうまく処理するから、その関って奴には適当なこと言って帰ってもらえ。」「…わかった。村上さん。今はあんたの言う通りにするけど、今回ばかりはウチは手を引かせてもらうよ。」「何?」「あのさ。鍋島と連絡取れんげんけど、村上さん。」「は?何のことだよ。」「昨日から連絡取れんのですよ。ちょうど七尾で男が殺されたと思われる時間からね。」「七尾?」「朝からニュースでやっとるでしょ。昨日の昼頃にも今回の事件と同じような手口で男が殺されたって。」「すまん。おれはテレビとか見ない口なんだよ。」「昨日の15時くらいから連絡取れんのですよ。鍋島の居場所を知っとるのは俺とあんただけ。村上さん、なんか知らんがですか?」「知らんよ。」「殺された男は身元不明って言われとるけど、テレビに出てくる現場映像見れば誰が殺されたかすぐに分かる。俺とあんたならね。」「…」「何かあんたヤバいよ。今のあんたにあんまり関わるとこっちまで何か巻き込まれてしまいそうだわ。」「お前もか、熊崎。」「お前もかって…。村上さん、誰と一緒にしてるんですか?まぁ今回は手を引かせてもらいますよ。あぁ関のことはご心配なく。適当にやっときますから。それじゃ。」熊崎は電話を切り、二人の会話は途切れた。「クソったれ〓︎」村上はダッシュボードの上部を思いっきり叩いた。「くそっくそっ〓︎クソめ〓︎カスめ〓︎ヤクザの分際でいい気になってんじゃねぇぞ〓︎何が手を引かせてもらいますだ。ゴミのくせにビビってるんじゃねぇよ。…どいつもこいつもカスばっかだ〓︎」村上は車内のありとあらゆる場所を殴ったり蹴ったりした。それも渾身の力を込めて。そのため大きな車体の車は外から見ても明らかなぐらい、揺れ動いていた。「役立たずのゴミカスばっかだよ。」彼は怒りに震えたまま再び携帯を手にして電話をかけた。「もしもし…。村上です。」「ああ、村上くん。」「なに下手打ってんだよ。」「なにっ?」「お前の人選ミスのせいで仁熊会に警察が入る羽目になったじゃねぇか。」「ちょ、ちょっと待ていきなり何なんだ。」「てめぇどんな捜査官派遣したんだよ。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more17minPlay
April 15, 202063,【後編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場このブラウザでは再生できません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more13minPlay
April 15, 202063,【前編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場このブラウザでは再生できません。「何で電話かけてくるって?そりゃあお前、おたくの理事官さんが帳場のことはお前に聞けっておっしゃっていらっしゃったからやわ。あ? ほんなもん知らんわいや。こっちが聞きてぇわ。お前こそあいつにいらんことちゃべちゃべ喋ったんじゃねぇやろな。あ?…喋っとらん?…そうなんか…。」会話の内容から電話の相手は岡田であることがわかる。片倉は県警で松永と出くわした。出くわしたというよりも、松永が片倉をつけていたと言った方が表現が適切かもしれない。松永の口から岡田の名前が出たため、彼がこちらの事をリークした恐れがあった。今朝、岡田とはお互いの行動の極秘を誓った筈なのに、何故お前は裏切るような行動を取るんだと詰問しようとした片倉だったが、岡田の弁明によってそれは誤解だとすぐにわかった。片倉は信頼できるはずの部下を、このように疑いの目を持って詰問した自分の節操のなさに嫌気が差した。結局のところ松永が何故自分の行動を捕捉していたか、その原因は分からずじまいだ。文子からの事情聴取を終えた片倉はアサフスの裏手にそびえる北上山の中腹にある運動公園の駐車場に車を止めた。「おい、片倉。」彼の隣で煙草をふかしながら、窓の外にチラホラと舞ってきている雪の様子を見ていた古田は声をかけた。片倉は古田の呼びかけに、何故自分が今、岡田に連絡を取っているかを思い出した。「ああ…岡田、お前を疑ってしまってすまんかった。ところで帳場のほうで何か変わった動き、無かったか?」換気のため指二本分開いた窓から古田は吸い込んだ煙を勢い良く吐き出した。「何?似顔絵?何の…。…おう。…ふん…。…タクシーで熨子山か?小松空港から…。おう。」片倉はドアを開けて車外に出た。そして彼は古田同様煙草に火をつけ、岡田からもたらされる捜査本部の情報に耳を傾けた。5分ほど話し込んでいただろうか。彼は再び車内に乗り込んでスマートフォンの画面を見つめた。しばらくしてそれは受信音を発した。片倉は3度ほど画面をタッチし、届いたメールを見る。彼の身体は固まった。「どうした。」「トシさん…。これ…。」そう言うと片倉は画面を古田に見せた。それを見た古田も動きを止めた。「どういうことや…これ、鍋島じゃいや。」片倉はスーツのポケットから、先程文子から拝借した鍋島の写真を取り出して、画面に表示される似顔絵と見比べた。「間違いねぇ。」「片倉、こいつがどうしたって?」「ああ、この似顔絵の男を小松空港から熨子町まで運んだっていうタクシー運転手が、今朝北署に来たそうなんや。このタクシーの運転手が言うには、こいつは熨子町までの道中、ほとんど何も話さんかったらしい。運転手の問いかけには、はいとかいいえだけ。ほんで唯ひたすら前の方だけを見とったそうなんや。ところが、この男が唯一動いた瞬間があった。」「おう。何やそれは。」「穴山と井上を目撃した瞬間や。」「何ぃ?」「山側環状をちんたら走っとるこいつらをタクシーが追い抜かそうとした時、この鍋島と思われる男は奴らを追うように見つめ続けとったそうなんや。何に関しても反応が薄かった男がや。」古田は自分の顎に手をやってしばらく考えた。「…鍋島は、穴山と井上の存在をその時点で既に認識しとったってことになるな。」「ああ。それは昨日の18時のこと。そのタクシーはそのまま熨子町まで鍋島を運んだ。降りる時、あいつは運転手に5万渡して闇に消えて行ったそうや。」「5万〓︎どえらい金やな。」「まぁ、そのチップについては置いておくとして穴山と井上が殺されたのは深夜。18時から深夜までタイムラグがある。となると鍋島はその後、事件現場である山小屋で待ち伏せしとったと考えられる。」「ふうむ。ほんなら穴山と井上がなんで山小屋に行ったんかが問題になるな。」「鍋島があいつらを山小屋まで呼び出したか、それとも始めからあの2人が山小屋に行くことを知っとったかや。」「そら山小屋に行くのを知っとったんやろいや。急に夜にあんな辺鄙なところに呼び出されて、ホイホイ行くだらおらんわい。もともとそこに行く何かの用事があってんろ。」「トシさんほんなこと言うけど、そもそも真夜中にあんなところに行く用事なんかあっかいや。」古田は考えた。深夜の山奥にいったい何の用事があったというのだ。「…おい。…まさか。」「なんや。」「あいつら、ほら、レイプしとるやろ。一色の…。」「あ…。」「一色の交際相手がレイプされた場所が実はそこで、ほんでその因縁の場所に犯人を何かのうまい口実をつけて呼び出しておいて、鍋島を使って一網打尽に殺した。」二人の中で鍋島、一色、穴山、井上が繋がった。しかし彼らは間も無く肩を落とすことになる。ついさっきまで二人は文子から6年前の事故に関わる重要参考人は鍋島であることを聞かされていた。その事実を知った一色は鍋島を引き摺り出して相応の罰を与えると彼女に誓っていたようだ。そんな彼が鍋島と結託して自身の交際相手をレイプした男らを殺すなんて考えにくい。「いや、ちょっと待て。一色が鍋島を利用して2人を殺して、その後に鍋島を捕まえようとした。そう考えられんけ。しかしそれが失敗し一色は逃げた。鍋島もその存在が世間的に明るみになるのが不都合な立場やから姿を消した。」片倉は古田にこう言った。「うーそれはどうやろう。そうなると一色が何で桐本と間宮を殺さんといかんがや。レイプとか6年前の事故に何の関係もない奴やぞ。その線はちょっと薄いんじゃねぇかいや。」2人は黙ってしまった。そうこうしているうちに、再び片倉の携帯が鳴った。どうやらメールのようだ。「岡田や。」片倉は画面をタッチしてその内容を確認した。そして彼はまたも固まった。「何や。岡田は何やって言っとるんや。」「穴山と井上はシャブの売人やったらしい。」「はぁ?」「シャブって…言うとトシさん。」「仁熊会…。」ふたりはここでしばし無言となってしまった。「…なぁ片倉。ここは自分が一色やったらって立場で考えてみんか。」古田はそう言うと車外に出た。片倉も続いた。「始まりから考えよう。今までの情報から考えると、一色が穴山と井上との接点を持ったのは3年前の7月のレイプ事件からや。あいつは何かの方法をもって2人に復讐する意思を持っとった。それを実行するためにその機会を虎視眈々とうかがっとった。あいつは確かにワシに言った。素早くそして確実に被疑者に罰を与えねばならんと。警察という組織の人間であれば何かの口実をつけて、穴山と井上を逮捕し、取り調べの中でその二人から吐かせればそれで犯罪成立。起訴、裁判、判決。で、あの二人の罪は現在の法制下でシステマチックに処理される。」「しかしその法の裁きに一色は不満を抱えていた。」「そうや。自分の交際相手は女性として殺されたようなもんや。目には目の精神で考えれば、奴らにも同等いやそれ以上の制裁を与えんといかん。」「考えたくねぇけど、俺も自分の娘がもしそんな目にあったとしたら、悔しくて、憎くて、許せんくて、…殺してしまうかもしれん。」「急迫不正の侵略を受けて反撃に出ん奴はおらん。ワシもそうや。」「しかし仇討ちは法で禁じられとる。」「そう。そこであいつはワシに方法はあるって言った。あいつは何か別の手段を持ち合わせとった。」「まさか、一色はその時点ですでに穴山と井上がシャブの売人やってこと知っとったとか。」「そうかもしれん。シャブの背景には仁熊会がおる。仁熊会とそのフロント企業のベアーズデベロップメントは6年前の忠志の事故に関係しとる。一色は穴山と井上に制裁を与える他、その周辺にも制裁を課そうとしたんじゃねぇか。」「レイプ事件の一年前には仁熊会が関係しとると思われる私立病院の事件もあったしな…。…って待て、トシさん。この時点で一色は鍋島の存在を把握しとるがいや。」「そうねんて。一色なら当時、写真を見た時から高校の同級の鍋島やって分かっとったやろ。」「高校の同級が事件に関与しとる疑いがある。しかも重要なキーマンや。一色は闇に葬り去られそうな事件を掘り返して、なんとか真相を暴こうとした。」「しかしそれは何処かで握りつぶされた。」「その私立病院の事件の後にレイプ事件…。」「なんか見えてきたような気がする。」「トシさん。俺もや。」「一色はあの病院横領事件の時に仁熊会へガサ入れようとしとった。しかし、その直前に殺しが起こって、二課から一課へ捜査権限移譲。」「そもそもここからおかしい。タイミングが良すぎるんやて。うちの中の誰かが捜査情報をどっかにリークしとったんじゃねぇか。ほんで手際良く二課の捜査外し。一色が仁熊会と接触するのをなんとか阻止させようしとるみたいや。」「担当外の人間であるお前でさえ思うんやから、当事者である一色もその事は感じとったやろうな。」「で、あいつは極秘裏にいつもの個人捜査でいろいろ調べる。ほんで何か重要な情報に行き着く。」「そこで交際相手をレイプされた。」「知られると随分とまずい情報やったんやろう。その情報そのものは何かは分からんが、一色の交際相手を凌辱することで、あいつに警告を発したんやろうな。」「となると、穴山と井上は自発的に一色の交際相手を犯したというよりも、誰かからの指示を受けて実行したと考えたほうが自然やな。」「穴山と井上はシャブ絡み。あいつらの上には仁熊会がおる。仮にそこの指示やとすっと、全てにおいて辻褄が合いはじめる。」「仁熊会がレイプの背景にいることを知った一色は、その周辺を洗い始める。そこで田上地区と北陸新幹線に係る利権構造が存在しとることに気がつく。ほんでそこに仁熊会が入り込んでいることを突き止めた。」「なるほど、ほんで検察さんの出番ってわけか。」「ほうや。あいつらは新幹線事業と仁熊会の流れを追っとる。」「一色からの情報を得てな。」「政治が絡む事件は特に慎重にせんといかん。指揮権発動なんかされたら、せっかく詰めた捜査も全部パアや。」「トシさん。検察に突っ込むと話がややこしくなる。それはそれでちょっと置いとこうぜ。利権構造を知った一色はその周辺を徹底的に調べる。ほんで出てきたのが6年前の忠志の死やった。」「おう。かつての同級生の父親っちゅうことで、一色は慎重に周辺を調べて文子と接触。口止め料の現金授受のキーマンがこれまた四年前の事件に顔を出した、鍋島惇であったことを知る。交際相手の強姦を指示したと思われるもの、四年前の病院横領・殺人事件に関係するもの、さらに6年前に友人の父親を事故に見せかけて殺害したと思われるもの。これら全てに仁熊会が関係しとる。あいつの仁熊会に対する不信は頂点に達する。」「しかし、ここであいつの捜査はプツリと切れた。」今まで集めた情報が一気に繋がりを見せた推理展開であったが、ここで二人は黙ることとなった。そしてその沈黙を先に破ったのは古田だった。「なぜ、ここで切れたか。」「あぁそこやな。」「何で、あいつが殺しをせんといかんかったか。」「穴山と井上を殺すだけじゃあいつの目的は達成できん。レイプ事件の仇討ちだけにとどまってしまう。今の俺らの推理に従えば、その周辺の闇の部分を明らかにせんといかんはずや。」古田は北高の剣道部の顔写真を取り出してしばらくそれを見つめた。「待てよ…。」「どうした?トシさん。」「待て待て待て。あぁ…そうか…そういう線があったな…。」「おいトシさん。なんねんて。」片倉の言葉を受けて、古田は5枚のうち一枚の写真を取り出してそれを片倉に見せた。「村上?」「おう。こいつ、本多善幸の秘書やろ。」「はっはぁー。なるほど。こいつなら善幸の出身のマルホン建設と何かしら繋がっとるな。」「お前、今朝村上の聴取をした時、鍋島の名前だしたらこいつの顔色が変わったとか言っとったな。」「おう。明らかに変わった。ほんでこいつの言い分は佐竹と赤松の言うことと食い違っとる。」「ほらほら、こいつも何か絡んどるかもしれんぞ。」ここで二人は再び黙ってしまった。「なぁ片倉。」「トシさん…。」「切り込むか…。」片倉は古田の表情を見た。彼の顔つきは何か達観した様子だった。片倉は眼下に見える、薄く雪化粧した金沢の街へ視線を移した。そして何も言わずに煙草を取り出してそれに火をつけた。吸い込んで吐き出す煙には彼の白い吐息が混ざりこみ、それは吹き付ける風に乗って瞬時に消え失せた。「マルホン建設と仁熊会か…。聖域やな…。」古田も何も言わずに街並みに目をやった。「この聖域が一色に二の足を踏ませたんか…。」「一人でできる事には限界がある。だから一色は協力者を密かに募って、誰にもわからんように下準備して一気に攻め込むことにした。」「奇襲か。」「でも奇襲は成功すれば戦果は大きいが、失敗すれば一敗地にまみれる。…あいつは…逆襲にあったんかもしれんな…。」「どうする。片倉。」片倉は古田の顔を見た。彼の表情からは感情というものを汲み取れなかった。古田はただひたすらに片倉の瞳を見つめている。「俺にも守るべき家族がおる。」古田は片倉を見つめたままだ。「…だが、このままだと結局世の中はなにも変わりやしない。」片倉は咥えていた煙草を地面に投げつけた。彼は何度も何度も力の限りそれを踏みつけた。そして側にある樹木に向かって何度も体当たりをした。その様子を古田は黙って見つめていた。...more10minPlay
April 08, 202062,【後編】12月21日 月曜日 14時17分 マルホン建設工業このブラウザでは再生できません。【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more10minPlay
April 08, 202062,【前編】12月21日 月曜日 14時17分 マルホン建設工業このブラウザでは再生できません。「失礼します。」木製の重厚感ある扉を開いて佐竹は入室した。彼の目の前には仕立ての良いスーツを見に纏い、窓から外を眺める本多善昌の姿があった。本多善昌は衆議院議員本多善幸の実子である。本多善五郎が築き上げた裕福な生活基盤を受け継いだ善幸は一人息子である善昌を殊の外かわいがった。ありとあらゆるものを買い与えた。その寵愛ぶりが善昌の人間形成に大きな影響を与えたのだろう。欲しいものは絶対に手に入れなければ気が済まない性格となる。市内のエリート養成幼稚舎からエスカレータ式にその系列の高校を卒業した善昌は、善幸にアメリカへ行って見聞を広めたいと申し出る。常に自分の側に置いておきたい一人息子であり、万が一のことがあるかもしれないと思うと善幸は気が気でなかった。しかし一人の人間として考えた末の決断であり、その意志を尊重したいということで善幸は善昌のアメリカ留学を認めた。しかしこの留学がいけなかった。善昌の成績は高校の二年あたりから振るわなくなってきていた。見聞を広める、語学を修得するというのが名目の留学の実際は、親の目から離れた遠い異国の地で放蕩の限りを尽くしたものとなっていた。彼はアメリカ留学時にタバコや酒、ギャンブルを覚え、現地の女性にも手を出して妊娠すらさせた。これらの目に余る放蕩ぶりに激怒したのが祖父の善五郎だった。彼は強制的に善昌を日本へ呼び戻す。そして退廃しきった彼の性根を一から鍛え直すということで、善幸から奪うように善昌を預かった。帰国直後は善五郎の厳しい躾のせいで1年間引きこもりの状態であったが、徐々に祖父との生活にも慣れ3年後には自衛隊へ入隊させられる。自衛隊入隊時に祖父の善五郎が他界。これをきっかけに善昌はすぐさま除隊。善五郎の監視の目から開放された善昌は父の勧めでマルホン建設に入社する。その後総務課長、部長、常務取締役、専務取締役を経て昨年代表取締役となっていた。「佐竹さん。まだウチの口座に1億入ってなんだけど。困るじゃないですか。」「申し訳ございません。」「あのさぁ、こっちはこっちで支払いの都合があるんだからさ。」窓から外を見ていた善昌はこう言って振り返った。「あれ?」善昌の視線の先には佐竹ともう一人の男があった。彼は善昌と目が合うと軽く会釈をした。そして善昌を無視するように社長室中央に配されている応接ソファまで足を進めて、そのまま腰を懸けた。「なんなんだお前。」「支店長の山県です。社長、1億は貸せんことになりました。」「はぁ?」顔つきが変わった善昌はソファに懸けている山県の正面に乱雑に座った。「どういうことだよ?冗談は顔だけにしろ。」「はははは、すんません社長。嘘言いました。1億の融資は明日には実行されます。」「お前、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。俺を誰だと思ってるんだ。」「…ただの社長。」山県は不敵な笑みを見せた。「ただの社長? 何?その上から目線。」佐竹から1センチほどの厚みのある資料を提供された山県はそれを善昌の前にそっと差し出した。「これを飲んでくれたら1億は明日オタクの当座に入金されます。」善昌は出された書類に目をやった。その表紙には大きな明朝体で「マルホン建設工業株式会社の経営改善策について」と記載されていた。「経営改善?」「ええ、これを即座に飲むのが条件です。」「条件だと?」「はい。これを蹴られるんでしたら融資はできかねます。」「はははは。山県支店長でしたっけ。」「はい。」「ふざけたことぬかすんじゃねぇよ。」「ふざけていません。」「こんなままごとみたいな書類なんか読むに値しない。」「…読みもせずにままごと扱いですか。」「お前みたいな下っ端じゃ話にならんよ。もっと上の人間を寄こせ。」「はぁ…社長さん。今日はね、私、役員会の決定を受けてここに来てるんですよ。」「なに?」「ままごとはあんたの経営です。あんたには選択権はないんですよ。さっさとこれを読んで下さい。」山県の姿勢に憤りを感じながらも善昌は書類を手にとって目を通し始めた。2,3ページ読み進めた善昌は顔を上げて山県を見た。彼は不敵な笑みを浮かべて善昌を見た。「悪い話ではないでしょう。」「提携だと?」「はい。社長もこの辺りを車で走っとたらお分かりやと思いますけど、最近、なんか新しいもの建てとるなぁと思っとったら、大体が高齢者施設。私はその分野の細かなことは分かりませんけど、特養とかデイサービスとか小規模多機能型とかいろんなもんが建っとりますわ。その介護分野にこのドットメディカルが参入を検討しとるんですよ。」「何を持ってきたかと思えば、今流行りの介護事業参入を画策する会社と提携しろと?我が社に新規事業を起こせと言うのか。しかも俺も聞いたことがない会社じゃないか。」「やれやれ、ドットメディカルも知らんのですか。」山県はため息をついた。「しかも直ぐに結論を求める。ちゃんと書類を読んでから話してくださいよ。見出しだけ読むのは週刊誌だけにして頂きたいもんですな。」山県は善昌に対して要点を掻い摘んで説明するように佐竹に言った。「はい。ドットメディカルは金沢市に本社を置く医療機器卸売の会社です。近年、海外大手の医療機器メーカーの特約店契約を取り付け、そのメーカーを背景とした信用と充実したサービスの提供から業界では成長著しい会社です。このドットメディカルが今検討中なのは、先程山県が言った介護事業です。この会社には海外の医療業界とのパイプを持ち、異国の様々な事例、設備、サービスなどに深い見識を持つスタッフが大勢います。そして地元の医療機関でのシェアも確実に伸ばしています。今まで培った国内外の医療の専門的見地をふんだんに取り入れた新しい形態の介護サービスを提供しようとしています。」「ふーん。で。」「医療や介護のノウハウ蓄積はドットメディカルと関係のある会社からスタッフを引き抜いて、専門の部署を立ち上げて順調に準備は進んでいます。ですがひとつ課題があるのです。」「なに?それは。」「建設ノウハウです。」善昌は佐竹と山県の顔を見た。「実はドットメディカルはその介護事業において建築、デザイン、設備、人員、サービス、情報システムなど全てのものを自らの手で利用者に提供することを考えています。そして質の高い介護サービスを比較的安価に提供できる仕組みを検討しているのです。」「で。」「人員やサービス、システムといったソフト面はある程度固まってきています。いままでのコア業務の延長線でものごとを考えて計画できますから。ですが、建設やその設計といったところになるとそう簡単に行きません。不得手なものは外に丸投げするというのは確かに方法の一つです。しかしドットメディカルは介護に関するすべてのものを自分たちの責任で利用者に提供するとことを考えています。ですので緊密に連携をとった動きをできるパートナーを探しているんです。」善昌は腕を組んで考えた。「御社には3つの核となる事業部があります。公共事業における大型工事や企業プラント建設のようなものを扱う総合建設事業部。 不動産仲介、賃貸、戸建て分譲を行う住宅事業部。 遊休地の有効活用をコンサルティングする開発コンサルティング事業部です。これら総合的な建設に関するノウハウを御社は長い年月の中で蓄積しています。ドットメディカルはこれが欲しいんです。あの会社は何も一棟の介護施設を立てることだけを目的としているのではない。彼らの事業戦略はもっと大きいものです。」「大きいもの?」「独自のノウハウを活かした介護施設を実際に経営し、そこで得られたノウハウをパッケージとして新規事業参入者に提供するというものです。」山県の言葉に善昌は頭を振る。「ノウハウ提供だけだったら、ウチは今まで培ったノウハウをみすみすその会社に売るだけになってしまうじゃないの。」山県は呆れた表情で善昌を見る。「社長。私はマルホン建設のノウハウだけを売れとは言ってません。提携したらどうですかと言っています。」「なんだよ。勿体ぶらずに早く教えなさいよ。」「はーっ…。」ため息をついた山県はしばしの間うなだれた。「いいですか。だから提出された書類をちゃんと読めと言っとるんですよ。」「後で読むよ。こっちは忙しいんだよ。何事も結論から言ってもらわないと、その話が検討に値するかどうかの判別に時間がかかるじゃないですか。」山県は目の前の机を思いっきり叩いた。「いい加減にしろ。無能経営者。」「なにぃ!!」「冒頭言ったやろ、お前には選択権はないって。」「貴様!! 誰に向かってその言葉を言っている!!」「やれやれ気に食わない事があれば大声を上げるのは当行の本多専務と一緒ですな。」「黙れ!! 俺の問いに答えろ!!」「本多善幸議員のご子息であり、かつ当行専務取締役本多慶喜の甥っ子さんでしょう。」「俺の力を使えば、お前の処分なんか何とでもできるんだよ。」「だから言っとるでしょ。これは金沢銀行役員会の決定やって。」「そんな馬鹿な話なんかあるもんか。」そう言うと善昌は懐から携帯を取り出して電話をかけた。その様子を見ていた山県は彼がどこに電話をかけているか瞬時に悟った。彼は何度も電話をかけ直し、それを耳に当てるも言葉を発さなかった。「専務もいろいろとお忙しいですからね。」善昌は手にしていた携帯を力なく落とした。「仕方が無いから説明しましょう。先ほどの続きです。御社がドットメディカルと提携して得られるものは大きい。彼らが初回に建設する介護施設の建設はおろか、彼らのノウハウをベースに介護事業に参入する者たちの建設案件も受注できる。何故ならドットメディカルは事業そのもののノウハウを全てを売るわけだから。ソフトもハードもまるまるドットメディカルが参入事業者に提供する。建物もそうですよ。」「…悪い話じゃ…ない…ですね…。」「良い話です。この上ない良い話です。」山県は笑みを浮かべてテーブルの上に配された灰皿を指差した。「…どうぞ。」煙草を咥えてそれを堂々と嗜む山県の姿は、力なく受け応えする善昌とは対象的だった。「受けて貰えますね。」「…はい。」善昌の言葉を受けて笑みを浮かべた山県は、佐竹に直ぐにドットメディカルへ連絡をするよう指示した。「しかし…。」「いいから直ぐにドットメディカルに連絡しろ。善は急げだ。」「わかりました。」そう言うと佐竹は社長室を出て行った。善昌は社長席に座って窓の外を眺めていた。「社長。この言葉をご存知ですか。」「何ですか…。」彼は山県の方を見ずに力の無い返事をした。「軍人は四つに分類されるそうです。」「軍人?」「はい。有能な怠け者。有能な働き者。無能な怠け者。無能な働き者です。ご存知ですか?」「いや。」「有能な怠け者。これはどうすれば自分が、部隊が楽をして勝利できるかを考えるため、前線指揮官に向いていると言われます。」「ほう…。」「有能な働き者。これは自ら考え、実行しようとするので部下を率いるよりは、参謀として指揮官を補佐するのが良い。」「なるほど。」「次は無能な怠け者。」「耳が痛いな。」善昌はそう言うと椅子をくるりと回して、座ったまま山県を見た。「これは自ら考えて行動しないため、参謀や上官の命令通りにしか動かない。よって総司令官、連絡将校、下級兵士に向いている。」「くっくっく…。」「最後に無能な働き者。無能であるために間違いに気付かず、進んで実行するため、さらなる間違いを引き起こす。よって処刑するしかない。」山県の言葉を受けて善昌は頭を抱えた。「なんだ…。俺はその無能な働き者だとでも言いたいのか。」「いいえ。」「じゃあ何でそんな話を引き合いに出すんだ。」「私はこれに独自の解釈を加えているんですよ。もうひとつ付け加えます。無能なのに働き者の振りをしている者。」「何だそれは。」「無能でも働き者であるというのは結構なことです。確かにこのような人間が上に立ってしまうと、組織は混乱する。しかしそのために参謀という役職があるのです。彼らが機能すれば、トップの行動力が推進力となり組織が回り出す。問題なのはそのトップが実際のところ何もしていないのに、重責を抱えてさも日々忙殺されているかの如く振る舞うことなのです。これは非常に具合が悪い。忙しそうに振る舞うことで参謀の言葉に耳を傾けない。そして向き合わなければならない事から目を背け続ける。その癖変にプライドが高いため、無駄に世の中のトレンドなどを知っている。しかしそれらはテレビや雑誌から仕入れた上辺をなぞった程度のもの。掘り下げて自分で考えようともせずに、知っていることそのものに価値があるかと勘違いする。威張りちらすしか能がなく結局のところ何も自分の手で実行しない。これが本当に処刑せねばならない対象なのです。」善昌は天を仰いだ。「それが俺だというのかね。」山県は善昌をただ黙って見つめる。「ついさっきまではそう思っていました。」山県の表情には笑みがあった。「あなたは経営者として無能だ。業績をみれば一目瞭然。そしてろくに働きもしない。しかしどういう訳か素直だ。現に今、あなたは私が提出した経営改善案を受け入れました。」「褒めているのか、貶しているのか…。」「あなたが全ての元凶ではないんですよ。」善昌はうっすらと笑みを浮かべた。「社長。改善案の最後のあたりを読んでください。」山県の言葉に従って、善昌は改善案のまとめの段を読んだ。彼がこのくだりを読むには2分ほどの時間を要した。読み終えた彼は山県を睨みつけた。「俺を除いた全役員をクビにするのか。」山県はタバコに火をつけ、それを吸い込んで目一杯の煙を吐き出した。「はい。せっかく磨けば光る素直な経営者がいるのに、それを活かしきれない役員連中は無能の極み。これは一刻も早く処刑せねばなりません。」「ふざけるな!!」「社長。言ったでしょう。提出された書類にはちゃんと目を通した方がいいって。」「認めん。認めんぞ!」社長室のドアが開かれ、佐竹が戻ってきた。「ドットメディカルは社長の英断に感謝するとのことです。今日の晩にでも一度社長とお会いしたいとの申し出です。」「なにぃ!? お前、なにを勝手なことを!」善昌の反応に佐竹は戸惑った。「はははは。交渉成立ですな。社長。いやめでたい。誠にめでたい。」「山県!! 貴様!! 俺を嵌めたな!!」「社長。残念ですが、承諾したのはあなたですよ。こっちはただ伝書鳩みたいにただ先方へ連絡しただけですわ。撤回したいんならご自分でどうぞ。」怒りに震えていた善昌であったが、事を飲み込んだのか方の力を落として諦めの表情となった。「流石、善五郎さんのお孫さんだ。飲み込みが早い。」そう言うと山県は立ち上がって社長席に座る善昌の側まで歩み寄った。「さて、社長。今晩のドットメディカルとの会談を前にあなたがやるべき大きな仕事がある。」善昌は自分の前に立ちはだかる山県を見た。小柄であるはずの彼の姿は、今の善昌にとって途方もなく大きな壁のように見えた。「一族をそれまでに罷免しろ。どんな手を使ってもいい。それがお前とマルホン建設が生き残るための唯一の方法だ。」「そんな…無理だ…。」山県は善昌の襟元を掴んで詰め寄った。「支店長!!」「いいからやれま!! お前がやらんくて誰がやれんて!!」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more16minPlay
April 04, 202061,12月21日 月曜日 13時10分 熨子山連続殺人事件捜査本部このブラウザでは再生できません。松永は自席に座って右脚を小刻みに動かしていた。「連れてきました。」一見するとヤクザかと思われる迫力の風貌をもった男が松永の前に立たされた。「組織犯罪対策課の十河と申します。」「そこに掛けろ。」松永の向かい側の座席に座った十河は、そこに広げられている穴山と井上に関する資料に目を通し始めた。「どうだ。なにか分かるか。」十河は資料にさっと目を通して松永の問いかけに即座に答えた。「ポンプ(注射器)が確認されますね。突きですからシャブ(覚醒剤)です。シャブとなるとこの辺りでは大体が仁熊会が元締めだと言われています。」今回の事件の被疑者は一色貴紀である。彼は熨子山で穴山と井上を殺害し、その後桐本と間宮を殺した。そして一色かどうかは完全な確証を得たわけではないが、どうやら昨日の夕方にも七尾で男ひとりを殺して、彼は現在逃亡中。動機は依然として不明。先ほど県警本部で松永は片倉と接触した。6年前の熨子山での事故をめぐる背景を片倉から聞かされ、松永の頭の中には仁熊会の存在がインプットされていた。最初に殺された穴山と井上はどうやらシャブの売人の顔を持っていたようだ。十河の言うところではシャブの出処は仁熊会とかいう石川県の暴力団の可能性が高いそうだ。この仁熊会のフロント企業はベアーズデベロップメントと言い、6年前の熨子山での事故に関わっている可能性がある。その6年前の事故を殺しではないかと一色は個人的に捜査をしていた。別の事件と思われるものが仁熊会という組織の登場で関連性が現れてきていた。「十河と言ったな。お前、この穴山と井上のこと把握していたか。」「いえ把握しておりませんでした。面目次第もありません。」松永はうなだれた。「じゃあ別の質問にしよう。シャブのことは置いておこう。その写真の中に金沢のクラブらしきものが写っている。この店はお前知ってるか。」十河は松永が指す写真が掲載されたページを見てすぐに反応した。「ああこの店は分かります。仁熊会の関係者が時々使う店ですよ。」「なに。」「どちらかと言うと会の末端の人間が使う店ですね。」「どこにあるか分かるか。」「はい。」「よし。おい。」松永は捜査員を呼び出した。「おまえはこのクラブを今から当たれ。穴山と井上の情報を聞き出せ。」「理事官。出来ました。」関が捜査本部へ入ってきた。彼は十河と話し込んでいる松永の横に立ち一枚の紙ペラを机の上に広げた。「小西の協力を得て、彼が熨子町まで運んだ男の似顔絵を作りました。」関が提出したものには丸型のサングラスをかけた男の似顔絵があった。厚手の下唇。コケた頬の輪郭が特徴的だ。「なんだこれは。今どきこんなサングラスかけてたら、随分と目立つじゃないか。」松永がこう言った直後、その場で一緒に似顔絵を見ていた十河が口を開いた。「…ちょっと待ってください。」「なんだ。どうした。」「これ...まさか...。」松永と関はお互いの顔を見合わせた。「鍋島じゃあないですかね...。」「鍋島?」「ええ。そっくりですわ。」「鍋島って誰だ。」「仁熊会に時々出入りしている奴ですよ。謎が多い奴でして、会の関係者もこの男の詳細は誰も知らないんです。」「なんでそんな素性のよくわからない人間のことを、お前は覚えているんだ。」「4年前にとある事件がありましてね。その時にちょっと話題になったんで覚えとりますよ。多分、自分以外の人間もその事件に関わったことがある奴なら、覚えとるでしょう。」「なんだその4年前の事件って。」十河は松永に4年前の私立病院をめぐる横領、殺人事件の顛末を松永に話した。「事件から2年後に捜査二課の古田警部補がたまたま片町でこの男にそっくりの男を見かけたんですよ。4年前の目撃者に似とるって。」「古田ねぇ…。で、どうした。」「当時、二課の課長やった一色が何度も再捜査を上に進言したんですが、それが採用されることはありませんでした。」「なんで?」「どこかで揉み消されたのではないかと。」「もみ消されたぁ?」十河のこの言葉に松永は豹変した。「もみ消された?はぁ?おまえ何言ってんの?なんでそんな大事なことを握りつぶす必要があるのかな?僕らは警察だよ。警察官。わかる?」「あ、あの…。」「結局のところ根拠の薄い一色の主張は上層部にとって取るに足らない話だったってことだろ。てめえの無駄な推理なんかここで垂れるんじゃねぇよ!!」「も、申し訳ございません…。」「わかったら言葉の使い方に気をつけろ!!」「はいっ。」机を激しく叩いて松永は思いっきり息を吸い込んだ。「関。おまえこの鍋島って男を調べろ。いまから仁熊会の親分にでも会って直接話を聞いてこい。」「わ、わたしがですか…」関はどこか落ち着かない表情で松永の指示に返事をした。「あら?まさか…君、ヤクザの親分が怖いのかな。」「い、いいえ…。そのような現場仕事は現場に任せておけばよろしいのでは…」「何言ってんだ関。お前しっかりしろ。現場が無能だからお前がきっちりと仕切ってくるんだよ。」「しかし…。」「おいおい。まさかお前俺に金魚の糞みたいについてくれば、それで立派な実績になるとでも思ってんのか。」「い、いえ…。」「マルボウから何人かピックアップして行って来い。おれはもう少し十河から聞くことがある。他を当たれ。」「ですが…。」「なにビビってんだ。今回の捜査はお前の働きぶりにかかっているところが大きいんだ。俺はお前に目立つ実績を作って上に上がるチャンスを与えてんだよ。それぐらい分かれよ。」「かしこまりました…」関は一礼し松永に背を向けて捜査本部を後にしようとした。「あ、そうだ。関。熊なんとかって奴ががたがた抜かすんだったらこう言っとけ。」「は?」「警察なめんじゃねーぞこらぁ。」松永は関を熊崎に見立てて彼に向かって中指を突き上げた。「って察庁のイカレた捜査員が言ってましたってな。」「は、はい。」松永は元気の無い背中を見せながら、捜査本部を後にする関の後ろ姿を見送った。そしてため息をついて十河と向き合った。「理事官…大丈夫ですか…」「なにが?」「今の関課長補佐を見る限り、熊崎相手に渡り合えるか…」松永はニヤリと笑うだけで十河の言葉には答えなかった。「おい。さっきの件だが聞きたいことがある。」そう言って松永は周囲を見回した。捜査員たちは皆、自分のすべき仕事に没頭しているようだ。「誰だ。揉み消したのは。」「え?」「誰だって聞いてんだよ。」「え…でも理事官、さっき…」ついさっき、治安を司る警察組織が何かの訴えを揉み消すようなことはあり得ないと松永は十河を糾弾した。それなのに今は揉み消しの犯人は誰かと十河に聞いてきた。いったい松永という人間はどういう思考回路を持っているのだろう。周囲の人間は彼に翻弄されるばかりだ。「理事官。それは私には分からんがですよ。ただ、上がそうしたとしか聞いていません。」「上とは?」「わかりません。当時の一色の上司かもしれませんし、そのさらに上の方かもしれません。」「…なるほどわかった。そういうことが過去にここで有ったんだな。」「は、はい。」「記憶にとどめておく。」松永は額に手を当ててしばらく考えた。そして向かい合って座っている十河の瞳を直視した。「十河。お前を組織犯罪対策課のベテランと見込んで頼みたいことがある。」「私にですか?」松永は頷いた。「マルホン建設と仁熊会の関係を教えてほしい。」そう言うと松永は手元のコピー用紙の端を手でちぎって、そこにある施設の名前を記した。「今から2時間後ここに来い。部屋は512号室。」「理事官…。」「何だ?」ヤクザのような強面の十河であるが、この時の彼の眼差しは人を威嚇するものではなく、どこか少年のような純粋さを感じさせるものだった。「どうした。」「突っ込むんですか…」「何がだよ。」「あそこに…手を突っ込むんですか。」「あそこって、お前昼間からいやらしいこと言うんじゃねぇよ。そんなお楽しみなんかとんとご無沙汰だ。」「茶化さないでください理事官。あなた本気なんですか。」松永は十河の目を直視した。「覚悟はできている。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more14minPlay
April 04, 202060,12月21日 月曜日 13時22分 フラワーショップアサフスこのブラウザでは再生できません。店の奥にある畳敷きの文子の部屋で古田と片倉は彼女と向かい合っていた。「当時のことは剛志さんからお聞きしました。」「そうですか。」「単刀直入にお聞きします。文子さん。あなたは500万の口止め料を貰いましたね。それは誰からのものですか。」「剛志から聞いたでしょう。コンドウサトミという人です。」「いえ、私がお聞きしたいのはあなたが口止め料を振り込むようにと依頼した人です。コンドウサトミさんではありません。」文子は古田の言葉に黙ってしまった。「忠志さんは口止め料の受け取りを拒んだ。しかしあなたは旦那さんに内緒で口止めを依頼する人間と接触した。だから500万が口座に入金されたんですよね。」文子は問いかける片倉と目を合わさない。その様子を古田は片倉のそばで観察した。「あなたが接触した人間は誰ですか。」文子は黙ったままだ。「文子さん。我々はあなたが口止め料を貰ったから、罪に問われるとか言ってる訳じゃないんです。ただ、当時の本当のことを知りたいだけなんです。」この片倉の台詞にはっとした文子は、塞いでいた表情から一転して片倉の目を正面から見ることとなった。「…あの人も同じことを言っていました。」「あの人?あの人って誰ですか。」「一色くん…です…。」文子は瞳に涙を浮かべていた。片倉と古田はお互い顔を見て頷いた。そして片倉が続けて質問をする。「文子さん。その一色と同じように我々にも教えていただけませんか。」「刑事さん。」そういうと文子は改まって座り直してお下座をするように二人に頭を下げた。「お願いです〓これ以上聞かんといてください〓この通りです〓」「文子さん…」「お願いです。お願いです…これ以上私を責めんといて下さい〓」何度も何度も畳に頭を擦り付けるように懇願する文子を前に片倉と古田は困惑した。「文子さん。私はあなたが何故そこまでその人物の名前を言うのを拒むのかよく分からんのですよ。仮に私たちが今聞いている人間が仁熊会の関係者であったとしてもご心配ありません。あなた「お願いです。もうこんな思いを誰にもさせたくないんです…」髪を振り乱し何度も頭を下げた文子の様子は明らかにやつれている。ここまで証言を拒む理由はよくわからないが、このまま聴取を続けるには彼女の負担が大きすぎる。そう判断した片倉は古田に改めて出直すかどうか諮った。それを受けて古田は片倉に代わって文子に言葉をかけた。「文子さん。剛志さんが言っとりましたよ。感謝しとるって。」「え?」「詳しい経緯は分かりませんが、昨日そのことをすべて剛志さんに打ち明けたんでしょう。今回の被害者の一人がかつてこの店で働いていたアルバイト。そのことで心の中がぐちゃぐちゃになっているのに、更に精神的に負担となる6年前の過去の件を彼に話したんでしょう。あなたのその心の傷の大きさを考えると剛志さんは聞くタイミングを間違えたと後悔していましたよ。しかし、それでも正面から向き合って話してくれたことに感謝をしとるって。」この言葉に文子は肩を震わせて泣いた。「でも…でも…。」「我々はそんなあなたに随分な負担をかけてしまったようです。土足で他人の家に入り込むような聴取をして誠に申し訳ございませんでした。」古田は文子を前に頭を下げた。その様子を見ていた片倉も彼に合わせて深々と頭を下げた。「課長。今日は一旦帰りましょう。」古田は片倉にそう言うと、畳に置いていたメモ帳とコートを抱え立ち上がった。片倉も頷いて再度文子に会釈をして立ち上がろうとした。「待ってください。」古田と片倉は振り返って彼女を見た。「聞いていいですか。」「なんでしょう。」「私がその交渉役の名前を言うことで、その人は何かの罰を受けることになるのでしょうか。」片倉は古田と顔を見合わせた。「それは何とも言えません。口止め料の授受だけでは基本的に犯罪の構成要件を満たしません。しかし6年前の事故、つまり忠志さんの死に何らかの形で関わっているとなればあなたおっしゃる可能性は否定できません。」「文子さん。あなたはなぜ交渉役を庇うようなことを仰るんですか。旦那さんが殺された疑いがあるというのに、なぜかその重要参考人の情報を明らかにすることを拒んでいる。それでは交渉役とあなたはもしや謀議を計っているんではないかと思われても仕方がありませんよ。そうなればあなたまで我々は捜査の対象と見なければなりません。せっかくの剛志さんの感謝の気持ちをあなたは踏みにじることになりますな。」先ほどまで文子に寄り添うように接していた古田は、手のひらを返したように彼女に言い放った。その表情は非情である。文子は愕然とした表情で古田を見た。そしてうなだれてしまった。「それでは失礼します。」「一色…。」その場から立ち去ろうとした古田と片倉は振り返った。「一色くんは約束をしてくれました。」「約束?」「そう、その交渉役を必ずこの手で引きずり出して相応の罰を与えると。」文子は自分の手のひらを見つめそれを握りしめた。「一色には言ったんですね。それが誰か。」「はい。」「誰ですか。」「…鍋島惇。」「まさか…。」古田は思わず声を発した。「可笑しいですよね。旦那の殺害に何らかの関係を持っている人物も、その真相を暴こうとしている人も、昔うちに出入りしていた剛志の友達同士。でも昨日から鍋島のことは絶対に許さないと言っていた一色は、うちでバイトをしていた由香ちゃんを殺した連続殺人事件の容疑者。鍋島は依然として行方不明。もう私は誰を信じていいのか分からない…。」「…何てことだ。何て事になってたんだ…。」片倉は呆然とした。「刑事さん。私は何を信じればいいんでしょうか。お願いです。教えてください。」再び嗚咽してか細い声で救いを求める文子に古田が答えた。「…家族です。」「え。」「文子さん。あなたが今もっとも大事にすべきは家族です。」この言葉に文子は堰を切ったように泣き出した。古田は再び文子と正対して座った。そして一枚の顔写真を文子の前に差し出した。「これがあなたにする最後の質問です。鍋島惇はこの男でしょうか。」サングラスをかけて振り返る様子の写真。もともと遠くから写されたものを無理やり拡大したため粗い画像である。文子はそれを手にとってしばしの時間沈黙を保った。そして首を捻った。「違いますか。」「サングラスをしていたら分かりません…。」「…やはり…そうですか。」古田は少し落胆した声を出した。「あ…ちょっと待ってください。ひょっとして…」涙を拭った文子は立ち上がって、押入れからアルバムを持ってきた。そしてそれを古田と片倉の前でめくり始めた。「剛志の高校時代の写真です。あの時はみんな仲が良くて、部活以外でもどこに何をしに行くのかわからないけど、よくあの子らは遊んでいました。剛志はカメラが好きでしてね。ほら当時あったでしょ、インスタントカメラって。あれでよくみんなの様子を撮っていたんですよ。ひょっとして…」アルバムには剣道の試合や集合写真の中に混じって、カラオケでふざけている様子、合宿先かどこかでバーベキューに興じる様子などがあった。「あ。」古田がそういうと文子は手を止めた。写真の中に剣道部の皆が仮装のようなものをしてポーズをとっている写真があった。その中に古田が差し出した写真と同じ様な丸型のサングラスをかけている男がいた。「鍋島。」片倉と古田は同時に男の名前を呟いた。「すいません。この写真、しばらく預かってもいいでしょうか。」片倉の申し出に文子は応じた。「文子さん。よく私達に教えて下さいました。本当にありがとうございます。」古田と片倉は文子に向かって深々と頭を下げた。「ひとつ言い忘れたことがありました。」「なんですか。」「あなたが信ずるべきものはもうひとつある。」「はい?」「我々です。」「え?」「我々を信じてください。必ず事件の真相を突き止めて見せます。」文子は古田の顔を見て部屋の仏壇に置かれた忠志の遺影を見た。遺影の忠志はこちらに向かって微笑んでいる。彼女は忠志に向かって頷き彼らに向かって一礼した。「どうかよろしくお願いします。夫の無念と桐本さんの無念を晴らしてください。」「約束します。必ずや真実を白日の下に晒してみせます。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【公式サイト】http://yamitofuna.org【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more15minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線」リメイク版:How many episodes does オーディオドラマ「五の線」リメイク版 have?The podcast currently has 89 episodes available.