リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • あなたは人の子を信じるか(ヨハネによる福音書 9章)
    イエスは彼が外に追い出されたことをお聞きになった。そして彼に出会うと、「あなたは人の子を信じるか」と言われた。
    (ヨハネによる福音書9章35節)
    キリストは、目が見えるようになったこの人を、ご自分の説教を聞くようにと、招くことはされませんでした。むしろ、御自分から、この人だけに近づかれました。そして、この人に質問をされたのです。「あなたは人の子を信じるか」。
    この人は、ファリサイ派の人びとによって苦しめられていました。ファリサイ派の人びとは、キリストを信じようとしませんでした。なぜなら、彼らはキリストに偏見を持っていたからです。このような状態の中で、キリストは言われたのです。「あなたは人の子を信じるか」。
    キリストのこの問いは、あなたにも語られています。福音に聞こうとしない人びとに囲まれているあなたに語られているのです。「あなたは人の子を信じるか」。
    ですから、あなたは、自分の全生活において、イエス・キリストに敵対してはなりません。あなたは、今、信仰の試練の中にいるかも知れません。しかし、そのあなたに対して、キリストは言われます。「あなたは人の子を信じるか」。この問いに「信じます」と答える信仰の確信を与えられることを祈りましょう。
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  • キリストに従うということ(ヨハネによる福音書 15章)
    わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。
    (ヨハネによる福音書15章14節~15節)
    キリストのために何かをするという最も価値のある行動は、キリストに従うということです。キリストは、「もし、あなたがたがわたしの命じることを行うならば、あなたがたは、わたしの友である」とおっしゃいました。しかし、キリストに従うとは、人からの賞賛を得るという動機から行われることではありません。信仰者であっても、虚飾から出ていることは、主によって受け入れられません。むしろキリストは、私たち自身を差し出すことを求められます。
    自分自身を差し出すこと、この真の愛のしるしを示されたのはキリストです。もし、私たちが何かを与えることが、自分自身を差し出す代わりとなる、と考えるならば、私たちは大きな間違いをしていることになります。
    私たちが自分たちの心をキリストに明け渡さないことは、宝の小箱だけを与えることであり、宝石を与えることを惜しむということです。ですから、私たちは、自分が受け入れられる前に、キリストの贖いの血によって清められなければなりません。すなわち、私たちの心そのものが、キリストによって変えられなければならないのです。
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  • キリストによる癒し(マルコによる福音書 9章)
    霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った。その子は死んだようになったので、多くの者が、「死んでしまった」と言った。しかし、イエスが手を取って起こされると、立ち上がった。
    (マルコによる福音書9章26節~27節)
    ここには「汚れた霊」、すなわち悪霊が登場します。悪霊は怒りを持っていました。なぜなら、キリストがおいでになり、自分が追い出されることが分かったからです。汚れた霊は自分の力を病気の子どもに対して用いました。そのとき、子どもは転げまわりました。そして、あたかも死んだようになったのです。
    それはキリストが苦しみを与えられたためではなく、悪霊がキリストに対して反抗したからです。周りの人びとは「死んでしまった」と叫びました。しかし、そのときでさえ、キリストの癒しの手が、差し伸べられるのです。
    もし、あなたが自分の前途には何もないと考えるときでも、キリストはあなたのところに来てくださいます。キリストからあまりに遠く離れ過ぎて、キリストは来てくださらない、ということはありません。ですから、あなたが深い罪を感じ、失望を味わうことがあっても、キリストの力を挫折させることはできません。キリストは、確かに、あなたを救うことがおできになります。悪霊がどのような力を振るっても、キリストはすでに勝利しておられるからです。
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  • あなたがたには希望がある(コロサイの信徒への手紙 1章)
    それは、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づくものであり、あなたがたは既にこの希望を、福音という真理の言葉を通して聞きました。
    (コロサイの信徒への手紙1章5節)
    罪があなたの良心に重くのしかかったとき、サタンがやってきて、あなたの心のドアに、「希望なし」と書き、その恐ろしい言葉が貼り付けられたままであったなら、どうでしょうか。キリストの尊い血によって、その黒く刻まれた言葉が拭い去られる、ということがなければどうでしょうか。
    キリストがあなたと共におられないならば、あなたは、何の希望も持つことができないでしょう。かつては、それが、私たちの状態でした。そのような状態が全く変えられること、また、キリストによる救いの保証が失望にとって代わるということは、驚くべきことです。
    この世の中には、多くの誤った希望があります。それは私たちを欺き、そして、偽りの沼地の中に、私たちを導くのです。そこには希望はありません。
    私たちは罪人です。しかし、私たちには望みがあります。既に私たちは福音を聞き、信仰によって、十字架のキリストを見上げたのです。十字架のキリストを見上げることこそが、天にある栄光に満ちた希望に確信を与えるのです。
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  • 喜びのはじまり(イザヤ書 52章)
    主は聖なる御腕の力を
    国々の民の目にあらわにされた。
    地の果てまで、すべての人が
    わたしたちの神の救いを仰ぐ。
    (イザヤ書52章10節)
    クリスマスの喜びは、その救いがすぐそこにまで来ている事実を全世界に宣べ伝えることで深められ、強められます。この良き知らせを他者に伝えれば伝えるほど、私たちの歓喜は溢れるようになります。
    クリスマスの福音は、本来伝道的なメッセージです。隣人に伝えずにはいられないものではないでしょうか。主の慈しみを私たちは歌います。ラッパを吹き、角笛を響かせて、王なる主の御前に喜びの叫びをあげます。海とそこに満ちるもの、世界とそこに住むものと共に手を打ち鳴らし、山々と共に喜び歌います(詩98編参照)。
    私たちはアドベントの間、キリストの贖いの御業の世界的なビションに目を向けてきました。アドベントは最後にキリストのご降誕で完成しました。この喜びを私たちは大胆にこの世界に伝えていきます。ここに私たちの喜びの泉があります。クリスマスは、喜びの終わりではありません。その頂点でもありません。むしろ、喜びの起点、出発点です。今日から、新しく福音を世界に伝えてゆきましょう。その時に私たちの喜びは、さらに大きくされます。
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  • クリスマスの喜び(サムエル記下 9章)
    ダビデの王座とその王国に権威は増し
    平和は絶えることがない。
    王国は正義と恵みの業によって
    今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。
    万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。
    (サムエル記下9章6節)
    乳飲み子は誕生されました!待ち望んだアドベントの日々はもはや過ぎ去りました。今や私たちの心の中に湧き出ている喜びは尽きることがありません。神の慈しみは確かで、この世に救い主を誕生させられました。ですから、私たちはきょう、クリスマスを喜び、お祝いします。
    「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」(1節)。このイザヤの預言は、実現しました。
    イスラエルはずっと屈辱を味わい続けていました。彼らはあまりに弱く、無力でした。しかし、イザヤはその彼らに希望の言葉を告げました。彼らにギデオンがミディアン人を打ち負かした奇跡的な勝利を思い出させます。
    しかし、そこで、新しい軍事的な戦略を語ったのではありません。驚くべきことに、ひとりのみどりごの誕生を預言します。権威が彼の肩にある。「その名は、『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる」(5節)。主に新しい歌を歌おう!神の国はやってきました!もう待つ時間は終わりました!
    王なるイエス、万歳!
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  • アドベントの安らぎ(サムエル記下 7章)
    わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。
    (サムエル記下7章11節)
    いよいよ明日、私たちはクリスマスを迎えます。わたしたちは、神の国のしるしを見つめながら、アドベントの時を歩んできました。そして、最後にマリアの胎から生まれてくる、あのメシア、あの乳飲み子にこそ私たちはそのまなざしを向けることに招かれています。
    きょうの聖書箇所では、神とダビデとの契約の保証人は主ご自身であることが強調されています。ダビデの子孫から、とこしえにイスラエルを支配する者が生まれてきます(12、13節)。その方こそが、救い主です。この方こそが、イスラエルにまことの平和と繁栄とをもたらします。
    この箇所のクライマックスは11節にあります。「主があなたのために家を興す」。ダビデが、主のために家を建てるのではありません。そうではなくて、主ご自身がダビデのために家を建てるのです。この約束の最終的な成就が、ダビデの家から生まれたキリスト、王です。クリスマスに誕生された、乳飲み子を見つめましょう。この方が、とこしえまでの王の王です。この方があなたに「安らぎ」を与えてくださいます。
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  • アドベントのしるし(イザヤ書 61章)
    主はわたしに油を注ぎ
    主なる神の霊がわたしをとらえた。
    わたしを遣わして
    貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。
    (イザヤ書61章1節)
    間もなくアドベントが終わります。この日、預言者イザヤはこのように語りかけます。「救い主の姿はこのようにあって、彼の御業はこのようですよ」と。このとき、私たちに求められていること、それは、「信仰」です。
    しかし、神の国は「未だ」到来してはいません。この世の中には御国に反するようなしるしばかりです。私たちがアドベントの信仰を持つことは決して簡単ではありません。しかし、私たちはなおも信じて待ち望みます。
    メシアが来られる時に、貧しい人に良い知らせが伝えられます。打ち砕かれた心が包まれます。捕らわれ人には自由が、つながれている人には解放が告知されます。嘆いている人びとが慰められ、彼らに灰に代えて冠がかぶせられます。嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために、メシアは来られます。これがアドベントのしるしです。目を見張るようなことではなく、ささやかで、みすぼらしく、小さな見落としてしまいそうなしるしです。主は「わたしにつまずかない人は幸いである」(マタイ11章6節)と言われています。
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  • アドベントの希望(イザヤ書 40章)
    見よ、あなたたちの神
    見よ、主なる神。
    彼は力を帯びて来られ
    御腕をもって統治される。
    (イザヤ書40章9節~10節)
    きょうから5日間にわたって、クリスマスの喜びに心を集めていくことにしましょう。アドベントは出産を控えた妊婦さんに似ています。赤ちゃんが生まれてくるまでお母さんの気持ちはゆっくりと変化していきます。不安から希望へ、さらに心静かに待つことへ。そして、喜びと歓喜に。私たちもアドベントを過ごすうちにゆっくりと変えられていきます。
    今の時を生きる私たちは、救いのために希望を持つことができるでしょうか。いいえ、むしろはじめてのお産を間近に控えているお母さんのように心は不安でいっぱいです。
    しかし、このような私たちに預言者イザヤは力強い慰めを語りかけます。「慰めよ、慰めよ、わたしの民を慰めよ」と。苦役の時は今や過ぎ去り、救いの時が到来しようとしている。不安に満ちた、この世に救い主が来てくださいます。「見よ、主なる神を」。彼は力を帯びて来られ、羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め、小羊をふところに抱かれます。
    主よ、どうか御霊と御言葉によって私たちの不安を鎮めて、希望をもって待ち望む者に変えてください!
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  • 祈りを頼み合う(エフェソの信徒への手紙 6章)
    また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。
    (エフェソの信徒への手紙6章19節)
    「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい」(10節)。こう励ましたあと、パウロは悪魔の策略に対抗するために神のさまざまな霊的武具を身につけること、またすべての聖なる者たちのために「絶えず目を覚まして根気よく祈り続け」ることも命じます。信仰の勇者パウロの姿を彷彿とさせます。
    しかしこれで終りではなく、彼はすぐ「わたしのためにも祈ってください」と頼みます。「わたしの」は、原文では「このわたしの」というぐらい強い言葉になっています。信仰の勇者パウロは、自分の弱さもよく知る謙虚な信仰者でした。ですから、ほかの書簡でも祈りを頼んでいます(ロマ15章30節、1テサ5章25節、2テサ3章1節)。
    誰かに祈られなくてもやっていける信仰者など一人もいません。祈りを互いに頼み合い、特に福音を大胆に証しできるために(20節)、是非そうしていきたいと思います。
    主よ、悪魔の策略に対抗し、福音を生き、福音を大胆に証しできるために、私たちを互いにもっと祈りを頼み合える者にしてください。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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