リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
Download on the App Store

リジョイス聖書日課 episodes

  • 目を覚ましていなさい(マタイによる福音書 24章36-44節)
    目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。…用意していなさい。人の子は思いがけないときに来るからである。
    (マタイによる福音書24章36~44節)
    きょうから待降節です。暗闇のようなこの世に、暗くなっている私たちの心に、光の主をお迎えしましょう。
    「目を覚ましていなさい」と命じられています。いつの間にか世に倣い、肉に従う生活に逆戻りしてしまう私たちに、今、こう呼びかけられています。「自分の主が帰って来られる」日が近づいているからです。
    「あなたがたが眠りから覚めるべき時が既に来ています。…だから、闇の行いを脱ぎ捨てて光の武具を身に着けましょう」(ロマ13章11~14節)。共通聖書日課では、このように、福音書と併せて読むべき聖句がいくつか挙げられています。それらと共に読むと、メッセージをより深く受け取ることができます。
    「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される」(イザ2章1~5節)。きょうの主の日の礼拝で、この道を示していただきましょう。
    詩編85編の祈りで礼拝に備えましょう。「主よ、慈しみをわたしたちに示し、わたしたちをお救いください。…主は平和を宣言されます。御自分の民に。…彼らが愚かなふるまいに戻らないように」。
    0 min
  • 分け隔てを嫌う神(箴言 18章)
    物乞いをする者は哀願し
    金持ちは横柄に答える。
    友の振りをする友もあり
    兄弟よりも愛し、親密になる人もある。
    (箴言18章23節~24節)
    私たちは他の人に対して分け隔てをしてしまいます。にもかかわらず、もし父なる神が人に対して分け隔てをなさったのなら、必ず文句を言うことでしょう。神はすべての人に、平等に天から雨を降らせ、日を照らして作物を与えてくださいます。何よりも、神の御子イエス・キリストを信じる私たちに惜しみなく、公平にキリストの愛と救いをプレゼントしてくださったのです。
    キリストの贖いにより無条件に罪を赦されました。わたしたちは、神の子どもです。主にある民なのですから、差別があってはなりません。困っている兄弟に対して口で慰めや励ましを言うだけで何一つ手を貸さない者に対して、主は厳しく臨まれます。
    「兄弟よりも愛し、親密になる人もある」。このような愛の関係が友人の間にだけでなく、兄弟姉妹の間にあるなら、麗しい集会となるでしょう。そのような教会は幸いです。主は、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(マタイ18章20節)と言われます。必ず豊かな満ち溢れる祝福を受けるでしょう。
    0 min
  • 愛は人を生かし、欲は罪をあふれさせる(箴言 17章)
    乾いたパンの一片しかなくとも平安があれば
    いけにえの肉で家を満たして争うよりよい。
    (箴言17章1節)
    欲望にはいろいろなものがあります。特に金銭欲という罪は簡単に争いを生み出します。いっそ金や物がないほうが、争いが起きなくてすむようです。財産がなければ、兄弟で争いをしなくて済みます。
    箴言の知恵者は、「乾いたパンの一片しかなくとも平安があれば、いけにえの肉で家を満たして争うよりよい」と言っています。まさにその通りでしょう。また「悪をもって善に報いるなら、家から災難は絶えない」という警告もされています(13節)。
    また危難にあったときの対処の方法は、「愛を求める人は罪を覆う」とあります(9節)。生まれながらの私たちにとって、愛を貫くことは難しいことかもしれません。だからこそ、主に助けを祈り求めます。主にあって悔い改めつつ、御跡に従って行きましょう。「どのようなときにも、友を愛すれば、苦難のときの兄弟が生まれる」(17節)。このような心から信じ合える友が欲しいですね。それには、自分の方からアプローチしなければなりません。主イエスが人に仕えてくださったように、私たちも待っているのではなく実行しましょう。
    0 min
  • 御霊に導かれた言葉(箴言 16章)
    知恵ある心は口の言葉を成功させ
    その唇に説得力を加える。
    親切な言葉は蜜の滴り。
    魂に甘く、骨を癒す。
    (箴言16章23節~24節)
    箴言16章は、人間が計画しても主なる神が答えるべきことを与えてくださる、だから主に委ねなさい、そうすれば計画は実行される、という方向で出発しています。特に舌、口、知恵、唇など、言葉に関する戒めが散りばめられています。
    言葉については、ヤコブ書でも多くのスペースが割かれています。そこで言われているように、舌を操り制御することは難しいことが分かっています。実際、他人から思いもかけないきつい言葉や悪口を投げかけられたとき、立ち上がれないような思いになることがあるのではないでしょうか。だからといって、知恵ある言葉を用いたいと思っても、うまく言えない場面が多いのが現実です。
    そのようなとき、聖霊なる神に祈ることを主イエスご自身が教えてくれています。聖霊にはさまざまなお働きがありますが、神の御言葉が真理であることを悟らせてくださいます。またどのように祈ったらよいか分からない時に、共に呻いてくださるお方です。知恵ある言葉また魂に語り掛ける言葉は、御霊が働いてくださって、相手をも癒すことでしょう。
    0 min
  • キリストの栄光に包まれて生きる(箴言 15章)
    神に従う人の家には多くの蓄えがある。
    神に逆らう者は収穫のときにも煩いがある。
    …
    心に喜びを抱けば顔は明るくなり
    心に痛みがあれば霊は沈みこむ。
    (箴言15章6節、13節)
    深く悲しく辛い思いが心を占めるとき、私たちの顔色は暗く、生気が感じられません。
    本来、キリスト者はキリストと共に死んだのですから、怖いものは何もないはずです。ところが、この世に財産や地位、名誉などに未練がある場合には、主に委ね切っていません。片足をまだこの世に置いて生きているからです。
    「財宝を多く持って恐怖のうちにあるよりは、乏しくても主を畏れる方がよい」とまさに箴言が指摘するとおりです(16節)。
    画家のミレーは農民を力強く描いています。『晩鐘』という絵は、1日の労働を終えた夫婦がその日の収穫を前に置いて祈っています。その収穫は、わずかなじゃがいもだけです。それでも心から感謝している姿と私たちには見えます。物質に左右されずに主に感謝する基本的な姿勢を鑑賞者は読み取ることができるからです。
    私たちキリスト者の生き方は、無一物のようであっても多くを持っているのです。命にあずかる喜びに生きているからです。きょうも1日、主と共に歩みつつ明るく生きられますように。
    0 min
  • 死から命への転換(箴言 14章)
    人間の前途がまっすぐなようでも
    果ては死への道となることがある。
    笑っていても心の痛むことがあり
    喜びが悲しみに終ることもある。
    (箴言14章12節~13節)
    きょうの個所で「人間の前途がまっすぐなようでも、果ては死への道となることがある」と言われています。
    罪の奴隷であったとき、それはキリストの僕ではありませんでした。自分のやること考えることは間違いないと考えて勝手気ままに生きていたからです。そのような曲がった人生から、主の御旨に生きる人生に変えられた喜びは計り知れません。
    使徒パウロは、イエス・キリストにお会いするまでは、自分の正義感で生きていました。それはキリストを否定し、教会を迫害するものでしたから、信仰を持ってからは恥ずかしいと思うものでした。まさに行き着くところは、「果ては死の道となることがある」と身をもって体験していたことでしょう。
    けれども、キリストにあって人生は180度変えられます。パウロは告白しています。「あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです」(ロマ6章22、23節)。これこそ、まことの喜びの人生です。
    0 min
  • 賢く生きる信仰者(箴言 13章)
    富んでいると見せて、無一物の者がいる。
    貧乏と見せて、大きな財産を持つ者がある。
    財産が自分の身代金になる者もある。
    貧しい人は叱責を聞くことはない。
    (箴言13章7節~8節)
    いつの時代でも、信仰を持っている者たちは、世の不平等や、悪事で私腹を肥やしているような者たちに対する嘆きを持ってしまうのではないでしょうか。
    遺産の分配に関して主イエスに調停を願い出た人物に対して主は愚かな金持ちの譬えを話されました。「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意したものは、いったいだれのものになるのか」(ルカ12章20節)。
    今日の箇所では、財産を持つことが否定されてはいません。「財産が自分の身代金になる者もある」と言われているからです。神の前に豊かになるかどうかが問われます。自分で払える範囲の金額ならばまだなんとかなりますが、神の前に私たちの命をあがなう身代金は持ち合わせていません。しかし、主なる神は、ご自身を心から恐れる者に対して惜しみなくお与えくださいます。すべてを失ったようなところにおいて、悪どく儲けている人がいても、主を信じ砕けた心で従う者に主は御子イエスをあがないとしてお与えくださるからです。ここに信仰者の慰めと希望があります。
    0 min
  • 自分を救わないイエス(ルカによる福音書 23章26-43節)
    十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」
    (ルカによる福音書23章39節)
    主イエスは、死んだ者を生き返らせ、病人を癒し、悪霊を追い出し、嵐を静めるお方です。そのような力のあるお方が、今、十字架の苦しみを受けながら、多くの人びとから侮辱され、嘲られています。キリスト者にとって、悲しみよりも悔しくてしょうがなく感じられるところです。
    しかし、主イエス・キリストは自分を救うことをしませんでした。何度も繰り返して出てくる「自分を救ってみろ」という言葉は、40日間断食された主イエスを誘惑した悪魔の言葉に似ています。キリストが自分を救うとは、悪魔の思い通りになることです。そうすると、罪深い人間を救うことができなくなるからです。キリストは、そのような悪魔の意図をよく知っておられました。
    キリストは苦しみを耐え忍び、十字架の上で死んでくださいました。その苦しみは、本当はキリストの受けるべき苦しみではありません。罪深い私たちが受けるべき苦しみです。私たちの救いのために、決して御自分を救わない主イエスの深い愛を心に留めましょう。十字架のキリストを仰いで礼拝することは、何と大きな幸いでしょうか。
    0 min
  • 御言葉は永遠に不滅です(マタイによる福音書 24章)
    「はっきり言っておく。これらのことがみな起こるまでは、この時代は決して滅びない。天地は滅びるが、わたしの言葉は決して滅びない。」
    (マタイによる福音書24章34節~35節)
    ここで、主イエスはいちじくの木のたとえから再臨のしるしの意味を悟るよう教えておられます。つまり、いちじくの木の枝がやわらかくなり、葉が伸びると夏が近づいていることがわかります。それと同じように、24章29節で言われている天変地異は主の再臨が近づいていることのしるしであると教えられます。天変地異などと聞くと、私たちはどうなってしまうのだろうと恐れ、戸惑ってしまいます。しかし、天変地異は主の再臨のしるしなのです。そして、再臨は主を信じる私たちにとっては、恐ろしい時ではなく、祝福の時、解放の時です。
    そうは言うけれども、主イエスの再臨はいまだにないではないか。本当に再臨されるのかと、再臨を疑問視する思いが私たちにはあるかもしれません。
    しかし、主の再臨は決して取り消されません。主イエスは約束されています。人の言葉は変えられ、また忘れられてしまいます。しかし、御言葉は、決して滅びることはありません。御言葉に生きる私たちも滅びません。ですから、私たちは主の再臨を祈りつつ待ち望みましょう。
    0 min
  • 父なる神の慈愛(マタイによる福音書 23章)
    「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。
    (マタイによる福音書23章37節)
    主イエスはエルサレムに入城されました。そして律法主義で凝り固まっているユダヤ教指導者などエルサレムの状況を見て、嘆かれました。
    ここでエルサレムと言っておられるのは歴史を通じたエルサレムに住む人々も含みます。彼らは神から自分たちに遣わされた預言者たちを石で打ち殺してきました。神はこれまで何度も民のために預言者を遣わされました。それは、不信仰と背信を繰り返す彼らを悔い改めへと導くためでした。しかし、彼らは悔い改めようとしませんでした。
    そこで、神は御子を遣わされました。御子である主イエスは、悪霊を追い出し、病気を癒し、教えを説き、神の愛を示されました。しかし、多くの民は悔い改めようとしませんでした。主イエスがこの嘆きの言葉を語られたすぐ後、彼らは神の御子である主イエスご自身までも十字架につけて殺してしまったのです。それは私たちの罪の故でもあります。
    そんな罪人さえも、今も神は、親鳥が雛を羽の下に集めるように、御許へと集めてくださいます。その神の愛に応えたいと思います。
    0 min

About リジョイス聖書日課

From the publisher's feed

リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

More shows like リジョイス聖書日課

3分でわかる!聖書 by 中川健一

3分でわかる!聖書

6 Listeners

聖書人になりたい by kannokazuhiko

聖書人になりたい

1 Listeners

聖書プロジェクト BibleProject by BibleProject

聖書プロジェクト BibleProject

0 Listeners