リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 民に応答する主(詩編 75編)
    「わたしは逆らう者の角をことごとく折り
    従う者の角を高く上げる。」
    (詩編75編11節)
    この詩には、二種類の「わたし」が出てきます。神に感謝をささげ、その御業を物語り、神にほめ歌をささげる「わたし」「わたしたち」と、時を選び、裁きを行い、地の柱を固め、驕る者逆らう者を戒める「わたし」です。感謝をささげる「わたし」は礼拝する神の民であり、裁きを告げる「わたし」は、民に語りかける神です。礼拝は、神と私たちの対話なのだと言うことができます。礼拝において、私たちは神の御声に耳を傾けて、神に応答します。
    主なる神は、礼拝において、「お前たちの角を高くそびやかすな」とおっしゃいます(6節)。私たちはしばしば神を見失い、自己中心になり、高ぶることに陥ります。主なる神は、その私たちを戒め諭して、神の御前にへりくだることへと導かれます。自らの罪を悟り、神の御前に低くされることこそ、礼拝の最大の恵みです。
    私たちは明日の主日、それぞれの礼拝に出席して、主なる神を賛美します。そのとき、神は私たちに語りかけて、私たちを神の御前の謙そんへと導き、「わたしは…従う者の角を高く上げる」と宣言してくださいます。
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  • 永遠の主を信頼する(詩編 74編)
    しかし神よ、いにしえよりのわたしの王よ
    この地に救いの御業を果たされる方よ。
    あなたは、御力をもって海を分け
    大水の上で竜の頭を砕かれました。
    (詩編74編12節~13節)
    この詩に見ることができる神の民の状況は、神の民の歴史の中でも最悪と言えるものです。神殿は廃墟となり、火をかけられ、偶像によって汚されました。預言者はおらず、この苦難がいつまで続くのか、知ることさえできません。神を信じ、礼拝してきたはずなのに、神に突き放されてしまった。信仰者としてはもっとも絶望的な状況です。私たちは、時にそのような絶望を経験しなければならないことがあります。
    しかし、この詩人は、その絶望の中でなお、神の名を呼びます。なぜなら、神はかつてエジプトから民を導き出したお方であり、世界を造り、支配し、その秩序を保っておられるお方だからです。
    創造や出エジプトは、今の私たちはもちろん、詩編の時代の人々も直接経験したことがない出来事です。けれども、かつての神の民の恵みの歴史の中にこそ、今日の神の民への恵みの確かな約束を見ることができます。なぜなら、神は昔も今も神の民に対して変わらないお方だからです。神が立ち上がり、私たちのために争ってくださる(22節参照)。私たちは神に期待して、待ち望みます。
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  • 永遠の岩を避けどころとする(詩編 73編)
    わたしの肉もわたしの心も朽ちるであろうが
    神はとこしえにわたしの心の岩
    わたしに与えられた分。
    (詩編73編26節)
    詩人は、神に逆らう者が贅沢に生活する姿を見、彼らが「神が何を知っていようか」とうそぶく言葉を聞き、心騒がせます(11節)。
    信仰に生きる人の迷いは今日でも変わらないでしょう。自分の力で人生を切り開いている人の姿がすばらしいものと映るのです。逆に「神を信じている」と言うと、何か特別に悩みがあったり、心が弱かったりするのではないかと心配されることがあります。自分を強く持って、宗教などに頼らなくてすむように頑張るべきだと考える人は、少なくありません。
    しかし、信仰は自立できない人の逃避ではありません。神など不要であるという人びとは、人がどれほど無力なはかないものであるかを見ようとしていないだけなのです。人間の力には限界があります。むしろ、無に等しいと言ってよいでしょう。自分の力に頼る人の行く末は荒廃に過ぎません。
    私たちが、自分のすべてをとこしえに委ねることができるのは、唯一にして生けるまことの神だけなのです。そして現に、そのお方が、信じる私たちに与えられています。
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  • 究極の王とその平和(詩編 72編)
    主なる神をたたえよ
    イスラエルの神
    ただひとり驚くべき御業を行う方を。
    栄光に輝く御名をとこしえにたたえよ
    栄光は全地を満たす。
    アーメン、アーメン。
    (詩編72編18節~19節)
    この詩編の表題には「ソロモンの詩」、詩の最後には「エッサイの子ダビデの祈りの終り」と記されています。どちらも、詩編の本文そのものとは区別される文章ですが、この詩編が聖書の民の中でどのように受け入れられてきたかを示す文章です。
    神が王を立ててくださり、その王によって恵みを与えてくださるとしたら、民はどれほどの祝福を得ることができるでしょうか。ダビデやソロモンが王となったときに、またその後も王の即位するたびに、人びとは王を通して与えられる神の恵みへの期待に満ち、新しく立てられた王のために祈ったことでしょう。
    神は、私たち人間の社会と生活を支えるために為政者をお立てになります。為政者が神の知恵によって民を治めるとき、私たちには祝福が与えられます。したがって私たちは為政者のために祝福を祈るのです。
    しかし、この詩編の最後は王に対する賛歌では終わりません。私たちが本当に信頼するのは、人である王ではありません。人間の王の背後におられ、その王を立てる永遠の支配者、究極の王である神をたたえるのです。
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  • 生涯、主を喜ぶ(詩編 71編)
    わたしの唇は喜びの声をあげ
    あなたが贖ってくださったこの魂は
    あなたにほめ歌をうたいます。
    わたしの舌は絶えることなく
    恵みの御業を歌います。
    (詩編71編23節~24節)
    詩人の生涯は決して平坦なものではありませんでした。この詩を歌ったときも、彼は神に身を寄せて、助けていただかなくてはならないと感じていました。しかし、彼には強い確信がありました。自分は若いときから主に依り頼む者であり、「母の胎にあるとき」(6節)、つまり生まれる前から、神に依りすがってきたということです。その神が自分の希望なのです。
    詩人は、「わたしが老いて白髪になっても神よ、どうか捨て去らないでください」と祈ります(18節)。これは、神に見捨てられてしまうのではないかという不安の訴えではありません。彼は「多くの災いと苦しみ」の中から「命を得させて」いただいた経験があり、「地の深い淵」すなわち死の中からも引き上げていただけることを確信しています。
    生まれる前から、白髪を経て死に至っても主に依り頼む。その信頼に生きるとき、私たちは、神をほめたたえる喜びの力に満たされます。
    この詩人を始めとする多くの信仰の先輩たちがそのような喜びの力の中歩んだことを思い起こしましょう。
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  • 主よ、遅れないでください(詩編 70編)
    神よ、わたしは貧しく、身を屈めています。
    速やかにわたしを訪れてください。
    あなたはわたしの助け、わたしの逃れ場。
    主よ、遅れないでください。
    (詩編70編6節)
    この詩の詩人は、苦難の中にいます。助け出してほしいと言って神に訴えています。「命をねらう者」、「災いに遭わせようと望む者」、「はやし立てる者」が彼に害を加えようとしているようです。彼の苦難の具体的な様子はわかりません。害を加えようとする者たちも具体的な人間のことであるとは限りません。だからこそ、私たちは、自分の苦難にこの詩を当てはめることができます。実際いくつかの詩編でこの詩の言葉が引用されているのを見ることができます。
    詩人は敵に取り囲まれる中で無力で孤独です。誰も彼を助けてくれません。救ってくださるはずの神さえ、いつまで経っても助けてくださいません。彼は「貧しく、身を屈めています」と自分の無力さと惨めさを訴えます。
    しかし、その訴えは逆に、彼が神こそ頼るべきお方であると確信していることを示します。そして実際、神は必ず私たちの訴えを聞いていてくださり、どのような苦難からも必ず私たちを助けてくださいます。私たちは安心して神に「遅れずに助けてください」と訴えることができるのです。
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  • 神を父とする(ルカによる福音書 11章1-13節)
    「そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる
    (ルカによる福音書11章9節~10節)
    祈りについて主イエスが教えてくださっています。その上で、主イエスは、神を「天の父」と呼びました(13節)。すなわち、この天の父が、子である私たちを養ってくださるから、もっと祈りなさいと主イエスは教えているのです。
    しかし、子どもは親に何でも願いますが、何でも子どもの言いなりになるのでは親とは言えません。子どもの必要を考え、与えるにしてもその時や方法に考えを巡らせるのが我が子を愛する親です。そして、そのように親に求めていく中で、子も親を愛して信頼し、たとえば自分の欲望を満足させるために親に要求するようなことはなくなるでしょう。
    大事なことは、神との信頼関係です。そもそも神に信頼するからこその祈りです。もしこの御言葉を聞いて、どんな願いでもすべてかなえられるのか、と考えるなら、まだ神は父ではありません。人びとに神との確かな信頼関係を築いてほしくて、まずはとにかくもっと祈りなさいと主イエスは言っているのです。そして、その祈りを神が聞いていないはずはないのです。
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  • 私たちは嗣業の民(ヨシュア記 18章)
    ヨシュアはイスラエルの人々に言った。
    「あなたたちは、いつまでためらっているのだ。あなたたちの先祖の神、主が既に与えられた土地を取りに行くだけなのだ。各部族から3人ずつ出しなさい。わたしは彼らを派遣し、この地方を巡回させ、嗣業の土地の記録を作り、戻って来てもらおう。」
    (ヨシュア記18章3節~4節)
    ヨルダン川の東のルベンとガド、ユダとヨセフを除いた7部族が、まだ分割地を得ていませんでした。カナン征服の戦いに疲れ、ためらう民に、ヨシュアは主の勝利によってこの地はすでにあなたがたに与えられていると語っています。目に見える現実と、神の約束の御言葉の間で私たちもしばしば尻込みし立ち止まってしまうのではないでしょうか。その中で忘れてはならないのは、私たちに先立って主が戦っておられるということです。
    主が、イスラエルをご自分の民とし嗣業の土地を与えられたように、私たちもまた嗣業の民とされています。聖霊によって主イエス・キリストの救いにあずかり、神の家族の一員として迎えられ、キリストと共同の相続人とされたからです。
    私たちに約束された国は、イスラエルの民の分割地と同じようにまだ現実とはなっていません。しかし、すでに神の赦しと恵みのもとに置かれています。私たちは欠け多く弱い者ですが、主なる神はそのような私たちをあえて選んで信仰に富ませ、嗣業を受け継ぐ民としてくださっているのです。
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  • 変わることのないお方(ヨシュア記 17章)
    「山地は森林だが、開拓してことごとく自分のものにするがよい。カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができよう。」
    (ヨシュア記17章18節)
    ヨセフの子孫は与えられた分では満足せず、さらに多くの地を分配して欲しいと要求してきました。同族のヨシュアに、特別な恩恵を期待していたのかもしれません。そこで、ヨシュアは自分たちで開拓して領土を広げるようにと提案しました。
    しかし、彼らは難色を示します。割り当てられた山地には、ペリジ人やレファイム人などの強力な民が住み、谷間やイズレエル平野には鉄の戦車を持つカナン人がいると、言い訳をしたのです。
    ヨシュアは、人数の多いヨセフ族だからこそ、強力な敵を退け新しい地を得ることができるという確信をもって励ましました。もちろん、ヨセフ族の力を過信してそう言ったのではありません。今まで祝福してくださったお方が、これからも変わることのない真実をもって祝福してくださることを信じきっていたからです。
    その変わることのない真実をもって、そのお方は今も生きておられます。私たちにとって、イエス・キリストがきのうもきょうも永遠に変わることのないお方であることは何という慰めでしょう。
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  • 嗣業の土地(ヨシュア記 16章)
    ヨセフの子ら、マナセとエフライムは嗣業の土地を受け継いだ。
    (ヨシュア記16章4節)
    13章以下には、カナンの地がイスラエル12部族それぞれに分配される範囲と境界線が語られています。しばらく続く土地分配表は、今の私たちにとっては退屈なものかもしれません。しかし、自分が受け継ぐ土地があれば真剣に聞くでしょう。ましてイスラエルにとっては重要な意味がありました。イスラエルにとって土地は単なる資産ではなく、神が恵みによって与えてくださった嗣業(賜物)の土地だからです。それは、彼らがもともと所有していたものでも、自分の力で手に入れたものでもありません。神がイスラエルの民のものとして与えてくださったものなのです。神の恵みの賜物として与えられた土地は、大切に守り、親から子へと受け継がれていくべきものでした。
    ヤコブの遺言(創48章)どおり、ヨセフの二人の子、エフライムとマナセはヤコブの息子とみなされ、他の息子たちと同等の分を受けることになりました。その嗣業の地は、ユダヤの最も良い土地でした。神は、ヤコブが12人の子どもたちのために祝福して祈った言葉を、数百年後に成就してくださったのです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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