リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • 主の再臨まで忍耐する(ヤコブの手紙 5章)
    主が来られるときまで忍耐しなさい。…心を固く保ちなさい。主が来られる時が迫っているからです。
    (ヤコブの手紙5章7節~8節)
    犯罪や自然災害により、社会的な不安が増大すると、しばしば世も終わりだと言われます。終末思想自体は他の宗教や思想でも説かれます。しかし、聖書が教える終末は、永遠の計画に従った神ご自身の働きによってもたらされます。その計画は、創造に始まり、摂理の中で成り行き、そして最後に完成します。この間に、人間の堕落と神の救いがあります。
    旧約聖書は救い主の到来と神の民の完成を預言しましたが、新約聖書はキリストの到来を証言し、キリストの再度の到来を約束しています。キリストは既に一度来られ、十字架と復活による真の救いを成し遂げて、父なる神のもとに昇天されました。今、別の助け主である聖霊によって地上の教会を守り、導いておられます。
    キリストは、神が定められた時に再び来られ、世界を審判されます。その審判は、私たち信仰者の神の前における正しさ(義)の最終宣言です。これは私たちの確かな希望です。ですから、私たちはどんな困難や試練に遭っても忍耐しましょう。主の再臨が確実に近づいているからです。
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  • 神に服従、悪魔に反抗(ヤコブの手紙 4章)
    神に服従し、悪魔に反抗しなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げて行きます。神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。
    (ヤコブの手紙4章7節~8節)
    信仰生活は、この世にある限り、罪との戦いが避けられません。罪はサタンの悪意によって、人間に入り込みました。サタンの目的は、神の民を罪(神への不信仰・不従順)へと誘惑し、神の計画を失敗させることです。しかし、そのようなことは不可能であることを、サタン自身が知っています。それでも、それをやめない・やめられないというこの自己矛盾、それがサタンの本質であり、最終的に成り立ちません。神に滅ぼされるだけです。サタンはこのことを恐れているのです。
    私たちが神に近づき、服従するほど、サタンは神への恐れのために私たちから遠ざかります。この典型がイエス・キリストの地上の歩みです。サタンは、主が神を信じ神に従う方であることを知っていますから、敢えて神の言葉を引用・濫用して、自分の勧めに従うことが神への信仰と従順であるかのように誘惑します。しかし、主は神の言葉を正しく引用し、それに依拠して、サタンに対抗されました。それで、サタンは主から離れました。
    主の歩みは私たちの歩みの基礎・規準・目標です。
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  • 舌を制御する(ヤコブの手紙 3章)
    言葉で過ちを犯さないなら、それは自分の全身を制御できる完全な人です。…舌は小さな器官ですが、大言壮語するのです。
    (ヤコブの手紙3章2節、5節)
    舌は口の一部で、言葉を語るための不可欠の器官です。言葉は意思表示の手段で、言葉を語ることは意思表示そのものであり、語る人自身を提示していると言えます。そして、声の大小、高低、速い遅いなどは、語られる事柄の重要性にも関係しますが、多分にその人自身の人となりや性格に強く支配されます。
    罪は心に生じ、体の諸部分の働きを通して、具体的行為となって現れますが、舌の働きとその結果はこのことの代表、また象徴です。舌は体の中で極めて小さな器官に過ぎませんが、その働きはその人の全体、その人自身を左右するほどのものです。それゆえ、舌と言葉を制御することは、自分自身を制御することの現れであり、またその重要な方法です。
    舌はしばしば嘘をつきますが、嘘は単に事実でないことを語るにとどまらず、大言壮語して、おごり高ぶったり、人をだましたり、傷つけたりすることに発展します。舌を制御することは、言葉や行動で罪を犯さないことの条件です。それは、神の言葉によって自分を制御することによってのみ可能です。
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  • 行いを伴う信仰(ヤコブの手紙 2章)
    行いが伴わないなら、信仰はそれだけでは死んだものです。
    (ヤコブの手紙2章17節)
    罪人が救われるのは、イエス・キリストへの信仰によってのみであり、決して善き行いによってではないということ。これは救いについての聖書の中心的な教えです。キリストは神の裁きを受けて十字架上に死に、3日目に復活されました。それは、私たちがこのキリストのみを自分の救い主と信じて、救われるためです。
    キリストを信じるとは単に、頭の中で聖書の教えを本当だと思う、口でそう語るということにとどまるものではありません。信じるとは(正しい理解を含め)信頼する、依存する、従うことです。分かりやすく言えば、キリストが生きられたように生きることです。
    主は神の愛の御心である律法を真剣かつ十分に実践されましたが、これは神に対する主の信仰の証です。私たちもキリストにあって、聖霊に導かれて、聖書に啓示されている神の御心を可能な限り実践することが重要です。それが、キリストを信じるということなのです。ヤコブは決して信仰プラス行いと言っているのではありません。行いは信仰の必然的な実りなのです。
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  • 試練を耐え忍ぶ(ヤコブの手紙 1章)
    試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。
    (ヤコブの手紙1章12節)
    信仰生活を続けていると、必ずと言っていいほど、信仰に伴う困難・苦悩を経験します。特にクリスチャンでない人たちに囲まれて生活し、また仕事をしているときは、なおさらです。
    しかし、すべてのことは愛の神がなさることです。愛の神がそのようなことをするのか?といぶかるかもしれませんが、愛とは単に好きということではありません。神は、私たちが神の民、また子どもとして、信仰的に、霊的により成長し、ますますイエス・キリストに似るように変えてくださいます。そのために、私たちを訓練し、鍛えておられるのです。神の民の、また家族の一員として適格になれるように、常に助け、導いてくださいます。試練は、逆説的ですが、私たちに対する神の愛の証です。
    この典型が、イエス・キリストご自身です。主はあらゆる試練に耐え、神への信頼と従順を貫かれました。それに対する神の報いが永遠の命への復活です。私たちも主に依り頼んで、御国の永遠の祝福に向かって、いかなる試練をも耐え忍んで、進んで行きましょう。
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  • 嗣業を受けた娘たち(民数記 36章)
    「嗣業の土地が一つの部族から他の部族に移ることはないであろう。イスラエルの人々の諸部族はそれぞれ、自分の嗣業の土地を固く守ることができよう。」
    (民数記36章9節)
    ヨセフの子マナセの一族であるツェロフハドの娘たちが、約束の地の分配にあたって父や男の子がいないことが理由で分配を受けられないことがないように、モーセに訴え出ました。そのとき、神はこの訴えを正しいと言われて、その娘たちに父の受ける分配をきちんと割り当てました。27章に記されています。
    36章では、その娘たちが結婚したとき、彼女たちの受けた嗣業の土地が結婚した相手の部族の土地に移ってしまうのではないかという心配を、マナセの一族が訴えています。神はこの訴えも正しいと言われて、同族での結婚を指示されます。この娘たちが嗣業の分配を受けたり、それが結婚によって損なわれたりということがないように、神は計らわれました。
    この出来事は、神の民はどんなに小さな者であっても神の約束から漏れることがないことを教えています。また、その受け継ぐべきものが失われることもありません。それは、神ご自身が私たち1人ひとりに、「自分の嗣業の土地」という受け継ぐべきものを割り当ててくださるからなのです。私たちの嗣業も失われることがないと約束されています。
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  • わたしの時はまだ来ていない(ヨハネによる福音書 2章1-11節)
    イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」
    (ヨハネによる福音書2章4節)
    主イエスはカナの結婚式において、最初のしるしを行われました。この時代の婚礼の祝宴は、1週間にわたって続けられます。その華やかな食事の最中にぶどう酒がなくなりました。華やかな喜びのときにぶどう酒がなくなることは、大きな失態だと言わざるを得ません。その中で、主イエスは水がめの水をぶどう酒に変えられました。
    こうして、喜びが失われそうになったときに、主イエスは喜びをもたらされました。しかも、変えられたぶどう酒は良いぶどう酒でした。主が与えられるものは、非常に良く、すばらしいものなのです。
    主イエスは母マリアに「わたしの時はまだ来ていません」とおっしゃいました。「わたしの時」とは、主イエスの十字架の死を意味するでしょう。確かに十字架はまだ来ていません。けれども、この婚礼のしるしによって、十字架と復活を指し示されました。主イエスが来られたのは、その喜びをもたらすためなのです。
    私たちは主イエスの十字架と復活によって、このぶどう酒よりはるかに勝った喜びをいただいています。主イエスから与えられる喜びによって生かされて参りましょう。
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  • 逃れの町(民数記 35章)
    あなたたちの住む土地、わたしがそこに宿る土地を汚してはならない。主であるわたしがイスラエルの人々のただ中に宿っているからである。
    (民数記35章34節)
    神は、カナンの土地の分配にあたって、それぞれの部族の土地から一部をレビ人に与えることと、過って人を殺した者が逃げ込むための逃れの町を定められました。
    人が「敵意もなく」「故意にではなく」(22節)、過失で人を死なせた場合、逃れの町に逃れることができます。共同体は裁判を行い、過失が確認されると、彼を血の復讐をする者の手から救い出し、逃れの町に帰さなければなりません。彼は逃れの町にとどまり、大祭司が死んだ後はじめて自分の本来の土地に帰ることができます。これは、大祭司の死によって過失の罪が贖われることを意味するでしょう。そして、このことは、私たちが永遠の大祭司キリストの血によって贖われて、天の御国に帰ることができることと重なります。
    神は、いにしえの昔から民の間で起こる悲劇を見越して、民が救われるように考えておられました。そして、大祭司による贖いを示して、主が「イスラエルの人々のただ中に宿っている」ことを教えられたのです(34節)。
    逃れの町の定めは、私たちの逃れ場が主イエスにあることを思い起こさせます。
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  • 旅程と約束の地(民数記 33-34章)
    イスラエルの人々は、第1の月の15日にラメセスを出発した。すなわち、過越の翌日、すべてのエジプト人の目の前を意気揚々と出て行った。エジプト人はそのとき、彼らの間で主の撃たれたすべての初子を葬っていた。主は彼らの神々に裁きを下されたのである。
    (民数記33章3節~4節)
    神はモーセにエジプトから約束の地カナンまでの旅程を書き留めさせています。40年に渡る荒れ野の放浪では実に多くの場所に宿営しました。宿営地の記録を見るとさまざまな出来事を思い起こします。神の恵みと救いもあれば、民の不信仰や弱さを思い返す場所もあります。神の民の旅程の記録を見ていると自分の人生を振り返るような思いがします。
    私たちは、その途上では、目の前にある困難で精一杯で、先のことなど考える余裕がないかもしれません。困難を乗り越えると安心してしまい、振り返ることも少ないかもしれません。荒れ野の旅程の記録は、振り返って目指してきたところを思い出すことの大切さを教えています。
    思い返せば、神と共なる人生の旅は、意気揚々とエジプトを出てきたところから始まりました。イスラエルの民を奴隷としていたエジプトの神々に、神が裁きをくだされて、イスラエルの民は自由になったのです。
    私たちも自らの信仰の旅路を振り返ります。神の恵みによって救い出され、自由になった日のことを思い返して神の国を目指しましょう。
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  • 神の約束に向かって(民数記 31-32章)
    モーセはガドとルベンの人々に言った。
    「同胞が戦いに出ようとするのに、あなたたちは、ここにとどまるつもりなのか。なぜ、主が与えてくださる土地に渡って行こうとするイスラエルの人々の心を挫くのか。」
    (民数記32章6節~7節)
    神の約束の地を目指してヨルダン川の東側を北上してきた民でしたが、ルベンとガドの人びとが北上の途中で手にした土地に留まりたいとモーセに願い出たとき、モーセはこれを叱りました。40年前にカナンを偵察したときのことを思い出したからです。
    約束の地は個人プレーではなく神の民全体であずかるものであること、また、そのために神ご自身が民を導いて戦ってくださったことを思い起こします。このとき、ルベンとガドの人びとはその土地を嗣業として受け継ぐことを許されましたが、戦いそのものは民全体と共にすることへと導かれました。
    主イエスも、神の国を目指す者の覚悟をお教えになりました。「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」(ルカ9章62節)。神は、十字架と復活を目指して歩まれた主イエスを私たちにお与えになりました。主イエスを通して罪の赦しと永遠の命の約束に招いてくださったのです。その主イエスは私たちの救いのために戦われます。神の約束に招かれた者は後ろを振り返ることなく、その約束に向かって進むべきなのです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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