リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 安心しなさい。恐れることはない(マルコによる福音書 6章45-52節)
    皆はイエスを見ておびえたのである。しかし、イエスはすぐ彼らと話し始めて、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
    (マルコによる福音書6章50節)
    主イエスの弟子たちは一晩中、暗闇の中で舟を漕いでいました。しかし、逆風のために舟は全く進みませんでした。そうして弟子たちが必死に舟を漕いでいると、主イエスは湖の上を歩いて、そばを通り過ぎようとされました。弟子たちは非常に恐れましたが、主イエスが「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」とおっしゃって、舟に乗りこまれると、風は静まりました。
    私たちの歩みも、弟子たちの舟のように、逆風に襲われることが多くあるかもしれません。進もうとしても進むことのできない困難にぶつかることが、今年もあると思います。神を信じていても、全ての悩みから解放されるわけではありません。私たち1人ひとりには多くの悩みがあり、祈りながらも解決されないことが多くあります。
    そのような中でも、「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言ってくださるお方が私たちの舟に乗り込んで、歩みを共にしてくださるということに、心を留めたいと思います。それゆえに、私たちは平安の内に歩き出せるのです。いつまでも、どこまでも、主イエスと共に歩き続けられるのです。
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  • 滅びから救われるために(民数記 16章)
    地は口を開き、彼らとコラの仲間たち、その持ち物一切を、家もろとも呑み込んだ。彼らと彼らに属するものはすべて、生きたまま、陰府へ落ち、地がそれを覆った。彼らはこうして、会衆の間から滅び去った。
    (民数記16章32節~33節)
    反逆を企てた者たちは、地に呑み込まれ、共同体の中から滅び去りました。私たちは改めて、主の裁きの厳しさ、恐ろしさを教えられます。主は、反逆する者たちを決してお赦しになりません。
    しかし、同時に主は、モーセとアロンの執り成しを通して、罪を犯した者たちを悔い改めさせ、救いたいと望んでおられることも事実です。主は民が罪を犯しても、何度も忍耐し、悔い改めるのを待ってくださるお方です。
    反逆者に対する主の裁きが告げられたとき、モーセらは言いました。「神よ。あなたは、1人が罪を犯すと、共同体全体に怒りを下されるのですか」と(22節)。いやむしろ主は、究極の忍耐、究極の執り成しとして、独り子イエス・キリストを世に遣わしてくださいました。もし、イエス・キリストが私たちの代わりに十字架に架けられ、裁かれ、陰府に下ることが無かったなら、私たち自身が裁かれ、陰府に落ち、滅ぼされていたはずです。
    私たちを滅びから救ってくださった主の忍耐と愛を深く覚えます。絶えず悔い改めと感謝をもって主に従って行きましょう。
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  • それでも神の約束は変わらない(民数記 15章)
    あなたたちは、わたしのすべての命令を思い起こして守り、あなたたちの神に属する聖なる者となりなさい。わたしは、あなたたちの神となるために、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。わたしはあなたたちの神、主である。
    (民数記15章40節~41節)
    イスラエルの民は、神に背いたため、約束の地カナンに入ることができなくなりました。彼らは40年間、罪を負わなければなりません(14章34節)。しかし、15章で、神は献げ物に関するさまざまな規則を民に命じています。その目的は、イスラエルの民に罪の悔い改めと神への服従を教え、彼らを再び約束の地に導くためでした。
    特に、22節以下では、贖罪の献げ物について記されています。神は聖なる方ですから、罪が赦されるためには、罪の贖いがなされなければなりません。神はそれをイスラエルに教え、主の民としての信仰を成長させようとされました。
    「わたしはあなたたちの神、主である」という言葉が二度繰り返されて、15章は締めくくられます。神は、イスラエルがどれほど罪を犯し、神に背いても、ご自分がイスラエルの神、主であるとの約束に忠実なお方です。
    この約束を守るために、神は御子イエス・キリストを罪の贖いのための献げ物として世に遣わし、私たちの罪を完全に贖ってくださいました。神の約束はとこしえに変わりません。
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  • 赦しの中にある主の力(民数記 14章)
    今、わが主の力を大いに現してください。…どうか、あなたの大きな慈しみのゆえに、また、エジプトからここに至るまで、この民を赦してこられたように、この民の罪を赦してください。
    (民数記14章17節~19節)
    約束の土地を目の前にしながらも、イスラエルの民はその土地の人びとを恐れ、上って行こうとしませんでした。それどころか、彼らは、「エジプトに引き返した方がましだ」と言い出し(3節)、ヨシュアとカレブを石で打ち殺そうとしました。
    まさにそのとき、主が介入なさいました。主の栄光が臨在の幕屋に現れ、主の言葉がモーセに告げられたのです。どこまでも頑なでいつまでも信じないイスラエルの民を、主が撃ち滅ぼす、とモーセに語りました。しかし、モーセは主に訴え、民のために執り成しました。それが本日の御言葉です。
    このモーセの執り成しのゆえに、主はイスラエルの民を赦されました。滅ぼされて当然のイスラエルの罪を、主はそれでも忍耐し、赦すことを通して、主の栄光と力を現されたのです。
    私たちは、その究極の姿をイエス・キリストの十字架に見ます。主イエスは、父なる神に私たちの罪の執り成しをしてくださり、そのために十字架に架かってくださいました。悔い改めと感謝をもって主に従って歩みたいと願います。
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  • 世の力を恐れてはならない(民数記 13章)
    カレブは民を静め、モーセに向かって進言した。「断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。」しかし、彼と一緒に行った者たちは反対し、…イスラエルの人々の間に、偵察して来た土地について悪い情報を流した。
    (民数記13章30節~32節)
    エジプトを脱出したイスラエルの民は、約束の地カナンの境界線に到達しました。それで、モーセは主の命令に従って、各部族から代表者を選び、彼らを遣わし、その地方を偵察させました。その結果、そこは神の約束どおり、乳と蜜の流れる豊かな土地であることが分かりました。
    しかし、この時、偵察者たちは、カレブとヨシュアを除いて、この土地に上って行くことに反対しました。なぜならば、その土地には自分たちよりも強い民が住んでいたからです。町も強大な城壁に囲まれており、戦っても自分たちには勝ち目がないと思ってしまったのです。このときカレブは、主の約束と勝利を信じ上って行くべきであるとモーセに進言しました。しかし、民は神の約束を疑い、怖気づいてしまったのです。
    私たちは、目に見えるこの世の力を恐れ、自分の弱さにのみ目が向いてしまうことがあります。しかし、主イエスは、「勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と言って励ましてくださっています(ヨハ16章33節)。主の約束と守りを信じ、信仰の戦いへと遣わされたいと願います。
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  • 賞を得るように走る(コリントの信徒への手紙一 9章24-27節)
    あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。
    (コリントの信徒への手紙一9:24)
    新しい1年が始まりました。1年間、さまざまな歩みがあると思います。パウロは信仰者の歩みを競技場で走ることにたとえました。私たちの人生は競技場で走ることと似ているからです。
    年の初めからいきなり「賞を得るように走れ!」と言われても、気持ちが重いかもしれません。けれども、そもそも私たちは走ることすらできない汚れた罪人でした。主イエスが、その私たちの罪を赦して、立ち上がらせてくださいました。こうして、私たちは再び、人生を走ることができるようになりました。このこと自体が福音なのです。私たちは、新たな1年の始まりにあたり、この福音の喜びを再認識したいと思います。その喜びの中で、この1年も競技場を走ります。
    パウロは、「賞を得るように走りなさい」と言いました。これこそ、私たちのレースの目的です。私たちが目指す賞とは、「朽ちない冠」です。この世のどんな栄光にも勝る冠です。この世の歩みが死で終わるのではなく、死の後、神から栄光の冠が与えられます。この冠を見据え、希望を持って今年も走り続けましょう。
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  • 弱い人を思いやる(詩編 41編)
    いかに幸いなことでしょう
    弱いものに思いやりのある人は。
    災いのふりかかるとき
    主はその人を逃れさせてくださいます。
    (詩編41編2節)
    詩人は、病と人間関係に苦しみを抱えていました。当時、病の原因は本人の罪にあると見なされることがありました。そのため、訪ねてくる友人たちは、表向きは見舞いの言葉をかけ、裏では「呪いに取りつかれ」た、すなわち、神の罰を受けたのだと言います(6~10節)。詩人は病の癒しを願いますが、それは、病気の回復を通して自分と神との関係が正しいものであり、自分が神の御旨にかなうことを明らかにしたいからです(11~13節)。
    詩人が自らの救いを信じる根拠は、「弱いものに思いやりのある人は幸いである」とおっしゃる神の憐れみ深さにあります。主御自身、弱いものを思いやるお方だからです。主は、主と同じようにあろうとする者に、幸せを約束してくださいます。詩人は祈ります。「主よ、憐れんでください。罪ある者ですが、約束に示されたお姿をわたしにもお示しください」。
    主は、この1年を通して弱い私たちを思いやってくださいました。この主に依り頼み、主に倣い、来たる年が、弱さに寄り添い、弱いものに思いやりのある人の幸いにあずかる年となりますように!
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  • この目であなたの救いを見た(ルカによる福音書 2章22-40節)
    「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
    この僕を安らかに去らせてくださいます。
    わたしはこの目であなたの救いを見たからです。」
    (ルカによる福音書2章29節~30節)
    間もなくこの1年が過ぎ去ろうとしています。振り返ると、心が暗くなる出来事もあったかもしれません。それでも安らかに、希望をもってこの時を過ごすことができるなら、幸いです。
    シメオンは、幼子イエスを腕に抱きかかえながら言いました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」。その理由は「わたしはこの目であなたの救いを見たから」です。シメオンは、主が遣わすメシアを見るまでは決して死なない、とお告げを受けていました。そして今やついに、待ち望んでいたメシアを、神の救いを、その目で見たのです。ですから、今こそ主はわたしを安らかに、希望をもって去らせてくださる、この世から、そして主から委ねられた務めから。シメオンはそう語ることができました。
    シメオンが目にした救いを私たちも見ることができます。なぜならそれは「万民のために」、すなわち「すべての民の顔の前に」神が備えてくださった救いだからです。主イエスに神の救いを見出すならば、私たちも平安と希望を胸に抱いて、この1年を締めくくることができます。
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  • 人を支える救いの証(詩編 40編)
    わたしのことは
    巻物に記されております。
    わたしの神よ、御旨を行うことをわたしは望み
    あなたの教えを胸に刻み
    大いなる集会で正しく良い知らせを伝え
    決して唇を閉じません。
    主よ、あなたはそれをご存じです。
    (詩編40編8節~10節)
    この詩編の14節以下は、詩編70編と似ています。これについて、詩人が70編の詩を用いて祈ったのだという理解があります。「自分の罪に捕えられ、…心挫けています」(13節)と打ち明けて、彼は70編を用いて祈ったというのです。自分の言葉で祈れないほど心弱らせていたのかもしれません。
    そのような祈りへと詩人を導いたのは、過去に救いを体験した信仰者の証でした(2~12節)。「主よ、あなたは多くの不思議な業を成し遂げられます。…数知れない御計らいをわたしは語り伝えて行きます」(6節)。主の御計らいとは、神が罪の赦しに対して代償を求めることなく、わたしの耳(心)を開いてくださったことです(7節)。その開かれた心で巻物(聖書)に接したとき、そこに自分自身の救いがあることを知り、その喜びは感謝となり、証となりました。それは、大いなる集会(礼拝)で語り継がれ、やがて罪の中で心弱らせたこの詩人に祈る力を与えることとなりました。
    わたしの味わう救いは、自らを立ち上がらせるだけでなく、誰かを支える力ともなるのです。
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  • むなしさのなかでの祈り(詩編 39編)
    ああ、人は空しくあくせくし
    だれの手に渡るとも知らずに積み上げる。
    主よ、それなら
    何に望みをかけたらよいのでしょう。
    わたしはあなたを待ち望みます。
    (詩編39編7節~8節)
    労苦して生きる日々に手ごたえを感じられなくなるとき、生きるための営みが無意味に思えることがあります。そのようなむなしさは人の心を荒ませます。罪深いことを口にしてしまうかもしれないと
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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