リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 長子の身代わりとしてのレビ人(民数記 3-4章)
    主はまた、モーセに仰せになった。
    見よ、わたしはイスラエルの人々の中からレビ人を取って、イスラエルの人々のうちで初めに胎を開くすべての初子の身代わりとする。レビ人はわたしのものである。すべての初子はわたしのものだからである。
    (民数記3章11節~13節)
    臨在の幕屋で主に仕えるレビ人の人口調査が命じられました。共同体全体の場合は20歳以上の男子でしたが、レビ人については生後1か月以上の男子がすべて登録されました。
    出エジプトに際して、すべての初子すなわち長子が、主のものとされていました(出13章2節)。このとき、イスラエル全体の生後1か月以上の長子が改めて数えられ、登録されたレビ人によって身代わりとされました。レビ人の数を超過した人数は、銀によって贖われました(46節)。こうして、イスラエル全体の長子に代えて、レビ人が主に仕えることが示されました。
    レビ人は、主が聖別されたイスラエルの長子に由来します。すなわち、主の過越において流された小羊の血による贖いの御業と結びついています。レビ人の存在は、イスラエルが小羊の血によって買い取られた民であることを示していると言えるでしょう。
    今日の私たちも、主なる神によって買い取られた民です。神の小羊であるキリストの血によって贖われて、神の民とされました。私たちは、十字架のキリストに結ばれて、主に仕える民なのです。
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  • 光を証しするために(ヨハネによる福音書 1章6-8,19-28節)
    神から遣わされた1人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
    (ヨハネによる福音書1章6節~7節)
    クリスマスが近づくと、町はイルミネーションの光で輝き出します。聖書は、主イエスが「光」として来られたことを告げています。
    主イエスの前に現れた洗礼者ヨハネは、広い地域に大きな影響を及ぼしました。主イエスの名による洗礼ではなく、ヨハネの洗礼しか知らない人がいるほどでした(使19章3節)。
    しかし、ヨハネ自身が、「わたしはメシアではない」、「わたしはその(自分の後から来られる方の)履物のひもを解く資格もない」と語っています。「彼は光ではなく、光について証しをするために来た」のです。それは、「すべての人が彼によって、(まことの光である主イエスを)信じるようになるため」でした。そしてヨハネが死んだ後、今度は主イエスの弟子たちが主を証ししました(ヨハ15章27節)。そして今、私たちも主イエスを証しする者として遣わされています。
    私たちも、あのヨハネのように、主イエスの前にへりくだり、光である主を証しすることに徹しましょう。私たちを通して光を見、光である主イエスを信じる人々が起こされるために。
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  • 臨在の幕屋の周りに(民数記 2章)
    主はモーセとアロンに仰せになった。
    イスラエルの人々は、それぞれ家系の印を描いた旗を掲げて宿営する。臨在の幕屋の周りに、距離を置いて宿営する。
    (民数記2章1節~2節)
    臨在の幕屋が建てられ、その幕屋を囲むようにして宿営すべきことが教えられています。幕屋は主なる神の臨在を示すのであり、イスラエルの民の中心に主がおられることが形であらわされます。
    幕屋のすぐ周囲に祭司とレビ人が氏族ごとに宿営します(1章53節)。共同体は、さらにその周囲に部族ごとに宿営します。幕屋の正面である東側に3部族、南側、西側、北側にもそれぞれ3部族が宿営します。
    荒れ野を行進するときにも、その順序は変わりません。先頭が東側3部族で、南側3部族がそれに続きます。次に、ここでレビ人に囲まれて幕屋が行進し、それに西側3部族が続き、北側3部族が最後を行進します。こうして行進に際しては、主の幕屋が民の中央を進んで、民の中心に神がおられることがあらわされます。
    神の民は、民と共におられる神ご自身を土台とし、礎としています。キリストの名によって集まる群れの中に、今も主は共におられます(マタ18章20節)。今日の教会も、主を中心として建て上げられ、主を中心にして歩む共同体です。
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  • 荒れ野にて(民数記 1章)
    イスラエルの人々がエジプトの国を出た翌年の第2の月の1日、シナイの荒れ野にいたとき、主は臨在の幕屋でモーセに仰せになった。
    イスラエルの人々の共同体全体の人口調査をしなさい。
    …
    登録された者の総計は603,550人であった。
    (民数記1章1節~2節、46節)
    イスラエルの民は、出エジプト後、約1年間、シナイの荒れ野にとどまり、律法を与えられ、主の幕屋を建てることへと導かれました。幕屋の建設が第2年の1月1日で(出40章17節)、その2月1日に人口調査が命じられました。これらは、主なる神がイスラエルを神の民として整えようとしていることの具体的なあらわれです。
    兵役に就くことができる20歳以上の男子が数えられたため、女性や子どもは数えられていません。けれども、「家系に従って一人一人点呼し」と繰り返されるところに、一人も漏らさず神の民として数えられるという恵みを確認することができます(18、20節等)。
    登録された者は60万人を越えています。共同体全体の人数は120万人を越えていたでしょう。エジプトに下ったヤコブの家族は70人でしたから、これは驚くべき数字です(出1章5節)。エジプトで奴隷とされ、苦しめられたにもかかわらず、イスラエルの民は多くの祝福を受けました。「わたしはあなたをそこで大いなる国民にする」との主なる神の約束は真実でした(創46章3節)。
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  • 神の光に、光を見る(詩編 36編)
    命の泉はあなたにあり
    あなたの光に、わたしたちは光を見る。
    (詩編36編10節)
    「神に逆らう者に罪が語りかけるのが、わたしの心の奥に聞こえる。彼の前に、神への恐れはない」(2節)。主に逆らう者の特徴は、神への恐れがないことです。罪が語りかける声に耳を傾けるため、神が慈しみと真実をもってこの世を治められ、裁かれることを否定します。彼らが聞こうとするのは罪の声であり、見ようとするのは闇です。そのため、耳があっても神の声が聞こえず、目があっても神の御業が見えません。
    ところが、神に従う者は、神の光に、光を見ます。神の光を通して、神が造られた太陽、すなわち創造の世界を見ます。また、神の光を通して、神に逆らう者と神に従う者のたどる道を見ることができます。
    たとえ神に逆らう者が神の存在と統治と裁きを否定したとしても、それは雲に隠された太陽が見えないようなものなのです。しかし、私たちは神の光を通して、神の慈しみが天に、真実が大空に満ちていることを見るものとされました。見えないものを見ることができる信仰の目を与えてくださった主に感謝して、きょうも神の声に耳を傾けましょう。
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  • 戦いは主のもの(詩編 35編)
    主よ、わたしと争う者と争い
    わたしと戦う者と戦ってください。
    大盾と盾を取り
    立ち上がってわたしを助けてください。
    (詩編35編1節~2節)
    主の僕ダビデはゴリアトと戦うとき、「この戦いは主のものだ」と告白しました(サム上17章47節)。私たちの戦いが主のものになるのは、私たちが主イエスの弟子だからです。主イエスは弟子に向かって「人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう」と語られました(ヨハ15章20節)。言い換えれば、敵が私たちを憎むということは、主イエスを憎むことになるのです。それゆえ、神は私たちと戦う者と戦ってくださり、勝利を与えてくださいます。
    主イエスは、敵の迫害によって十字架にかかられましたが、3日目に復活され、罪と死に打ち勝ち、まことの平和と命を与えてくださいました。主イエスの弟子であるがゆえに、私たちはいろいろな形で迫害を受けることがあります。しかし、主イエスの弟子であるからこそ、私たちはまことの平和をいただいています。敵は私たちの命を奪おうとしますが、主イエスは永遠の命を与えてくださるのです。
    きょうも変わらず、私たちのため大盾と盾を取り、立ち上がって戦ってくださる主なる神に依り頼み、主と共に歩みましょう。
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  • 主の恵み深さを味わい、知れ(詩編 34編)
    味わい、見よ、主の恵み深さを。
    いかに幸いなことか、御もとに身を寄せる人は。
    (詩編34編9節)
    詩人は「味わい、見よ、主の恵み深さを」と語ります。直訳すると「主の恵み深さを味わい、知れ」です。これは、1節に記されているように、ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放された時、神の恵みを経験したことによって出てきた言葉です。
    いくら美味しいご飯でも、見ているだけでは味が分かりません。同様に、知識だけでは神の恵みを深く知ることはできません。詩人は苦難の中で主の恵み深さを経験して、私たちにも神の恵みを味わうようにと勧めます。
    神の恵みを味わうためには信仰による勇気が必要です。「このようにしてください。そうすれば信じます」「あのようにしてください。そうすれば従います」と、神に誓って願い求めることがあるかもしれません。しかし、信仰は逆順です。ペトロは主イエスの「来なさい」という言葉を聞いて、まず船から降りました。その信仰によって、彼は湖の上を歩くという恵みを味わうことができたのです。
    苦難の中で一歩を踏み出すことは、決して簡単なことではありません。けれども、信仰によって主の恵み深さを味わう者は幸いです。
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  • 主によって喜び歌え(詩編 33編)
    主に従う人よ、主によって喜び歌え。
    主を賛美することは正しい人にふさわしい。
    (詩編33編1節)
    詩人は、創世記1章に従って、天、海、地、そして人の創造を語ります。御言葉によって天地を造られた神は、造るだけでなく天から見渡し、人の子らをひとりひとりご覧になります。この創造と摂理における神の言葉は正しく、その御業はすべて真実です。それゆえ、造られた私たちは神を賛美せざるを得ません。
    国の指導者の言葉と振る舞いが真実でないならば、国民は不幸でしょう。信頼に価しない者が国の指導者であるならば、国民は恥ずかしさを感じてしまうでしょう。
    それに対して、まことの王である神の御言葉は正しく、その業は真実です(4節)。御座を置かれた所から地に住む御自身の民ひとりひとりに目を留められます(13、14節)。ですから、地に住んでいる私たちは決して不幸ではありません。私たちは常に神を信頼することができるし、この神に対する信頼は私たちを神への賛美に導きます。
    いかに幸いなことでしょう。私たちが神の民であることが。この喜びをもって、きょうも神の民として神の義と真実を行い、主の御名をほめたたえて歩みましょう。
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  • 悔い改めによる備え(マルコによる福音書 1章1-8節)
    荒れ野で叫ぶ者の声がする。
    『主の道を整え、
    その道筋をまっすぐにせよ。』
    そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
    (マルコによる福音書1章3節~4節)
    アドベントの「色」をご存じでしょうか。あまり馴染みがないかもしれませんが、キリスト教会では古くから、アドベントの期間中、紫色の祭服や祭壇布が使われてきました。紫色は「悔い改め」を象徴しています。紀元5世紀頃から、教会はアドベントを「断食と悔い改め」の時として大切にしてきたようです。
    アドベントの過ごし方として、この「悔い改め」は、私たちにとっても大切です。なぜなら、主イエスの先駆者として遣わされた洗礼者ヨハネは、悔い改めを宣べ伝えたからです。そしてそれが、来るべき主の道を準備することでした。なぜなら、主イエスは、ご自身、悔い改めを宣べ伝え(15節)、罪を悔いる者のもとに来てくださるお方だからです(イザ59章20節)。そして、罪を悔いる者に罪の赦しと聖霊を与えてくださいます。この主イエスをお迎えするために、私たちは自分の罪を告白し、悔い改めることが必要なのです。
    何かと慌ただしくなる季節ですが、心を静めて自分の罪と向き合い、悔い改めて、神に立ち帰りましょう。主イエスを喜びをもってお迎えするために。
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  • 見いだしうる間にこの神に祈る(詩編 32編)
    わたしは言いました
    「主にわたしの背きを告白しよう」と。
    そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを
    赦してくださいました。
    あなたの慈しみに生きる人は皆
    あなたを見いだしうる間にあなたに祈ります。
    (詩編32編5節~6節)
    3節の「黙し続けて」は、聞こえているはずなのに黙っている、という意味の言葉です。「御手は昼も夜もわたしの上に重く」(4節)、罪を認めよ、と神が頭を押さえつけて「わたし」に迫っておられるのに、「わたし」はいつまでも聞こえないふりをし、罪を告白せずにいるのです。しかしついに「わたし」は言います。「主にわたしの背きを告白しよう」と。すると神は、その罪と過ちを赦してくださいました。
    原文では、6節の冒頭に「それゆえに」という言葉があります。神の言葉に聞き従って罪を告白した人を神は赦してくださる。「それゆえに」、神の慈しみに生きる人は祈るのです、この神に。「それゆえに」、祈るのです、神を見いだしうる間に。
    ヨブ記に「どうしたら、その方を見いだせるのか。…その方にわたしの訴えを差し出し、思う存分わたしの言い分を述べたいのに」とあります(23章3、4節)。神を「見いだしうる間」とは、訴えを存分に聞いていただけて、なおかつそれに対する神の御心を知ることのできる時です。私たちもこの時を逃さずに神に祈りたいのです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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