リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 行くべき道が見いだせないとき(出エジプト記 14章)
    ファラオは既に間近に迫り、イスラエルの人々が目を上げて見ると、エジプト軍は既に背後に襲いかかろうとしていた。
    (出エジプト記14章10節)
    前方では葦の海が行く手を阻み、後方にはファラオの軍隊が迫っていました。イスラエルの民は前に進むことも後ろに戻ることもできず、絶体絶命の状態に陥りました。「我々を連れ出したのは荒れ野で死なせるためか」と、イスラエルの民は絶望の声をあげることしかできません。
    私たちの信仰生活にも、このような危機的状況が訪れる可能性があります。そのようなとき、私たちはどうしたらよいのでしょうか。進むべき道がすべて閉ざされているような現実に出会うとき、私たちにできることがただ一つ残されています。それは神の御言葉に従う道です。私たちの目に今は進むべき道が見えなくても、神は私たちのために道を準備し、その道を聖書の言葉を通して示してくださるからです。「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」(1コリ10章13節)。
    私たちには、どのようなときも、この神の御言葉に従う道が残されています。神の御言葉が必ず私たちが歩む道を開いてくださいますから。
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  • 天の国の秘密を人びとに(マタイによる福音書 13章31-33,44-52節)
    「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」
    (マタイによる福音書13章44節)
    主イエスは「天の国は…に似ている」と、さまざまな比喩を用いて言われました。
    天の国は、「からし種」のように極めて小さく始まりますが、その結果はとても大きな御国になります。天の国の力は、小さな「パン種」の力によってパン全体が大きく膨れるようなものです。天の国は小さく隠されていますが、建て上げる力と影響力は思いもよらないほど大きな結果をもたらします。
    私たちはそのような天の国にある現在と未来との間の緊張感に生きていきます。その緊張感は、私たちの生き方に関わるすべてを主なる神に譲り渡す姿にあらわれます。すべてを神に明け渡して生きる姿こそ、「畑に宝が隠されているのを見つけた人」の姿であり、「商人が高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払う」姿として語られるものです。
    私たちは、この世で天の国の喜びに生きます。そう生きるからこそ、世の終わりに悪い者たちのように燃え盛る炉の中に投げ込まれることはありません。主イエスは、私たちにこの天の国の秘密を人びとに教え、伝えなさいとおっしゃっています。
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  • 受け継がれた信仰(出エジプト記 13章)
    「あなたはこの日、自分の子供に告げなければならない。『これは、わたしがエジプトから出たとき、主がわたしのために行われたことのゆえである』と。」
    (出エジプト記13章8節)
    以前、中国の東北部にある朝鮮人教会を訪れた方から聞いた話を思い出します。
    一人の脱北者男性がその教会で洗礼を受けました。その男性は母親を亡くした後に、その母親の遺品の中から大事にしまわれていた聖書と賛美歌を発見したと言うのです。現代でも北朝鮮ではキリスト教の文書を持っているだけで強制収容所に送られる可能性があります。その危険を冒してまで母はなぜ、聖書と賛美歌を大切に持っていたのだろうか。男性はその秘密を知りたくなり、命がけで脱北し、中国にあるその教会で聖書を学び、自分も母親と同じ信仰を得ることになったと言うのです。
    おそらくその母親は、生前には自分の信仰について何も家族に語ることができなかったのでしょう。しかし、その母親は自分の聖書と賛美歌を棄てることなく、大切に守りぬくことでその信仰の遺産を息子に伝えることができたのです。
    彼女は聖書を遺すことで、信仰を次の世代に告げました。私たちも与えられた時のなかで聖書の御言葉に耳を傾けることを通して、信仰を家族に残して参りましょう。
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  • 時間と余裕はどこから得られるのか(出エジプト記 12章)
    エジプトの国で、主はモーセとアロンに言われた。「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい。」
    (出エジプト記12章1節~2節)
    忙しい毎日、頭を悩ませるさまざまな問題。朝起きた瞬間から、私たちの脳裏にはきょうしなければならない仕事が浮かんできて離れません。「忙しいので聖書を読む時間さえありません」。「余裕がなくて教会にも出席できません」。それは単なる言い訳ではありません。本当に私たちの毎日は忙しいのです。しかし、それなら、いつ私たちの生活に聖書を読む時間が与えられるのでしょうか。いつ教会に行く余裕ができるのでしょうか。
    神はイスラエルの民が守るべき祭りの規定を細かく指示されました。それはその祭りを通して、彼らも彼らの子孫たちも生ける神の力を受けることができるためです。困難に勝利する力を神からいただくことができるためです。
    私たちが聖書を読むこと、教会の集会に出席することは、忙しい私たちの生活のために神の助けを受ける大切な時間です。私たちはそこで神のすばらしい御業を思い出し、心に刻むことで、忙しい毎日から解放され、余裕のある人生を送ることができるのです。神が、私たちに新しい始まりを与えてくださいます。
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  • 出発への準備(出エジプト記 11章)
    「あなたは、民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい。」
    (出エジプト記11章2節)
    わたしの亡くなった母はかなりの心配性でした。わたしが遠足や旅行に出発する前夜になると、「これもあれも必要だ」と言ってさまざまな品物をわたしのリュックに詰め込んでいきます。おかげでわたしのリュックはいつも満杯状態で、運ぶのも容易ではありませんでした。結局、母の心配のほとんどは取り越し苦労に終わり、使わないままたくさんの荷物を背負って持ち帰って来ることになりました。わたしの旅行かばんが今でも大きなものになってしまうのは、この母の影響によるものかもしれません。
    私たちの日ごとの信仰生活は私たちが神の御許に向かう旅であると言えます。私たちはこの旅のために本当に必要なものを備えることができているでしょうか。私たちは旅に不必要なものをたくさんかばんに貯め込んで、身動きのできない状態になってはいないでしょうか。
    きょうも新しい一日が始まります。神は私たちにこの日も信仰の旅路に必要なものを備えてくださいます。あなたに本当に必要なものは何でしょうか。神の備えに期待して、安心して歩み出して行きましょう。
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  • 人びとの頑迷と神のしるし(出エジプト記 9-10章)
    主はモーセに言われた。「ファラオのもとに行きなさい。彼とその家臣の心を頑迷にしたのは、わたし自身である。それは、彼らのただ中でわたしがこれらのしるしを行うためであり、…わたしが主であることをあなたたちが知るためである。」
    (出エジプト記10章1節~2節)
    「ファラオを頑迷にしたのは主ご自身だ」と言われているのは、「だからファラオには罪がない」と言う意味ではありません。これはファラオの犯した罪さえも用いて救いの歴史を導かれる神の御業の確かさを表しています。主イエスを十字架につけたのは頑迷なユダヤ人の仕業でしたが、神の救いの御業がその出来事を通して成就したことも、これと同じです。
    人には「今までと同じであればよい」と考え、変化を恐れ、頑迷になる傾向があります。ファラオは自分と自分の周りに起ころうとする変化を恐れて頑迷になりました。私たちにとって大切なことは、救いの歴史を導かれる神を信頼すること、そして自らが頑迷になって罪を犯すことがないように、日々神の前で悔い改め続けることだと言えます。
    神はきょうも救いの御業を私たちの生活を通して前進させてくださいます。ですから、私たちも変化を恐れて頑なになるのではなく、神を信頼して新しい一日を歩み始めたいと思うのです。
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  • 残された命と神からの使命(出エジプト記 7-8章)
    ファラオに語ったとき、モーセは80歳、アロンは83歳であった。
    (出エジプト記7章7節)
    安政5年11月、西郷隆盛は、かねてから親交のあった尊王攘夷派の僧侶月照と共に鹿児島の錦江湾で入水自殺を遂げようとしました。安政の大獄によりその命を狙われていた友人月照の命を助けるために、西郷の故郷であった薩摩まで逃れて来た二人でしたが、薩摩藩は幕府を恐れて月照を保護することを拒否してしまいます。そこで西郷は月照と共に自分の命を絶つことを決心し、二人は海に身を沈めました。ところが亡くなったのは月照だけで、西郷は奇跡的に命を取り留めます。自分だけ生き残った西郷は、「どうして自分だけが生き延びてしまったのか」と苦悶します。やがてその苦しい体験から、西郷は「自分が生き延びたのは、自分が世で果たすべき使命が残されているからだ。自分の使命が終わるとき、自分の天命は全うされる」と考えるようになったと言います。
    私たちがこの世に生かされているのは無意味なことではありません。モーセたちも高齢になってから使命を与えられました。神から与えられる使命が残されているからこそ、私たちはきょうも生かされているのです。
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  • 誰も聞いてくれなくても……(出エジプト記 6章)
    モーセは主に訴えた。「御覧のとおり、イスラエルの人々でさえわたしに聞こうとしないのに、どうしてファラオが唇に割礼のないわたしの言うことを聞くでしょうか。」
    (出エジプト記6章12節)
    イスラエルの民は重労働のために、モーセが伝える神のメッセージに耳を傾けることができませんでした。
    私たちも、神の福音を人びとに伝えようとするとき、同様の体験をすることがあります。人びとは自分の生活を維持するために懸命に働いています。彼らは自分の生活に直接に影響を与えるようなニュースには耳を傾けることができても、聖書のメッセージには全く耳を貸そうとしないのです。
    「誰も私の言うことなど聞いてくれない」。私たちもモーセと同じような嘆きの言葉を口にしたくなります。
    それでも、私たちは福音のメッセージを語り伝えるべきです。なぜなら、人の耳を開いて福音を聞くことができるようにしてくださるのは神の御業であって私たちの能力ではないからです。だから、私たちは福音を伝え続けます。そして、神ご自身が人びとの心を開いて、福音を聞くことができるようにしてくださいます。もし私たちが忠実に神の福音を宣べ伝えることに励むなら、私たちもまた神の大いなる業の目撃者となれるのです。
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  • 「主の日」まで耐えながら(マタイによる福音書 13章24-30,36-43節)
    「人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」
    (マタイによる福音書13章41節~43節)
    今、世の中に御国が成し遂げられつつあります。しかし、麦と毒麦のたとえのように、世にはなおも御国の子らと悪い者の子らとが共に混じり合いながら生きています。両者が区別されるのは主イエスが再び来られる時、主の日です。ですから、信仰者には、世の中で生きる悪い者の子らに対する忍耐が必要とされます。
    また知恵も求められるべきです。信仰者は、この世で悪い者たちが早くいなくなるように求める、といった態度をとるべきではありません。主イエスが収穫される主の日まで、悪に忍耐し、隣人を赦して生きるのです。
    キリストの体である教会がこの世の中で完全に支えられるために信仰を固く守りましょう。主の民として生きる兄弟姉妹、一人ひとりが同じ信仰告白の内で生きることができるように助け合いながら歩みましょう。ただ主なる神の教えに従い、信仰に固く立って忍耐し、主の日を待ち望みましょう。
    その日が来ると、御国の子らである私たちは悪い者の子らである不法を行う者と明らかに区別されて、「その父の国で太陽のように輝く」のです。「耳のある者は聞きなさい」。
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  • 悪い結果に出会ったときに(出エジプト記 5章)
    「わたしがあなたの御名によって語るため、ファラオのもとに行ってから、彼はますますこの民を苦しめています。それなのに、あなたは御自分の民を全く救い出そうとされません。」
    (出エジプト記5章23節)
    多くの犠牲を払って神に従う決心をしたのに、結果は思った通りのものではなかった。むしろ、状況は以前よりもますます悪くなったように思える。信仰生活を続ける中でそのような思いにさせられるときがあります。そのとき私たちはどうしたらよいのでしょうか。そのような事態になった原因を調べて、二度と同じ失敗をしないようにと考えることも大切です。
    しかし、私たちが用心しなければならないことは、物事の結果だけを見てすべての評価をくだしてしまうことです。「結局、無意味だった」と結論づけて神に従うことを止めてしまうことです。私たちの信仰生活にとって大切なことは、自分の思い通りの結果が実現することではありません。むしろ私たちが神に従うことができたかどうかが大切なのです。
    モーセの行動によって、イスラエルの民の状態はますます悪くなってしまったように思えました。モーセはそのことのゆえに神に不満を漏らします。しかし、モーセは結果だけを見て神に従うことを止めてしまうことはありませんでした。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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