リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 神を見るのか自分を見るのか(出エジプト記 4章)
    モーセは、なおも言った。「ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください。」
    (出エジプト記4章13節)
    自分を顧みることを忘れる人は同じような失敗を繰り返します。ですから私たちが人生で自分を見つめることは大切なことかもしれません。しかし、もし私たちが自分ばかりを見つめて毎日を生活していたらどうなってしまうでしょうか。
    日本のキリスト教思想家として有名な内村鑑三も、若かりし頃、弱い自分を見つめることで絶望した毎日を送っていました。その内村にアマースト大学の学長だったシーリーは語りました。「君は自分ばかりを見つめているからいけない。十字架に掛けられた救い主を見上げて生きなさい」。
    モーセはイスラエルの民を導くリーダーとして神に選ばれながらも、その召しに応えようとしませんでした。それは彼が自分だけを見つめていたからです。
    私たちはきょう、何を見つめて生きようとしているのでしょうか。失敗だらけの自分の過去や自分の弱さだけを見つめて絶望していないでしょうか。私たちも自分だけを見つめることを止めて、十字架の主を仰ぎ望むなら、人生を生きる新しい勇気が与えられるはずなのです。
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  • 神の約束を忘れてはならない(出エジプト記 3章)
    「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」
    (出エジプト記3章10節)
    メーテルリンクの童話『青い鳥』の主人公チルチルとミチルは幸せの青い鳥を捜す旅に出発します。しかし、彼らはその旅では青い鳥を捕まえることができませんでした。実は青い鳥は彼らの家の鳥かごに最初からいたのです。彼らはそれに気づかなかっただけでした。
    幸せを求めて生きる私たちも同じような勘違いをしているのかもしれません。本当の幸福はもっと身近に、自分が忘れてしまったところに存在するのかもしれないからです。
    エジプトから逃れて来たモーセはミディアンの地で家庭を設け、羊飼いの仕事をしながら幸福な毎日を送ろうと願っていました。ところが神はそのモーセをイスラエルの民を救い出すために働く指導者として選び出します。神はモーセが幸せになるためには、忘れられていた神の約束を思い出し、その約束に生きる必要があると教えられたのです。
    私たちはどこに自分の幸せを見つけ出そうとしているでしょうか。あなたは神の約束を忘れてはいませんか。あなたの目の前にある神の約束を、です。
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  • 変化を求める神(出エジプト記 1-2章)
    そのころ、ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し、国民に警告した。
    (出エジプト記1章8節~9節)
    私たちは変化を恐れています。だから、きょうも昨日と同じような日になればよいのにと思って新しい日を始めようとします。明日もきょうのような日が続けばよいと願って寝床に入ります。それは毎日幸せを実感している人だけが考えることではないかと、反論するかもしれません。しかし、私たちは、たとえ不都合な毎日を送っていたとしても、変化するより現状を維持することのほうが安全だと考えてしまいます。変化には勇気が必要だからです。
    イスラエルの民はエジプトでの生活にすっかり慣れ親しんでいました。エジプトで変わらない毎日を送れるなら、それにこしたことはないと思っていたのです。しかし、彼らの願いを打ち砕く出来事が発生します。ヨセフのことを知らない新しい王の出現です。このため、イスラエルの民はこれまで通りの生活をすることができなくなっていきます。彼らは変化しなければならなくなりました。そして、それは同時にイスラエルの民に変化を求める神の御業でもあったのです。
    神は、きょうを生きる私たちをも変えてくださるでしょう。
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  • 主に結ばれている者らしく(ローマの信徒への手紙 16章)
    どうか、聖なる者たちにふさわしく、また、主に結ばれている者らしく彼女を迎え入れ、あなたがたの助けを必要とするなら、どんなことでも助けてあげてください。
    (ローマの信徒への手紙16章2節)
    ローマの信徒への手紙を読んできました。いよいよ最後の章です。一人で読む時、この16章を読み飛ばしてしまうことはありませんか。最後まで丁寧に読んでみましょう。パウロが繰り返し「互いを愛し、受け入れよ」と言ったのが決して机上の空論ではなかったことが、この章に上がっているたくさんの名前を見るとはっきりとわかります。
    まず、女性の名前が多く出てきます。フェベ、プリスカ、マリア、トリファイナ、トリフォサ、ペルシス、ルフォスの母、ユリア、ネレウスの姉妹といった人たちです。それから、見分けがつきにくいですが、ユダヤ人、ギリシア人、ローマ人の名前が入り混じっています。また、「アリストブロ家の人々」、「ナルキソ家の中で主を信じている人々」とあるのは、その家の奴隷たちであると考えられています。身分の高い者、低い者がいたわけです。親子もいます。世代の違う者がいたわけです。
    パウロは「訪問する者はだれかれとなく歓迎し」た(使28章30節)とありますから、本当にあらゆる人を主にあって受け入れて福音を宣べ伝えたのです。
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  • 互いに相手を受け入れるために(ローマの信徒への手紙 15章)
    だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。
    (ローマの信徒への手紙15章7節)
    自分と違う相手を受け入れることがどれほど難しいことか、主イエス・キリストはよくご存じです。「神」が「人」を受け入れる。これほど大きな違いを主イエス・キリストは乗り越えて、私たちを受け入れてくださいました。これほどの愛を示してくださったのに、人間同士が互いを受け入れられないとは、神の悲しみはいかばかりかと思います。
    互いを受け入れるためには忍耐が必要です。主がどれほど私たちに忍耐してくださっていることか。聖書はそれを示しています。「それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです」(4節)。聖書を読み続ける意義はここにあります。
    「強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。おのおの善を行って隣人を喜ばせ、互いの向上に努めるべきです」とあります(1、2節)。
    さあ、自分の満足ばかり求めてしまうこの心を、主に明け渡しましょう。きょう出会う一人一人に善を行って喜ばせましょう。互いに平和に過ごしましょう。
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  • 福音の実を結ぶために(マタイによる福音書 13章1-9,18-23節)
    「良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは60倍、あるものは30倍の実を結ぶのである。」
    (マタイによる福音書13章23節)
    御国の福音は、時には盛んな歓迎を受けますし、時には人々から拒まれたり、退けられたりもします。
    福音を聞いても関心がない人がいれば、自分の外から来る圧迫に屈したり、世のことに心が引っ張られて、福音に対し否定的反応を示す人もいます。他方で、福音の実を結ぶ人もいます。福音伝道の効果は、福音を拒んで生きる多くの人びとにではなく、小さな群れであっても、福音に真実な心で反応する人びとにあらわされます。そして、そのような信じる人びとの福音は、やがて百倍、60倍、30倍の実を結びます。
    この事実は、今日の教会における希望であり、慰めです。また、それは私たちが絶え間なく福音を伝える理由になります。誰にでもイエス・キリストが紹介されなければいけません。また逆に、たとえ信仰者であっても、外部からの圧迫や内部からの誘惑によって福音の実を結ぶことに失敗する人もいます。ですから、福音の実を結ぶために、自分の信仰を徹底的に確認し、主イエスへの真の忠誠心を持っているかどうか、常に福音に対する自分の反応をチェックするべきです。
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  • 互いに裁き合わないようにしよう(ローマの信徒への手紙 14章)
    神の国は、…聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。このようにしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人々に信頼されます。だから、平和や互いの向上に役立つことを追い求めようではありませんか。
    (ローマの信徒への手紙14章17節~19節)
    どうして私たちは互いに比較して、自分と考え方や習慣の違う者をなかなか受け入れることができないのでしょうか。それはきっと自分を中心にして判断してしまうからです。
    折りにふれ、自分の心に聖霊は宿っているのだろうかと思います。聖霊によって清められていれば、私たちの心は義と平和と喜びに満たされるはずなのに。
    主のご命令は、人を裁くな、互いに愛し合いなさい、ということでした。人を裁きたがる私たちの性質は、善悪を知る木の実を食べたことによるものであり、これが原罪です。主イエス・キリストの贖いによって、私たちはこの罪から救っていただいたはずではありませんか! 何故なおこの罪にとどまるべきでしょう。人を裁きたがる思いを、人を愛することより先行させてはなりません。
    パウロはかつて批判する者、迫害する者でした。しかし「福音のためなら、わたしはどんなことでもします」と言い、自分と違う人を受け入れる者へと変えられました。主のために生きるなら、変われます。神が変えてくださるのですから。
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  • だれに対しても(ローマの信徒への手紙 13章)
    互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。
    (ローマの信徒への手紙13章8節、10節)
    思い上がることをやめ、自分が見下している者を受け入れ、愛することを教えられてきました。では自分より上の者、支配者に対してはどうでしょうか。
    支配者が同じ信仰者でないときには、1節の「今ある権威はすべて神によって立てられたもの」、「人は皆、上に立つ権威に従うべきです」という言葉に戸惑うでしょう。しかし、「神によって立てられた」と信じるからこそ、その支配者のことを神に委ねられるのではないでしょうか。
    13章と同じことがペトロの手紙でも言われています。「主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。…皇帝であろうと、…総督であろうと、服従しなさい。善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい」(1ペト2章13~17節)。
    だれに対しても善を行うことが神の御心だと言われています。そうありたいと願います。
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  • 思い上がらないために(ローマの信徒への手紙 12章)
    あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
    (ローマの信徒への手紙12章2節)
    12章から愛が説かれていきます。異邦人キリスト者が神の選びを誤解して、ユダヤ人を見下さないようにするためです。11章で思い上がってはならない、と教えられました。そのためにこの章では、「わきまえよ」と教えられます。何が神の御心か、何が善いことか、何が神に喜ばれることか、何が完全なことかをわきまえよ、と。
    「完全なこと」とは、全きことという意味です。神はつねづね「全き者となれ」と命じておられます(創17章1節、申18章13節、マタ5章48節他)。それは、神に従うことにおいて、自分の思いは一切捨てて全き者であれ、ということです。
    「善いこと」、「神に喜ばれること」とは、「互いに愛し合うこと」に尽きます。ユダヤ人に対する思い上がりに対しては「兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい」と言われています(10節)。「聖なる者たちの貧しさ(気落ち、暗い心、病、嘆き)を自分のものとして彼らを助け…なさい」とも言われます(13節)。主よ、私たちの中の一切の思い上がりを打ち砕いてください。
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  • 思い上がってはならない(ローマの信徒への手紙 11章)
    折り取られた枝に対して誇ってはなりません。…ユダヤ人は、不信仰のために折り取られましたが、あなたは信仰によって立っています。思い上がってはなりません。むしろ恐れなさい。…神の慈しみと厳しさを考えなさい。…もしとどまらないなら、あなたも切り取られるでしょう。
    (ローマの信徒への手紙11章18節~22節)
    「ユダヤ人は聖書をあれほどよく知っているのに、なぜイエスをメシアだと信じないのか」という批判をしばしばキリスト者の口から聞きます。そういう意識に対して、「思い上がってはならない」と戒められています。パウロの時代から今に至るまでなくなることのない、非常に強い見下しの罠がここにあります。
    イエス・キリストによる神の救いは旧約聖書に記されている預言の成就である、と受け入れられるのは、まったく神の恵みによることです。ユダヤ人が正確に聖書の一言一句を保存してきました。過酷な歴史のなかでユダヤ人たちが世界各地に散らされて、聖書の言葉とその理解は伝えられていきました。私たちの聖書理解はこれによって支えられてきました。「あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです」(18節)。
    パウロは、何とかしてユダヤ人を救いたいと言います(14節)。それ以上に神が、「すべての人を憐れむため」、秘められた計画を御心のままに進めておられます(32節)。思い上がりに対して、神は厳しく臨まれます。神の慈しみにとどまりたいものです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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