リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • ユダヤ人も、異邦人も(ローマの信徒への手紙 2章)
    神は人を分け隔てなさいません。律法を知らないで罪を犯した者は皆、この律法と関係なく滅び、また、律法の下にあって罪を犯した者は皆、律法によって裁かれます。
    (ローマの信徒への手紙2章11節~12節)
    すべての人は、最初の人アダムにあって生まれながらに罪人です。ユダヤ人であっても、私たちのような異邦人であっても、その事情は変わりません。
    神は私たちをご自身のかたちに似せて造られ、生まれながらにご自身の律法を心に刻みつけてくださいました。だれもが心に良心の呵責を感じるのはそのためです。それゆえ、異邦人であっても、律法を知らなかったために罪に誘われてしまったとの弁解は成り立ちません。
    神の選びの民であるユダヤ人には、とりわけ神の御言葉としての律法を知る特権が与えられていました。しかし彼らは、その律法の規定を自力で守り行うことによって自分を救い得るとの誤解に陥り、律法を守り得る自らを誇り、守り得ない者たちを裁きました。律法を神の恵みとして受け取るのではなく、自己正当化の道具としてしまったのです。
    異邦人であれ、ユダヤ人であれ、それぞれの仕方で神の前に自身の罪をあらわにします。そして、そのことが、イエス・キリストの贖いの恵みによるほか救いはないことを証ししているのです。
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  • 神の義(ローマの信徒への手紙 1章)
    福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
    (ローマの信徒への手紙1章17節)
    「福音には、神の義が啓示されている」と言われます。長く隠されていた神の救いの秘義、イエス・キリストの十字架の御業が福音によって明らかにされたからです。
    「啓示される」と受身の形で言われています。つまり神の義とは人間がみずから獲得しなければならない義ではなく、神が人間のために勝ち取ってくださった義です。
    律法に従い通され、十字架に死なれ、贖いの御業を成し遂げられた御子を、御父は義と認められました。この御子の義が、無力な罪人にそのままプレゼントされたのです。上等の上着を着せるようにして、神はご自身の義を私たちにまとわせてくださいました。それを、あたかも私たち自身が勝ち取った義であるかのように見なしてくださったのです。
    この真に価値ある義を信じ、受け入れる信仰により、私たちは義と認められ、罪赦され、救われます。人間の救いのために神が働き、神がすべてを成し遂げてくださったのです。
    信仰による義。恵みによる救い。これが聖書に啓示されている救いの真理です。永遠不変の真理です。
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  • わたしは立ち上がる (詩編 12編)
    主は言われます。
    「虐げに苦しむ者と
    呻いている貧しい者のために
    今、わたしは立ち上がり
    彼らがあえぎ望む救いを与えよう。」
    主の仰せは清い。
    土の炉で七たび練り清めた銀。
    (詩編12編6節~7節)
    この詩人は、当時の世相を嘆いています。「誠実な人がいなくなってしまった。みんなが平気で嘘をつき、その滑らかな舌で人を操ろうとする。もう信仰のある人はいなくなってしまった」と(2~5節参照)。それに対して、神はおっしゃいます。「虐げに苦しむ者と、呻いている貧しい者のために、今、わたしは立ち上がり、彼らがあえぎ望む救いを与えよう」と。
    私たちが生きている今の世界も、この詩人が嘆いている世界と、そう大差ありません。私たちも理不尽な苦しみを受け、うめき、その中で、あえぐようにして神に救いを求めています。それに対して神は答えてくださいます。「わたしは立ち上が」る、と。
    これは、その場しのぎの無責任な言葉ではありません。この詩人は、この言葉に励まされて歌いました。「偽りの言葉が氾濫する中にあって、主の言葉だけはどこまでも純粋で、主の炉の中で七たびも練り清められた銀のようだ」(7節参照)。神の言葉には決して偽りがありません。「わたしは立ち上が」るとの主の言葉は信頼できるのです。それゆえ、希望を持って歩んでいきましょう。
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  • 主は避けどころ(詩編 11編)
    主を、わたしは避けどころとしている。
    主は聖なる宮にいます。
    主は天に御座を置かれる。
    御目は人の子らを見渡し
    そのまぶたは人の子らを調べる。
    (詩編11編1節、4節)
    この詩人の周りには、どうやら政敵が多くいたようです。命をつけ狙う者も、彼の心を惑わす者もいたのでしょう。あるとき、彼を惑わす者が言いました。「お前は無力なのだから、もう諦めて逃げればよいではないか」と(1~3節参照)。
    この言葉は、彼の心を乱すものでした。けれども、この詩人は気を取り直して言いました。「主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる。御目は人の子らを見渡し、そのまぶたは人の子らを調べる」と(4節)。
    神は、天の王座からすべての人の心の中を見通し、どんな陰謀をも見破られます。そのお方が私たちの安全地帯、避けどころとなってくださるのです。こんなに心強いことはありません。
    もちろん、神は私たちの心の中をも見抜いておられます。しかし今や、御子イエス・キリストの十字架の贖いのゆえに、私たちは自らの罪を示されつつも、大胆に神の御前に進み出ることができます。ですから、自分自身の力の弱さのゆえに怖じ気づくのではなく、すべてを主に委ねて、勇気をもって世に出て行きましょう。
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  • 神は必ずご覧になる(詩編 10編)
    あなたは必ず御覧になって
    御手に労苦と悩みをゆだねる人を
    顧みてくださいます。
    不運な人はあなたにすべてをおまかせします。
    あなたはみなしごをお助けになります。
    (詩編10編14節)
    この詩人は、「主よ、なぜ遠く離れて立ち、苦難の時に隠れておられるのか」と訴えます(1節)。悩みの中で祈ったときに、何の答えもなかったからです。私たちも、祈るときに何の答えもなく、神が祈りを聞かれていないように感じることがあるのではないでしょうか。
    この詩人は、神が正しく裁いて答えてくださらないゆえに、神に逆らう者が高慢になり、神を侮り、「罰などはない、と心に思う」と、不平を口にします(13節)。しかし、思い直して、続いてこう歌うのです。「あなたは必ず御覧になって、御手に労苦と悩みをゆだねる人を顧みてくださいます」と(14節)。神は、苦しむ私たちをじっと見つめ、顧みてくださいます。必ずや救いの御手を差し伸べてくださるのです。
    主イエスも、あるときおっしゃいました。「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか」と(ルカ18章7節)。神はあなたのことをいつまでも放っておかれません。神は必ずあなたのことを、じっと見守っていてくださいます。
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  • 見捨てられない(詩編 9編)
    主よ、御名を知る人はあなたに依り頼む。
    あなたを尋ね求める人は見捨てられることがない。
    (詩編9編11節)
    この詩人は、窮地に立たされています。彼には敵がおり、その敵は、「わたしを憎む者」「異邦の民」「神に逆らう者」と言われています。彼はそのような人びとからさまざまな攻撃を受けて、苦しめられているのです。
    しかし、彼にはかつて主が敵を打ち倒してくださった経験がありました。主が御顔を向けることで、「敵は退き、倒れて、滅び去った」のです(4節)。それゆえ、彼には「主」に対する絶大な信頼がありました。主を求める人が見捨てられることは決してない、と。
    悪者がのさばり、不正がまかり通る世の中です。しかし、そのような中でも、私たちは平安にとどまることができます。神が正義の審判者として君臨しておられるので、悪者がいつまでものさばることはなく、正しい者がいつまでも虐げられることもないからです。
    この詩人は言います。「あなたを尋ね求める人は見捨てられることがない」(11節)。私たちは、悩みの時に神に依り頼まずにはおられません。神は決してお見捨てにならないという真実は、なんと心丈夫なことでしょう。
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  • 弟子らしく(マタイによる福音書 10章24-39節)
    弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。
    (マタイによる福音書10章24節)
    きょうの御言葉は、私たち人間の限界を示しつつ、大きな平安を与えてくれます。弟子としての分をわきまえているようにと、自分を過大に評価しがちな私たちを戒めてくれます。「思い上がりなさんな」、「謙遜であれ」と。同時に、卑屈にならず、ありのままに、自らの貧しさに立って1日を始めるよう、招いてくれます。
    僕は主人にまさるものではない。それはこういう意味です。主イエスに従おうとする者ができることは、自分を主の御言葉のもとに置くこと、そして自分を主の守りのもとに置くこと。弟子は師にまさるものではない。私たちは、考えること、語ること、行うことすべてにおいて、主にまさる者であることはできません。また、自分の力を越えたガンバリを求められてはおりません。僕の分を喜んで受け入れたいと思います。
    信仰の仲間たち、さらにまだ信じていない人びとも、福音の招きの中に置かれています。自分が弟子の場所にふさわしく留まれるよう祈りましょう。御言葉の権威に信頼して、弟子らしく人々とかかわることができるように。
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  • 乳飲み子の賛美(詩編 8編)
    あなたの天を、あなたの指の業を
    わたしは仰ぎます。
    月も、星も、あなたが配置なさったもの。
    そのあなたが御心に留めてくださるとは
    人間は何ものなのでしょう。
    人の子は何ものなのでしょう
    あなたが顧みてくださるとは。
    (詩編8編4節~5節)
    この詩人は、星空を眺め、その雄大さと、それをお造りになった神の偉大さに言いしれぬ感動を覚えています。創造主なる神の栄光と威光を心から賛美しているのです。同時に、彼の心に一つの驚きが生じています。この宇宙の雄大さに比べると、人間は本当に小さな存在にしか過ぎないということです。
    塵から出て塵に帰るしかない人間、しかも神に背く罪を繰り返し犯す人間を、なぜ神は御心に留め、顧みてくださるのか。またこんなにも愚かにして罪深い人間に、なぜご自身が造られた他の被造物を支配する権能をお授けになったのか。これはいくら考えても分からない神秘です。この神秘に触れたときに、この詩人は乳飲み子のように神を賛美したのでした。
    神が人間を御心に留め、顧みてくださるこの恵みが、今や独り子であるイエス・キリストがこの世に降ることによってあらわされました。キリストがすべての罪人の罪の贖いとして十字架につけられることに行き着いたのです。この救いの神秘に触れたときに、私たちも乳飲み子のように神を賛美する者とされるのではないでしょうか。
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  • 正しく裁く神(詩編 7編)
    正しくいます主にわたしは感謝をささげ
    いと高き神、主の御名をほめ歌います。
    (詩編7編18節)
    「わたしを助け、追い迫る者から救ってください」(2節)。この詩人には、彼を激しく攻撃する者たちがいたようです。彼は、まったく身に覚えがないのに、不正を犯したと訴えられています。このままでは罪人として裁かれ、誉れが地に落ちてしまいます。ですから、彼は自らの身の潔白を訴えています。
    しかし、それはすべて彼の目から見た状況です。彼を責め立てる敵から見れば、彼こそまさに不正を犯し、仲間に災いをもたらした人間であるのかもしれません。
    大切なことは、この詩人が人間のだれかに裁きを頼むのではなく、ましてや自分自身で裁くのでもなく、ただただ神に正しい裁きを求めている点でしょう。
    彼は最後に、「正しくいます主にわたしは感謝をささげ、いと高き神、主の御名をほめ歌います」と歌いました(18節)。自分自身を含めてすべての人間を正しく裁く主を賛美しつつ、その裁きに身を委ねています。自分自身が気づかぬうちに悪を犯しているのなら、自分の身にも災いが降りかかることをも受け入れて、正しい裁きをする主に委ねているのです。
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  • 主よ、主よ(詩編 6編)
    主よ、怒ってわたしを責めないでください
    憤って懲らしめないでください。
    主よ、憐れんでください
    わたしは嘆き悲しんでいます。
    (詩編6編2節~3節)
    この詩編6編は、悔い改めの詩編と言われます。この詩人は危機に瀕して、神の怒りを強く感じ、神に懲らしめられているように受けとめました。おそらく、自分でも赦せないような大きな罪を犯したのでしょう。そこで彼は、真剣に悔い改め、「主よ、主よ」と何度も叫び続けたのです。彼には、この神だけが頼りでした。どんなに怒って責められ、懲らしめられても、この方の憐れみにすがり、慈しみを頼って泣き叫ぶしかないのです。「憐れんでください。救ってください。いつまで怒り続けるのですか。わたしの方を振り向いてください」と。
    そういう日々が、どれだけ続いたのかは分かりません。しかし、ある時以降、彼の口からこういう言葉が出るようになりました。「主はわたしの嘆きを聞き、主はわたしの祈りを受け入れてくださる」(10節)。彼は、祈りの格闘の中で、罪の赦しの確信を持つことができたのです。
    人間関係において、真剣にぶつかり合う中で深められることを経験することがあります。神との愛と信頼の関係も、真剣に格闘していく中で、次第に深められていくものではないでしょうか。
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