リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • 「地球家族」の一人として平和を祈る(ヤコブの手紙 1章)
    良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです。御父には、移り変わりも、天体の動きにつれて生ずる陰もありません。
    (ヤコブの手紙1章17節)
    わたしの赴任している教会に、「地球家族」と題するカレンダーとともに、日本国際飢餓対策機構から毎月ニュースが届いています。世界各国の貧困と飢餓の実情が報告され、その解決のため、世界の人々の平和の実現を祈り求めることが訴えられています。日ごとの糧を祈り求める願いは、この平和を求める祈りと切り離せません。
    使徒ヤコブは、きょうの御言葉の中で、繰り返して「わたしの愛する兄弟たち」と呼びかけます。それは、主イエスにあって、教会が、神を父とする神の家族であることを告白するものです。しかし「地球家族」の範囲はさらに広大なものです。主イエスが、「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」(マタ5章45節)と言われたとおり、神は、世界の人々の父でもあります。
    輝き変わることのない神は、御子をさえお与えになるほどに、私たちに「完全な賜物」を与えてくださいます。いただいた賜物を「地球家族」のために御心に適って捧げましょう。その時、日ごとの糧を求める教会の祈りが、世界の人々の平和と連帯します。
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  • 罪ある者が汚した世のただ中で祈る(詩編 104編)
    彼らはすべて、あなたに望みをおき
    ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。
    あなたがお与えになるものを彼らは集め
    御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
    (詩編104編27節~28節)
    主イエスは「空の鳥をよく見なさい」(マタ6章26節)と、大切なことを私たちに気づかせようとします。それは、「信仰の薄い」(同30節)私たちが、信仰深い目をもって、神が造られた世界を、よく見るようになるためです。
    上に引用した詩編104編は、壮大な天地創造の描写による賛美の歌です。そこには、主に望みをおき、食べ物を待ち望む生き物たちの姿が、信仰の目で描かれています。
    今、私たちが信仰の目で世界を見るとき、この大自然という神の恩恵を失う危機が見えてきます。創造の冠であったはずの人間の罪と悪ゆえに、全地球に広がる自然界も、空と海に行きかう動物界も、今までにないほど、姿も命も損なわれ、汚されているからです。この現実から目をそらせてはいけません。
    詩編104編の作者は「どうか、罪ある者がこの地からすべてうせ、主に逆らう者がもはや跡を絶つように」(35節)と祈っています。この祈りを必要とする世のただ中に、主イエスはお生まれになりました。この事実を信仰の目をもって見るとき、祈りの質が変革され、罪ある世界に主の栄
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  • 祈りの優先順位(ペトロの手紙一 6章)
    「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。」
    (ペトロの手紙一6章25節)
    何かと思い悩みやすい私たちに、「命は食べ物よりも大切」「体は衣服よりも大切」と諭される主イエスは、「まず、神の国と神の義を求めなさい」(33節)と祈りの優先順位を教えてくださいました。それは主の祈りの第一から第三の願いの中で、「御名」「御心」「御国」を求める祈りとして展開されています。
    それに対して、主の祈りの第四から第六の願いは、私たち自身のための祈りです。第四の願いで「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」と自分自身のために祈るとき、最初に食糧のために祈ることを主はよしとされたのです。
    また、主イエスは、主の祈りを教えてくださる前に、「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じ」と教えてくださいました(8節)。私たちは、ともすれば、食べることは、私たちの勤労のお陰と思いがちです。しかしながら、主イエスは、私たちが労苦し、愛情をもって整えた食卓であっても、それは、私たちが願う前から、全能の神が先だって備えてくださった必要な恵みであると教えておられます。
    神の恵みを感謝し、日々の糧を主に求めて祈りましょう。
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  • クリスマスの心・希望(ペトロの手紙一 3章)
    心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。
    (ペトロの手紙一3章15節)
    年末が近づくにつれ、大掃除、クリスマスカードや年賀状などの準備に追われて忙しくされている方も多いと思います。忙しさの中にあっても、きょうの御言葉にあるように、「心の中でキリストを主とあがめる」思いを大切にしましょう。「あがめる」は、神聖なお方として敬うことです。主イエス・キリストをあがめながらクリスマスに向かって歩みましょう。
    キリストを主とあがめる人は、心に抱いている希望を伝える役目が与えられています。まずは、自分がキリスト者であることを周りの人に知ってもらいましょう。クリスマスは、あなたの身近な人に、キリストの素晴らしさをお伝えする良い機会です。身近な人からクリスマスの意味を尋ねられる時が与えられたら、キリストとわたしの出会いの証しをしましょう。自分の生きる希望がキリストにあることを伝えられるように、祈り備えましょう。クリスマスカードに聖句を書くことも有益です。
    キリストが与えてくださった希望をあなたが伝えることによって、それを聞いた人の心に同じ希望が与えられるように祈りましょう。
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  • 天においても地においても(詩編 103編)
    御使いたちよ、主をたたえよ
    主の語られる声を聞き
    御言葉を成し遂げるものよ
    力ある勇士たちよ。
    主の万軍よ、主をたたえよ
    御もとに仕え、御旨を果たすものよ。
    (詩編103編20節~21節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    地上における私たちの歩みは、決して御心に適うようなものではありません。神は地上のすべてを御心のままに支配しておられるとはいえ、なお地上には「世を支配する諸霊」(コロ2章20節)がその影響力を振るっています。私たちの罪の裁きとしての呪いは、被造物すべてを虚無に服させています。私たちは、与えられた賜物を誠実に用い、主に助けられて御心の実現に向かいます。
    御心を完全に実現することは不可能です。しかし、なお希望があります。天の万象、被造世界のすべては、罪の影響の中でなお神を讃えるものであり続けます。そして天において神の御許で、今この瞬間も御使いたちが主の御心を実現し、その栄光をほめたたえているのです。
    私たちはまだ実現しない地上の御国、神の御心の完全なる実現をはるかに仰ぎ見つつ、その日その時に向かって、今この地上の歩みを進めます。神はその私たちの歩みを必ず顧みてくださり、恵みをもって臨んでくださるのです。
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  • 地上の務めでも御心を(コリントの信徒への手紙一 7章)
    おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです。
    (コリントの信徒への手紙一7章17節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    私たちは、それぞれ地上の生涯における務めを与えられています。
    信仰をもって歩むこと、神と隣人を愛すること、福音を証しし教会に仕えること、神の栄光を讃え、神を喜んで生きること、これらはもちろん私たちに共通の最も重要な務めです。しかし同時に私たちには、それぞれの生活の場があり、それぞれ遣わされている責任があります。それらに誠実に向かうことも神から与えられた務めです。直接信仰と関わらない務めであっても、神は私たちにそれぞれの生活の場所と共に与えてくださっているのです。
    私たちの地上の歩みやそこで向き合うさまざまな務めが私たちの思いと相容れないことは少なくありません。神の御心に明らかに反するのでない限り、私たちは与えられた務めに誠実に向き合い、その場で神の御心をあらわすことを与えられた務めと受け止めるようにと、パウロは勧めています(1コリ7章17節)。教会の外のどのような働きにおいても、神の御心を実現することができるのです。
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  • 神に委ねる(ローマの信徒への手紙 12章)
    あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。
    (ローマの信徒への手紙12章2節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    私たちは信仰を持っていると言っても、地上で生きる者です。信仰についてどんなに学び、神についてどんなに知ったとしても、目の前にはさまざまな「目を引き付け」るものがぶら下がっています(創3章6節)。エデンの園のアダムたちでさえその誘惑を退けることができませんでした。まして罪の影響を引きずる私たちが、この誘惑を退けて神の御心を自分のものとして勝ち取ることなどできるはずがありません。
    しかし神は、私たちを罪から贖い出し、永遠の命の約束を与えてくださいました。その神が、救われてなお無力な私たちに働きかけ、神の御心が私たち自身の心となるようにしてくださいます。
    私たちは救いを自分で勝ち取ったのではありません。神に自分を委ねたとき、救いがおとずれました。それと同様に、救われた後も自分で自分を新たにするのではなく、神によって新たにしていただくのです。神が私たちを、御心を実現する者としてくださることを信じ、祈り委ねてまいりましょう。
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  • キリストの苦しみを共にする(ルカによる福音書 22章)
    「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」
    (ルカによる福音書22章42節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    私たちに必要なことは、自分自身の命や思いを実現しようとすることではありません。むしろそれらを捨てて神の御心を実現し、神から永遠の命をいただくことです。キリストがその命を捨ててまで私たちを大切にしてくださったからこそ、私たちはその命をいただくことができました。
    ですから、私たちもそのキリストのようになろうと願うのは、当然の心持ちでしょう。キリストが私たちの罪を贖い、命を獲得するためにしてくださった振る舞いとは何であり、それに倣うとは、どうすることでしょうか。
    ところで、ご自分の命を捨てようとするとき、キリストは本当に苦しまれました。それが父なる神の御心であることを知りつつなお、自分の命を捨てて神の御心を自身の心とすることは、苦しみの選択でした。
    キリストでさえそうなのですから、私たちはなおさらでしょう。平然と神の御心に生きることができる人はいません。絶えず「御心をなさせたまえ」と祈り続ける。それが私たちの姿です。
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  • 何に従うのか(マタイによる福音書 16章)
    「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」
    (マタイによる福音書16章25節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    私たちは、罪から解放されて「自由を得るために召し出され」(ガラ5章13節)ました。自由とは、一般に「他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意志や本性に従っていること」(大辞林第三版)です。
    しかし、聖書において、私たちが救われて自由とされているということは、そうではありません。救われた私たちはむしろ自分の本性に従うのではなく、神の御心に拘束・支配されるのです。一般的な定義であれば、これは自身の自由を放棄しているように映ります。
    聖書は、私たちが自分を捨てることによって真の命を獲得することができると教えています。私たちが私たちの本性によって、命を得ようとする道は、全く不十分であるばかりか、何の益も生み出すことができないのです。
    むしろイエス・キリストがご自分の命を十字架上で捨てたことによって、永遠の命を獲得してくださったように、私たちも自身を捨てることによって命をいただけます。キリストの永遠の命をいただけますよう祈りましょう。
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  • 御心をあらわす者とされる(マタイによる福音書 7章)
    「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」
    (マタイによる福音書7章21節)
    「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
    私たちは、神の救いは、信仰によって与えられると確信しています。「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」と言われているとおりです(ロマ10章10節)。「善い行い」によって義と認められようとする試みは無意味なものです。
    けれども、主の名を呼ぶだけでいいのかといえば、そうではありません。主の名を呼ぶだけで何も変わらない人は、天の国から拒絶されると言われるのです。
    行いによって救われるのではありませんが、信仰には行いが伴います。主を信じ、その名を呼ぶ人は、罪を赦されて主と和解します。すると、主の御心が自分の心に宿ります。その結果として、御心を行う者となるのです。
    御心を行うために、何か一生懸命頑張るのでしょうか。そうではありません。救われること自体を神に委ねている私たちは、救われて御心をあらわす者とされることをも日々神に委ね、祈り求め続けるのです。日々御心を行う者とされていきましょう。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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