リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • きっとあの人にも起こる(イザヤ書 24章)
    あなたがたはこれらのことの証人となる。
    (イザヤ書24章48節)
    よみがえられた主イエスは、弟子たちに伝道するようにはっきりとお命じになりました。主イエスの復活の事実と伝道命令。この二つが弟子たちの伝道のエネルギーとなったのです。
    弟子たちの真ん中に立たれた主イエスは、まず旧約聖書に書いてある事柄はすべて実現すると語られ、ご自身の死と復活はそのような神のご計画の中で起こったことであり、これに続いて罪の赦しを得させる悔い改めがあらゆる国の人々に宣べ伝えられると語られました。伝道とは、そのような「必ず実現する神の救いのご計画」に参与させていただく働きなのです。
    さらに主イエスは、伝道は弟子たちが今いる場所から始まり、罪の赦しと神の愛を体験した弟子たちがその事実の証人となると告げ、「父が約束されたもの」「高いところからの力」すなわち「聖霊」を待つようにお命じになりました。
    私たちも聖霊の力を祈り求め、置かれているその場で自分が体験した救いの恵みを証しするなら、必ず実現する神のご計画の動きを感じることができます。わたしの身に起こったことは、きっとあの人にも起こります。
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  • 真の安息を求めて(イザヤ書 66章)
    新月ごと、安息日ごとに
    すべての肉なる者はわたしの前に来てひれ伏すと
    主は言われる。
    (イザヤ書66章23節)
    『ハイデルベルク』の主な作成者であるウルジヌスは、この問答の解説書も著しています。第四戒の個所を読んでみますと、ウルジヌスは第四戒で教えられていることを教会の課題として、さらにそれを具体的に行う教職者の課題として詳しく解説しています。
    主の日が真の安息の日となるためには、礼拝をはじめとして主の日に行われるさまざまな活動が、主の御心に沿って行われなければなりません。とりわけ礼拝説教が神の言葉としてふさわしく語られ、聖礼典が神の定められたとおりに執行され、用いられなければなりません。これは教会の務めであり、特に正式にその職務に召された者の責任です。そうでなければ、信徒に神の集会に熱心に集うことを勧めることができません。
    今週は第四戒について学ぶ機会が与えられました。明日は主の日です。どうか、礼拝で主のご用にあたる牧師、説教者の働きを覚えて祈ってください。また司式者や奏楽者、教会学校教師などの奉仕者のためにも祈りましょう。明日の礼拝の上に主の祝福が豊かにありますように。
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  • 信仰生活のリズム(ヘブライ人への手紙 4章)
    だから、わたしたちはこの安息にあずかるように努力しようではありませんか。さもないと、同じ不従順の例に倣って堕落する者が出るかもしれません。
    (ヘブライ人への手紙4章11節)
    十戒は二つの部分に分けられます。第一戒から第四戒までの前半部分は私たちが神に対してどのようにふるまうべきかを教え、第五戒から第十戒の後半部分は私たちが隣人にどのような責任を負っているかを教えています。
    前半部分の最後に位置する第四戒は、まことの神のみを信じて歩もうとする信仰者の日々の生活が地に足のついたものになるように整えてくれます。第四戒が教えているのは、単に7日のうちの1日だけのことではありません。なぜなら、主の日に神から安息をいただいてから始まる1週間とそうでない1週間とが同じではありえないからです。
    週の初めの主の日、主から罪の赦しをいただき、身も魂もリフレッシュされる。そして、主の日を出発点として他の6日の働きに遣わされ、また主の日を迎える、という1週間のリズムが、健全な信仰生活を形成します。
    主の日の過ごし方が変われば、他の6日の過ごし方も変わります。その意味で、主の日をどのように過ごすのかはその人の全生涯に関わっています。この安息にあずかるように努力することは、人生全体を豊かにします。
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  • 安息日と主の救い(申命記 5章)
    「あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである。」
    (申命記5章15節)
    十戒が直接的に語られている聖書個所には、出エジプト記20章と申命記5章の二つがあります。実際に聖書を開いて読み比べていただきたいのですが、興味深いことに、同じ第四戒を取り扱っていながらも、両者には明確な違いがあります。
    申命記5章15節は次のように語っています。「あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである」。
    安息日を守るべき理由について、出エジプト記20章では主の創造の御業との関連で説明されていたことが、ここでは主の救いの御業との関連で説明されています。安息日とは主の救いの御業を思い起こす日である、と。
    救いの御業のゆえに安息日を守ることは、主の復活により安息日が週の7日目から初めの日に変わったことで、より鮮明になりました。救い主イエス・キリストが復活された日こそ、主の救いの御業を思い起こし、喜び祝うのにふさわしいからです。
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  • 創造主なる神にならって(出エジプト記 20章)
    「6日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、7日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」
    (出エジプト記20章11節)
    第四戒には、十戒の他の戒めとは異なって、「~しなさい」あるいは「~してはならない」という命令だけでなくて、なぜこの戒めを守らなければならないかを教えるための説明が付けられています。
    きょうの聖書個所、出エジプト記20章11節は、私たちが安息日を守るべき根拠について、主なる神の創造の御業から説明しています。
    主なる神は、6日の間に天と地と海とそこにあるすべてのものをお造りになり、7日目に安息なさったではないか。だから神にかたどって、神のかたちに似せて造られているあなたたちは、主にならって、何であれ6日の間働いて、7日目を安息日とするのだ、ということです。
    ここからきょう覚えたいことは、私たちはもともと安息日を守るために創造されているのだ、ということです。安息日を守るということは決して特別なことではありません。安息日を守ることが、私たちの本来あるべき姿なのです。そして本来あるべき姿にもどっているとき、私たちは本当の安息を味わうことができるのです。
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  • 信仰の訓練と継承(出エジプト記 20章)
    「6日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、7日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。」
    (出エジプト記20章9節~10節)
    聖書の教えは、それを受け取る人が置かれている状況や立場の変化に応じて新たな気づきを与えてくれます。
    青年時代、第四戒はわたし自身がどのように主の日を過ごすべきかを教えてくれる指針でした。CSから始まって、朝礼拝、昼食をとりながら青年会、CS教師会など、そして最後は夕礼拝という、主の日の教会のプログラムに集うように、またそのために週日の生活を整えるように、第四戒はわたしを訓練してくれました。
    結婚し、家族が与えられている今、同じ戒めが、とりわけ子どもたちに安息日の祝福を伝え、どのように信仰を継承していくかを考えるための指針になっています。
    第四戒において主が想定しておられるのは、この戒めを直接聞いているわたし、そしてあなただけではないのです。「息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である」と、主はおっしゃいます。主なる神は、あなたとあなたの愛する家族、あなたの大切な友人たちがともに神の教会に集い、ご自身の安息を得るようにと願っておられます。
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  • 安息日を「心に留める」(出エジプト記 20章)
    安息日を心に留め、これを聖別せよ。
    (出エジプト記20章8節)
    十戒の他の戒めにも当てはまることですが、一見単純なことのように思える第四の戒めをふさわしく理解し実践するためには、信仰的な知恵と分別が必要です。とりわけ今という時代は、より一層必要なのではないかと感じています。
    主の日であっても働かざるを得ない状況にある方や高齢や病気などのゆえに主の日の礼拝に集うことの困難な方が大勢おられる中、この戒めの安易な適用は、そのような方々から安息を奪ってしまうことになりかねません。これは、この戒めが本来意図している真の安息の実現とは正反対のことです。
    礼拝に出席することがしんどかったり、主の日の奉仕が時として重荷に感じられることもあるでしょう。そのような中で第四戒について学ぼうとするとき、まず私たちに求められているのは、安息日を「心に留める」ことです。この世の誰も与えることのできない、ただ主なる神のみが与えることのできる真の安息とその恵みが、私たちに差し出されています。このことに感謝し、神が真の安息を実現してくださるのを、神に期待しましょう。
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  • 神の熱意と喜び(ルカによる福音書 15章)
    「言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」
    (ルカによる福音書15章10節)
    15章の三つのたとえ話には共通点があります。「失われた者を探し求める神の熱意」と「失われた者が見出された時の神の喜び」です。
    見失った羊は特別に高価な羊ではありません。ドラクメ銀貨1枚も大した額ではありません。家を出た弟息子は、父親が生きている内に財産の分け前を求めるような親不孝者です。にもかかわらず、羊飼いはその1匹が見つかるまで探し、女もその1枚が見つかるまで探します。自分のものだからです。父親も帰って来た弟息子がまだ遠く離れていたのに見つけて走り寄り、抱きしめます。自分の息子だからです。そして言うのです。「一緒に喜んでください」。「喜ぶのは当たり前ではないか」。ここに主イエスを通して失われた罪人を捜し求めてくださる神の熱意と、一人の罪人が悔い改めて立ち帰る時の神の喜びが表されています。
    私たちはこのような神の熱意によって探し出され、このような喜びの内に招かれています。伝道とは、キリストの体としてこのような神の熱意と喜びに仕える働きです。この光栄ある働きのためにきょうも遣わされて行きましょう。
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  • 20170916(ヤコブの手紙 5章)
    わたしの兄弟たち、何よりもまず、誓いを立ててはなりません。天や地を指して、あるいは、そのほかどんな誓い方によってであろうと。裁きを受けないようにするために、あなたがたは「然り」は「然り」とし、「否」は「否」としなさい。
    (ヤコブの手紙5:12)
    神の前でなされる合法的な誓いはもちろんあります。その事実を踏まえた上でなお、聖書は誓いを立てることへの慎重な姿勢、厳しい調子を崩しません。「正当な誓い」「合法的な(御言葉に適う)誓い」を適正に保持するために、偽りの誓い、とりわけ「聖人」など被造物を指して誓うような迷信をきっぱり排除しているのです。
    ヤコブの言葉は、主イエスの戒めを明白に受け継いで語っています。「然り」と「否」を自由にあやつることができるかのような思い込みと傲慢は、結果的に神を偽り者とする重大な罪の温床です。誓いはしばしば、自分が正しいという不遜な信念と一体です。誓うことによって、神の意志や行動に人間が介入し、思いのまま神を動かそうとする誘惑に陥るのです。自分の考えや期待のために、「摂理」の御手を気ままに動かすことができる。そのような理解は聖書の信仰とは異質です。
    身勝手な誓いを離れ、祈りと賛美への道を歩むようヤコブは勧めます(13節)。考えてみれば、正当な誓いは必ず神への祈りと賛美を含むでしょう。従順と信頼を包み込む誓いだけが、合法的です。
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  • 聖霊によって良心が語る(ローマの信徒への手紙 9章)
    わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって証ししていることです
    (ローマの信徒への手紙9章1節)
    真実を語ることがどれほど困難であるか、を弁えないキリスト者はいないでしょう。真実な言葉、いのちの言葉。それだけを語って十字架に向かわれたキリストから、言葉の恵みと深み、言葉の喜びと責任を知らされているからです。パウロは神の啓示を担う使徒として、とりわけ言葉の真実に心を尽くした人です。そのパウロがここで悲痛なほどの懸命さで語ります。「真実を語り、偽りは言わない」と。
    9章から語り始めるのは、神の救いの歴史とイスラエルの選びという、旧新約聖書を貫き通す重大な福音の筋道です。同胞イスラエルは今なお救いの歴史の焦点であり、イスラエルを離れては、キリストにおいて実現した救いの歴史に完成はありません。宣教の実りはイスラエルを除外しません。それは単なる同族意識や民族感情ではありません。御国の実現はイスラエルの立ち帰りを含む、という揺るぎない神学的な洞察です。福音の真理のためなら自らの犠牲を厭わない、パウロの命がけの告白です。
    救いの成否がかかるとき、大胆に聖霊を呼び出して語ることは、教会の責務です。福音の務めはかくも厳かです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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