リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • すべてが御手によって(マタイによる福音書 10章)
    「2羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だが、その1羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。」
    (マタイによる福音書10章29節)
    2羽の雀が1アサリオンで売られています。雀1羽では値段のつけようがないほど、雀というのは価値のないものであるという意味です。しかし、そのような価値のない雀さえも、神の許しがなければ地に落ちることがないほど神はその命を大切にしてくださいます。まして尊い神がご自身の民を忘れるはずがありません。むしろ、神は私たちの髪の毛までも1本残らず数えるほど、よく覚えていらっしゃるのです。
    そのことを考えるときに、私たちはこの世において神の許しがなければどんなことも起こり得ないことを覚えたいのです。勿論、その中には悲しい出来事もあるでしょう。そして、なぜ神はそのようなことが起こることをお許しになったのかと疑問を感じることが少なくありません。
    私たちはその答えをはっきりと見出すことはできませんが、確かなことは、そのすべてが神の御手の中にあって、神の御心に適っている、ということです。そして、神は神の民を絶対忘れることはなさいません。そのような神を信頼してきょうも一日を過ごしたいと願います。
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  • この世において偶然などない(箴言 16章)
    くじは膝の上に投げるが
    ふさわしい定めはすべて主から与えられる。
    (箴言16章33節)
    日々の生活において、偶然と思われることを少なからず経験します。20数年前、わたしが来日してまず日本語の勉強をしているときに、ゴスペルシンガーだった友人の誘いで、東京のあるホテルでのクリスマスコンサートを手伝うことになりました。誘ってくれた友人を始め、数名の日本人と韓国人が一緒に行うコンサートでしたが、わたしはある日本人の牧師と同じマイクを使って歌いました。
    その後、わたしは一つの教会を紹介され、その教会と協力伝道を行うことになりました。その教会の牧師が三か月前にわたしと同じマイクを使って歌った日本人の牧師、南越谷コイノニア教会の故古川第一郎牧師だったのです。
    いくつかの偶然が重なり、わたしは韓国にいる時から憧れていた神戸改革派神学校で勉強することができ、また日本キリスト改革派教会の牧師になることができました。人々はこれを偶然とよく言いますが、わたしは、これこそこの世を司っておられる神の導きであると信じています。
    きょうもあなたの生活の中で偶然と思われる神のご計画が確実に起こっていることを覚えましょう。
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  • この世において偶然などない(箴言 16章)
    くじは膝の上に投げるが
    ふさわしい定めはすべて主から与えられる。
    (箴言16章33節)
    日々の生活において、偶然と思われることを少なからず経験します。20数年前、わたしが来日してまず日本語の勉強をしているときに、ゴスペルシンガーだった友人の誘いで、東京のあるホテルでのクリスマスコンサートを手伝うことになりました。誘ってくれた友人を始め、数名の日本人と韓国人が一緒に行うコンサートでしたが、わたしはある日本人の牧師と同じマイクを使って歌いました。
    その後、わたしは一つの教会を紹介され、その教会と協力伝道を行うことになりました。その教会の牧師が三か月前にわたしと同じマイクを使って歌った日本人の牧師、南越谷コイノニア教会の故古川第一郎牧師だったのです。
    いくつかの偶然が重なり、わたしは韓国にいる時から憧れていた神戸改革派神学校で勉強することができ、また日本キリスト改革派教会の牧師になることができました。人々はこれを偶然とよく言いますが、わたしは、これこそこの世を司っておられる神の導きであると信じています。
    きょうもあなたの生活の中で偶然と思われる神のご計画が確実に起こっていることを覚えましょう。
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  • 御自分を証しする主(使徒言行録 14章)
    「しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」
    (使徒言行録14章17節)
    教会員の方がご主人から「本当に神がいるのか。神がいるなら、こんなに多くの人が災害で亡くなるはずがないじゃないか」と言われたそうです。確かに、大きな災害を目の当たりにすると、多くの人は「神などいない」と思ってしまうでしょう。しかし、そう思うのは、人間の物差しで、神を計ろうとしているからです。
    神は多くの被造物を通して御自分の存在を証ししておられます。私たちはさまざまな季節の実りを見ながら神のありがたさを感じます。また、美しい自然を見て神のすばらしさを経験します。さらに日々与えられる食物を通して、神がいかに私たちを愛しておられるかを示してくださいます。そればかりか、神は人間が自分の力ではどうにもならない御業を通して、人間が神を畏れるようにもなさるのです。そこには、私たちの思いをはるかに超えた神の特別な愛と配慮が満ちています。
    きょうも全能の神が、自然を通して、御自分を証ししておられます。さまざまな出来事の中に、今も働く神の配慮と導きをしっかりと認めながら生きる一日でありますように、お祈りいたします。
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  • 全能の神の前で(エレミヤ書 23章)
    わたしはただ近くにいる神なのか、と主は言われる。
    わたしは遠くからの神ではないのか。
    誰かが隠れ場に身を隠したなら
    わたしは彼を見つけられないと言うのかと
    主は言われる。
    天をも地をも、わたしは満たしているではないかと
    主は言われる。
    (エレミヤ書23章23節~24節)
    人が神に関心を寄せるとき、その神がどんな力を持つのかをまず知りたがると思います。この場合、神は人間に御利益をもたらす神でなくてはいけません。そうしないと誰も関心を寄せないからです。だから、人々は神を作り出すときに、この神にはどんな御利益があるのかを決めて、そのことを宣伝します。
    しかし、聖書の神、この世を造られた神は、決して人間に御利益をもたらす力だけを持っているのではありません。むしろ、聖書は全知全能の神を語っています。その神の力は必ずしも人間の御利益のために働くわけではありません。時には人間を正しい道へと導くために、その全能の力で人間を懲らしめたり、人間を戒めたりすることもあるのです。
    預言者エレミヤは、その全能の神を伝えています。神は人間がどんなに遠い所にいても、いくら深い隠れ場に自分の身を隠そうとしても、神がそれを見つけられないことはありません。私たちはその神の御前に生きています。今も生きておられ、我らのすべてをご支配しておられる神の御前に生きていることを覚えて、きょう一日を過ごしましょう。
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  • 命に至る道(ルカによる福音書 22章)
    「しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。」
    (ルカによる福音書22章26節)
    きょうから四回の主日にわたって、愛をもって仕える業「ディアコニア」を主題として御言葉から学んでいきましょう。一回目のきょうは、弟子たちへの主イエスの御言葉に注目します。
    最後の晩餐の食卓で、だれがいちばん偉いだろうか「あなたではない。わたしだ」と口々に言い合っていた弟子たちに主は言われました。「あなたがたはそれではいけない。…上に立つ人は、仕える者のようになりなさい」。
    なぜ主はそのようにおっしゃったのでしょうか。それはきっと、人を押しのけてよい席を独り占めしようとする生き方では、結局、人は滅びに至り、仕えて生きる生き方だけが命に至るからに違いありません。
    主は山上の説教の中で、滅びに通じる広い道と命に通じる細い道の、道は二つであると教えておられます(マタ7章13、14節)。隣人の益のために、よい席に座る権利を手放し、自ら貧しさを負うこと、それこそ仕えることであり、主が私たちに救いを与えるために選び取られた生き方でした。命の君なる主を見上げて進んでまいりましょう。
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  • 人が笑い、神も笑う(創世記 18章)
    サラは恐ろしくなり、打ち消して言った。「わたしは笑いませんでした。」主は言われた。「いや、あなたは確かに笑った。」
    (創世記18章15節)
    神のもとには笑いがあります。わたしにとっての神はジョークやユーモアを好まれるお方です。真面目で真剣な場面でも、ウィットに富んでおられます。
    「わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう」(創17章2節)と神はご計画を示されました。創世記17、18章は、その計画が成就していく極めて大切な場面です。アブラハムは「90歳のサラに子供が産めるだろうか」(同17章17節)と笑いました。その笑いは、神の言葉を疑う冷笑でありましたが、神はそれを逆手にとって、それならあなたに生まれる子供の名前は「彼は笑う」にしてしまおう、と言われたのです。
    サラも夫のアブラハムと同様、「ひそかに笑った。自分は年をとり、もはや楽しみがあるはずもなし、主人も年老いているのに、と思った」(同18章12節)とあります。神はこの夫婦の、ご自身を疑う不信仰を良い意味で笑いに変えて、神がどんなに大能の方であるかを示してくださいました。神の笑いが人の笑いに勝ちました。人の冷笑を包み込んで、神による祝福の笑いに変えてくださったのです。
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  • 万事が益となるように(ローマの信徒への手紙 8章)
    神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
    (ローマの信徒への手紙8章28節)
    使徒パウロがきょうの箇所で「万事」と言ったとき、そこには明らかに「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていること」(ロマ8章22節)が含まれているでしょうし、35節に出てくる艱難、苦しみ、迫害、飢え、裸、危険、剣が考えられていると思います。人間的には避けたいことばかりですが、天の父はそれらの苦しみをも用い、万事相働かせて、益としてくださる、と聖書は証ししています。
    「益となるように」とは、29節で語られている通り、「御子の姿に似たものに」することに他なりません。御子イエス・キリストが辿られた道を歩ませていただくとき、十字架の苦しみがつきまといますが、それは神から見放されたしるしではなく、むしろ愛されているからこそだと聖書は断言するのです。
    ハイデルベルク信仰問答の答えも「たとえこの涙の谷間へ、いかなる災いを下されたとしても、それらをわたしのために益としてくださることを、信じて疑わないのです」と告白しています。これを私たちの告白としたいものです。
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  • 野の花の喜び(マタイによる福音書 6章)
    「なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。」
    (マタイによる福音書6章28節)
    主イエスは天真爛漫であっけらかんとしておられるな、と思うことがあります。日々の衣食住について、少しも心配しておられません。私たちはと言えば、食い意地が張っていて、食をつなぐことを一生懸命に考えてしまいます。そのような現実を無視して、きょうの御言葉を言われたわけではないと思います。主イエスは、亡き父ヨセフの跡を継いで大工の仕事で一家を支えてこられ、その中で天の父に心から信頼しきっておられたのです。
    往年の名ドラマ「裸の大将」の主題歌で、「野に咲く花のように風に吹かれて…そんな風に僕達も生きてゆけたら素晴らしい」と歌われていましたが、ちょうどそれに似て、神の養いに任せきってしまう幸せを、主イエスは教えておられます。
    「やさいの時間」というテレビ番組では、一年を通していろんな野菜を育てていきます。子どもと一緒に見ていると、確かに野菜は自分で働きもしないし、紡ぐこともしません。野の花もそうです。それならもっと遙かに大事な私たちの生活を、神が心配してくださらないはずはありません。
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  • パパ!(ガラテヤの信徒への手紙 4章)
    あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。
    (ガラテヤの信徒への手紙4章6節)
    わたしが牧会させていただいている教会には、親のいない、あるいは親と一緒に暮らすことのできない子どもを引き取って、自分の子どもとして育てておられる兄姉がおられます。本当に素晴らしい働きだと、頭が下がる思いです。そのような子どもにとって、「パパ」「お父さん」と呼べることは、またそう呼べる人がいることは、どんなに嬉しいことだろうかと思わずにはいられません。また震災や事故、犯罪で親を亡くしてしまった子どもたちも、複雑な思いを抱きながら、深い悲しみと叫びを胸の内に秘めているのだろうと思います。
    そのようなことを考えながら、きょうの御言葉を読みますと、親の名を呼べることは少しも当たり前ではありません。さらに、神に信頼して「アッバ、父よ」と叫ぶことができるのは、とても感謝なことだと、心に刻み直したいと思いました。親がいるいないに関わらず、私たち人類すべてに一人の天の父がおられます。しかも放蕩息子のように親元を出た家出息子・娘であった私たちに、主イエスは、さああなたも神をお父さんと呼んでいいんだよ、と今も語りかけておられます。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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