リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • あのヨハネが、生き返った(マルコによる福音書 6章)
    「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」…ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。ヘロデが…その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。
    (マルコによる福音書6章14節~16節、20節)
    洗礼者ヨハネの殉教の次第が記されています。ヘロデ王の妻ヘロディアが唆してそうなったことですが、王自身は、ヨハネの教えに当惑しながらも喜んで聞いていたとあり、ヨハネ殺害後も心穏やかではなかったでしょう。主イエスの噂を聞いて「あのヨハネが、生き返ったのだ」と思いました。それは迷信に過ぎませんが、彼に対する神のたしかな裁きでもありました。
    洗礼者ヨハネの使命は人びとにキリストを指し示して道を整えることでした。その使命に忠実に生きて、彼は牢獄で突然斬首されることになりました。しかしこのヨハネの最期は、主イエスの死に固く結び付いていて、言わば先駆けとなるものでした。人びとの間で主イエスの業が「ヨハネが生き返った」と受けとめられたことも、まるで復活を先取りするかのようです。
    神の救いのご計画に挫折や失敗があるはずはありません。ヨハネの生涯と使命がそうであったように、たとえ私たちの祈り願った通りにならなくても、神を信じて行った労苦が空しくされることは決してないのです。
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  • わたしの名は「レギオン」(マルコによる福音書 5章)
    イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。この人は墓場を住まいとしており、…イエスを遠くから見ると、走り寄ってひれ伏し、大声で叫んだ。…そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った。…追い出さないようにと、イエスにしきりに願った。
    (マルコによる福音書5章2節~10節)
    見るからに異常な人物が登場してきます。墓場に住み、並外れた怪力を持ち、石で自分を打ち、昼夜を問わず叫び続け…。その原因と正体は、彼にとり憑いた悪霊にありました。
    イエスの問いかけに対し、返ってきたのは、「ワタシの名はレギオン。俺たちは大勢だから」というものでした。彼は、自分の名前すら忘れてしまうほどに自己を見失ってしまったのでしょうか。まことに悲惨この上ない有様です。
    現代も、複雑な人間関係等でストレスの多い社会です。その中で心を病み苦しみ悩み叫んでいる人が沢山います。悪霊の暗躍は、ただ遠い昔の社会でのこと、自分とは全く関係がないことではありません。「あなたがたは、…不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました」(エフェ2章1、2節)とあります。
    地上における人生は、なお悩み多いものです。しかし、私たちの救い主は、悪霊に勝利され、悪しき力から解放してくださるお方です。今日、神が私たちを憐れみ助け、赦しときよめと解放とを絶えず与えてくださるように祈り願わずにいられません。
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  • 神の民の再建(ネヘミヤ記 7章)
    7章
    (ネヘミヤ記7章5節)
    ついに城壁の再建工事が完成しました。しかし、6章の最後には、トビヤがネヘミヤに脅迫の手紙をよこしたことが記されていました。完成したからと言って安心してはいられません。ネヘミヤは命じます。「エルサレムの住民に守備態勢を取らせ、各自が自分の持ち場と、各自が自分の家の前を守るようにせよ」(3節)。完成後、今度は維持していく働きが続きます。
    その後、神の指示を受けて民たちの住民登録をしようとしたところ、最初に帰還した人々の名簿が発見されました。それが6節から68節まで記されます。この名簿はエズラ記2章にもあります。エズラ記では、かつて連れ去られた者たちが帰って来たという、過去との連続性が示されています。
    ネヘミヤ記には別の意図があるようです。ネヘミヤ記は城壁完成後、今度は民たちが整えられていくことに話が移っていきます。そのために民のリストがここに記されたのでしょう。再建されるのは建物だけではありません。民たちの信仰生活が再建されなければならないのです。神は今も私たちの信仰生活を再建されます。
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  • 神の助けによって成る(ネヘミヤ記 6章)
    城壁は52日かかって、エルルの月の25日に完成した。わたしたちのすべての敵がそれを聞くに及んで、わたしたちの周囲にいる諸国の民も皆、恐れを抱き、自らの目に大いに面目を失った。わたしたちの神の助けによってこの工事がなされたのだということを悟ったからである。
    (ネヘミヤ記6章15節~16節)
    城壁の再建工事が完成に近づくにつれて、妨害者たちもあの手この手で攻めてきます。ネヘミヤに危害を加えようとして、何度も話し合いを持ちかけます。さらにユダヤ人たちが反逆を企てているという噂を広めようとします。預言者を買収して、ネヘミヤを陥れようとしたり、偽預言者によって脅迫したりします。
    そのたびにネヘミヤは、祈りつつ対処し、陰謀を見抜き、打ち勝っていきます。そしてついに城壁は完成します。城壁が完成したとき、ユダヤの民の周りの諸国民でさえ、ネヘミヤたちの信じる「神の助けによってこの工事がなされたのだということを悟った」のでした。
    妨害のためのさまざまな企てが、かえって神の御業を広く示す結果になりました。
    恐れるべきは、妨害・攻撃・迫害・脅迫ではありません。神に信頼しなくなることです。また、信頼すべきは、武力・知恵・能力・人間ではありません。確かに助けてくださる神の約束です。そうするなら、神の助けによって事が成ることを私たちも経験するのです。
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  • 神を畏れて生きる(ネヘミヤ記 5章)
    5章
    (ネヘミヤ記5章9節~11節)
    5章の14節から、城壁再建工事の12年後のネヘミヤの回想になっています。どうやら5章は単純に時間的順序ではないようです。
    1節からの前半部分も城壁再建の時期かどうか分かりません。いずれにしても、再建というのは城壁という建物だけではなく、民たちの生活や内面も含んでいるということを教えたいのでしょう。
    イスラエルの貴族や役人と民たちの間に、貧富の差による困難が生じます。民たちは、食べることさえ厳しい状況なのに、貴族や役人たちは容赦なく畑や家を抵当や担保にし、さらに娘を奴隷として売らせたりしました。
    そういう有様は、神の民の本来の姿ではありません。ネヘミヤは「神を畏れて生きるはずではないのか」と訴え、その日のうちに負債を帳消しにし、担保もすべて返すようにしました。ネヘミヤ自らもそのように実践しました。
    神の民は神を畏れて生きるのです。それは、隣人を愛し、助け合うということでもあります。経済格差のある社会に生きる私たちですが、神を畏れ、分かち合って生活しましょう。
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  • 神が戦ってくださる(ネヘミヤ記 4章)
    わたしは見回して立ち、貴族や役人やその他の戦闘員に言った。「敵を恐れるな。偉大にして畏るべき主の御名を唱えて、兄弟のため、息子のため、娘のため、妻のため、家のために戦え。」
    (ネヘミヤ記4章8節)
    城壁の再建工事が進むにつれ、敵の妨害も拡大します。そのため民たちは言います。「城壁の再建など、わたしたちにはできません」。
    ネヘミヤは単純に「がんばれ」と鼓舞するのではありません。まず、戦闘員を配置します。その後、部下を、作業する者と武器を持つ者に分けます。作業する者も、一方の手で作業し、もう一方の手に武器を持ったり、あるいは腰に剣をつけたりします。さらに、敵がきたら集合の合図をする角笛の係りも決めます。そのように、できるだけの対策を講じます。さらに民たちには、「主の御名を唱えて」戦え、「神はわたしたちのために戦ってくださる」と励まします。
    ネヘミヤは、心配になったからこのような対策を講じたのではありません。神が戦ってくださると信じていたからこそ、対策を講じたのです。祈ったからと言って、あとはじっとしているのが信仰的なのではありません。反対に武力だけに頼ることも不信仰です。神が働いてくださると信じるからこそ、人も最善をつくします。主にあって私たちの苦労は決して無駄にはなりません。
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  • 神の国は「夜も」進展する(マルコによる福音書 4章)
    「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。」
    (マルコによる福音書4章26節~29節)
    地に種を蒔けば実りが生じます。神の創造の御業による「不思議」ですが、人の心に命の種(キリストの福音)が蒔かれると、もっと素晴らしい「不思議」が起こってきます。そしてこの「不思議」にも成長発展の順序と段階がありますが、いつも問われるのは、福音をどのように聞き受けとめているかという私たちの信仰です。
    それぞれの教会の歩みにおいても、教会設立や会堂建築、世代交代や牧師交代などの大事な時期があります。皆が祈りと思いを一つにして行動しなければならないときです。また時には、ただひたすら信じ祈って待つしかない「夜」のようなときもあり、私たちは忍耐して神の時を待ちます。
    すると、そのうち待ち望んだ「早速、鎌を入れる」完成の時が到来します。私たちが永遠の命に復活させられる喜びの日です。その祝福をもたらすために主イエスは命を捨ててくださり、今日も私たちを用いて福音宣教の業を続けておられます。
    たとえ遅々とした歩みに見えることがあっても、神の国は夜も昼も着実に進展していきます。
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  • 赦されない罪の警告(マルコによる福音書 3章)
    「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。
    (マルコによる福音書3章28節~30節)
    主イエスは決して赦されることがない罪について警告されました。罪意識で悩む者にとってはとても心が騒ぐことですが、この警告には理由がありました。
    主イエスが聖霊の力によって悪霊追放の奇跡を行われたとき、悪意をもって聖霊の業をサタンの働きと決めつける人々がいました。とんでもないことです。サタンが悪霊を追い出すことは有り得ません。サタンは光の天使にさえ偽装すると言われますが、決して善を行うわけではありません。真に善きことはすべて神の聖霊の働きによることであり、それによって私たちの「内なる良心」も保たれ、人は悪いことをすればその罪責感から正しく悩み苦しみ反省することになります。しかしもし頑なに罪のうちに留まり続けるなら、それは聖霊に逆らうことであり、また聖霊を冒涜する結果ともなりかねません。
    この警告に先立ち、主イエスは「どんな冒涜の言葉も、すべて赦される」と語られました。神は慈愛に満ちた天の父です。御心にそって主イエスの血による赦しを心から感謝して受け取り、聖霊の導きに従って生きましょう。
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  • レビの選び(マルコによる福音書 2章)
    イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。
    (マルコによる福音書2章13節~14節)
    マルコだけが、レビを「アルファイの子」と紹介しています。どのような家庭環境だったのでしょうか。彼は徴税人でしたので、特にファリサイ派の人々からはローマに加担する売国奴、罪人と見られていました。身内の者からも、あるいは、アルファイ家の恥だと思われていたのではないでしょうか。そうだとするとなおさら辛く悲しいことです。
    しかし主イエスは、彼を見て弟子とされました。そしてレビの賜物は、後にマタイ福音書として豊かに実を結ぶことになりました。主イエスは1冊の本も書き残しませんでしたが、選んだ弟子たちをしっかり教え訓練し、約束の聖霊を遣わして正しく理解させ(ヨハ14章26節)、聖書が完成しました。
    この聖書から様々なキリスト教文化が生み出されて今日に至っています。きょうは文化の日です。この日本社会が何とかもっと主を知る知識と喜びで満たされるように、と願います。
    私たちも、聖霊に導かれ、聖書を通して、自らの賜物の用い方を主から学びます。そして、種々の文化活動を通し、福音の恵みを豊かに証していきたいと思います。
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  • 神の民は一致して(ネヘミヤ記 3章)
    わたしたちは城壁の再建を始め、その全長にわたって高さの半分まで築いた。民には働く意欲があった。
    (ネヘミヤ記3章38節)
    いよいよ城壁の再建工事が始まります。3章には工事が順調に進んでいくことが記されます。しかし、反対者たちも妨害を始めます。それが3章の終わりから4章にかけて記されます。
    3章の初めの方は「補強」されたそれぞれの場所と、その担当者のリストになっています。それぞれの場所については、今では正確に知ることはできません。だいたい、北から始まり反時計回りになっています。興味深いのは、担当者のリストです。1節の「大祭司エルヤシブ」と「仲間の祭司」から始まり、ある場所は一地方の住民、ある場所は家族・親族のグループ、それから鋳物師、香料調合師、地区の区長、またその娘たち、レビ人、商人とあります。実にさまざまな人びとが、それぞれ担当した場所を「補強」したことがわかります。
    エルサレムの再建は、ただ城壁や神殿を再建するだけではなく、神の民が一致して協力していくということだったのです。神は、今もご自分の民に意欲を与え、それぞれ与えられた領分で、神のために一致協力して働くように整えてくださいます。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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