リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 神に信頼する者の幸い(詩編 146編)
    君侯に寄り頼んではならない。
    人間には救う力はない。
    霊が人間を去れば
    人間は自分の属する土に帰り
    その日、彼の思いも滅びる。
    いかに幸いなことか
    ヤコブの神を助けと頼み
    主なるその神を待ち望む人。
    (詩編146編3節~5節)
    詩人は冒頭で「ハレルヤ、わたしの魂よ、主を賛美せよ」と彼の魂に呼びかけます。さらに「いかに幸いなことか、ヤコブの神を助けと頼」むことができる人は、と信仰者として歩める幸いを高らかにうたいます。彼が信じている主は、天地とその中のすべてのものを造られた全能者、力ある神です(6節)。これこそ彼の賛美と信仰の確信の根拠です。
    詩人は、生けるイスラエルの神と対照して人間に寄り頼むことの愚かさを語ります。人間は、神によって土の塵から造られ、命の息を吹き入れられ、生きる者となりました(創2章7節)。その成り立ちからして、はかなく限りある存在です。その命は創造主なる神に全面的に依存しているのです。神の霊が人間を去れば、もとの土に帰ります。
    どんなに高い地位にある権力者でも、抱いていた思いや計画は死が訪れれば直ちに滅び去るのです。その時がいつなのかだれも知ることはできません。そのような頼りにならない人間ではなく、命と存在のすべてを握っておられる主に信頼して歩みましょう。
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  • 御心に適った悲しみ(コリントの信徒への手紙二 7章)
    あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちからは何の害も受けずに済みました。神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします。
    (コリントの信徒への手紙二7章9節~10節)
    とかく私たちは、耳あたりのよい言葉に心を惹かれるかもしれません。しかし、聖化未完成の私たちが罪の指摘をされることは本当に大切です。荒れ野を旅した神の民のように罪を犯すことがあるからです。
    キリストに深く愛されている群れに、パウロは、涙を流して叱責の手紙を書きました。出した後も、受け取り手がどのように反応するのか、不安な思いでいっぱいでした。けれども、今は、喜んでいます。なぜなら、神の御前に悔い改めるという、すばらしい結果が生じたからです。不信仰に同情同意する友でなく、信仰への道を明らかにする友とされたいものです。
    罪を隠蔽し続けようとしたダビデに、神は鋭く罪を指摘する預言者ナタンを遣わされました。そのとき御心に適った真実の悔い改めがダビデに、恵みの中で、起こったのです(詩51編)。自己中心の中で犯す罪に悔い改めがなされなければ、悲しみが深まるばかりです。
    神の御心に適った悲しみがあります。赦しがたい罪を犯したとしても、そこで神に向かうなら、赦し、救い、喜びへと向かいます。
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  • わたしたちは生ける神の神殿(コリントの信徒への手紙二 6章)
    キリストとベリアルにどんな調和がありますか。信仰と不信仰に何の関係がありますか。神の神殿と偶像にどんな一致がありますか。わたしたちは生ける神の神殿なのです。
    (コリントの信徒への手紙二6章15節~16節)
    私たちは、天の御国に召されるまでこの世を生きます。どのように生きるのかという理解と実践は、信仰に基づいています。救われるためではなく、他者に救いの祝福を届けるために、私たちは善き生活を目指します。
    主イエスは世間から罪人呼ばわりされている人たちと親しい交わりをされました。そのような人たちとの積極的な交わりが肯定されています。しかし、ベリアルや不信仰や偶像にどんどんと引かれて行くなら、そのような交わりは危険です。不釣り合いなくびきに繋がれてはいけません。私たちはキリストに結ばれています。このことを覚えることにより、何が不釣り合いなのかが見えてきます。
    「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿」です(1コリ6章19節)。私たちはキリストの尊い血潮により神のものとされた「生ける神の神殿」です。悩み多いこの世ですが、私たちは、もはや自分自身のものではありません。自分の体で神の栄光を現すように、この日も主から召されています。地の塩、世の光として遣わされていきましょう。
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  • わたしたちはキリストの使者(コリントの信徒への手紙二 5章)
    神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。
    (コリントの信徒への手紙二5章20節)
    弱さや欠けが多くあっても、神との和解を得た私たちは「新しく創造された者」です。
    神のすばらしい御業の結果です。それが私たちだけに留まらないために、神は私たちに新しい使命を与えておられます。キリストは弟子たちに言われました。「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(ヨハ20章21節)。
    自分はその任にふさわしくないと思うような私たちですが、驚くべき主の信頼です。パウロは「キリストに代わって」と言います。「代わって」の意味は、使者、使節です。この世の誰にもできない特別な使命を帯びた大使です。
    21世紀になり過去のどの時代よりも、科学技術が進展しました。けれども、地球規模と言えるほど人間の罪は深刻です。この世が抱える問題は、この世の知恵、力、経験では解決不能です。いまこそキリストにある私たちの出番です。不思議な解決の道が与えられています。「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」(1コリ1章18節)。
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  • 主に感謝し、主をほめたたえよう(歴代誌上 16章)
    わたしたちの救いの神よ、わたしたちを救い
    諸国の中からわたしたちを集め
    救い出してください。
    聖なる御名に感謝をささげ
    あなたを賛美し、ほめたたえさせてください。
    (歴代誌上16章35節)
    民は神の箱を運び上げ、ダビデが張った天幕の真ん中に安置しました。すべては神の祝福の中で行われ、ダビデは感謝の献げ物を準備し、民と喜びを分かち合うために、パン1個、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を民に与えました。これは、約束の地に於ける良き作物の実りを与えるとの神の約束を表していました。
    そして、レビ人から奉仕者を立てイスラエルの神、主をたたえて賛美するようにと命じました。アサフを頭として、その兄弟たちによって聖歌隊が構成され、神礼拝の様式が整えられました。
    こうして神の恵みの御業にほめ歌を歌い、喜びを心にとめて主の御力と公平な裁きを願い、主がアブラハムと結ばれた契約を守り抜く事を歌いました。
    申命記7章7、8節に記されていますが、貧弱な民が選びの民とされたのは只々、神の一方的な選びと愛に他なりません。神の箱の前で日毎の定め通りに礼拝が守られ、神を愛し、掟を守る者には幾千代もの間、慈しみが注がれる事が約束されました。「主の慈しみはとこしえに」と祈りましょう。
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  • 失敗から謙虚に学ぶ(歴代誌上 15章)
    「レビ族の家系の長であるあなたたちは、…主の箱を、…運び上げよ。最初のときにはあなたたちがいなかったので、わたしたちの神、主はわたしたちを打ち砕かれた。わたしたちが法に従って主を求めなかったからである。」
    (歴代誌上15章12節~13節)
    オべド・エドムの家に仮安置されていた神の箱をエルサレムに運ぶために、ダビデは、宮殿を造営し、箱を安置する場所を整えました。最初の試みは神の怒りのために失敗し、不幸な結果となりましたので、神の法に従い、アロンの子らとレビ人をエルサレムに招集しました。
    ダビデは彼らに言いました。「あなたたちは、兄弟たちと共に自らを聖別し、イスラエルの神、主の箱を、わたしが整えた場所に運び上げよ。最初のときには…主はわたしたちを打ち砕かれた。わたしたちが法に従って主を求めなかったからである」と。ダビデは最初の失敗を悔い改め、神の定めを履行しました。
    民は楽器を奏で、声を上げて喜び祝い、レビ人は箱を担ぎ上げました。この時ダビデは亜麻布の上着をまとい、麻のより糸で織ったエフォドを身に付け喜び踊りました。箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルはこれを見下ろし、喜び踊るダビデを見て心の内でさげすみました。
    神はいつまでも人の過ちを心に留めることはありません。人の目にどのように映ろうとも、神は悔い改めて賛美する者を愛してくださいます。
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  • ダビデ支配の確立(歴代誌上 14章)
    ダビデは、主が彼をイスラエルの王として揺るぎないものとされ、主の民イスラエルのために彼の王権を非常に高めてくださったことを悟った。
    (歴代誌上14章2節)
    神はダビデを恵みの契約の継承者として選ばれ、彼は40年間王位に就きました。7年半ヘブロンでユダを、33年間エルサレムでイスラエルとユダを統治し、彼の王権は揺るぎないものとなりました。神が導いてくださったのです。ティルスの王ヒラムは、ダビデの王宮建設のためにレバノン杉、石工、大工を贈り、友好関係を築きました。ダビデはヘブロンで5人の妻を、エルサレムでは9人の妻を迎え、王家は繁栄しました。
    ペリシテ人はダビデが全イスラエルの王となったことを知ると、彼の命を狙って侵攻して来ました。ダビデは主に「戦うべきかどうか」と尋ねたところ、主は、「攻め上れ。あなたの手に渡す」と答えられ、彼は勝利しました。ペリシテ人は敗走の際、彼らの神々を捨てて逃走しました。再び侵攻する際、主は「彼らを追って攻め上らず、彼らを避けて回り込め。…反対側から敵に向かえ。…神が…あなたに先んじて出陣されるのだ」と言われ、命じられたとおりに行動したダビデは勝利を収めました。
    主の御心と神の知恵に聞き従う彼の姿は、正に信仰者の模範です。
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  • 呼ぶ人すべてに近くいます主(詩編 145編)
    主を呼ぶ人すべてに近くいまし
    まことをもって呼ぶ人すべてに近くいまし
    主を畏れる人々の望みをかなえ
    叫びを聞いて救ってくださいます。
    (詩編145編18節~19節)
    詩人は冒頭からあふれるばかりの賛美をささげています。主はご自身の造られたすべてのものに恵みを与え、憐れんでくださる、慈しみに満ちておられる神です。主がどんなに善いお方であるかは、すべての命あるものに向かって御手を開き、望みを満たしてくださることから明らかです(9節)。
    なおさら主は、主を信じ依り頼む者の祈りに応えてくださるにちがいありません。主は信仰者の祈りを決して虚しくされないお方です。「主を呼ぶ人」、「まことをもって呼ぶ人」、「主を畏れる人々」、「主を愛する人」、と言い換えながら、この詩人は主に心から信頼して生きるまことの信仰者を表現していきます(18~20節)。
    私たちの主は偶像と違い、生きておられる人格的な神です。目には見えなくても、まことの信仰者の最も近くにおられます。言葉にならない祈りさえも理解され、主を呼ぶ者に最善の仕方で確実に応えてくださる方です。祈りは、どこででもまたいつでもできる、信仰者に与えられた恵みの手段です。真心から信頼して主を呼ぼうではありませんか。
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  • このような宝を土の器に納めています(コリントの信徒への手紙二 4章)
    ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。
    (コリントの信徒への手紙二4章7節)
    立派な絵画には高級な額縁を用意することでしょう。料理の美味しさは器の工夫で更に増します。
    神は私たちを、すばらしい宝を納める器とされています。私たちに相応しい立派さがあるからではありません。土の器です。本当に脆く壊れやすい器です。弱い肉体です。外なる人は衰えていき、病にもかかります。精神的に特別に強いと言えず、いつ壊れるか分からないような脆さがあります。そして、やがて死を迎える器です。
    けれども、その中に本当にすばらしい宝が納められています。昔の行燈は紙で覆われており、破れた行燈の方が、周りに明かりがよく届きました。キリストの栄光がより輝くため、私たち一人ひとりは相応しい器とされています。器自身と、その中身とは全く不釣り合いです。キリストの救いの光が絶対に、その人から出たものでないことは明らかです。
    自分を、金や銀のように見せる必要はありません。自分を何か立派な者に見せようとしていたら、キリストの光が隠されてしまいます。なぜなら、破れの中でこそ救いの光が輝くからです。
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  • わたしたちの推薦状(コリントの信徒への手紙二 3章)
    わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、わたしたちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。
    (コリントの信徒への手紙二3章2節~3節)
    文字で記した紙に書かれた推薦状は重要です。パウロも書いたことがあります(ロマ16章参照)。けれども、もう一つの推薦状があります。生ける神の霊によって、人の心の板に書かれた手紙です。
    空しい日々を過ごしていた人たちが、キリストの福音により救われました。偶像から生ける真の神へと立ち帰り、愛の中を生きています。もちろん地上の歩みの中で弱さや欠けを示すことがあります。それでも主に向かって生きる群れの立派な一員です。
    私たちは、パウロとは比べようもない小さな名もない働き人として、生涯を終えると思います。けれども主の日毎に礼拝者として共に歩む群れの一員とされています。主の心を心として6日間を生きようとしています。
    これらの一人ひとりの小さな働き人が、偉大なキリストを指し示す推薦状となります。ペンやインクで書かれた手紙は、特定の人だけしか読めません。しかし、主の民の生き方が御霊によって変えられ、一人ひとりが証し人として生きるとき、すべての人に知られ読まれる手紙になります。キリストの名が記されている手紙です。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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