リジョイス聖書日課

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リジョイス聖書日課 episodes

  • 神の配慮の中を歩む幸い(詩編 139編)
    主よ、あなたはわたしを究め
    わたしを知っておられる。
    座るのも立つのも知り
    遠くからわたしの計らいを悟っておられる。
    (詩編139編1節~2節)
    神に従って歩む人生は、自由がなく窮屈に感じられるということはないでしょうか。若いころ、わたしはそのように感じていました。それは、神が、わたしを究めておられる、わたしのすべてを知っていてくださる、ということを理解できていなかった、または、心の中にうまく納まっていなかったからかもしれません。
    しかし、この詩編の詩人は、そのようなわたしの不安を包み込むように、大きなスケールで神の御性質に目を向けています。そして、その神に従って歩む人生の確かさを告白しています。神ご自身がわたしを存在させ、わたしのすべてをご存じの上で、配慮をもって歩みを導いておられるのだと。
    「あなたの御計らいは、わたしにとっていかに貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか。数えようとしても、砂の粒より多く、その果てを極めたと思っても、わたしはなお、あなたの中にいる」(17、18節)。
    この詩人の告白に、私たちの告白を重ねましょう。神に従う歩みは、神の御計らいの中に置かれているがゆえに確かであり、それゆえ大胆に歩んでいけるものなのです。
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  • キリストの時を信じる(ヨハネによる福音書 7章)
    そこで、イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。世はあなたがたを憎むことができないが、わたしを憎んでいる。わたしが、世の行っている業は悪いと証ししているからだ。」
    (ヨハネによる福音書7章6節~7節)
    生きることは、時を刻むことでもあります。私たちはどういう時を刻んで生きているのでしょうか。ある人は、「わたしの時間は、わたしのものだから、どう使おうが構わない」と言うでしょう。またある人は、「わたしの将来設計は、わたしが計画を立てて、その実現のために、時間をかけて努力するのだ」と言うでしょう。主イエスがおっしゃった「あなたがたの時はいつも備えられている」とは、まさにそういうことです。自分の思いどおりに時を過ごし、神さえも好きなように動かそうとすることなのです。
    しかし、主イエスは、「わたしの時」とおっしゃいました。その「わたしの時」とは、主が十字架にかけられる時を指し示しています。主は、人々とは違う、神の時を刻んで生きておられました。
    私たちキリスト者は、他の人々と同じ時の中を生きています。しかし、その中心にはいつも、神が定められた時を忠実に歩まれた主イエスがおられます。そして、主の十字架を見上げる度に、神の大きな愛を知り、罪赦されている恵みを覚えます。私たちは、主と共に時を刻む歩みへといつも招かれています。
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  • わたしが命のパンである(ヨハネによる福音書 6章)
    イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。」
    (ヨハネによる福音書6章35節、37節)
    この世が与えるパンは、確かに、その日の命を支え、美味しいという満足と喜びを与えてくれるでしょう。また、パンだけではなく、この世のさまざまな楽しみが、私たちの生きる命を豊かにしてくれるでしょう。
    しかし、人間もこの世のものも、やはり限界があるのではないでしょうか。永遠に私たちに満足を与え続けることはできません。まして、死を前にした時に、それまで自分を支えていたものが役立つ保証はどこにもありません。
    主イエスは、「わたしが命のパンである」と、ご自身を紹介してくださいました。その命とは、「終わりの日に復活させること」ができる命です(39、40節)。また、この世での生活において、罪や弱さを覚えることがあっても、決して、主イエスは私たちを外へ追い出したり、失われたままにしておかれたりはなさいません(37、39節)。
    主イエスこそが「命のパン」です。この主の招きに応えて、主のもとに行くとき、私たちは飢えることも、渇くこともなくなります。きょうも主のまことの命に生かされていることに、感謝をささげましょう。
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  • 良くなりたいか(ヨハネによる福音書 5章)
    さて、そこに38年も病気で苦しんでいる人がいた。イエスは、その人が横たわっているのを見、またもう長い間病気であるのを知って、「良くなりたいか」と言われた。
    (ヨハネによる福音書5章5節~6節)
    主イエスは不思議なことをおっしゃいました。38年も重い病で苦しんでいた人に向かって、「良くなりたいか」と問いかけられたのです。誰に言われるまでもなく、良くなりたいに決まっています。良くなりたいからこそ、水が動いた時に、真っ先に飛び込んだ者は癒される、と言われていたベトザタの池のそばに居続けているのです。
    しかし彼は自分の足で池に向かうことができませんでした。良くなるかもしれないというわずかな望みも、彼にとっては決して届かない望みだったのです。ですから、主イエスから「良くなりたいか」と問われても、すぐに「良くなりたいです」と答えることができませんでした。
    私たちにも、「良くなりたい」と長い間、願っていることがあるかもしれません。それにもかかわらず心のどこかで「絶対に良くなるはずはない」と思い込んでしまいがちです。その思い込みが、主の言葉を聞こえなくしてしまっているのではないでしょうか。しかし、主イエスの言葉は、そのような私たちの心を貫いて届けられます。男が立ち上がって歩いたように、主の言葉は、私たちを癒す力があるのです。
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  • 神の驚くべき御業(ヨブ記 37章)
    ヨブよ、耳を傾け
    神の驚くべき御業について、よく考えよ。
    (ヨブ記37章14節)
    エリフは、自然を通して示される神の御声のとどろきとその業をヨブに示します。激しい稲妻を通して神の御声はとどろき、神が命じられるままに雪は降り積もり、雨は激しく降ります。
    その圧倒的な神の御業を前に、彼がヨブに語るのは、神の驚くべき御業について、よく考えよ、ということです。これまでヨブは、自分が受けてきた苦しみと辛さを神に訴え、自分に襲いかかって来た災いを叫び続けてきました。しかし、エリフはここで、「人間が何か言ったところで、神が言い負かされるだろうか」と語ります(20節)。
    ここで彼がヨブに語っていることは、神を畏れ敬うことです。全能者は大いなる力をもって私たちを治めておられます。決して無意味に私たちを苦しめることはなさらない、とエリフはヨブに最後の言葉を語ります(23節)。
    現実には、神を畏れる者にも苦難があることは、誰もが知るところです。それゆえにこそ、私たちの思いをはるかに超えた神のご計画を、よく考えるべきです。苦難の中にある私たちにも、神がその驚くべき御業を悟らせてくださるように祈り願います。
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  • 苦難を通して救われる神(ヨブ記 36章)
    神は貧しい人をその貧苦を通して救い出し
    苦悩の中で耳を開いてくださる。
    (ヨブ記36章15節)
    「待て、もう少しわたしに話させてくれ」(2節)。長く語ってきたエリフですが、彼にはどうしてもまだ話したいことがあるようです。彼は37章にかけて最後の言葉を語ります。
    ここで語られているのは苦難の意味です。神は苦悩の中にある者に、その行いを指摘し、罪の重さを示され、その行いを悔い改めるよう諭されます。また神は、貧しい人をその貧苦を通して救われ、苦悩の中でその人の耳を開き、お語りになるというのです。苦難の中でこそ聞くことができるのが神のみ言葉です。
    エリフは苦難に喘ぐヨブに、苦難の意味を語ります。苦難は私たちにとって喜ばしいものではありません。どうしてもそれを避けたい、そう思うのが苦難です。しかし、ここでは、それもすべては私たちのためであり、私たちが心から悔い改めて神に立ち返り、神の救いを受けるためだというのです。
    神は、苦難を通して私たち罪人を救おうとされています。私たちの耳を開いてくださいます。私たちをはるかに超えた神の御旨を信じ、きょうも歩みたいと思います。
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  • 神を待つ(ヨブ記 35章)
    あなたは神を見ることができないと言うが
    あなたの訴えは御前にある。
    あなたは神を待つべきなのだ。
    (ヨブ記35章14節)
    エリフは、ヨブと傍らにいる友人たちに対して語り続けます。ここでエリフは、あなたがどんなに過ちを犯してもまた正しくても、神は人間によっては動かされない、と語ります。神は全能であられ、変わることのないお方、この方に一切の主権はあります。
    ここでヨブに語られているのは、神に対して空しく口数を増すことではなく、「神を待つ」という信仰です。14節にあるように、ヨブ自身の訴えは既に神の前にあります。だから、ふさわしい時になされる神の裁きに委ねて、神を待て、とエリフは言います。
    私たちは、神に自分の悩みや苦しみを訴えることがあります。それは私たち自身の信仰です。けれども、いつの間にか空しく口数を増しているだけの時もあるかもしれません。私たちの訴えが神を動かすのではありません。ふさわしい時に、神は御自身の業を私たちに成してくださいます。
    私たちは、試練を通して神の前に砕かれることもある中で、この方を待ちたいと思います。その中で、きょう一日も、心からの祈りと願いを神に献げたいのです。
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  • 祈りに答えてくださる神(詩編 138編)
    ダビデの詩
    呼び求めるわたしに答え
    あなたは魂に力を与え
    解き放ってくださいました。
    (詩編138章1節、3節)
    「ダビデの詩」とありますが、実際はダビデ起源の詩が捕囚後に編集されたものと思われます。詩人は神が祈りに答えてくださり、捕囚から解放されたことに深い感謝を覚えています。「呼び求めるわたしに答え、あなたは魂に力を与え、解き放ってくださいました」。
    今も、神は私たちの祈りに、求めに答えてくださる方です。しかしそれは、短絡的に何でもわたしの願い通りになるということではありません。けれど、祈りを通して神を見上げることで、自分の悩み苦しみにだけ集中していた思いから解き放たれ、神の配慮の中に生かされていることを思い起こすことができます。そのようにして、神の恵みの御手に自らをゆだねることの確かさと、平安へと導かれていきます。
    詩人は、将来の歩みについても神に信頼し祈ります。「わたしが苦難の中を歩いているときにも、敵の怒りに遭っているときにも、わたしに命を得させてください。御手を遣わし、右の御手でお救いください」と(7節)。
    私たちも、この神に信頼して祈りましょう。
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  • もう渇かなくてよい(ヨハネによる福音書 4章)
    「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」
    (ヨハネによる福音書4章14節)
    暑さによって喉が渇くと水を飲んで喉を潤したくなります。同じように、魂や心においても、私たちは渇きを覚えます。ちょっとしたことが原因で、心が痛み、傷ついてしまうのです。いったいどうしたら、それらの渇きを満たすことができるのでしょうか。ぽっかりと空いた自分の心を満たすために、様々なものを当てはめようとするのですが、どうもしっくりこないのです。どれだけ努力しても、いつまでたっても満たされない日々に私たちの心はますます渇きを覚えるばかりなのです。
    しかし、主イエスは驚くべきことをおっしゃいます。「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない」と。私たちは、渇いて苦しむ必要はないのです。渇きを満たすために、あくせくして疲れ果てることもありません。たとえ渇きを覚えたとしても、主イエスのもとに来たらよいのです。
    神の愛のゆえに、私たちは永遠の命をいただきました。神と共にある豊かな命は、どんなことがあっても枯れ果てることはありません。泉のように、いつもあなたの心の底から命の水は、湧き出てきます。この主のもとに行きましょう。
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  • あなたも新しくなれる(ヨハネによる福音書 3章)
    「はっきり言っておく。人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
    (ヨハネによる福音書3章3節)
    人はだれでも、「新しくなりたい」という憧れを持っています。今の自分より、もっと魅力のある自分になりたいと心のどこかで思っているのです。しかし、その憧れは憧れのままで終わってしまうことが多いのではないでしょうか。一所懸命、手を伸ばしても、新しくなれない自分に希望が持てなくなるのです。
    聖書に、ニコデモという人が登場します。彼もまた新しく生まれ変わって神の国に入って、救われたいと心の底では願い続けていたのです。しかし、「人は新たに生まれなければ」との主イエスの言葉を聞いた時、受け入れることができませんでした。
    新しく生まれるとは、どういうことでしょうか。自分の力で人生をやり直すことでしょうか。そうではありません。「新しく生まれる」というのは、「上から生まれる」という意味でもあります。上から、つまり神の御手によって、神の力によって生まれるということです。そのために、主イエスは十字架で死んでくださいました(14節)。この十字架を見上げて、神を信じる時、あなたも罪赦され、神に救われた人間として、本当に新しくされるのです。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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