リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • 完全に救うことができる方(ヘブライ人への手紙 7章)
    この方は、ほかの大祭司たちのように、まず自分の罪のため、次に民の罪のために毎日いけにえを献げる必要はありません。というのは、このいけにえはただ一度、御自身を献げることによって、成し遂げられたからです。
    (ヘブライ人への手紙7章27節)
    イエス・キリストは、神の絶対不変の誓いによって立てられた「永遠の大祭司」です(20~22節)。ヘブライ人への手紙は一貫して、この大祭司イエスの開いてくださった神への道、命と救いの道にとどまるようにと、試練の中で苦しむ兄弟姉妹を励ましています。
    この「永遠の大祭司」は、創世記14章に登場するメルキゼデクのような、王にして祭司である方であり、特別に神から立てられたユニークな方です。何より、御自身の体をいけにえとして、ただ一度献げられたというところに、そのユニークさの極みがあります。
    そのただ一度のいけにえ、すなわち十字架の死によって、罪の贖いは完全に成し遂げられました。十字架は神の完全な救いです。ですから、私たちは、この救いに何も加える必要はありません。
    わたしがどれだけ神に背いてしまっても、もうすべては神の赦しの愛の中に置かれています。神の怒りを怖がる必要はありません。自分を自分で裁く必要もありません。成し遂げられた完全な救いを信じるのです。
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  • 最後まで希望を持ち続ける(ヘブライ人への手紙 6章)
    わたしたちは、あなたがたおのおのが最後まで希望を持ち続けるために、同じ熱心さを示してもらいたいと思います。あなたがたが怠け者とならず、信仰と忍耐とによって、約束されたものを受け継ぐ人たちを見倣う者となってほしいのです。
    (ヘブライ人への手紙6章11節~12節)
    ヘブライ人への手紙の最初の読者たちは、信仰のための迫害によって、さまざまな艱難に苦しんでいたであろうと想像されます。ですから、この手紙では一貫して信仰の励ましがなされています。偉大な大祭司である御子イエス・キリストが開いてくださった救いにとどまるようにと勧められます。信仰の成熟を目指した学びの勧め(1、2節)や、背教の誘惑に対する警告(4~8節)もそのために語られています。
    とはいえ、その教会は福音を捨てて堕落してしまっているわけではありません。むしろ、熱心な愛の業が表れてくるような、生きた信仰を持ってもいました(10節)。だからこそ、その熱心を保ち、最後まで救いの希望にとどまってほしいと言われます。それは、私たち「おのおの」の魂の状況を御心にとめていてくださる、主ご自身の切なる願いでしょう。
    聖書の信仰の熱心、それは時を経ても冷めることのない熱いものです。しかし、私たちは悲しいほどに冷めやすい…。信仰生活は長いマラソンです。坂道に苦しみ、足を痛めてあえぐ時こそ、ゴールにある希望を思いましょう。
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  • 愛のない正義の危うさ(ヨブ記 25章)
    どうして、人が神の前に正しくありえよう。
    どうして、女から生まれた者が清くありえよう。
    (ヨブ記25章4節)
    悪人が栄える事実を語って神の正義を問うヨブに対して、ビルダドは否定することも説明することもできません。
    ビルダドはその問題に触れることをせず、神の偉大さによってヨブに答えようします。「恐るべき支配の力を神は御もとにそなえ、天の最も高いところに平和を打ち立てられる」。神の支配は人の想いをはるかに超える。お前はそれを理解していない、と言いたいようです。
    「わたしの足はその方に従って歩み、その道を守って、離れたことはない」と語るヨブ(23章11節)。それに対してビルダドは、「どうして、人が神の前に正しくありえよう。どうして、女から生まれた者が清くありえよう」、「まして人間は蛆虫、人の子は虫けらにすぎない」と言って、ヨブの無罪の確信を徹底的に打ち崩そうとします。
    ビルダドの言葉は間違ってはいません。むしろ正論です。しかし、このように正論を振りかざすことは、必死に自己弁護をするヨブを追いつめて、神との関係を壊してしまう危うさをもっています。愛のない正義ほど危ういものはありません。
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  • 主を賛美するために(詩編 102編)
    後の世代のために
    このことは書き記されねばならない。
    「主を賛美するために民は創造された。」
    (詩編102編19節)
    日本キリスト改革派教会は、創立70周年記念信徒大会をきょう開催します。この日を迎えることが許されたことを思い、主の御名をほめたたえます。信徒大会自体は一日限りの開催です。しかし、そこで与えられる祝福は、これからの教会の歩みを力付け、末永く続きます。
    聖書は、人は神に似せて造られたと教えています。この神に似せられた者の特権の一つは、主を賛美することです。102編は、はっきりと「主を賛美するために民は創造された」と歌います。
    厳しい時代を生き抜く中で、詩人は「私の生涯は移ろう影、草のように枯れて行く」(12節)と叫ばざるを得ませんでした。けれども、13節からは力強い賛美に変わります。それは主がとこしえの王座についておられることを仰ぎ見たからです。そして祈りによって導かれたのが、まさに19節と言えます。
    苦難の中でも、祈りつつ与えられた主を賛美する喜びを分かち合い、後の世代に語り伝えていくことは何と幸いなことでしょうか。信徒大会がそのような時となりますように。
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  • 悪人が栄え、消え去らない(ヨブ記 24章)
    だが、そうなってはいないのだから
    誰が、わたしをうそつきと呼び
    わたしの言葉をむなしいものと
    断じることができようか。
    (ヨブ記24章25節)
    エリファズに対するヨブの反論は、神の前でくりひろげられている悪人たちの悪行と、その被害者たちを神が御心に留めておられないかのように見える悲惨の描写です。
    ヨブは言います。「人は地境を移し、家畜の群れを奪って自分のものとし、みなしごのろばを連れ去り、やもめの牛を質草に取る」、「人殺しは夜明け前に起き、貧しい者、乏しい者を殺し、夜になれば盗みを働く」、「町では、死にゆく人々が呻き、刺し貫かれた人々があえいでいるが、神はその惨状に心を留めてくださらない」と。
    悪人の運命についてはこう教えられていました。「大水に遭えば彼はたちまち消え去る」、「権力者が力を振るい、成功したとしても、その人生は確かではない」、「安穏に生かされているようでも、その歩む道に目を注いでおられる方がある。だから、しばらくは栄えるが、消え去る」と。
    しかし、ヨブは「だが、そうなってはいないのだから、誰がわたしをうそつきと呼」ぶことができようか、と言います。このヨブの訴えは、苦難の中にある人間の共通の訴えではないでしょうか。
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  • 私たちも「神の宝の民」(詩編 135編)
    主はヤコブを御自分のために選び
    イスラエルを御自分の宝とされた。
    (詩編135編4節)
    この詩編は神への賛美と祈りの詩です。世界を創造し、自然を支配しておられる神。歴史を通してイスラエルと共に歩まれた神、この神が賛美されています。
    さらにこの詩編では神が、周辺の偶像の神と違う生ける神として賛美されています。「主は大いなる方、わたしたちの主は、どの神にもまさって大いなる方」(5節)と。
    このように神が賛美されるのはこの神が、「イスラエルを御自分の宝とされた」からです。申命記にはこのように記されています。「あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに…救い出されたのである」(申7章6~8節)。
    キリストの救いを通して、今、私たちも「神の宝の民」とされています。ですから、自分の罪や弱さにではなく、神の愛と赦しに目を向けて、生ける神をほめたたえつつ生きていきましょう。ハレルヤ。
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  • 試練に打ち勝つ信仰(ヘブライ人への手紙 5章)
    キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。
    (ヘブライ人への手紙5章7節)
    私たちの地上での生活は、イスラエルの民が荒れ野をさまよった日々と同じく試練続きです。神は本当にわたしを守り導き給うのか、疑いとつぶやきが心に沸き起こる。まさに、信仰が試される修羅場というものがあります。しかし私たちには、偉大な大祭司イエスによる完全なとりなしが与えられているのですから、神は必ず味方です。
    主イエスも私たちと同様に試練を味わわれました。最大の試練は十字架上の苦しみです。しかし、「激しい叫び声をあげ、涙を流しながら」も、神に対する信頼を全うされました。そうして、神は確かにその信頼に応えられ、主イエスを復活させ「死から救」われました。この大祭司イエスの後に続くことへと、私たちは招かれています。
    思えば、わたしは入信する前、試練ということをきちんと考えた記憶がありません。信仰を持ったがゆえに、苦しみは試練として意味を持ち始めました。試練とは、信仰が試されることです。でもその度ごとに、主イエスとの新しい信頼関係が始まる、恵みの機会です。それはなんと驚くべきことでしょうか。
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  • 20160429(ヘブライ人への手紙 4章)
    だから、わたしたちはこの安息にあずかるように努力しようではありませんか。さもないと、同じ不従順の例に倣って堕落する者が出るかもしれません。
    (ヘブライ人への手紙4章11節)
    「この安息」とは、イエス・キリストを信じる者に約束されている、永遠の完全な憩いです。主イエスのもとで、すべての涙をぬぐわれ、すべての労苦から解き放たれ、安心して息ができる…。
    「この安息にあずかるように努力」するとは、具体的には、御言葉を受け、そこで告げ知らされる福音を聞き取り、信じることと言えるでしょう(2、3節)。もちろん信仰は、私たちの努力ではなく、聖霊の恵みによって起こされるものですが、聖霊の働きは、私たちの側の積極性を用いるという仕方でなされます。
    この努力を怠るとき、「不従順の例」に倣うことになります。かつてイスラエルの民は、エジプトを脱し、ヨシュアによってカナンという「安息」の土地に入るように導かれましたが、その時、不従順と不信仰によって、入れなかった人びとがいました。
    私たちの地上の日々も、荒れ野の旅路のように試練続きです。しかし、そこでこそ信仰は意味を持ちます。聖霊に助けられて行う努力をしようではありませんか。約束された永遠の憩いを仰ぎ見て、主の道にとどまりましょう。
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  • 心をかたくなにせず(ヘブライ人への手紙 3章)
    それについては、次のように言われています。
    「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、
    神に反抗したときのように、
    心をかたくなにしてはならない。」
    (ヘブライ人への手紙3章15節)
    「わたしたちを造られた方、主の御前にひざまずこう。共にひれ伏し、伏し拝もう。主はわたしたちの神、わたしたちは主の民、主に養われる群れ、御手の内にある羊。今日こそ、主の声に聞き従わなければならない」(詩95編6、7節)。この御言葉が、主日礼拝の招きの言葉として読まれる教会も多いことでしょう。
    礼拝で私たちは、生けるキリストに出会います。その方は圧倒的な方であって、大いなる救いの創始者、万物の支配者なる神の御子であるのだと、ヘブライ書は教え、私たちの心を高く引き上げてくれます。この方を信じ、御前にひざまずき、聞き従う。その低く砕かれた心に、主のやさしい声がしみこみ、命は潤されます。
    しかし、私たちの心はもろく、日々の生活に追われる中で、主を疑い、主を離れ、かたくなになります。荒れ野でぐらぐらに揺れ動いたイスラエルの民の中に、きょうを生きるわたしと同じ姿があります。きょう木曜日、新たな思いで、主イエスを拝み、主の声を聞き、その声に、信頼しなさいと招かれているようです。
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  • 思う存分言い分を述べたい(ヨブ記 23章)
    その方にわたしの訴えを差し出し
    思う存分わたしの言い分を述べたいのに。
    (ヨブ記23章4節)
    神と和解せよとのエリファズの勧めは、ヨブにとってはむなしい言葉でした。
    ヨブは「その方にわたしの訴えを差し出し、思う存分わたしの言い分を述べたい」、「そうすれば、わたしは神の前に正しいとされ、わたしの訴えはとこしえに解決できるだろう」と安直な和解よりも神との対論を希望しています。
    ヨブにとっては、神は「東に行ってもその方はおられず、西に行っても見定められない。北にひそんでおられて、とらえることはできず、南に身を覆っておられて、見いだせない」と感じられるようです。
    無理もありません。神は「わたしの足はその方に従って歩み、その道を守って、離れたことはない」という無罪のヨブを、激烈な苦難に落としておられます。ヨブにとって「神は望むがままに行われる」独断の神です。「それゆえ、わたしは御顔におびえ、考えれば考えるほど、恐れる」。
    神への恐怖の中で隠れた神を追い求めるヨブの言葉は、エリファズへの反論というよりも、神に訴える言葉です。その言葉で、ヨブは神に繋がり続けます。神の前で、一人で語る言葉の一つひとつを神は決して聞き逃されません。
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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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