リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • イスラエルを導く神(詩編 114編)
    地よ、身もだえせよ、主なる方の御前に
    ヤコブの神の御前に
    岩を水のみなぎるところとし
    硬い岩を水の溢れる泉とする方の御前に。
    (詩編114編7節~8節)
    エジプトを脱出したイスラエルの民に、最も強烈なインパクトを与えたのは、紅海渡りの奇跡でした。「海を押し返されたので…人々は海の中の渇いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった」(出14章21、22節)。また主は「硬い岩」から水を出させ、民の渇きを癒してくださいました(出17章6節)。
    シナイ山での律法授与のときは、「シナイ山は全山煙に包まれ…山全体が激しく震え」ました(出19章18節)。また民がカナンの地に入るためヨルダン川を渡るとき、「ヨルダン川の流れはせき止められた」(ヨシュ4章7節)のです。
    まことにヤハウェはカナンの土着宗教を凌駕する方。詩人はカナンの自然宗教を克服する主をほめたたえます。イスラエルを導く方は、この世の常識を越える方です。
    私たちは物質的な水には足りていますが、霊の水に渇いてはいないでしょうか。霊の水を求めましょう。主イエスは言われました。「わたしを信じる者は、…その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」(ヨハ7章38節)。
    4 min
  • 私たちの大きな使命(使徒言行録 20章)
    「しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。」
    (使徒言行録20章24節)
    パウロの目には、この先自分に、死を意味するような苦難が起こり来ることが、既に見えていました。しかしパウロは、その艱難を、ただただ恐怖心から見据えていたのではありません。主イエスと共に歩む人生の目的に至るための、死の恐れを超えた通過点と見ていました。
    死に瀕しても、自分の決められた道を走りとおすのだとパウロが語る時、その目は、御自身の命を顧みずに十字架への道を歩み通された、主イエス・キリストを見据えていました。その主イエスの歩みに打たれたパウロの人生は、主イエスと同じ軌道へと導かれています。
    三年間も滞在したエフェソ教会との涙ながらの別れという悲しい場面に直面しながらも、パウロの目は、福音に生きるという神からの使命を見上げていました。パウロは、どのような中にあっても、死を超えてなお、自らと人びとの救いとなる本当に価値あるものを、指差しています。
    パウロを召してくださった神は、同じ大きな使命を与え、同じ大きな希望に生きるようにと、今日の私たちを招いておられます。
    4 min
  • 御言葉の力を受けて(使徒言行録 19章)
    このようにして、主の言葉はますます勢いよく広まり、力を増していった。
    (使徒言行録19章20節)
    クリスチャンになるということは、私たちがどのようになることなのでしょうか。罪が赦される(義認)、永遠の命を約束される、神の子どもとして受け入れられ、整えられる(聖化)など、他にもいろいろな言い方で、その恵みを説明することができます。それらをすべてひっくるめて、ひと言でそれを言い表すならば、クリスチャンになるとは、私たちが「主の言葉」の力を受けて生きるようになることです。
    上記の御言葉の主語は、「主の言葉」です。それが「勢いよく広まり、力を増していった」と言われています。神が信仰者に与えてくださるのは、この「主の言葉」の、すべての民族と国境の壁を打ち破る勢いで広がっていく、神の力です。
    義認と聖化は、信仰者の個人の内に働く御業です。救いの祝福に入れられた者は、それらを超えてもっと広く大きな、うねるような神からの力、つまり、この「主の言葉」からの力を得て、その力を心身にみなぎらせて生きます。この力に押し出されて伝道に励みます。これが、救われた人間に与えられる新しい生き方です。
    4 min
  • わたしは主、あなたを贖う(イザヤ書 49章)
    わたしはあなたを僕として
    ヤコブの諸部族を立ち上がらせ
    イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。
    だがそれにもまして
    わたしはあなたを国々の光とし
    わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。
    (イザヤ書49章6節)
    イザヤ書には「僕の歌」と呼ばれる個所が四つあります。この四つの「僕の歌」は、どれも神の救いを成し遂げる一人の人物に言及しています。きょうの個所は、イザヤ書42章に次いで、第二の「僕の歌」です。
    ここに歌われている僕に与えられた使命は、はっきりとしています。それは「ヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる」ことです。言い換えれば、神の民の回復を実現する主の僕です。そう聞けば、民族としてのイスラエルを回復し、ダビデ王朝を復興する、ユダヤ民族の救いをイメージするかも知れません。しかし、この僕に与えられた使命には、それを超えた広がりがあります。主なる神は続けてこうおっしゃいます。「あなたを国々の光とし、わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする」。
    救いを地の果てまで、もたらす者とは誰でしょう。新約聖書に照らして見ると、そのお方はイエス・キリスト以外にはおられません。主イエスこそ異邦人の光としてやって来られたお方です(マタ4章16節)。私たちはイエス・キリストを通して救いの光を見ることができます。
    4 min
  • 初めでありまた終わりである神(イザヤ書 48章)
    イスラエルの聖なる神
    あなたを贖う主はこう言われる。
    わたしは主、あなたの神
    わたしはあなたを教えて力をもたせ
    あなたを導いて道を行かせる。
    (イザヤ書48章17節)
    「ヤコブの家よ、これを聞け」と、神はご自分の民に呼びかけます。そう呼びかけられる神の民イスラエルは、口先ばかりの神の民でした。「まこともなく、恵みの業をすることもないのに、主の名をもって誓い、イスラエルの神の名を唱える者」たちです(1節)。彼らは神の契約の名であるイスラエルの名をもって呼ばれる者たちでありながら、現実の姿はその名にふさわしいとは言えません。神に逆らい続ける頑ななイスラエルの民は、神から滅ぼされてしまっても当然です。
    けれども、神はご自身の栄光のために、罪のうちに滅びそうなこの民を救います。昔、エジプトの国から彼らを救い出したように、今また、囚われの地、バビロンから彼らを解放します。しかも、そのことが起こる前に、彼らに未来を予告します。それは、ことが実現するときに、まことの神に正しく栄光を帰するためです。
    この章全体が指し示しているのは、単に神の民の頑なさではありません。それにもかかわらず、ご自身の栄光のために救いを実現する神の姿です。この神に対する私たちの正しい認識が私たちを豊かに生きていくことへと導いていきます。
    4 min
  • 御名は万軍の主(イザヤ書 47章)
    わたしたちの贖い主、その御名は万軍の主
    イスラエルの聖なる神。
    (イザヤ書47章4節)
    バビロンは一時、神の道具として用いられましたが、神の審判によって滅ぼされてしまいました。それは神の気まぐれではありません。神は審判によって神ご自身の正義を示しておられます。ほかでもない神ご自身が、正義をもってバビロンを裁かれたことは、言うまでもありません。
    けれども、ここでは審判者が誰であるのか、ということよりも、バビロンが滅びに至る原因と、その滅びが避けがたいものであることが強調されています(6節後半、7節)。バビロンが滅びた根本的な原因は、極めて高慢な態度によって、自分を神のように見なしていたことです(7、8節)。
    この章には二人の「わたし」が登場しますが、それはバビロンの罪を告発する神である「わたし」と、神の前に高慢にも「わたし」を豪語するバビロンです。一方は「その御名は万軍の主、イスラエルの聖なる神」と呼ばれるお方であり、もう一方は、このお方の前に傲慢な態度が打ち砕かれる罪人です。
    このバビロンの高慢さは、けっして他人事ではありません。人間にとって最も驕慢な態度は、神を信じないこと、そして自分の主として受け入れないことです。
    4 min
  • ご自分の計画を必ず実行される神(イザヤ書 46章)
    わたしは初めから既に、先のことを告げ
    まだ成らないことを、既に昔から約束しておいた。
    わたしの計画は必ず成り
    わたしは望むことをすべて実行する。
    (イザヤ書46章10節)
    神はご自分の民を、まるで母が自分の子の面倒を見るように、最初から最後まで徹底的に保護されます(3、4節)。神がその民を顧みるとき、この世の人に優って温かく、憐れみに満ち、誠実であり、完璧です。それは神が天地を創造され、人を造られたので、神は誰よりもこの世を熟知されているからです。
    また、神は無計画のお方ではありませんから、起こりくることは何でもご存知です。世の中で生じるどのようなことも、前もってそれを告げることができます。そればかりではありません。神ご自身が良しとされるところに従って、万事を確実に導いていくことができます(10節)。
    神が世に成し遂げる事の中で最も大事なことは、ご自分の民を救うことです。神にとって、このことほど重要なことはありません。それは神の契約に記されているご自分の約束だからです。それゆえに、神はご自分の民のために、恵みの業を成し遂げ、速やかに救いをもたらしてくださいます(13節)。
    私たちは、この世にあっていつも、神が行う御救いを考え、神の御救いの観点に立って、今を生きます。
    4 min
  • 時間・空間を超えた主の臨在(詩編 113編)
    日の昇るところから日の沈むところまで
    主の御名が賛美されるように。
    (詩編113編3節)
    この詩は過越祭に歌われた詩編と言われ、時間と空間を超えた主の臨在がたたえられます。「今よりとこしえに」という時間を超越される主。さらに「日の昇るところから日の沈むところまで」という空間にとらわれない主の臨在。
    さらに「すべての国を超えて高く」、「天を超えて輝く」主の高い「御座」がほめたたえられますが、その主が「なお、低く下って」私たちのすぐそばにまで降りて来てくださるのです。このコントラストが詩の主張点です。
    高き栄光の天におられる主は低く下って「弱い者」、「乏しい者」、捕囚の人々に自由を与え、生活権を奪われた「子のない女」に憐れみの目をかけてくださいます。
    神は私たちから遠く隔たった孤高の天におられるのではありません。いつでも私の祈りと訴えを聞いてくださいます。教会の中で「主を畏れ敬う者たちが互いに語り合」う会話に耳を傾けて聞かれます(マラ3章16節)。モーセは言いました。「いつ呼び求めても、近くにおられる我々の神、主のような神を持つ大いなる国民がどこにあるだろうか」(申4章7節)。
    4 min
  • 力と勇気の源(使徒言行録 18章)
    ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。…この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」
    (使徒言行録18章9節~10節)
    まだ信仰を持っていない人びとに対して語り続けていたパウロには、恐れがありました。恐れを覚えざるを得ないほどの厳しい迫害が、彼に迫ったのでしょう。
    それに加え、わたしが思うには、単純に人びとの抵抗に遭うのが恐いという気持ちがあったでしょうし、人の反応に対して過敏になり、気を遣ってしまうという心情も含まれていたのではないでしょうか。神経をすり減らすような恐れと緊張を強いるものが、敵対する人の前で語り続けることに伴っていたはずです。
    きょうの御言葉の直後に、「パウロは1年6か月の間ここにとどまって、人々に神の言葉を教えた」とあります(11節)。パウロがこのように教え続けることができたのは、「恐れるな」という神からの励ましがあり、また、コリントの町に大勢の神の民がいることを示され、語り続ける必要性にも気付かされたからです。御言葉の支えなしには、パウロは容易に力尽きていたと思われます。
    神からの言葉こそ、私たちの伝道の労苦を最後まで支える、力と勇気の源です。きょう、この御言葉を神から受けています。
    4 min
  • 大きくて近い神(使徒言行録 17章)
    「これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。」
    (使徒言行録17章27節)
    「地球は青かった」という言葉があります。宇宙から地球を眺めると、地球は闇に浮かび上がる青い球体としての全体像を現します。それと同じように、高い視点からこの私たちの世界を見下ろして、かたちづくり、導いてくださるのが、神です。
    パウロは、偶像を神とするアテネの人の前で、彼らの神々よりもスケールの大きな「世界とその中の万物とを造られた神」について語り、その神がすべての人に命を与え、すべての民族を造り出し、季節を決め、国々を定められたと語りました。しかし、その神は、この世界を大きく取り囲んでくださりながらも、同時に私たち一人一人と近く居てくださるお方です。
    神がモノに還元されず、目にも見えないということは、神の不在を意味するのではありません。むしろ空気のように、私たちが生きるうえで不可欠なお方として、神はどこにでもいてくださるという事実を表しています。きょうという日のすべての瞬間に、私たちが赴くすべての場所において、私たちが神を見いだすことができるように、神は近くに居てくださいます。
    4 min

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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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