リジョイス聖書日課

リジョイス聖書日課

By RCJメディアミニストリーReligion & SpiritualityChristianity
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リジョイス聖書日課 episodes

  • 暗闇に光を呼び込む(使徒言行録 16章)
    真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。
    (使徒言行録16章25節)
    パウロとシラスは、牢獄の中にいました。当時の牢獄は、長い洞窟でした。わたしの脳裏に次の光景が浮かびます。
    その一番奥の狭く真っ暗な闇の中で、二人は、洞窟の天井から時々落ちてくる水滴を、鞭打たれた背中の傷に受けていました。これは、人生がひどいかたちで終わっていく寸前の状況です。この先のことは諦めざるを得ず、恐らく彼らのこれまでの生涯の中で、一番暗く、一番苦しい状況でした。
    しかしながら、彼らは牢獄の一番奥で、真夜中に神を賛美しました。彼らの内側に宿った神の霊は、絶望的なその場所を、神への賛美が響く明るい場所、祈りの場所に変えました。イエス・キリスト。この方の名前を口ずさみ、賛美するとき、天窓が開きます。そのことによって、命が失われるはずの暗い牢獄のような場所が、明るい救いの場所になります。
    私たちも、それぞれがきょう置かれている場所で、そこがたとえ暗い場所であっても、パウロやシラスと同じ霊に導かれて賛美を歌うことができます。そして、彼らと同じ祈り方で、共に祈ることができるのです。
    4 min
  • ご自分にかけて誓う神(イザヤ書 45章)
    わたしは自分にかけて誓う。
    わたしの口から恵みの言葉が出されたならば
    その言葉は決して取り消されない
    。わたしの前に、すべての膝はかがみ
    すべての舌は誓いを立て
    恵みの御業と力は主にある、とわたしに言う。
    (イザヤ書45章23節~24節)
    世のすべてのものを創造された神は、イスラエルの聖なる神であり、正義の神です。このような神の特質が、イザヤ書40章から48章には特に強調されています。神は世にご自分の正義が満ち溢れるように、地が開いて救いが実を結ぶように、恵みの御業が共に芽生えるように、それを創造する、と言われます(8節)。
    また主なる神は未来に何が生じるのか、この世に起こることのすべてをご存じです。神に逆らう者たちの結末も、神の民の行く末もよくご存じです。それゆえに、それぞれどのような最期を迎えるのかを明らかに示すことができます(16、17節)。
    神は告げられます。「わたしは自分にかけて誓う。わたしの口から恵みの言葉が出されたならば、その言葉は決して取り消されない」と。神はご自身が言われたとおりにことを成し遂げられます。だからこそ、神の救いの御業は確実です。
    では、神に逆らって偶像に仕えて生きる者たちはどうなるのでしょう。神はその者たちをも招いて告げます。「地の果てのすべての人々よ。わたしを仰いで救いを得よ」(22節)。
    4 min
  • 罪を霧のように吹き払う神(イザヤ書 44章)
    わたしはあなたの背きを雲のように
    罪を霧のように吹き払った。
    わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った。
    (イザヤ書44章22節)
    万物を創造され、ご自分の民を救われる神だけが唯一のまことの神です。他の神々は、人間の手で作られた命のない偶像に過ぎません。そのような偶像を自分で生み出し、それに仕える人間の、何とむなしいことでしょう。そのむなしさに気がつかなければ、惑わされた心は、道を誤らせます(20節)。
    しかし、憐れみ深い神は、道を踏み外したご自分の民に対して、ご自分に立ち帰るようにと呼びかけます。彼らは過ちを犯しました。けれども、神はその罪を霧のように吹き払い、贖ってくださいます。神は過ちを犯したご自分の民を裁かれますが、その後には神の契約どおり、彼らを再びカナンの地に帰ることができるようにしてくださいます。神はイザヤを通して予告します。「僕の言葉を成就させ、使者の計画を実現させる。エルサレムに向かって、人が住み着く、と言い、ユダの町々に向かって、再建される、と言う。わたしは廃虚を再び興す」と(26節)。
    私たちは神を忘れて生きることに傾きやすい者です。しかし、神は決してご自分の民を忘れない方です。神はいつも私たちをご自分の思いの中においてくださっています。
    4 min
  • わたしのほかに救い主はない(イザヤ書 43章)
    わたしはあらかじめ告げ、そして救いを与え
    あなたたちに、ほかに神はないことを知らせた。
    あなたたちがわたしの証人である、と
    主は言われる。
    わたしは神
    今より後も、わたしこそ主。
    (イザヤ書43章12節~13節)
    イザヤ書43章は、創造者であられる神が、民の救済者としてご自身を現しています。その第一声は「恐れるな」という言葉で始まります。あらゆる困難を通り過ぎる時も、この神が、いつも共にいてくださいます。共にいてくださる神によって、神の民は徹底的に守り抜かれます。
    今や神の民は、単にイスラエルという一つの国の民だけではありません。神の恵みを受けた者たちが、東からも西からも、北からも南からも集められ、神の民に加えられます(5~7節)。ここに私たちは神の尽きることのない慈しみを発見することができます。神は御旨に従って、新しく造られた神の民のために、いつも彼らの王となり、ご自分の民のために、新しいことを行ってくださいます。このような祝福をいただいて、神の民は前進し(19、20節)、ついには、恵みによって、罪が完全に赦されます(25節)。
    私たちは自分の過ちや罪悪にもかかわらず、神の赦しの恵みによって、神の子とされました。私たちの生き方は、まさに神の恵みによって始まり、神の恵みによって支えられ、救いの完成へと守り抜かれます。
    4 min
  • まっすぐな人(詩編 112編)
    まっすぐな人には闇の中にも光が昇る
    憐れみに富み、情け深く、正しい光が。
    (詩編112編4節)
    この詩も「いろは歌」の構造です。111編は主の御業を賛美するのに対し、112編では「主を畏れる人」の信仰を描いており、二つの詩は姉妹編と呼ばれます。
    この詩では特に信仰者の心のあり方とその手の業が取り上げられます。心のあり方では「主を畏れ」、「戒めを深く愛」し、「まっすぐ」で、「憐れみに富み」、「情け深く」、「その心は、固く主に信頼している」と最上級のほめ言葉でたたえられます。それは信仰者の理想の姿を表しています。
    この信仰者の心のあり方は行動となって具体的に現れます。「貸し与え」、「貧しい人々にはふるまい与え」ています。そしてこの言行一致の生き方は主によって報いられます。「子孫はこの地で勇士となり」、「多くの富があり」、「記憶され」、「敵を支配」し、「栄光に輝く」。
    現代の複雑な、また多様な価値観の中に生きる私たちは、このようにまっすぐな、素朴な信仰を忘れがちです。それを見越したかのようにコヘレトは語ります。「神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる」(コヘ7章29節)。
    4 min
  • 励ましを必要とする教会(使徒言行録 15章)
    数日の後、パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」
    (使徒言行録15章36節)
    パウロは、第二回の伝道旅行に出かけます。しかし、パウロは、新しいところに宣教に向かったのではありません。前回出掛けて行って伝道してきた場所をもう一度訪問して、そこにある諸教会を力づけるためでした。さらにパウロはこの後、第三回の伝道旅行にも出かけ、自分が教会に赴けない時には手紙を書いて送りました。
    パウロが伝道者としての生涯を主として費やしたのは、新しい教会を開拓する働きのためばかりではありません。既に建てられている教会を励まし、牧し、維持するためでもありました。
    新しい教会の開拓も大切です。しかし、教会を維持することも同じくらい大切です。一度信じ、福音を受け入れて始まる信仰生活は、神の前にいつも立ち続けることで維持されます。それには、毎週、さらに毎日、御言葉に触れ、悔い改めるべきを悔い改めることが重要です。継続的な信仰生活を送ることで、神の愛の深みを知り、希望と恵みを大きくしていただくことができます。
    今朝、御言葉と出会うそのときが、新しい一歩となりますように。
    4 min
  • 教会を建て上げる伝道(使徒言行録 14章)
    到着するとすぐ教会の人々を集めて、神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。
    (使徒言行録14章27節)
    パウロとバルナバは、迫害にさらされながらも、ユダヤ人以外の異邦人の地に出向いて、福音を宣べ伝えました。そして、それぞれの地に教会を建て、そこに複数の長老たちを立てました。
    パウロとバルナバは、長老たちを主に委ねて、出発地であるアンティオキアに帰ってきました。そしてすぐに、神が異邦人にも信仰の門を開いてくださったことを報告しました。淡々と語られていることですが、福音の鮮やかな広がりがここに実現していました。
    今日の私たちは、このとき異邦人へと開かれた信仰の門によって、信仰にあずかっています。主イエスが打ち建てられた救いは、他の宗教を信じる異邦の地にも、その隔たりを乗り越えて、その地にいる救いを必要としている人々に届き、信仰者を生み出します。しかもその一連の宣教の業は、信仰者たちの歩みを通して、諸教会が建てられることを通して届けられます。
    伝道して何をするかが、シンプルにここから見えてきます。信徒の群れなる教会を建て、そこに長老を立てる。この地に教会があるのは、神の業が行われた印です。
    4 min
  • 神の恵みにしがみつく(使徒言行録 13章)
    集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神をあがめる改宗者とがついて来たので、二人は彼らと語り合い、神の恵みの下に生き続けるように勧めた。
    (使徒言行録13章43節)
    「神の恵みの下に生き続けるように」という言葉は、「神の恵みにしがみつく」とも訳せる言葉です。聖霊によって宣教へと送り出されたパウロとバルナバは、信じた人々におめでとうと言ったのではなく、「神の恵みにしがみつきなさい」と強く促しました。握りしめる親の手を子どもが握り返すように、神の恵みにしがみつくのです。
    パウロとバルナバは、救いの安楽椅子に座っているのでなく、迫害に直面しながら宣教しました。彼らは迫害や試練の中で神の恵みにしがみつきました。しがみつける恵みが、彼らの目の前にいつもありました。
    信仰者は、どのような状況にあろうと、自分は神の恵みの下にいると確信します。そして、他の何者によってでもなく、神の恵みによってこそ生きるのだと決意します。他のものの下でなく、神にひたすらしがみつくことが、信仰者の生き方です。
    私たちは、他のものに依り頼んで生きよという誘惑を絶えず受け、その声にさらされています。恵みに依り頼んで生きることは戦いであり、集中力と祈りが必要です。そのような私たちに「神の恵みにしがみつく」力が、今日も豊かに与えられますように。
    4 min
  • 見よ、わたしの僕、わたしが支える者を(イザヤ書 42章)
    主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼び
    あなたの手を取った。
    民の契約、諸国の光として
    あなたを形づくり、あなたを立てた。
    (イザヤ書42章6節)
    神はご自分の民に望みの光を与えられます。ご自分の契約どおり、世のすべての民が神の祝福を受け、その祝福によって生きることができるようにと、一人の人物をお選びになりました。その人物は神の僕、神が喜び迎える者です(1節)。神はご自身が選ばれた僕を用い、その僕を通して救いの御計画を成し遂げられます。
    この僕を遣わすお方は、天地をお造りになった主なる神です。創造の冠として人をお造りになり、人に命の息を吹き込まれたお方です(5節)。神が成し遂げようとしておられる救いの御業は、まさに新たな創造の御業とも言うことができます。その救いの御業のために遣わされる神の僕は、「民の契約、諸国の光として」、「闇に住む人をその牢獄から救い出す」任務が与えられています(6、7節)。
    この僕が遣わされていくイスラエルの民の心はかたくなです。神との約束を破り、そのために懲らしめを受けても、まだ自分の罪を悟りません。罪の世界は深い闇です。けれども、この僕は「傷ついた葦を折ることなく、暗くなってゆく灯心を消すことなく」(3節)、任務を遂行します。ここに私たちの救いの希望があります。
    4 min
  • わたしはあなたと共にいる神(イザヤ書 41章)
    恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。
    たじろぐな、わたしはあなたの神。
    勢いを与えてあなたを助け
    わたしの救いの右の手であなたを支える。
    (イザヤ書41章10節)
    キュロスは紀元前539年にバビロンを征服します。当時、彼は諸国の王たちを屈服させました。またバビロンに捕囚となったユダヤ人たちを、本国に帰還させたのもこのキュロスです。このことはイザヤの預言の成就です(45章参照)。
    ここで大切なことは、その時代の誰がキュロスを登場させたのかということです(4節)。それは、主なる神にほかなりません。私たちは、歴史の中で働かれる主権的な神にいつも期待し、仰ぎ見なければなりません。歴史を導くのは、その時代の神々や王たちではありません。私たちの主だけが主権をもって歴史を導かれるお方です。
    神の主権は、この世的には何の価値もないイスラエルの民を守って救い出します。そこにこそ、神の主権の偉大さが現れています。また、神はイスラエルの民を新しい地で生きるようにと、主権をもって導かれます。歴史の中でご自分の民を救う神の主権こそ完全です。
    主権を持ったこの神が、「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神」と呼びかけてくださいます。主権をもって働かれるお方が共にいてくださるので、私たちの慰めと希望は絶えることがありません。
    4 min

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リジョイスは「日本キリスト改革派教会 教育機関誌委員会」が毎月発行している機関誌です。リジョイスには聖書日課が用意されており、日替わりで聖書のみことばと解説が紹介されています。

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