モルガン・スタンレー・ジャパン・サミットから生放送で、弊社エコノミストが、変化する日米・日中貿易パートナーシップを踏まえ、日本経済と日本株の見通しについてお話します。
トランスクリプト
中澤:「市場の風を読む」(Thoughts on the Market)へようこそ。モルガン・スタンレーMUFG証券の日本株ストラテジスト、中澤 翔と申します。
李:モルガン・スタンレーMUFG証券のプリンシパルグローバル・エコノミスト、李 智雄です。
中澤:本日は東京で開催されているモルガン・スタンレー・ジャパン・サミットから生放送でお届けします。世界の経済成長という観点から日本についてのわれわれの見解をお伝えします。また、二大貿易相手国である米国と中国に対する日本のポジションについても考察します。
このエピソードは、5月20日 火曜日午後3時に東京にて収録されたものです。
中澤:李さん、私たち2人はこのサミットで大勢の投資家と話をしてきました。対話を通じて、いま最も印象に残っている議題は何ですか?
李: そうですね。やはりトランプ政権の政策に関するご質問が最も多い印象です。相互関税率が当初発表された内容よりは緩和されたものの、依然として高い関税率であることは間違いないわけで、それが米国経済、そして日本を含めた世界経済に与える影響に関してのご質問が多かったです。もちろん、日本経済に関しましてては外需が重要ですが、一方で内需の堅調さに関してご指摘すると同意してくださるお客様も多かった印象です。
李:中澤さんの会われたお客様からどのような話が聞かれましたでしょうか?
中澤:投資家からは、米国の関税政策の不確実性を踏まえたポジショニングの考え方であったり、日本特有のカタリストでありますガバナンス改革を巡る投資戦略についての照会が多い印象です。特に足もとでは、親子上場の解消に対する関心が高まる中で、次の親子上場解消の候補は誰だろうか、という点に高い関心が集まっている印象です。
中澤:世界経済の年内の見通しについて投資家の見解は李さんの見解と一致していましたでしょうか?
李:そうですね。関税及び政策の不確実性によって各国貿易や投資活動がマイナスの影響を受けるという点に関しての見解は概ね一致していました。特に投資への影響が懸念で、1980年代の元連銀議長バーナンキ氏の論文にもあるように、不確実性は投資行動を遅延させるわけです。ただし、その不確実性がどれだけ投資行動にマイナスの影響を与えるのかという程度、感応度に関しては、温度感が違う印象もありました。
中澤:なるほどですね。短期的、長期的に米国の関税は日本を含むグローバル経済にどれほど影響をするでしょうか?
李:そうですね、グローバル経済といえば貿易や投資を通じて世界経済にマイナスの影響を与えることはもちろん重要なのですが、やはり重要なのは米国経済に与える影響かと思います。関税は米国の消費者および企業にとって税負担となるわけで、例えば2018年には物価への影響も多少はありましたが、それよりも企業の生産活動や雇用活動に大きなマイナスの影響を与えました。問題は今回の関税率がそれよりも高いため、物価や経済に与える影響がより大きいと考えられます。特に連銀は一旦は関税による物価上昇があるため2025年中は利下げが難しく、逆に利下げが可能となる2026年にはかなり大幅な利下げが必要になるとわれわれは考えています。
李:日本の株式市場は米国の関税措置に対してどのように反応しているでしょうか?
中澤が答えます:4月2日に米政権が相互関税を発表してから、急速に内需・非製造業へのセクタースキューが進行しました。足もとにかけては、一部の国で関税交渉の進展がみられまして、外需型製造業の買戻しが進んでいます。ただ、弊社アナリストがカバーする約500銘柄の範囲で、関税の影響が比較的大きい銘柄、小さい銘柄で構成したスクリーニングの対TOPIX累積超過リターンをみますと、関税に対して相対的に脆弱な銘柄のパフォーマンスは悪化したままとなっています。今後、関税交渉の進展に応じて、セクタースキューの調整に加えて、関税の影響度合いに応じたセクター内ロング/ショートのポジショニングを調整していくことで、ポートフォリオの頑健性を高めていくことが重要だというふうに考えています。
李:なるほど。中澤さんは最近、TOPIXの目標水準を修正されましたが、理由を簡単に説明して下さいますか?
中澤が答える:もちろんです。ご指摘の通り、弊社では、最近、2025年末のTOPIXのベースケース目標を3,000から2,600に引き下げました。この改訂は、大きく2つの要因を考慮したものでありまして。すなわち、弊社の日本経済チームは、相互関税の実施、および米国、中国、欧州の成長予測の引き下げを反映しまして、日本の名目成長率予測を 3.7% から 3.3% に下方修正しました。また、弊社の為替チームは、米国のハードデータが大幅に悪化するリスクを踏まえて、ドル円ターゲットを145円から135円に引き下げました。このタイミングとしては、事業環境の不確実性が高まって、企業がキャッシュアロケーションをより慎重に行う可能性がある足もとの状況と整合的であるという風にみています。
従いまして、今年は日本株にとっては少し厳しい年になるかもしれません。全体としては、内需型の非製造業セクターを中心に、ディフェンシブなポジションを維持することをお勧めします。
中澤:関税リスクを踏まえると、日銀の金利の道筋は年内に変わるとお考えでしょうか?
李:そうですね、外需は日本経済にとって非常に重要な要素であるわけでして。日本では関税率が大幅に上がらなかったとしても、自動車関税などは残る可能性があり、その影響はやはり無視できません。自動車を中心とする輸出企業の収益悪化が冬の賞与や来年の春闘に与える影響を日銀が見極めるまでにはやはり時間がかかると考えられます。夏までに日本を含む各国との米国の貿易交渉が大幅に進展すれば秋の利上げはリスクとしてはあり得ますが、日本マクロチームのベースケースとしては政策金利がこのまま2026年中まで維持されると考えざるを得ません。
李:それではドル・円相場はどうでしょうか。日本の株式市場にどのように影響をするでしょうか?
中澤が答える:私がまず最初にお伝えしたいことは、ドル円は日本株の唯一の決定要因ではないということです。もちろん、ドル円は依然として収益において重要な役割を果たしています。弊社の回帰モデルでは、ドル円 が 1% 上昇すると、TOPIX は平均 0.5% 上昇すると予測されています。しかし、この感応度は、過去10年間で低下傾向にあるわけです。構造的な理由としては、最終需要地に近いバリューチェーンの構築によって海外生産比率が上昇し、日本企業がグローバルサプライチェーンの最適化に継続的に取り組んでいることが挙げられます。
とはいえ、ドル円相場が下落する場合には、すなわち円が強くなる場合には、短期的には、食品、建設・素材、IT・サービス・その他、運輸・物流、小売といった、内需に支えられたセクターが有利だという風に言えます。
中澤:最後になりますが、日本と中国の貿易関係は世界で最も大きな貿易協定の一つです。米国の関税はこのパートナーシップに多少なりとも影響を与えているのでしょうか?
李が答える:難しいご質問ですが、いくつかの側面があるのではないでしょうか。地政学リスクは低下しているとは言えないため、軍事同盟という側面ではより強固になった側面もある一方、米国側の要求にこたえなければならないという側面もあります。ただその中で、日本では半導体製造強化であったり、防衛費増大なども行っているため、多面的に判断していく必要はあるのではないかと考えます。
中澤:李さん、お時間をいただきありがとうございました。
李:こちらこそありがとうございました。
中澤:最後までお聴きいただきありがとうございます。今回も「市場の風を読む」Thoughts on the Market をお楽しみいただけたでしょうか?もしよろしければ、この番組について、ご友人や同僚の皆さんにもシェアいただけますと幸いです。