ジェローム・パウエル FRB議長の任期が来年終了することを踏まえ、弊社グローバル・チーフ・エコノミストのセス・カーペンターがいわゆる「影のFRB議長」が政策にもたらし得るインパクトについてお話しします。
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トランスクリプト
「市場の風を読む」(Thoughts on the Market)へようこそ。このポッドキャストでは、最近の金融市場動向に関するモルガン・スタンレーの考察をお届けします。
本日は、ウォール街やワシントンで様々な憶測を呼んでいる「影のFRB議長」なるものについて、弊社グローバル・チーフ・エコノミストのセス・カーペンターがお話しします。
このエピソードは7月21日 にニューヨークにて収録されたものです。
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まず、基本的な事実関係から見ていきましょう。ジェローム・パウエルFRB議長の任期が来年5月で終了します。経済やマーケットの記事を載せている新聞はいずれも、トランプ大統領がパウエル議長の金融政策に批判的であることを報じています。こうしたことから、数々の疑問が浮上しています。パウエル議長の後任は果たして誰なのか。それはいつ頃判明するのか。そして、これが最も重要かもしれませんが、そうした動きの意味するところを投資家はどう考えるべきなのか、といった疑問です。
トランプ大統領は明快なメッセージを発信しています。大統領は、FRBにもっと積極的に金利を下げてほしいと思っています。しかし、来年6月に新しい議長が誕生することははっきりしているように見えるものの、相場には、来年末になっても政策金利は3%をわずかに上回ることが織り込まれているようです。現在のFF金利の誘導目標である4.25%~4.50%に比べれば低いものの、積極的に引き下げられているとは言えません。実際、弊社の基本シナリオでは、政策金利は今日の相場に織り込まれている水準よりも、小幅ながらさらに低い値を想定しています。
なぜこのような断絶が生じるのでしょうか。
1つ目の理由は、後継候補として複数の人物の名前がメディアで取りざたされたり、財務長官が次の議長の選考過程はすでに始まっていると述べたりしているものの、パウエル氏の後継者がだれになるのか本当のところは分かっていないことにあります。もっとも、ニュースによれば夏の終わりごろまでに判明するとされています。
もうひとつのキーポイントは、私個人の考えではありますが、パウエル氏の議長としての任期が終わりを迎えてもFRBの反応関数――すなわち、新しい経済指標の発表にFRBがどう反応するかということ――が一夜にして変わることはおそらくないと思われることです。政策を立案するのは連邦公開市場委員会(FOMC)であり、その立案は共同作業で行われます。その共同作業の力学には、政策の急転換に歯止めをかける傾向があります。従ってパウエル氏が退いた後も、この集団内の力学により、しばらくの間は政策が極めて安定的に運営される可能性もあるのです。
とは言え、何らかの変化は間違いなく生じます。
まず、来年1月にFRB理事のイスが1つ空きます。空席であれば、そこにパウエル氏の後任を据えることは容易です――それも、議長の正式な交代を待たずに行えるのです。言い換えれば、いわゆる影の議長がFOMCのテーブルにつき、内側から政策に影響を及ぼすことになるかもしれないのです。
もしそうなった場合、市場に影響は及ぶのでしょうか。
及ぶ可能性はあるでしょう。その後継者がとりわけ声高な人物で、金融政策に対して著しく異なるスタンスを示す場合は、特にそうなります。しかしその場合でも、これまで政策運営を安定させてきたと思われるFOMC内の力学がはたらき、突然の方針変更を抑制するかもしれません。FOMC内部の話し合いだけでも、そうなるかもしれません。重要なことに、過去の歴史をひも解きますと、政治任用された人物でも就任後は過去の関係を断ち切り、FRBの2つの使命、すなわち持続可能な雇用の最大化と物価の安定に注力するケースが多く見受けられます。
とは言え、ほとんどの話には思わぬ展開が待ち受けているものです。実は、パウエル氏のFRB理事としての任期はFRB議長としての任期と同じタイミングで終わるわけではありません。規則上は、ちょうどマイケル・バー氏が金融監督担当副議長を辞任した後もFRBに残っているように、パウエル氏も議長退任後にFRB理事として残ることができるのです。パウエル氏はこの件について何も発言しておりませんので、今のところは、これは思考実験にすぎません。
しかし、思考実験ならもうひとつ可能です。規則上は、FOMCはFRB理事会とは別個の機関です。慣例では、FRB議長がFOMCによってFOMC委員長に選ばれるのですが、法律でそう決まっているわけではありません。理屈の上では、FOMCがFRB議長以外の人物を委員長に選ぶことも可能なのです。
そんな事態になり得るのでしょうか。私自身は、そうなることは考えにくいとみています。私の経験に照らせば、FRBは正当性と継続性を重んじてきた機関です。ただ、ルールが常に、文言通り厳密に適用されるわけではないことも、頭に置いておく必要があります。それに、とにもかくにも、FRB議長の存在は常に重要なのです。金融政策がFOMCでの投票によって決まるとはいえ、FRB議長は会議の雰囲気や議論の枠組みを作る役であり、議論を落としどころに導くことも少なくありません。それに、やがて新しい人物がFRBに加わるようになれば、新しい議長の影響力は増す一方になるでしょう。地区連邦準備銀行総裁の選定にさえFRBは拒否権を発動できることができますので、FRB議長はFOMC全体に間接的な影響力を及ぼすことになります。
では、こうしたことから何が言えるでしょうか。
今のところ、この「影のFRB議長」の議論は、その本題ではなく「ニュアンス」をめぐる話です。今から来年5月までの間にFRBの反応関数が変化することはない、と弊社ではみています。しかしそれ以降については、生じうる結果の範囲がどんどん拡大し始めます。
その時までは、弊社によるFRBに関する予想は、政治よりもむしろ景気予測のほうが大きなリスクになるでしょう。そしてこの景気予測については、弊社はいつものように非常に控えめなスタンスを維持しています。
最後までお聴きいただきありがとうございました。今回も「市場の風を読む」Thoughts on the Market 、お楽しみいただけたでしょうか?もしよろしければ、この番組について、ご友人や同僚の皆さんにもシェアいただけますと幸いです。