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ポリシーがなくても、打ち込める何かがなくても大丈夫。もっと適当でいいよ。
一以貫之(いちもってこれをつらぬく)とは、一貫して変わらずに進むことの重要性を伝える言葉なのですが。
あなたは一生懸命で、マジメ過ぎるというか、マジメであらねば!と思い込んでいないでしょうか?
心も身体も、どんどん変化しているし、いろんな影響を受けています。気持ちや体調がコロコロ変わるのは、当たり前のこと。もっと曖昧で、適当で大丈夫。
TOMOKO
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一歩ずつ、少しずつ、こつこつ、丁寧に…やらなくてもいいんじゃない?
歩々是道場(ほほこれどうじょう)は、当たり前の日常生活そのものが、修行の場。いつでも、どこでも、何をしているときも、心を磨くことができる。
たしかにそうなのですが、なかなかできないよね。
ひとつ、ちょっぴり、それすら苦しいときは、休んでしまいましょう。さぼってしまいましょう。
サボることを自分に許すことも、大事な一歩だからね。
TOMOKO
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辛いこと、ありますね。悲しいこと、悔しいこと、羨ましいこと、あるある、ありますね。あって、いいんですよ。何か必要があって、現れているものだから。
でも、楽しくない感情や執着と、長い時間つきあっていると疲れます。つい深堀りしたり、いつまでも追いかけてしまう感情や執着を、薄める方法をお伝えします。
ずばり!ボーっとすることです。
さぁ!みなさま!ボーっとしましょう!
難しいこと考えずに、ただボーっとしたらいいんです。モヤモヤしてるなぁ。ネチネチしてるなぁ。がんばっちゃってるなぁ。なぜ?とか、どうする?とか考えない。
ただ、ただ、ボーっとして、自分のことを景色みたいに眺めてみてください。今まで焦点を当てていたはずの物事が、すっと薄まっていくのを感じませんか?
生きている限り色々ありますが、そんなに深刻にならなくても大丈夫なことが多いのです。どんどん、ボーっとしましょうよ。
TOMOKO
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優秀とは、特に優れた能力や特性。他人と比べて優劣をつけた場合に使われることが多いようです。
私も若い頃は、優れた能力のある人はカッコイイと思っていたし、自分も優秀でありたいと願ったりしたこともあります。
が!年を重ねるって、いいですねぇ。欲しいものが減って、細かい字が見えなくなって、記憶力や瞬発力が衰える。そして、本当に必要なものって、ほんのちょっぴりだということに気づくのです。
いつも穏やかでいる人が、とてもカッコイイと思うようになった。心の中には静かなパッションがあって、その熱を抱えたまま淡々といる人。キラキラしてないのに、ポワンとあったかい人。
そうそう、優秀って実は「優しさに秀でる」ってことなんじゃないかしら。
TOMOKO
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山本文緒「自転しながら公転する」からの引用です。
何かに拘れば拘るほど、人は心が狭くなっていく。
幸せに拘れば拘るほど、人は寛容さを失くしていく。
この文章、大好きです。
服が大好きな主人公の都が、幼なじみのさやかに「お洒落な人は狭量だ」と言われて、ハッとするシーン。「たしかに、そうかも」と思った都の内面の言葉として登場する文章です。心根は美しいが、学歴も収入も低い彼との将来に不安を抱く都。
………
私たちは、いつも何かに拘(こだわ)り、その拘りによって、自分の心を狭くし、自分にも他人にも厳しくなっていくようです。
「ま、いいか」
「好きだから、いいんじゃない?」
「楽しいから、やっちゃえ」
「もう、いいよね」
「イヤなことは、手放そう」
「苦しいことは、やめちゃえ」
こんな言葉たちを、自分にかけてあげるだけで、自分にも他人にも優しくなれるような気がします
悩みがひとつ解決すると、また次の悩みが始まります。私たちは、いつも何かの途中を生きているようです。決着をつけて、すっきりしたくなりますが、途中のままでいいのです。途中であることが。生きている証です。全ては途中にあり、途中こそが人生なのです。
日本の神道には「中今(なかいま)」という言葉があります。「今」は、過去と未来の「中」にあり、過去と未来は「今」という瞬間の連なりです。ひとつひとつの「今」を味わえば、過去と未来を同時に生きられるのです。過去も未来も、「今」の生き方によって変わっていきます。
バカボンのパパは「これで、いいのだ」と言いました。そうそう、その通り、今の、このままでOKなのです。
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アニマルコミュニケーターとは、動物の気持ちを受け取り、人間に理解できるように言語化して伝える人のことです。共に暮らすペットちゃんだけでなく、亡くなった動物家族とコンタクトしてくれることが多いようです。
先日、アニマルコミュニケーターとして活動している人から、人間関係についての相談を受けました。印象的だったのは、その人が「人間って怖い」と繰り返したことです。
動物たちは、飼い主や飼育者に対する愛情や感謝、激励、共有した思い出などをそのまま表そうとする。文句や要求があれば、ダイレクトに伝えてくれる。そこに嘘はないので、否定的な気持ちも素直に受け入れられる。
一方で人間は、言葉と心が一致していることが少ない、というわけです。おそらくアニマルコミュニケーターとしての資質をもつ人は、人間の心も読めてしまうのでしょう。
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自分の体をどのように認識していますか?
身長・体重などのサイズ感、皮膚や髪の色で捉えている人もいるでしょう。解剖学的な視点で、臓器や血管などを自分だと考える人もいると思います。いずれも、自分の目で見て確認できるもの、証明されていると言われているものがベースとなっているわけです。
オーラとか波動というような、見えない・証明されていない側面も含めて自分を捉えると、自分への信頼感につながると思います。なぜなら自分は単なる個体ではなく、全体の一部だから。
見えないものが存在することを受け入れると、自己信頼が高まり、他者との人間関係も改善されていくのです。
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思い立った瞬間に行動できますか?できないなら、なぜだと思いますか?
「思い立つ」とは、何かをやってみよう!という気持ちになること。「吉日」は、六曜、易学、陰陽五行説によって特定された、何かをやるのに良い日、適切な日ということです。「何かを始めようと思ったら、すぐに実行しましょう」的なニュアンスで使われることが多いと思います。
自分にとっての吉日は、暦や占いに頼らなくても分かるのです。内在神が、ちゃんと教えてくれるからです。「やってみよう!」と思うこと自体が、最適なタイミングの通知だということです。
「思い立ったが吉日」で、どんどんうまくいくこともあれば、「思い立ったが吉日」に始動したのにも関わらず、うまくいかないこともあります。なぜ、うまくいったり、いかなかったりするのか?というと、内在神への信頼度に関係があると思います。
「やってみよう!」と思った自分、自分の心、自分の内在心を信頼できないと、外にある神的な存在や、ありがたそうなものに頼りたくなります。暦で本当に「吉日」なのか確認したくなったり、「一粒万倍日」かつ「大安」を探したくなる。この僅かなためらいの時間に、最適なタイミングを逃しているのかもしれません。
タイミングの見極めは、人生の困難でもあり、同時に面白さでもあるのです。
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ネガティブ感情、ポジティブ感情、どのような感情も心を豊かにするために必要なものです。喜びも悲しみも心の栄養なのです。あらゆる感情は心に必要な分だけ現れますから、喜びだけを必要以上に求めると、苦しみに繋がってしまいます。
心が本当に楽しんでいるかを指標とすれば、自分にとって本当に必要なものを見極められるでしょう。目の前にあることが楽しくなくても、心を豊かにするためのギフトかもしれません。
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