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岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しる... more
FAQs about 永瀬清子の世界:How many episodes does 永瀬清子の世界 have?The podcast currently has 131 episodes available.
August 04, 2025#71「悲しいことは万歳でしたー老いたる人のレコードー」永瀬さんは、戦争体験を詩や随筆に書いています。詩「悲しいことは万歳でした」では、「私」を戦争にまつわる悲しい記憶を録音したレコードにたとえています。そして、求められたらいつでもその泣き声を聴かせることができるというのです。とはいえ、「でも話だけしてもあなたがたを泣かせません」とあるように、泣き声を聴かせることには、二つの意味が込められていると思えます。つまり、もう二度と「私」が経験したように戦争によって泣くことがない時代をつくりたいという「私」の意志と、「泣き声を聴かせたところで、「今聴いてもすぐ忘れてしまうでしょう」と、泣くほどの自分の問題としておそらく受けとめてもらえないのではないかという複雑な思いがうかがえるからです。それでも永瀬さんは、頼りなく悲しみに泣く「私」を書き続けます。「私はその時そこに居たのです。」という当事者の叫び。この詩を読むことで、「私」の「泣き声」に耳を傾けてみてください。<文・白根直子>...more4minPlay
July 28, 2025#70「一九八八年夏 i夏の服」永瀬清子さんをご存じの方から、「永瀬さんはおしゃれな方だった」と伺うことがよくあります。写真に写る永瀬さんは、帽子やアクセサリーといったところまで心を配ったおしゃれをしており、なるほどと思います。そんな永瀬さんが、着たい服をあきらめてでもしたかったのは、「今、書かねば書けぬ私の詩」を書くことでした。もう少し時間があれば、こんなこともあんなこともできると考えるのは、永瀬さんも同じです。だからこそそうした気持ちも詩になり、空想の中で着たい服を着ているのです。詩人は、詩の中でこのように生きることもできるのです。<文・白根直子>...more4minPlay
July 21, 2025#69「一番近い相手」「一番近い相手」に喜んでもらいたい。けれども何により相手を喜ばせるのか。永瀬さんは、戦中に詩を書けなかった自分を戒めるかのように、「私」に語らせています。アニメーション映画監督の高畑勲さんは、この詩を引いて「一旦戦争などの事態に突入したら、「自分が自分にたよ」ることができず、つい大勢に従い、「倚りかか」って流されてしまうのではないか、という恐怖。それを深く自覚・自戒したいからなのです。」(『君が戦争を欲しないならば』岩波ブックレットNo.942 2015年12月)と私達に警鐘を鳴らしています。この詩の「それは私です」は、今を生きる全ての人のことと思えます。そして、相手の心とともに自分の心がわかることの大切さを教えてくれます。 <文・白根直子>...more4minPlay
July 14, 2025#68「夏」この詩の「私」は、「私は身の不自由なあまり時々人に甘えすぎるのでいけない」と自制し、「私は何でも身一つで処置するやうになるであらう」と、誰の力も借りずに一人で物事をなしとげていきたいと考えています。さらに「物事を回想するばかり」の九月ではなく、「夏は暑ければ暑いほどよい」と夏を讃える詩句からは、過去を振り返るのではなく、今を生き、走り抜けようとする疾走感が感じられます。太陽の強い光のような、みなぎるエネルギーや強さとともに、その強さゆえにどこかさびしさも思わせます。劇作家の長谷川時雨は、この詩「夏」を読んだ驚きを、『時事新報』(1933年10月10日)という新聞に「女流作家展望(二)後ろの鮫に唸る」書き、永瀬清子を応援してくれました。永瀬清子は、このようにいろいろな人に応援され活躍の場を与えられたのです。<文・白根直子>...more4minPlay
July 07, 2025#67「さびしき人々」永瀬さんは、ハンセン病に対する差別や偏見があった戦後間もない頃から、岡山県瀬戸内市にある国立療養所長島愛生園や邑久光明園の入所者と、詩作を通じた交流を続けていました。そうした交流からも作品が生まれており、この短章もその一つです。堂崎しげるさんは、本土から島へ届いた一瞬の光を「心ふるわして受け取っ」ています。永瀬さんは、この光への強い関心から、以前、堂崎さんが書いた詩を思い出し、さらに思いをいたすのです。「反射は反射を生む」という言葉は、詩を書くもの同士の響き合いであり、その詩を読んだ人と詩人との響き合いでもあります。永瀬さんもまた詩人として貪欲なまでによい詩を求め、日常に潜む詩を見逃したくないことが、こうしたところからもわかります。<文・白根直子>...more4minPlay
June 30, 2025#66「詩についての三章 b 書けない」この短章は、詩が書けない時と書ける時の状態を左右するのは、心と体のあり方にあるという、永瀬さんの詩作に対する心構え、哲学にふれています。たとえば、忙しいと他のことに心を配ることができず、時間があると余計なことまで考えてしまいそうです。お金は使い方にその人の考えが見えてきますが、あってもなくても生きたお金の使い方をすることの難しさに気づかされます。健康で体力ある人は、精力的な活動ができますが、そうでない人の工夫をしながらの活動にも眼差しを向けたくなります。できない理由を見つけるにとどまらず、そこからどうするのかを問いかけられているように思われるこの短章は、仕事や人間関係などにも応用できるのではないでしょうか。<文・白根直子> ...more4minPlay
June 23, 2025#65「ひもじさの声」永瀬さんは、1945年6月29日の岡山空襲を伝える合唱組曲「燃える故郷」を作詞しています。この曲は、木下そんきさんが作曲し、岡山合唱団により1981年6月に初演されました。詩「ひもじさの声」は、その第2章にあたる内容を少しずつ書きかえています。の詩では、食べ物がなくてひもじい思いをしている「僕」が、僅かしか食べられなくて泣きたいような気持ちをつばめに託して鳴いているのです。詩の合間に挿入されているわらべ歌も注目されます。たとえば「鷺 わりゃなんで首ながい」は、北原白秋編『日本伝承童謡集成 第2巻天体気象・動植物唄篇』(三省堂 1949年5月初版/1974年10月改訂新版初版/2003年5月復刻版初版)より、類似する唄が石川県でも唄われていたことがわかります。おそらくこのわらべ歌は、永瀬さんが幼い頃に聴いたもので、その歌詞をここに引用したのでしょう。「僕」の心の中でうたわれるこのわらべ歌が、もの悲しさとやりきれなさをいっそう強く感じさせます。<文・白根直子>...more4minPlay
June 09, 2025#63「まだ まだ まだ」「まだ まだ まだ」は、題名だけでも円熟した永瀬さんの詩の世界が感じられます。というのも、「まだまだまだ」ではせわしさばかりが伝わってきますが、「まだ まだ まだ」と一字分の空白により、年を重ねたゆとりや、若い頃のように軽やかに動けないけれども、一歩でも前に進もうとする命の輝きのような一呼吸が感じられるからです。文字の配置ひとつで詩の印象が大きく変わることを改めて感じます。年を重ねても驚きと発見を繰り返し、それでもまだ十分ではないという「欠乏」。充足ではなく、足りなさにこそ永瀬さんの詩の魅力があり、詩作だけではなく人生そのものに通じる考え方にも思えます。そしてこの「欠乏」こそが、永瀬さんのみずみずしさの源泉であることに気づかされます。<文・白根直子>...more4minPlay
June 02, 2025#62「父の思い出(一)」「父の思い出」は、甘さとほろ苦さが交じり合いながら、時間の流れと記憶が人に与える影響を静かに語っているように感じられます。父は、若かった日の母の姿をいつも心に抱いていたのだと知った永瀬さん。そこから、人の心に残るイメージについて深く考え、「我々は四次元的に物をみている」という視点にたどり着きます。私たちが認識している現実世界は長さ、幅、高さで構成された三次元。ここに時間の要素を加えた四次元の視点を通じて、私たちは過去・現在・未来を一つの流れとして捉えることができるのです。永瀬さんは、こうした時間の流れを意識しながら、記憶の中の父を見つめ直し、これまでの父へのイメージが変化していることに気づきます。身近な人であっても知らないことはたくさんあり、そこから新たな魅力を発見できることを知ったのです。<文・白根直子>...more4minPlay
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