オーディオドラマ「五の線3」

181.1 第170話【前編】


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金沢市郊外の築古マンション。その一室にウ・ダバの構成員の一部が潜んでいた。

「おい起きろ。」 هيه استيقظ

肩を小突かれたアサドはやっとの思いでその目を開いた。

「もう6時だ。いつまで寝てんだ。メシを食え。」
إنها الساعة السادسة بالفعل.
كم من الوقت نمت؟
كل الطعام.

「ああ、すまない。」أه آسف.

アサドの目の前の男性は苛立っていた。
この部屋の間取りは2LDK。アサドが目を覚ましたこの部屋には、大型のアタッシュケースのようなものが多数置かれている。

「早くしろ!」أسرع - بسرعة!

慌てて身を起こしたアサドはリビングダイニングの方へ向かった。
そこには朝食の用意を命じる今ほどの男の他に4名。髭面の男達が円を描くように床に座って何かの興じているようだった。
ふとアサドはそこに目をやる。するとそこには日本円の紙幣の束が積み重なっていた。

「続いては昨日の大雨に関するニュースです。」

テレビがついていた。
石川県の地域のニュースのようだ。昨日の大雨は金沢市の一部で浸水の被害をもたらした。しかしその後雨は収まり、金沢市と野々市市に出されていた大雨洪水警報は注意報に切り替わった。一夜明けた金沢の街の様子を、この朝早くから現地リポートしている。

「しかしなんでここで雨が止むかね。」

ひとりの男がぼやくとそれに応える者があった。

「このまま雨が降り続いて作戦中止。それで仕事が流れちまえば、前金貰ってそれこそ丸儲けだったのによ。」
「まったくだ。こんなに割の良い仕事はないさ。正直、俺、ヤバい橋はもう渡りたくないんだよ。」
「そいつは俺もさ。俺だって家族があるんだ。」
「あぁお前んところのガキ、もうぼちぼち大学生だって言ってたよな。」
「ああ、あいつには来年留学して貰おうと思ってる。」
「どこに?」
「ヨーロッパの国のどこかだな。」
「そいつは賢明だ。ウチの国にいたって稼げねぇし。」
「正直、王立大学も考えたんだが、ウチみたいなコネも何もない階層じゃあ苦労するだけだ。結局搾取される側で固定される未来が目に見えるよ。」
「クソだな。」
「ああクソだ。」
「ところで日本はどうだ。」
「日本か?」
「ああ。」
「悪くない。」
「俺もそう思う。」
「だが俺らがここで生きていくのは無理だ。」
「だな。俺らがドカンとやるんだからな。」

男らの会話を耳にしながらアサドはパンを焼き、作り置きのシチューのようなものを暖める。

「それにしても運が良いな俺ら。」
「まったくだ。まさかここでドローンが手に入るとはな。」

で、と言って彼はアサドの名前を呼んだ。

「何だ。」
「昨日のお前のレク通りやれば、俺らでも本当にドローン飛ばせるんだよな。」
「ああ問題ない。」

昨日、ボストークで思わぬ武器を手に入れた。それが自爆ドローンだ。機体に爆弾が括り付けられ、それを対象に突っ込ませれば爆発する。ウ・ダバに所属して10年のベテランであるアサドはこの手のドローンの操縦についても知見を要していたため、この場に居るチームの連中にその操縦方法の手ほどき夜通し行っていた。そのため皆より遅い起床となったのである。

ー確かに運が良い。

アサドは心の中で呟いた。

本日、5班編制のウ・ダバは爆発物を積載した乗用車で金沢駅のもてなしドームの辺りに侵入、そこで金沢のシンボルである鼓門をはじめ、周辺の建造物を手当たり次第爆破、破壊せしめる。同時に、その場にいる人間を無差別に殺傷。周辺を大規模な混乱に陥れれば、今回のミッション達成だ。ヤドルチェンコの合図を持って、その場から撤収する。

しかし自爆ドローンという武器が手に入ったことで、作戦に一部変更が出た。ドローン操作の知見を有するアサドを中心としたドローン班を急遽編成。この班だけは安全な場所からドローンによる自爆攻撃に集中するべしとの作戦となった。アサドの班は攻撃後ヤドルチェンコの合図を持って、金沢駅で展開する他の4班を回収に向かう。その後、そのままちりぢりに逃亡せよとの指示だ。

ー今回は死ぬリスクが少ないとなるとなると、急にこのざまだ。

「それにしてもウ・ダバはビジネステロ集団に成り下がっちまったかと思っていたが、アサドのような良い面してる奴もまだまだ居るんだな。」158

部屋で浮き足立つ連中に思わず唾棄するアサドだった。

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部屋から食堂に降りてきた朝戸に宿の主人は声をかけた。

「もうこの宿にはだれも居ない。安心しな。」

朝戸は頷いて畳の上に座る。
間を置かず朝食が彼の前に出された。

「雨は?」

こう言って窓の外の方に目をやった朝戸の顔に陽光が降り注いだ。聞くまでもない質問だったようだが、主人はご丁寧に答えた。

「収まった。だけど今日の夕方からまた怪しい。」

そうかと言って朝戸は食事を口に運び出した。

「昨日みたいな雨だと、いろいろ都合が悪いことも出てくると思う。」
「逆に雨だから良いんじゃないか。」
「どうして。」
「気象条件は平等だ。俺らにとって都合が悪いことはあいつらにとっても都合が悪い。俺らが雨を克服すれば良いだけのこと。」

主人は朝戸の肩を軽く叩いた。

「藤木さんは。」
「あぁあの人は別の宿を当たるって言って出て行った。」

手を止め朝戸は咀嚼する。

「あれはどう考えてもお前さんを監視する公安かなんかだよ。」
「だろうね。」
「何か知られたか。」
「ある程度俺のことを知って接触してきたんだろう。あの人。」
「だろうな。」
「新たな情報を与えたつもりはないよ。」
「なら良いんだが。」
「ま、与えたところでって感じだけど。」
「偶然かわからんが、あの人とはいろいろありすぎたな。短期間で。」
「…偶然さ。」

朝戸は食事を再開した。

「外にも怪しい人影がある。」
「あぁ知ってる。袋のネズミだ。」
「どうする。予定の時間までまだ大分あるが。」
「予定の時間ってなんだ。」
「俺はお前さんを正午まで管理してろって言われている。」
「管理…ね。」
「正午以降はここで合流せよとも。」

朝戸のスマホに位置情報が送られてきた。

「なんだこのマンション。」
「武器庫だ。」
「…。」

朝戸の咀嚼音だけが部屋に響く。

「俺はお前さんをここに届けなきゃならん。」
「外の奴さんに感ずかれずに…か?」
「ああ。」
「無理だ。」
「そうかな。」

主人は食堂の隅の畳を一枚まくり上げた。

「地下通路か。」
「そうだ。」

この通路は別のアジトに通じている。そのアジトには朝戸を武器庫であるマンションに運ぶためのスタッフが待機しているそうだった。

「…。」

済まない。メシを食わせてくれ。そういって朝戸は無言で食事を続けた。

「ごちそうさまでした。」

合掌して頭を垂れた朝戸は側にあったポットから茶を注いだ。
そしてそれに静かに口を付けた。

「やはり俺は今日、死ぬわけだ。」

これには主人は無言でしか返事をしない。

「心配ない。それくらい分かってる。分かった上でこの仕事を引き受けてる。そもそも金沢駅でド派手なテロ起こして生きて還れるなんて思ってたら、そいつはただのアホだ。そりゃあ俺は落伍者さ。けどアホじゃない。一応それなりの大学でてるんだ。」

状況の飲み込みの良さと、どこか歪んだ言葉。このナイトと言われる男の根っこの部分には、やはり就職活動の失敗によって作られてしまった、卑屈さのようなものがある。事前にビショップより聞かされていた情報との整合性を確認した主人はため息をついて応えるしかできなかった。

「ご主人。」
「なんだ。」
「あんたはなんでビショップらとつるんでるんだ。」
「…。」
「ビショップにしろ、あんたにしろ、こんなちまちました商売するよりも、それなりの商売をすればもっと大きく稼げる可能性を充分に持っていると思うんだ。けどあんたらはそういったことをしない。そして危ない橋を渡る。」

主人は肩をすくめた。

「金は物差しのひとつでしかない。」
「ん?」
「そりゃあ生きていくために金は必要さ。幸い、俺は生きていけるだけの金はこの民泊って商売とビショップからの案件で賄えてる。俺にとってはこれ以上の金はあるには越したことはないが、別に必要なものでもない。」
「そうか。」
「ビショップの奴が金に関してどう思っているかはよくわからん。人それぞれだからな。因みに俺は天涯孤独な独り身だ。家族ってモンがない。まぁ世間一般で言う守るモンがないってわけ。そんな俺にも民泊の客であったり、ビショップのような奴だったり、お前さんのような人間と接点ができる。そしたらさ、妙なもんでよ、関わりのある人間に感情移入って言うの?なんかしてやんないとなって思うのよ。」
「…。」
「これって家族が居ないからなのかもしれないな。誰かと接点もって、帰属意識をつくって疑似家族。そんな感じなのかもしれないね。」
「放っておけないって感じか。」
「そうそう。ひと言で言うとそんな感じさ。」

はははと二人は笑った。

「嘘をつけ。」

こう朝戸は主人に言い放った。主人は一瞬驚いた顔を見せたがすぐにその顔は紅潮し、怒りに満ちたものに変わった。その主人の様子にもかかわらず、朝戸はたたみかける。

「楽しんでるんだろ。この秘密めいた企みを。結果もたらされるであろう非人道的な虐殺行為が楽しみでならないんだろう。」

この朝戸の煽り言葉によって、更に顔を赤くせしめるものかと思われたが、主人は冷静さを取り戻していた。

「…どうしてわかった。」
「わかるさ。同じ穴の狢って言うだろ。似たものが集まるもんさ。」
「と言うことはお前さんもそうか。」
「ああ、そうだ。俺だけじゃない。ビショップもな。」
「ビショップが?奴はインチョウを救いたいだけだろ。」
「んなわけないだろう。」

主人は黙した。

「建前だよ建前。そういう立て付けにしてるだけ。根底には自分以外の人間を塵芥のように見ている。じゃないとこの手の革命思想は出てこない。あんたも俺に共感しているようなフリをしているだけ。俺もあんたの気持ちを汲んでいるふりをしてるだけ。俺もあんたもビショップも結局、自分が1番だと考えている。ゴミクソな生き物だと卑下ながらね。」

主人は高らかに笑った。

「我々のような人種に共通している特徴をよくもまぁこんなに汚い言葉で明快に語れるもんだな。」
「同族嫌悪って言ったっけ?」
「いや愉快愉快。」
「似たもの同士、最後までよろしく頼むよ。ご主人さん。」
「まったくサイコパスだよあんた。」
「何言ってんだ。あんたもだろ。」
「ああそうだ。」
「見てろ。血の雨を降らせてやる。」
「楽しみにしてるよ。」

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