
Sign up to save your podcasts
Or


2025年12月2日(火)放送回
担当は中川信子さんです
琉球新報の記事から紹介します。
全国の沖縄ファンが集う投稿雑誌
「大好き沖縄」の会の第1回懇親会がこのほど、
那覇市内で開かれ、県外の8人を含む30人余りが参加しました。
「大好き沖縄」は1997年創刊で、
今年8月で通算91号を発行しています。
「沖縄と大和をハートの温度で結ぶ」が合言葉で、
職歴を問わず、年代を超えて、沖縄をこよなく愛する一心で
「交流とゆんたくを愉しむ場」にしています。
会員はおよそ270人で、40都道府県に広がっています。
特に沖縄在住の会員が増え、
その顔合わせと交流のため懇親会開催の運びとなりました。
懇親会では全参加者が自己紹介を兼ねたユーモアたっぷりのスピーチを行いました。
沖縄愛の熱量がいっぱい詰まり、拍手と笑顔、歓声に包まれました。
創刊時からの東京会員の石坂悦子さん76歳は
「念願の交流、懇親会。ほんとうにうれしい。感激した」と笑顔がはじけました。
100号への期待の声が上がり、
代表の出口富美子さん85歳は
「まるで家族、親戚ぐるみのお祝いのような
雰囲気で盛り上がった」と喜んでいました。
2025年12月1日(月)放送回
担当は上地和夫さんです
琉球新報の記事から紹介します。
うるま市勝連出身で、現在は美容師として、
大阪市中央区の「ニューグレート美容室」で働く
上西香奈枝さん、旧姓・田本奈枝さん(41)が、
卓越した技能を持つ職人を表彰する
今年度の「現代の名工」に選出されました。
今年度の現代の名工選出者の中で、最年少の一人です。
与勝高校を卒業後、18歳で幼い頃から憧れていた
美容師の夢をかなえようと単身で大阪へ渡り、
叔母であり、美容室の代表を務める新屋敷和美さんの背中を追いながら
高めた技術が評価されました。
大阪に渡って3年後に美容師免許を取得し、
「次は何を目指すか」と考えた時、
選んだのが芸術的なヘアスタイルを作る
「クリエイティブ部門」での技の研さんでした。
技術をめきめきと上達させ、
2010年の全日本美容技術選手権大会ヘアスタイル競技の部で
準優勝するなど、道を究めていきました。
結婚後も、旧姓で仕事を続け、多くの客に親しまれており、
「いろんな人と会えることが楽しい。
喜んで帰っていく姿を見るとうれしい」と話し充実した日々を送っています。
沖縄の若手美容師に
「勉強する機会があればどんどん参加し、技術を吸収していってほしい」と
エールを送りました。
2025年11月28日(金)放送回
担当は赤嶺啓子さんです
琉球新報の記事の中から紹介します。
県立美来工科高校の生徒らによる「美来青年会」は7日、
文化祭開幕で、前身の中部工業高校2期生を招いてエイサーを披露しました。
60年ほど前、学校でのエイサー演舞が珍しかった時代に、
2期生らはしぶる教員らを説得してエイサーを踊ったということで、
新旧の高校生が時を超えた
みずみずしいエイサーを懐かしく、新しく共有しました。
2期生の男性によりますと、
当時は学校でのエイサー演舞は珍しく
「大人が酒を飲みながらやる文化だから」などという理由で、
琉球政府の文教局や学校側に拒否されたということで、
「ここでわれわれは反乱した。
地域の文化を守っていく若者でもあるし、
昼間に酒飲まないでやるんだからいいでしょって。
意見を曲げずに受け入れてもらった」と振り返りました。
体育館で生徒らが見守る中、
美来青年会は元気なエイサーを披露し、
手を動かしながら演舞を鑑賞した2期生の78歳の男性は
「久しぶりに学校に来たが、私たちより上手」と笑い、
別の男性は「私たちが意志を貫いたように、
自分の信念を貫く勇気を学生には持ってほしい。
多数派の意見というのも時代で変わるからね。
社会に出ても頑張って」と後輩を応援していました。
2025年11月27日(木)
琉球新報の記事から紹介します。
担当は上地和夫さんです。
大宜味村や国頭村の海岸で
海砂の流出が進み、
環境省のレッドリストで絶滅危惧種に
指定されているタイマイやアオウミガメ、
アカウミガメが産卵しても、
波をかぶり卵が死滅するといった状況に
なりつつあります。
特に大宜味村喜如嘉の浜の
海砂流出は深刻だということで、
村内で30年以上、
ウミガメの産卵調査をしてきた
日本ウミガメ協議会会員の
米須邦雄さんによりますと、
大宜味村喜如嘉の浜は
3種類のウミガメが産卵に訪れる
県内唯一の場所だということですが、
この20年間で海砂は著しく減少し、
砂浜は1メートル以上
低くなっているということです。
米須さんは「産卵場所が波打ち際に近いと、
波をかぶることになり、卵が水につかって
呼吸ができず死滅する」と説明しました。
喜如嘉の浜では、
今年は産卵の確認はされておらず、
「砂の流出と卵の死滅には関連性が
あるのではないか」ということです。
米須さんは、やんばるの豊かな自然を
守ろうといった際に海の生き物は
無視されていないかと不安を示し
「ヤンバルクイナやノグチゲラを
守ろうというくらいの同じ気持ちを
ウミガメにも向けてほしい。
山と川、海も一体となって
やんばるの豊かな自然を守っていくべき」と
強調しました。
(了)
2025年11月26日(水)
琉球新報の記事から紹介します。
担当は上地和夫さんです。
国立劇場おきなわは19日
第4回新作組踊戯曲大賞の入賞作品を発表し、
大賞に西岡敏沖縄国際大学教授の
「命の文」が選ばれました。
奨励賞には琉球古典音楽安冨祖流絃聲会師範の
大城貴幸さんの「唐のくぐつ」が選ばれました。
上演の時期は今後発表されます。
「命の文」は「琉球処分」の時代を舞台に、
琉球救国運動の志士と彼を助けるじゅりの
活躍を描いた作品です。
選考では「独創性にあふれ史実と
フィクションを巧みに融合させた
意欲的な作品」と評価されました。
西岡さんは、ラジオ沖縄の
「方言ニュース」キャスターを長年務めた
伊狩典子さんから教わった
うちなーぐちの、ことわざと
琉球大学名誉教授の西里喜行さんの研究が
「作品の大きなバックボーンになった」と感謝し、
「4回目の挑戦で大賞を頂き非常に光栄だ。
今回で8作目の組踊になるが、
今後も頑張っていきたい」と話しました。
表彰式は来月12月13日午後4時15分から
国立劇場おきなわ小劇場で開催されます。
次回の公募は2027年度を予定しています。
(了)
2025年11月25日(火)放送回
担当は中川信子さんです
琉球新報の記事から紹介します。
沖縄戦でガマにいる住民に避難を呼びかけ、
戦後の沖縄復興のための救援活動に尽力した
比嘉太郎さんの功績を描く北中城村民劇
「『比嘉太郎物語』~ガジュマルの下で~」が
22日、北中城村立中央公民館で上演されました。
村民らおよそ60人らが演じ、来場者は笑い、
涙し、割れんばかりの拍手を送りました。
比嘉さんは1916年にアメリカ・ハワイの沖縄移民の家庭に生まれ、
祖父母のいた北中城村で育ちました。
その後、沖縄戦戦ではアメリカ兵として通訳兵に志願し、
住民に避難を呼びかけて多くの命を救いました。
戦後は沖縄に豚を送るなど、沖縄の救済活動に尽力しました。
劇では比嘉さんの幼少期や青年期の様子、
戦時中の葛藤や体験、戦後の沖縄のために
救済運動に取り組む県系人の姿などを通して
比嘉さんの歩みや功績を伝えました。
観劇後、あいさつした比嘉さんの娘のエルシーさんは
「ウチナーンチュが時間をかけて父の話を演じてくれた。
感動でいっぱいだ」と声を震わせ、
来場した「46歳の女性も「沖縄とハワイ、人がつながっている、
ウチナーンチュの絆を感じた」と目に涙を浮かべていました。
2025年11月24日(月)放送回
担当は上地和夫さんです
琉球新報の記事から紹介します。
来年1月に100歳を迎える糸満市の石川善照(いしかわ・ぜんしょう)さんは18日、
県庁を訪れ、自身が製作した帆船模型1点を県へ贈呈しました。
模型は全長およそ1メートル、
杉を竹くぎで継ぎ合わせ、朱色の帆がなびく「帆かけサバニ」です。
船大工だった石川さんは60代で引退後、
やんばる船や漁船など60点以上の帆船模型を製作してきました。
今年9月の「お元気百歳あやかり訪問」で
玉城デニー知事の訪問を受けた石川さんは、
「自分の代わりに残せる物は残したい」と県への贈呈を決めました。
石川さんは帆かけサバニの模型を手渡し
「サバニは住民の生活に関わり、人間の生きがいを表す。
私の生きている証しとして、できる限り保存してほしい」と願いました。
受け取った玉城知事は
「県民の代表として大切にお預かりする。
私が追いついて追い越すまで長生きしてください」と言葉をかけました。
2025年11月21日(金)放送回
担当は赤嶺啓子さんです
琉球新報の記事の中から紹介します。
女性だけが参加する「宮古島女子大運動会」が2日、
宮古島市平良下里のパイナガマ海空すこやか公園で開かれ、
同級生や職場の仲間などで構成された
17チーム、およそ300人が参加し各種目で汗を流しました。
この運動会はラジオ体操のミャークフツ=
宮古方言版を披露する2人組の「ぱんだる50㏄」が企画したもので、
2016年に始まり今回で10回目です。
タイヤ回しや綱引き、障害物リレーなど9種目が行われ、
参加者は笑顔で歓声を上げながら真剣勝負を楽しんでいました。
障害物リレーで粉まみれになった35歳の女性は
「恥ずかしさも忘れ、全力で楽しめるのが女子運動会の魅力。
続く限り参加したい」と笑顔で話しました。
「ぱんだる50㏄」の上里勝美さんは10回の節目を迎え
「参加者みんながはしゃいでいて、あふれる女性パワーを感じる。
10回も続いたのは周りの協力があったからこそ。
次は後輩にバトンタッチしていきたい」と話しました。
2025年11月20日(木)
琉球新報の記事から紹介します。
担当は上地和夫さんです。
渡名喜まちづくり推進協議会はこのほど、
フクギの実を原料にしたジャムを開発し、
商品化しました。
フクギは渡名喜村の村木で、
「福木が文字通り福をもたらしてくれる」と
村民に喜びが広がっています。
民家、集落を囲むのが防風、防潮林のフクギで、
うれた大量の実は落下して異臭を放ち、
清掃は悩みの種でした。
2年前に結成した協議会では、
その有効活用による特産品などの
開発に取り組み、
村地域おこし協力隊がバックアップしました。
可能性に視野が開けたのは、
NPO法人沖縄有用植物研究会との連携で、
先月その指導の下、作業工程を念入りに
点検しながらジャムを完成させました。
上原雅志会長は「独特の風味がある。
黄金色も魅力的」と自信満々で、
「嫌われ物の実が特産品に生まれ変わった」と
口調を弾ませました。
「福木の実ジャム」は瓶詰めで、
あすから、那覇市の奥武山セルラーパークで
開催される離島フェアでは、ふくぎの実ジャム、
もちきびクラフトビール、もちきび焼酎、
これも新開発のグルクンの一夜干しと合わせ、
希望と情熱を詰めた「渡名喜名産4点セット」として
県内外にアピールすることにしています。
(了)
2025年11月19日(水)
琉球新報の記事の中から紹介します。
担当は上地和夫さんです。
戦後にパラオから沖縄へ引き揚げてきた人や
遺族らでつくる沖縄パラオ友の会は、
西太平洋のパラオ・ペリリュー島にある
県戦没者の慰霊碑「沖縄の塔」を
修復しました。10月15日に完成しました。
長年の風雨にさらされ、
亀裂が入るなど損傷していました。
多くの関係者から
寄付が寄せられたということです。
友の会は修復状況の確認なども兼ねて、
12月10日から4泊5日で
パラオへの慰霊の旅を実施します。
太平洋戦争の激戦地ペリリュー島では
日本軍がアメリカ軍上陸前に
住民を島から退避させ、
軍人軍属が犠牲になりました。
慰霊碑の修復に当たっては、
ペリリュー州知事の認可を得て
工事を開始しました。
アメリカ軍施設の工事に重なったため
空港を使えず、物資を船で
パラオ・コロールから運び込みました。
現地に住む県系3世が協力したほか、
戦争体験者の家族などから
多額の寄付もあったということです。
沖縄パラオ友の会の田仲順一会長は
「皆様の支援のおかげで無事の修復を完了できた。
私も次世代に継承すべく、最後の奉仕として
全力を尽くした」と感謝しました。
田仲さんは12月の墓参にも参加予定で、
州知事にも感謝を伝えたいということです。
(了)
From the publisher's feed
40年以上続く超人気番組。沖縄の「今」を沖縄の「言葉」で紹介します。

62 Listeners

32 Listeners

42 Listeners

1 Listeners

1 Listeners

168 Listeners

244 Listeners

38 Listeners

64 Listeners

112 Listeners

170 Listeners

6 Listeners

7 Listeners

5 Listeners

0 Listeners

0 Listeners

0 Listeners