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「きちんと話さないといけないのに、その子の前に立つと、ついつい、反発しあってしまって、話したいことも話せなくなってしまって、けんかばかりになるんです」「まあ、素直になるとは、難しかもんたいね」おばあちゃんは、そう言って、博にぜんざいをすすめた。「松囃子は、昔は正月にお城ば表敬して訪れて、お殿様に向けて披露されよったごたるね。博多の町人が、この日ばっかりは無礼講で、お殿様の前で、日頃の不満ば伝える場やったとかもしれんねえ」おばあちゃんは、どんたくの話で、博に何かを伝えようとしているようだ。「そいけん、どんたくの日だけは、素直になって、心の思いば表に出しても良かっちゃなかね?」
「あれって、博君……」川端ぜんざい広場で、博の姿を見かけた。高校時代に文化祭の実行委員で一緒に食べた、思い出の場所だった。一緒にいるのは……。「えっ、おばあちゃん?」どうして二人が一緒に?かなめは急いで、人目につきにくい博多川からの入口に回り込んで、飾ってある飾り山の陰に隠れる。そっと近づいて、聞き耳を立てた。「すみません、話を聞いてもらって」「いいとよぉ。私も若か男性と話ばするやら久しぶりやけん、ドキドキしてしまうばい」どうやら博は、目の前の人物が、かなめのおばあちゃんだとは知らないようだ。
桜の季節を迎えた。「博多市」騒動の盛り上がりで不測の事態が起こりかねないからと、市長が「緊急事態宣言」を出し、「博多区での花見宴会禁止」のお達しが出されていた。会社近くの桜の名所、山王公園も、満開を迎えたのに花見客はいない。かなめは仕事を終えて一人で、山王公園をそぞろ歩いた。桜を愛でながら歩くうち、公園内の日吉神社の境内に行き着いた。境内の隅には、石づくりの「塔」が置かれていた。昔の博多驛の石の柱が「記念塔」として奉納されているようだ。境内の朱塗りの手水舎は、なぜか傾いた姿で建っていた。歪んだ形で立つ手水舎は、今のかなめの心を代弁するようだった。
「もう、どうすればいいか、わからんと……」「やおいかんねぇ」おばあちゃんは、そう言って腕を組んだ。「今のまま形ばっかり仲直りばしても、何も変わらんと思うと……」二人の関係は、そのまま「博多市の怨念」がどうなるかに関わっている。二人が手を携えなければ、あの「声」の主に辿りつくことも、博多市の怨念を消し去ることもできなかった。「まあ、なるようにしかならんたい。さ! 私は今から、どんたくの練習のあるけんね」そう言って、かなめを置き去りにして、さっさと出かけてしまった。あっけにとられたまま、かなめは一人、取り残された。
委員たちは会議室から出て行き、かなめと博だけが、その場に残った。「どういうつもりだよ? 俺をいいように操りやがって」博が、かなめにくってかかった。「どういうつもりは、こっちのセリフたい!」「博君が博多のことば良く知っとるとは、博多の事が好きやけんじゃなかとね? あれだけ博多の知識ば持っとるとに、それば博多ばおかしくすることにしか使わん気ね」言葉を詰まらせて真顔になる博だが、すぐに気を取り直し、皮肉な表情を取り戻した。「何度も言ってるだろう。こんなチンケで田舎くさい街なんか、大っ嫌いだって」本気なのか、それとも、かなめの前だから意固地になっているのかわからなかった。もうかなめは博の方を向きもせず、黙って会議の後片付けを始めた。何か言いたそうにしばらく立ち尽くしていた博は、背を向けて会議室を後にした。
「博多は昔っから、海に向けて海外にも開けて、様々な文化ば受け入れて、融合させてきた、いろんな文化ががめ煮のごと混ぜ合わさって、発展してきた街でしょう? そげんして博多からよその文化ば排除しようとするこつは、自分たちの担って来た文化の否定にならんですか?」すべておばあちゃんや博の知識の受け売りだったが、かなめはさも持論のようにまくし立てた。「あの公園は、過去の福博の分断の象徴であった旧博多驛があった場所です。だからこそ未来に向けて、福博の融和の象徴としての空間にする必要があるとじゃなかでしょうか?」かなめだけだったら、こんなセリフ、思いつきもしなかっただろう。「声」の主が、かなめの口を借りて、自らの思いを委員たちに告げているのかもしれない。でも少しは、自分の博多への思いも添えたかった。
「ちょ……、ちょっと、待ってもらえんですか!」「博多のことばなぁも知らん若かおなごが、口ば挟むな」「そげなこと、関係なかでしょうが。皆さん、おかしくなっとるですよ!」かなめは一喝して、委員たちを見渡した。若いかなめの啖呵に、委員たちは一瞬ひるんだものの、すぐに我に返って反論してきた。「おかしかて言う方がおかしかたい。博多の新しかランドマークになるとばい? 博多ば贔屓して、何が悪かな?」委員たちは、自分が怨念に「操られている」など、知る由もない。彼らが怨念に操られて行事ごとの方向性を決めてしまったら、博多の街は「ちゃっちゃくちゃら」になってしまう。――「声」の主さん、助けてくれんね――
「博多の象徴になる公園やけん、博多の人間しか入られんごとせんといかんな」一人の委員が、腕組みをして、不穏なことを言いだした。「そうたい、そうたい。中央区やら、早良区やら、福岡部の人間には、この公園に近づかせちゃいかんばい」委員たちは、どんどんヒートアップしていった。ここは旧博多驛の近く。「博多市の怨念」が地下に蓄積された場所のそばだ。怨念が影響を与えて、委員たちを動かしているのではないだろうか?「博君、委員さんたちば止めんと……」こんな偏った「博多びいき」をしていたら、ますます「博多市の怨念」が増殖してしまう。だが博は止めようともせず、冷笑を浮かべて、委員たちのヒートアップを放置していた。
おばあちゃんの思いとは裏腹に、「博多市」を望む声は、まるで目に見えないウイルスのように広がっていった。2020年の博多の街には、黄色いマスクをした人が日に日に多くなり、マスクをしていないと歩くのがはばかられるほどだった。道ばたの電柱や商店のシャッターには、「福岡市を博多市に!」のスローガンがスプレーで殴り書きされ、住居表示は、「福岡」の上に「博多」のシールが貼られている。誰が言い出したわけでもなく、「福岡市を博多市へ!」の気運は盛り上がっていった。「今年は、どんたく、どげんなるっちゃか……」かなめは夜空に向けて、溜め息と共につぶやいた。
「なぁんか、暮らしにくくなったもんやねえ」がめ煮の大鍋をかき混ぜながら、おばあちゃんは不満顔だ。「どこのお店に行ったっちゃ、博多市割やら、博多以外の人はお断りやら書かれて、気分の悪かばい」「がめ煮の語源は、博多弁でがめ繰り寄せる(寄せ集める)やけんね。いろんな素材ば寄せ集めて、良かとこばっかり受け継ぐとが博多の文化たい」「そげんして、他の地域の良かとこば取り入れて自分のもんにしてきたとが、博多の文化たい。元々博多は、江戸時代の鎖国の前までは、海外に向けて開けた港で、いろんな海外の文化が持ち込まれたとやけん、その影響もあるとかも知れんねえ」おばあちゃんは博多の「がめ煮」文化を受け継ぐ者の表情で、再び大鍋をかき混ぜだす。「そいけん、博多ば好いとるけんっていって、他の場所はさげすむごたることは、やっちゃいかんとたい」
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