キリスト教会の礼拝に、ようこそおいでくださいました。改めて歓迎します。キリスト教会の礼拝では、目に見える何かを拝むということはありません。それで何かの講演会のようなものだと思われる方もあります。確かに、私は今から、聖書のことばを説き明かそうと思っています。けれども、皆さんにお願いしたいことは、これからする話を、知的に、頭で理解すると同時に、私のことばを越えて、あなたの心に語りかけてくださる神さまを求めながら聞いていただきたいのです。礼拝とは、神さまと出会うことです。目には見えないけれども、確かにおられる神さまは、聖書のことば、みことばを通して、ご自身を表される方なのです。そんなこと起こるのだろうかと思うかもしれません。半信半疑で構いません。どうか、心の耳を澄まして聞いていただきたい、あなたの心の声でもなく、私の声でもない、神さまからの呼び声、そこに心のチューニングが合うこと、そのために、私の説き明かしが役立つことを願っています。
(続きは音声でお聞きください)
<第一部>
190728_1_呼ばれる声で生きる_マルコの福音書2章1-12節_原牧師_宣教.mp3
<第二部>
190728_2_呼ばれる声で生きる_マルコの福音書2章1-12節_原牧師_宣教.mp3
礼拝宣教ガイド(レジメ)はこちらからどうぞ。
主日礼拝宣教ガイド20190728_呼ばれる声で生きる_マルコの福音書2章1節~.pdf