2020年に閉店した西荻窪の食器屋「魯山」の思い出を語りながら、器の魅力、そして商いの魅力について語ります。
2020年8月22日10時50分。西荻窪「魯山」の閉店セール初日。オープンの10分前に店頭に着くと、すでに20人ほどの行列ができており、開店間際には目測で100人を超えてまだ伸び続けていた。
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、一度に店内に入れる客数を制限してその日の営業がスタートした。ファーストロットから漏れた私が店外の先頭集団で待っていると、通りがかりの男が「これはなんの行列ですか?」と尋ねてきた。
私がそう答えると、男は重ねて「食器屋に行列ができるんですか!?」と感嘆とも質問ともとれる声を出した。それが質問だったとして、もし十分な時間を与えられれば、私はそれに答えることができた。魯山がいかに伝説的なお店か、店主・大嶌文彦がいかなる人物か、それが閉店を決めるとはどういうことか、そして私たちはどういう気持ちで初日に駆けつけたか。しかし語るには時間がなく、通りがかりの人に演説をぶつほど厚かましくもなかった私には、無難に頷いてみせることしかできなかった。
ところが、列に並びながらあれこれ考えをめぐらせてみると、ただの食器屋であること、そしてそれに行列ができること、これ以上に語るべきことなどないように思えてきた。魯山は、お高くとまった民芸店でもアンティークショップでもなく毎日の食卓に並ぶ「ふだんづかい」の食器屋だし、その価値観を定義し長年にわたって広めてきた店だからこそ、その影響を受けたチルドレンたちがこうして集まってくるのである。だからあえて「ただの食器屋」と表現するが、魯山はただの食器屋であり、ただの食器屋がこのような影響力をもっているということに、ただ驚いて欲しい。その意味で、私が男に答えたことは過不足のないものだったかもしれない。
でもそれはそれとして、私は魯山について語りたい。西荻窪に引っ越してから6年、2週に一度は通い続け、通算で少なくとも100回は足を運んだ食器屋がどんなところだったか、書き残しておきたい。
歴史実践ポッドキャスト「メディアヌップ」 夜の言葉で、愛を語り継ぐ
東京杉並在住。作家。遠野物語活動化。遠野物語を再創造する GAME OF THE LOTUS主宰。小説 / カードゲーム / TRPGをつくっています。Tales & Tokens 代表 / Sekappy 取締役 / 遠野遺産認定調査委員
▼みやもと|宮本拓海|
岩手水沢在住。編集と執筆。アテルイを顕彰する会や、さまざまな郷土史の実践活動を行う。株式会社公園 代表 / planter / FOLKS