オーディオドラマ「五の線3」

101 第89話【後編】


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電子鍵が開かれる音が聞こえたため、窓から外を見つめていた小早川はそちらの方を見た。
そこには警備員姿の男が立っていた。
一介の警備員がなんの断りもなく研究室の鍵を勝手に開けて入ってくる事自体がありえない。
あまりもの想定外の状況を目の当たりにして、小早川は反応に困った。
「なんだ…君…。」
小早川がこういった瞬間、突如として警備員は小早川の背後に回り込んだ。そしてハンカチのような布で彼の口元を抑える。
まもなく小早川は気を失った。
「小早川先生!守衛室です!応答願います!小早川先生大丈夫ですか!」
どうやらとっさに小早川は非常通報装置のボタンを押していたようだ。
「チッ。」
警備員姿の男は窓から外の様子を見る。
今の所まだ研究棟全体が騒ぎになっていないようだ。
彼は窓を開けた。
そして横たわる小早川の靴を脱がせる。
「っしょっと…。ってか重めぇよ。こいつ。」
男は小早川を担ぐとなんのためらいもなく、それを5階の窓から真っ逆さまに突き落とした。
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「そうか。早いな。」Понятно. Ты рано.
タバコの火をつける音
吸い込みそして吐き出す
「すでに一回やらかしてるからな。」Он уже сделал это один раз.
「曽我コロシの件か。」Дело убийцы Соги?
「ああ。ウ・ダバも立て続けに損害を出すわけにもいかん。やばいヤマばっかりさせられると下っ端に思われたら脱走者も出かねん。さっさとやってさっさとずらかるように指示を出した。」
「心当たりは?」
ヤドルチェンコはタバコの煙を吐き出すだけで、この問いかけには答えなかった。
「…公安が人殺しをするなんて考えられないしな。」
「ああ。」
「まさかだが…。」
「なんだ?」
「ヤドルチェンコ。お前ヤクザのシマを荒らしたとか、その手のアングラのトラブル抱えてるとかないだろうな。」
「馬鹿らしい。あいつらとは一切関わりはない。」
「ウ・ダバもか。」
「ウ・ダバは知らん。知らんが、あすこがヤクザと関わりを持っているなんて聞いたことがない。」
「じゃあ上は。」
「上?」
「ああ上。」
「ビショップ。あんたどこまで知ってんだ。」
「それは言えない。言ったら言ったで俺のこと警戒するだろ。」
「警戒は今もしている。だがそれ以前にお前は俺のビジネスパートナーだ。」
「だったらそれだけでいいだろ。」
「今までだったらな。」
「何?」
「俺なりに心当たりがある。」
「なんだって…。」
「もしも俺の予想が当たりだとすれば結構まずい事になってきている。対応が必要だ。だからお前がツヴァイスタンの事情をどれだけ知ってるかを確認したい。」
「確認してどうする。」
「実行と中止を双方検討する。」
「何バカなこと言ってんだ!」
「おいおい。いいのかそんな大声だして。」
「問題ない…。」
「ビショップ。お前どこまで知ってるんだ。ツヴァイスタンの政治状況。悠里が残した資金の出どころ。どこまで知ってる。」
「ヤドルチェンコ…ここに来て中止はなしだ。前金も仮想通貨で振り込んだ。」
「いや。お前の理解次第だ。それ次第で中止も考える。もし中止となれば前金も返す。」
「待ってくれ。それだけはやめてくれ。」
「じゃあ話してくれ。お前は悠里の何を知っている。ツヴァイスタンの何を知っている。そしてお前が目指すものは何だ。」
「なぜそれが今必要なんだ。」
「意思統一が必要なんだ。」
「意思統一?」
「ああ。お互いが本当に信頼できる同志足り得るか。その見極めをしないとこちら側はやられる。」
「はははは…信頼だと?」
「そうだ。」
「お前が信頼?バカ言え。んなもん持ち合わせていないだろ。ビジネスだろうが。金さえ手に入ればそれでいいんだろ。」
「いや、そういう関係だとすぐに切り崩される可能性がある。俺とお前の信頼関係。これがないと今回のビジネスは成功しない。だから俺は確認したいんだ。」
「切り崩される?」
「そうだ。」
「どこを?」
「俺とお前、そしてお前の周辺。」
「俺の周辺?」
「うむ。」
「何を言っている。俺らの結束は堅い。」
「ウ・ダバ並かそれは?」
「ウ・ダバみたいなテロの狂信者と一緒にするな。」
「狂信的側面がないと真の結束は生まれない。そういう意味でウ・ダバは仕事を依頼する上で信頼できる。」
「だがそのウ・ダバにもスパイがいる可能性があるって曽我の件でわかっただろう。」
「そこは自浄作用が働く。狂信的組織ゆえな。しかしお前らはどうだ。そういった統一した価値観があるか。その統一した価値観で結束し、その潤沢な資金を活用しているか。」
「価値観はある。」
「なんだそれは。」
「ぶっ壊す。」
「何を。」
「日本を。」
「具体的にどう壊す。」
「具体的なものはない。とにかくぶっ壊す。ぶっ壊れればみんな平等だ。」
「存外短絡的なんだな。」
「ああそうだ。短絡的だ。短絡的だから妙な意思統一はいらない。」
「その破滅を願う熱量はみな同じか。」
ここで空閑は一瞬言葉に詰まった。
「…それはわからん。わからんがそんなことはどうでもいい。みんな破滅からの平等、平等からの再スタート。これを願っている。再スタートの切り方は人それぞれだ。そこに熱量の統一は必要ない。きっかけになる破滅があればいい。」
「なるほど…。」
「ヤドルチェンコ。」
「なんだ。」
「俺は信頼という言葉を口に出す奴を信用していない。」
「ほう。日本人らしくない価値観だな。」
「信頼は結果だ。結果を出すためにまず行動だろう。それはビジネスマンとしての顔を持つあんたならよくわかっていると思うんだが。」
「…。」
「その当人が信頼を先に得ようとする。なるほどあんたが想定する相手ってのは相当のタマってことか。」
「おそらく一筋縄では行かない。」
「ツヴァイスタン内務省警察部警備局通称オフラーナの雇われヒューミント要員のあんたでもか。」
「そうか。それは知ってるのか。」
「元ロシア対外情報部情報員だが、あんたの出身はあくまでもツヴァイスタンだ。ロシアでのあんたは仮の姿。」
「なるほど。それも。」
「下間社長はオフラーナの一員。俺が託されているこの資産もその予算だ。俺は下間社長に金と活動を託された。」
「悠里はお前にどういった活動を求めたんだ。」
「具体的なものはない。俺は社長を救うために、この腐った日本社会をぶっ壊すためにこの金を使う。それだけだ。」
ここでヤドルチェンコは深呼吸をした。
「ビショップ。」
「なんだ。」
「俺は東側諸国を渡り歩いてきた。それらの国々には共産主義というイデオロギーが根幹にあると言っても価値観はバラバラだ。」
「どうしたんだ急に。そんな話は聞きたくはないぞ。」
「まぁ聞け。それは西側においてもそうだ。自由、民主主義というイデオロギーが根幹にあっても価値観はバラバラ。」
「…それはそうだろう。」
「そうなるとどこに拠り所を求める?ん?」
「おい。妙なこと言うな、仕事の話をしよう。」
「俺には家族がない。恋人もいない。宗教にも縁がない。ツヴァイスタンに生まれながらもロシア人として生き、情報員として各国を転々とする。こんな俺には拠り所なんてない。だから俺は現在(いま)に拠り所を求める。」
「はぁ…。で、どうなんだ。あんたの今は。」
「…契約成立だ。」
「なんだ…こんなことだけであんたと俺の信頼関係は確認できるのか。安いもんだな。」
「なんとでも言え。十分さ。ぶっ壊すだけだからな。ぶっ壊すついでに俺は邪魔なやつもぶっ壊す。」
「邪魔なやつ?」
「派手にやってやるさ。例の仕事。」
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