オーディオドラマ「五の線3」

104.2 第92話【後編】


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「鍋島!?」
「ええ。研究対象の鍋島能力。その保持者であった本人です。」
「な…なんで…こんなものが…こんなところに…。」
「天宮先生の手配です。ちょっと警察の方面に手を回してこういうことにしてくださったんです。」
「ば…ばかな…わたしはこんなこと聞いていない。」
腰を抜かしたまま小早川はホルマリン漬けになっている人間を仰ぎ見る。
筋肉質な体型を保ったままのシルエットは美しかった。
彼の視線は体の全体的なシルエットから各部へと移動する。
すると特徴的なものに気がついた。
「なんですかこの体は…。」
体のいたる所に縫合の後が見える。
「体だけじゃなくて顔も色々いじってたみたいですよ。」
「え…顔?」
そういうと小早川は鍋島の顔を見た。
「ひいっ!」
彼が驚くのも無理もない。
髪の毛ひとつないつるっぱげ状態の頭皮には無数の縫合の跡。
そしてぱっとみた感じきれいな顔立ちであるそれにも至るところに縫合の跡があった。
しかし彼を驚かせたのはこれではなかった。
鍋島の目は上瞼と下瞼が縫い合わされた状態だったのだ。
「な…なんで…目が縫い合わされているんですか…。」
「あぁそれはあれです。」
そう言うと光定は同じくホルマリン漬けされている別のガラス製の容器を指差した。
そこには2つの眼球があった。
「目…?」
「はい。鍋島の眼球です。それとその隣にある脳。これらが得意な能力、いわゆる瞬間催眠の発生源であろうことは突き止めました。」
「なんだって?」
そう言うと光定は一枚の目の写真を小早川に見せた。
「これは?」
「これは鍋島の目の写真です。摘出する前に撮影しました。ちょっとこれを見ていてくれますか。」
小早川は言われたとおりにそれを見つめる。
すると徐々に自分の心拍数が上がっていくのが感じ取れた。
「なんですかこれは。」
「不思議ですよね。妙に興奮してくるんですよ。」
手を叩く音
「はっ。」
「どうでしたか?」
「どうでしたかって?」
「この写真を見ていたときの感想は。」
「え?」
「とまぁ、こういうことなんです。」
「え?どういうことですか。」
「小早川先生。あなたはいまこの写真を見ていた。その間の記憶が無い。」
「記憶がない?」
「ほんのちょっとの間の話ですが、これを見ていたときの記憶がないんです。」
小早川は狐につままれたような感覚を覚えた。
「どうもこの鍋島の目というものからはフェロモンの一種のようなものが生成されるようで、それは現物に関わらず、この写真のように印刷されたり複製されたものからもその効果が得られるみたいなんです。」
「目からフェロモンが発せられる…。」
「はい。非科学的でしょう。」
「そうですね。」
「まさにオカルト。」
「はい。」
「ですが現にいま、先生はそれを体験した。」
「…本当っぽいですね。」
光定はうなずいた。
「正直、これ以上の分析、研究は期待できません。」
「というと?」
「石川の山県久美子の件です。先程も言ったように曽我先生の臨床研究において進展はありません。」
「はい。」
「それなら他のサンプルを当たろう。しかしそれも少なすぎます。」
「能力を受けたと思われる対象はほぼ自殺もしくは死亡。生き残りは山県と佐竹、赤松の3名のみですね。」
「そうなんです。なので天宮先生の期待に応えるべくちょっと方針を転換しようと思いまして。」
「方針転換?」
「はい。」
「それはどういうものですか?」
「もういっそのこと鍋島惇を複製してみようかと。」
「は?」
突拍子もない光定の発言に小早川はうまく反応できなかった。
「ほら、この目の写真でわかったでしょう。これを使えばそれなりに鍋島のマネごとができることは明らかです。」
「はぁ…。」
「だからこの目の力を使って、対象を鍋島そのものにすればいい。鍋島を複製することができれば、それを観察して分析、研究の対象とすればいい。」
「あの…先生…。」
「ほら人間の進化の過程を研究するために原始人類を作り出して、その発展過程を観察するのが手っ取り早い的な考え方あるじゃないですか。それと一緒ですよ。」
「そんな非科学的な…。」
「何言ってるんですか小早川先生。非科学的な著作を出しているあなたがそんなこと言っていいんですか。」
「バカにしているんですか。」
「いいえ。違います。私はなんでもかんでも非科学的と断じるのは早計ですといっているのです。非科学的であるなら非科学的である論拠を提示しなければならない。」
「先生はどうやって鍋島をつくると?」
「すでに実験は開始しています。」
「実験?」
「はい。」
「え?そんなこと聞いてませんよ私は。」
「え?小早川先生。先生も既にその論文に触れていますよ。」
「は?」
「石大の曽我先生も、天宮先生もみんなその論文に触れているはずです。」
「何言ってるんですか先生。私は山県久美子の経過観察以外の話など聞いたことがないですよ。」
「嘘です。」
「嘘じゃない。なんなんですか先生…。」
「最近、石川大学病院から認知症関係の論文がよく送られてくるじゃないですか。」
「は?」
光定は一枚のA4ペラを小早川に見せる。
「例えばこれ。催眠療法を契機に難治性疼痛の改善を見た一例。論文要旨はこうです。難治性疼痛の70歳男性。難治性疼痛が持続し、オピオイド増量による効果も乏しく副作用の修験が目立っていた。そこで催眠療法を開始。徐々に疼痛は軽減。オピオイドも減量することができた。しかし対象には軽度認知症のような症状を見るに至った。この手の論文、最近送られてきていません?」
「確かに…その手の報告は私のもとにも。まさかその催眠療法が…。」
「そうです。この目の写真を見せたやつです。」
「天宮先生が…?」
「ご想像におまかせします。」
「まって…患者の同意は。」
「さあ。」
「もしもそれが本当だと体の良い人体実験だぞ!」
「へへへ…この実験がなければ、この目の写真の効果までたどり着くことはできませんでしたよ先生。」
「馬鹿な…そんなことが許されるとでも思っているのか!」
「許す許さないの話じゃないんですよ。結果がほしいんでしょ。天宮先生は。」
「それはそうだが…。」
「いいじゃないですか。能力の真相に近づいてきてるんだし。天宮先生の望みは小早川先生の望み。そうでしょ?」
「…。」
「で、このことを知ってもらったからには、これからは積極的にバックアップをしてもらわないとってことなんですよ。」
「バックアップ…。」
「共犯ってことでよろしくおねがいします。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「石川でやった実験をベースに僕は東一でもそれを試みた。鍋島の目の写真を使った催眠効果をテストするために、いろんな症例にこいつをぶつけてみた。びっくりするくらい効果が出たよ。」
ニヤニヤとしながら光定は続ける。
「痛い人に痛くないよって言えばそうなる。精神的に参ってるってひとに大丈夫心配ないって言えばそうなる。なんかムカつくってひとに、そんなにカリカリすること無いよって言えば収まる。鍋島の目って本当にすごかったんだ。」
「あ、あぁ…。」
「でも結局本家本元の鍋島能力には到底及ばない。だって鍋島は瞬時にその対象を意のままに操ることができたんだから。」
「で、鍋島を作る実験を東京で行った。」
「そう。東一の患者を適当に見繕ってね。」
「お前…。」
空閑の表情が冴えない。
「結果は御存知の通り。ひと通り対象はみんな第一のミッションは達成するんだ。けどまもなく逮捕。で自殺。やれやれさ。」
「はぁ…マジもんのマッドサイエンティストだよ。お前は。」
「マッドサイエンティスト。褒め言葉として受け止めておくよ。」
「まるで血が通っていない。」
空閑のこの発言に光定の表情が曇った。
「…心外だね。」
「なに?」
「血は通ってるさ。じゃないと朝戸はとうの昔に死んでいる。」
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