オーディオドラマ「五の線3」

105.2 第93話【後編】


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「それが朝戸を鍋島にするってやつだったってか。」
「そう。」
「でも、すでにその実験は失敗に終わっている。その失敗続きのそれを、なんで朝戸にもって思ったんだ。」
「可能性をみたんだ。」
「可能性を見た?」
「うん。鍋島能力の発動の条件には膨大な負のエレルギーの蓄積ってのがあるんだけど、そのときの朝戸の感情の爆発は凄まじくってね。いままでに経験したことがないほどのものだったんだ。鍋島自身が抱えていた負のエレルギーも凄いけど、これも相当なもんだ。だから今度はうまくいくかもしれないって思ったんだ瞬間的に。」
「負のエネルギーか…。」
「ビショップ。君は当時の朝戸ほどの負のエネルギーは持ち合わせていない。東京で施術した対象の誰よりも負の感情を持っていない。」
「…。」
「そんな君に施術する…。いったいどういう結果がでるだろうね?ひひひ…。」
光定は不気味に笑い出した。
「あぁ…鍋島さん…僕に力を与えてください…。あなたはかつてこの場所にいた。ここで2人を殺した。そして同級生2人の人生をぶっ壊した。ここは聖地だ!お願いします…僕に、ビショップに、力を与えてください。」
急に宗教儀式めいてきた場の雰囲気と、狂乱ともいえる光定の様子に空閑は言葉を失った。
ーいいのか…俺…。
ー本当にこいつに自分のすべてを委ねていいのか…。
ーその術とやらが失敗したら俺はどうなる?
ー自我を保っていられるのか?
ーでも…ここで引き下がれるわけがない…。
ーほかに方法が俺には見いだせないんだ…。
「いい?はじめるよ。」
こう聞こえた瞬間。空閑の目の前に1枚の写真が見せられた。
左右両方の薄っすらと開く切れ長の目だった。
例えるなら増女(ぞうおんな)の能面のような目だ。
「これはすべてを見通す目です。ビショップ。君の心の中のすべてをこれは見通しています。これを見た瞬間、あなたは抗うことはできません。」
抗えない?自分はただ写真を見せられているだけだ。そう思った空閑だったが、それから目を背けようと思うもそれができない。むしろ吸い込まれるようにその写真を見つめてしまう。
「はい。すでに術は始まっています。とにかくこの目と向き合ってください。」
気高くも見えるその目は、見方によってはこちらを冷笑しているかのようにも取れる。いや、悲しみ哀れんでいるのか。むしろ侮蔑しているのか。違う叱っているようにも見える。
「そうですね…いろいろ見えますね…。いろいろ見える。それはすなわち、全てあなた自身なんです。」
ー俺…自身…?
瞬間写真が差し替えられた。
空閑の体は硬直した。
「この目をもつあなたこと鍋島惇は、ここで穴山と井上の両人を手際よく殺しました。ひとりはハンマーで。もうひとりはナイフで。そして現場にいた一色貴紀をこの力を使って眠らせた。そしてあなたは一緒にいた村上にもこの術をかけ、これらの犯行のすべてを自分の仕業であると刷り込ませて、事件の早期終結を図るよう暗示をかけた。」
「…。」
「この熨子山という場所、そしてこの小屋の中には鍋島さん。あなたの情念が詰まっています。つまりあなたの情念の受け皿。私はここにもうひとつの情念の受け皿を作ります。それがこの空閑光秀というこの男です。」
「…。」
「見てください。たくましい体をしてるでしょう。あなたという存在に遜色のない体をしています。そしてなによりこの空閑光秀。頭がいい。この空閑。この日本をぶっ壊したいそうです。破滅を願っているようです。いかがでしょうか。あなたに相応しい受容体だと思うのですが。」
「…。」
空閑は硬直したままだ。
彼は光定が見せる、見開かれた目の写真をただひたすらに見つめている。
「鍋島さん。この空閑光秀のすべてをあなたに差し出します。」
瞬間、空閑の脳裏に鮮明な映像が流れた。
「クソなんだよお前らは。ムカつくんだよお前らは。でもな…一応お前らは俺に声をかけてくれた。一色は先輩連中に俺のことをバカにするなと食って掛かった。そんとき思ったよ。クソ野郎ばっかの高校だけど、ここを去れば俺はまたひとりになる。」
「…。」
「別にお前らに頼ろうとは思っていなかった。ただ心の何処かでお前らという存在に少しは救われていたのかもしれない。だから高校を辞めようとは思わなかった。」
「…じゃあ…なんで…。」
「なに?」
「じゃあなんで…一色や村上をお前は…。」
「…。」
「なんで一色の彼女を…。」
「それ…聞く?」
「え?」
「野暮だぜ…。佐竹。」
「な…鍋島…。」
「俺はツヴァイスタンからの金というシャブに手を出した。シャブに手を出した人間の末路は俺は知っている。」
「お…おい…。」
「どうせ悲惨な終わりしかないなら、劇的な終わりを俺は望むよ。」2−118
突如として空閑は涙を流しだした。
そして口を開いた。
「あんたの記憶、あんたの思い、あんたの感情、あんたの苦しみすべてを感じた…。鍋島、あんたの目を介して。」
「ビショップ?」
「そうだよな。あんたも辛かったんだ。そうだと思うよ。」
「どうしたのビショップ。」
独り言をつぶやく空閑の様子を光定は心配そうに見る。
「どうせ悲惨な破滅しかないなら、劇的な終わり、それを俺も望むよ。」
「…大丈夫?」
空閑が光定の問いかけに応えるにはしばしの時間を要した。
「え?何か言った?」
「遅っ…。」
「え、どうした?何か俺、おかしい?」
「まぁちょっと…ってか大丈夫かい?」
「大丈夫って…勿論なんの問題もない。」
「頭が痛いとかない?」
「いや、別に。なに?ひょっとして…成功した?」
「わかんない。ただ今の君の様子は、今までにまたことがない感じ…って…。」
光定は動けなかった。
そう空閑が彼の目を見つめていたためだ。
「な…に…これ…。」
「なるほど。これか。」
「え…。」
動けない。そして頭がボーッとする。
「クイーンありがとう。おかげでどうやらうまく行ったみたいだ。」
光定の目はうつろだ。
「お前はすぐに病院の仕事に戻ってくれ。もう俺は大丈夫だ。ここでのやりとりも忘れてくれ。」
「わかった。」
そう言うと光定は空閑に背を向けて直ちに小屋を出た。そして止めてあった車に乗ってその場から立ち去った。
小屋にひとり残った空閑は天を仰いだ。
「光定と朝戸を引き合わせたのは警察か…。ちっ…ルークに違いない…。その時点からすでにかよ、あいつ…。結局この能力の実用化だけだけじゃないのか、アイツの目的は…。キングはルークは信用できるとか言ってたけどよ。」
「5年前。東京の方で妙な殺人事件が起こっていたの覚えてる?」
「え?なに?」
「ほら殺人事件が起こるたびに犯人自殺。全部で8件。」
「なんとなく覚えているが…。」
「あれ、全部鍋島複製実験の失敗事例。」
「な、なんだって…。」
「あの自殺した犯人たち、みんな東一病院にかかってたんだ。」
「マジかよ…。」
「なんで警察は東一病院まで捜査しに来なかったんだろうねぇ。待ってたのに。僕。」92
「捜査なんかしにくるかよクイーン。それを防ぐのがルークの仕事なんだしさ。」
空閑は小屋の扉を開いた。
雨は止む気配がない。
「さて…思わぬことで俺には鍋島の力が手に入ったわけだ。まずは手始めにこいつを三波とやらに使ってみて検証してみるか。」
彼は雨の中歩き出した。
「ルークに対する総括はその後でいい。」
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