オーディオドラマ「五の線3」

134 第123話


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「なに?駅に現れた?」
「はい。古田さんから電話があってすぐです。」
「で。」
「山県の店の様子を覗ってたんですが、対象が休みだとわかったんでしょう。すぐに引き返しました。」
「どこに向かった。」
「武蔵が辻の方に歩いて行きました。」
「歩いて…。」
「アシないんでしょうか。」
「かもな。」
「付けますか。今ならまだ間に合うかと。」

「時間の使い方は古田さんの勝手ですが、それにこちらを巻き込むようなことはお控えください。」117

「いや、いい。」
「わかりました。」

電話を切った古田はたばこの火を消し、宿がある東山から武蔵が辻の方面に向かって歩き出した。
向かって右側に先ほど婦人が言っていた、ロシア系の人間が多数宿泊するアパートがある。
築50年のプレハブアパート。見た目こそ昭和感満載のアパートであるが、手入れは行き届いているようだ。
たしかに物音ひとつ聞こえない。
外国人が大勢住んでいるのに、話し声のひとつの聞こえない。

ーあれか…リノベーションとかして防音関係もがっつり対策しとるんかな…。

アパートと反対側には民家が建ち並んでいる。
これらの戸建ても築40年から50年程度と古いものが多い。
こちらからはテレビの音が聞こえたり、お茶の間で話す声が聞こえる。
ずいぶん大声で独り言を言ってるなと思ってふとそちらを見ると、窓の隙間から電話をしている老人が見えたりもする。
日中に生活音がよく聞こえる。
そうこの辺りは高齢者が多いのだ。

アパートの扉が開いた。
出てきた白人男性と目が合った。
TシャツにGパン。スマートフォンを手にしている。
彼の厚い胸板、太い腕周りを見た古田は、素直に屈強な体つきが魅力的だと思った。
その魅力的な白人男性がこちらに向かって気さくにも軽く手を振る。
思わず古田は照れのためペコリと頭を下げた。
男性はにこりと笑って大通りの方に歩いて行った。

「ああいう人がちらほら住み着くのはわかる。けど大挙してやろ…。」

古田は足を止め街の様子を眺めた。

「異質さしか感じんわ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

金沢駅を出た朝戸は別院通りを歩いていた。
この通りには飲食店が多い。
開店前の準備だろうか。それらの前に業務用の車両が横付けし、何かを運んでいる姿が散見された。

「じゃあな。」

店の中から現れた髭面の白人男性がバンの助手席に乗り込む。
続いて運転席に中東系の若者が座り、エンジンをかけその場から走り去っていった。

ふと店を見ると、そこにはボストークと刻まれた看板があった。

「ボストーク…ロシア語かなんかかね…。」

店を横目に朝戸はそのまま進んだ。

「にしても以外と外人多いんだな、ここ。駅の方も外人ばっかだし宿のほうもそうだし…。」
「駅の門は俺的にはいただけねぇけど、街としては古いものと新しいもの、日本風のもの外国のもの、決行良い具合に混ざってて悪くない。」
「それでいて良い感じで人が少ないんだよ。それが良い。ただザ・観光地はダメだ。風情がない。そういう意味ではビショップの宿のチョイスは絶妙だ。」

「あイタ…。」

朝戸は足を止めた。

「俺、何しに金沢に来てたんだっけ…。」

周囲を見渡す。
飲食店が多いと思われていた通りは過ぎていた。
目の前に大きな寺院建築がある。

「あ…そうだった…。」

足を止めた彼は寺院の名前を携帯で検索した。
画面の地図上にピンのような目印が表示される。

「なんだ、宿のすぐ近くじゃないか。」

両手をポケットの中につっこんだ朝戸は、そのままうつむき加減に東山方面へと向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

小橋の真ん中に立ち、浅野川の上流を眺める古田はつぶやいた。

「しっかし、こんなところちゃんと歩くのも初めてかもしれんな…。」

この橋から上流を望むと川は左側に湾曲しており、その向こう側の右の川沿いに主計町がある。
主計町は明治期から昭和初期にかけて栄えた茶屋町。
その情緒ある町に向かって川沿いを散策できるよう、このあたりは整備されていた。

「灯台もと暗し。こうやって改めて来るといいとこやがいや。」

視線を下にやると可動堰がある。
水の音、時折聞こえる鳥の声。すぐそこを通る自動車の音。
これらの音が街全体の静寂さを逆に際立たせる。
川に沿って立ち並ぶ古めかしい家々がなんともいえない郷愁を感じさせた。

「当たり前の景色やけど、こうやってちゃんと向き合うと何とも言えん、いい感じなもんやな。」

こう言って古田は彦三方面に向かって歩き出した。

前述の川上流の主計町やひがし茶屋街は観光客がひしめき合っているが、ここまで降りてくるとその数はまばらとなる。
すれ違う者もこの付近に住まう者ばかりといった感じだ。

「うん?」

周囲を見回しながら向こう側からひとりの男がやってくる。
観光客か。
そう思った瞬間、古田は自分に電流が流れる感覚を覚えた。

ー朝戸…。

スマホを片手に何かを探すように歩く彼を一旦やり過ごした古田は、しばらくしてその後をつけ始めた。

ーあいつがノビチョク事件の実行犯…。
ーそんな大それた犯行をして、逃亡先の金沢で観光やと…。
ーサイコパスとかじゃないかいや…。

「この朝戸が一昨日から山県久美子の様子を覗いている。」121

ーほんでなんでこいつが山県久美子を…。
ー山県とどういった接点があるっていうんや…。
ーいや待て、サイコパスとかやったらんなもんワシの想像やとどうにもならんがいや…。

朝戸が古田の尾行に気づく様子はない。
しばらく進んで朝戸は足を止めた。

ーなんや?

彼の視線の先を追うとそこには一軒の寺があった。

ー寺?は?

気づくと朝戸はその境内に吸い込まれていった。

「ちょ…。」

自分の想像を裏切る彼の行動に古田は歯ぎしりした。

「えーま…。」

彼もまたその寺の中に吸い込まれていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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