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「朝戸離脱。朝戸は武蔵が辻方面に向かいました。」
「古田さんは。」
「距離を置いて尾行の構え。」
「朝戸班は両名をつけろ。」
「了解。」
「内灘より本部。」
息つく間もなく無線が入る。
「はい本部。」
「先ほど応援依頼した人員が未着です。状況どうですか。」
担当者と岡田が目を合わせる。
「すいません。引き継ぎ漏れです。どこから応援をよこすって言ってました?」
「朝戸班と聞いています。」
担当官は直ぐさま朝戸班に繋ぐ。
「本部から朝戸班。」
「はい朝戸班。」
「内灘からの応援要請の件、状況はどうなっていますか。」
「派遣済みです。」
「え?内灘からは未着とありますが。」
「いいえそんなはずはありません。無線が入ってすぐに指示を出しました。」
担当官と岡田はまたも目を合わせた。
「了解。確認します。」
「朝戸班了解。」
「あれか。冴木がここに座っていた時のことか。」
「おそらく。」
「あいつマルトクの中、引っかき回す気か。」
「しかし朝戸班はちゃんと内灘へ応援派遣に応じています。そのあたりの指示関係はちゃんとこなされているのでは?」
「確かに…。」
岡田はマイクの前に立った。
「本部から朝戸班。」
「はい朝戸班。」
「その応援部隊と連絡取れるか。」
「はい。」
「電話でもいいから連絡とって対応してくれ。」
「あ、はい。」
「あっ待って。」
冴木は岡田に対して、自分は光定班の班長に言われて本部に戻ってきたと言った。光定殺害に関する取り調べの報告が岡田の元に上がっていない状況であるのにだ。それを確認するために光定班に岡田は連絡を取った。するとその光定班の班長が行方不明であるとの事。この班長は未だ行方不明だ。もしも朝戸班も光定班と同様の工作が仕掛けられているとしたら、この無線でのやりとりを鵜呑みにするわけに行かない。
とはいえ人員が限られている。
「本部から朝戸班。」
「はい朝戸班。」
「班長か。」
「はいそうであります。課長、良くないご報告です。」
「何だ。」
「いまさっき応援部隊の二名に電話かけたんですがどちらも電源が切られています。」
「な…に…。」
「探しに行きたいのですが如何せんこちらも人員が不足してまして…。」
岡田は力なく椅子に腰をかける。
「二人とも…か…。」
「はい。マズい感じがします。」
「思い当たる節は。」
「ボストークの捜査をしとるときは問題ありませんでした。ボストークの捜査を終えて直行せよと指示を出しました。」
「ボストーク…。」
ー椎名が片倉京子と接点を持った店か…。
「ボストークに変わった点は?」
「それは既に送ってあります。」
「なに?俺はそんな報告もらっていない。」
「課長。冴木の時じゃないですか。」
担当官が口を挟んだ。
「悪いが再送してくれ。」
「はい。」
しばらくして目の画像が送られてきた。
「こいつは…。」
「天宮のときと同じ奴ですね。」
「ああ。」
「本部から朝戸班。」
「はい朝戸班。」
「ボストークはこの気味の悪いポスターについて何か言ってたか。」
「昔店に来たバンドが貼らせてくれって言ったんで貼らせたとか言ってました。」
「バンド?なんて名前だ。」
「わかりません。店側もあまり興味がないので覚えていないと。」
ーまてまて…。ここで天宮憲行の家にあった目の写真って、なんか図ったような情報の小出し具合じゃないか?
ーここでさらに情報を出して捜査現場を混乱せしめる。混乱させればそれだけテロを起こしやすいってもんやろ。
「…わかった。班長は引き続き朝戸監視を継続。応援部隊の捜索はこちらでやる。」
「ありがとうございます。動きアリ次第報告いたします。」
椅子に深く座った岡田は腕を組む。
「ところで冴木について何か情報は。」
「いまのところ目立った報告はありません。」
ーいまのところ自由に動かせるのは相馬ひとりか…。
ーしかしあいつには冴木の捜索を命じたばかり、それを途中で放り出して応援部隊捜索に転身ともいかんよな…。
ーいやしかしそんなあいつの顔を立てるとかも言ってられん。
携帯を手にしたときである。
偶然相馬からの着信が入った。
「はい岡田。」
「課長。妙なことが起きてます。」
「妙なこと?なんだ。」
「いま金沢駅に居るんですが…。」
「金沢駅?冴木がそこに?」
「いや、まぁそれはちょっと置いといて仁熊会がホテルの中に突入していきました。」
「仁熊会が?」
「はい。4名程度の男がえらい怖い顔して。気になったんで電話しました。」
岡田は頭を抱えた。
「おいおい相馬、冴木のほうはどうしたんだ。」
「この辺りで冴木の目撃情報があったんで来たんですが、来たその現場で仁熊会が騒動起こしていまして…。」
「まさかあいつ高飛びとかじゃないやろうな。」
「念のためそっちの方の手配もしておいた方が良いかもしれません。」
「わかった。」
「あの、仁熊会は?」
「…そっちはマル暴のシマや。そっちでやる。」
電話を切った岡田は思わず壁を足で蹴った。
「いまさら仁熊会がなんやって言うんや…いまはそれどころじゃねぇやろう。」
相馬に対するいらだちが自分の感情を支配するかと思ったそのとき、岡田は待てよとそこで立ち止まった。
ーいや、でもここで仁熊会に抗争事件とか起こされたらそいつはそいつでマル暴とマルトクの調整とかでややっこしいことになる…。
岡田の手は携帯電話を握りしめていた。
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「わかった。また動きがあったら連絡してくれ。」
片倉は電話を切った。
「誰だ。」
「OBのエスからです。いまは喫茶店のオーナーやってます。」
「店の名前は。」
「エスですよ特定されます。言えません。」
「エスの管理は俺の仕事でもある。」
「…セバストポリ。」
「野本か。」
「はい。」
「金沢についたらそこ帳場にするか。」
「営業妨害です。」
「じゃあそこから出前とるとか。」
「あぁ…いいかもしれません。あすこのプレートランチは美味いですよ。あ、ただ出前やっとるかどうかはわかりません。」
「いまどきほら、ユーバーとかあるだろ。アレ使えばいいんだよ。」
「あー自転車とかバイクで食べ物運ぶやつ。」
「うん。」
「あれ自分、前からどうなんかと思ってるんですよ。」
「どうなんかって?」
「いやほら、ロードバイクやったらほら前傾姿勢であのリュック担いで運ぶでしょ。」
「うん。」
「絶対、中身偏ってますって。ひょっとしたらぐちゃぐちゃかも。」
「それは承知の上だろう。」
「いや自分絶対嫌です。そんな見栄えの悪い食事は。いくら美味いって言ってもそこそこ金払うんですから、それなりのもんじゃないと。」
「まぁ言わんことは分かるか…。」
「だいいちなんでリュック担いでチャリとかバイクなんですかね。あの手のサービス、昔の食堂ならどこもやってましたよ。おかもちに専用の原付使って。」
「自分の店でやるには割が合わないんだろう。」
「そうかもしれませんが、出前って視点で言えば。むしろ退化しとるんじゃないですか。」
「なんだお前、食い物の話になると急に饒舌になるな。」
「大事な話なんで。」
「しかし確かに出前文化自体はひょっとして退化してるのかもしれないな。あり方は変わったのかもしれんが。」
「どうせならドローンとか使って出前とかのほうが未来あって良いと思いますよ。自分。」
隣に座る百目鬼は片倉の目を見た。
「なんすか。」
「かっこいい。」
「え…。ちょ、やめ…。」
「ドローンの出前かっこいい。それいい。それ頂戴。」
「え…。」
「ほら都心のビルの高層階まで直接届けられるだろ。いいぞそれ。っていうかわくわくする。」
「あ、はい…どうぞ。」
百目鬼が自分に対して妙な気を起こしてしまったのではと、一瞬戸惑いを見せた片倉であったが、そんなはずもなく、百目鬼の起業家スピリッツを喚起させただけだった。
「で、トシさんはなんだって。」
「相変わらず単独行動。朝戸と直接接点を持って、完全マンマークしとるみたいです。」
「この局面でスタンドプレーか…面倒くさいことにならなければ良いが。」
「トシさんをここで無理矢理排除しても、朝戸にそれ気づかれて、事がマズい方向に転ぶなんてこともあり得ます。なのでいまはトシさんに朝戸の手綱を引いてもらう方が得策かと。」
「だよな…。」
「理事官は今回の件、どう思ってらっしゃいますか。」
「椎名投降の件か。」
「はい。」
「正直分からん。」
「ですよね。」
「俺らはもしもの時の被害を最小限に食い止める。これにつきる。」
「その発言。事が起きる前提ですよ。」
「希望は持っている。だが考えても見ろ。予定日は明日だ。」
「…。」
「相当食い込まれているという現実を見た方が良い。その状況で司令塔の投降、怪しさしかない。」
「一体いつからなんでしょうか、椎名。」
「考えるまでもない。おそらくこのためにあの国から逃げ帰ってきた。そのエスコート役が内調の陶だった。」
「陶専門官ですか…。」
「あいつについては上杉情報官に管理されている。あいつの悪さはこれで終いだ。」
「いや自分が気になるのは上杉情報官が陶をどの段階であっち側の人間だと特定していたのかって話なんです。」
「というと?」
「この数日、自分らはある意味陶によって翻弄されました。鍋島能力についても内調は早くからその研究について把握をしていたことになる。それを我々は知らされることなく、目隠しされた状態で捜査していたわけです。」
「…。」
「理事官?」
「やめよう。この話は。内調のことは内調に任せよう。」
「…。」
「しかし一般論だが…。」
「一般論?」
「ほとほとこの国の統治機構はクソだ。」
「…。」
「縦割りが過ぎる。」
「…。」
「平時前提だからさ。有事の前提が皆無。だから回してなんぼ。大事なのは前例と面子。敗戦から何も学んでいない。」
「敗戦ですか。」
「話せば長くなる。やめよう。」
「…はい。」
「いずれにせよ縦割りで面子の塊であるのは事実だ。その中で最大の効果を発揮させるためには現場の力に頼るしかない。」
「どこかで聞いた話ですね…。」
「上杉情報官を筆頭にできる限りの安全保障上の連携を講じている。そこだけは片倉、疑いはない。」
「…。」
「信じてくれ。」
「わかりました。」
携帯バイブ音
「はい。片倉。」
「…うん……そうか。わかった。到着次第協議としよう。」
「どうした。」
「ケントク課長の岡田からです。椎名の聴取一旦終了。」
「そうか。」
「対象、マルトクのスパイになることを希望しているようです。」
「なに…。」
「他にも判断を仰ぎたいことが多数。」
新幹線は長野駅を出発していた。
時刻は11時を回ったあたり。
12時には金沢に到着する予定だ。
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トラックがエンジンをかけ走り去る音
「ぎりぎりセーフか…。」
腕時計に目を落とすと時刻は11時少し前だった。
「うん?」
ポツポツと雨が降り出していた。
店の扉にかけられているCLOSEの文字が書かれた札をひっくり返したマスターは中に戻った。
事務所のドアを閉める音
鼻をかく音
「問題ない。匂わない。」
タバコを吸う音
携帯操作音
「あぁ矢高さん。ボストークです。遺体処理終了しました。痕跡はありません。」
「ご苦労さん。」
「でもいずれバレます。時間の問題では?」
「うん。もうしばらくすればバレるだろう。」
「え?そんなに早く?」
「うん。でもボストークで失踪したとまでは突き止められない。だってそこは異常が無かったんだから。」
「しかしあの妙な写真は送りました。」
「あれがきっかけで再びそこに乗り込むことはない。むしろ頭の中かき乱されるさ。考えても見ろ。ただでさえ混乱してるところに、さらに気になる情報が入ってくる。アレも重要。これも重要。そんな情報の優劣がつけにくい状況で、それをどう処理するってんだい?何事も順番が大事。結局はひとつひとつ地味に解決していかなきゃならんのだよ。マルチタスクとか言うけど、それは処理を自動化できる術があってなしえること。ヒトの要素が大きい公安でそれを行うのは至難の業だな。そして公安は既に人員不足。完全にパンク状態さ。」
ーどこまで計算ずくなんだこの人…。
「公安よりもむしろ今警戒せねばならんのはヤドルチェンコ。」
「ヤドルチェンコ。」
「ああ。君が私と通じていると知れば、明日の行動をやめる可能性がある。やめるときはボストークに運び込まれた銃火器を奴が警察にリークする可能性がある。アルミヤプラボスディアがテロを計画しているとな。そうなると計画はパァだ。」
「そのためにキングがいるのでは。」
「もちろんそうだ。しかしキングも全知全能ではない。」
「…。」
「ここは君が踏ん張るんだ。」
「…了解。」
「ひとまずヤドルチェンコとコンタクトをとってくれ。明日の確認だ。」
「ここにきて何を確認するんですか。もう段取りはすべて整っています。」
「物理起爆スイッチは朝戸には渡していないと報告してくれ。公安に持ち物検査される恐れがあったのでウェブサイト経由の起爆システムに切り替えたと。」
「細かい事じゃありませんか。報告するまでのことではないかと。」
「報告を要するか要しないかは相手が決める。一見そんなもの必要なかろうと思われる些末なこと。この報告の怠慢が、相手の猜疑心に火を着ける。結果、粛正される。そんな事例は歴史上多々ある。人間ってもんは疑い深い生き物さ。」
電話を切ったマスターは、矢高に言われたとおりSNSでヤドルチェンコにメッセージを送った。
しばらくして返事が返ってきた。
「報告ありがとう。機転の利いた対応だ。」
「朝戸への対応はこれで終了。あとは明朝の引き取りを残すだけ。これでいいか。」
「それでいい。間違いない。」
「健闘を祈る。」
「ああ。信頼できる同志よ。」
ドアノックの音
携帯をしまったマスターはドアを開く
「なんだ。」
「またブツが届きました。」
「またか…。」
「どうします。」
「仕方が無い。すぐにここに運んでくれ。」
雨に濡れたスーツケースが複数、部屋に運ばれてきた。
それを開いたマスターは運んできたスタッフに尋ねる。
「これ、いつ取りに来るって?」
「閉店時間にでもと言ってました。これで最後です。」
「わかった。店の方はお前に任せる。俺はこっちにかかる。何かあれば内線で連絡をよこせ。」
部屋に再びひとりになった彼は床に退いてあるラグを捲りあげた。木床のそれの内、一枚を剥がすと取っ手のようなモノが現れた。それを掴んでスライドさせると地下に通じる階段が出現した。
階段を降りスイッチをつけるとその中が明らかになった。
広さ十畳ほどのこの空間の壁面に設置された棚には、整然とそしてびっしりと銃火器が並べられていた。
「どう考えても矢高さんのほうが上手なんだよな…ヤドルチェンコより。」
濡れたスーツケースをタオルで軽く拭き、それ開いた彼はそこに入っているモノを確認する。
「にしても、どうやってこいつ手に入れたんだ…。」