オーディオドラマ「五の線3」

163.1 第152話【前編】


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「キンタイで椎名をパクっちまおうかとの話もあったが、その協議の最中、当の本人が出頭となったわけよ。」

椎名を取り調べている金沢北署に入った片倉らは、岡田と富樫に特高内での会議の内容を簡潔に報告した。

「出頭のタイミングといい、マルトクのスパイになりますという申し出といい、話が出来すぎとる。こいつは最高レベルの警戒態勢を敷かんといかんってことで、こちらの百目鬼理事官にもお越しいただいた。たった今から我々はこの百目鬼理事官直下の指揮に置かれることとなる。これは県警の本部長並びに警備部長の承認済みである。」

片倉は百目鬼を紹介した。

「百目鬼だ。よろしく頼む。」

岡田と富樫は彼に向かって最敬礼した。
二人とも百目鬼と顔を合わせるのは初めてだ。
年齢は40代半ばと聞いている。見た感じ広告代理店の営業マンという風貌であるが、彼らにはない落ち着き払ったオーラのようなものを醸し出している。親しみやすさを演出する出で立ちに反して、どこか近寄りがたさを感じさせるものがある。

「で椎名は?」

百目鬼は富樫に尋ねる。

「結論から申しますと、判断がつきません。」

百目鬼と片倉は顔を見合わせる。

「正直、どこからどこまでが嘘でなにが本当のことかの判別が出来ません。自分はあいつが石川に来てからずっとその様子を観察してきました。ご存じのようにあいつの住まいには監視カメラを設置し、自分はその様子を24時間365日追ってきました。あいつの生活パターンは嫌というほど分かっています。ですが分かるのはあくまでも自分がこの目で見えるところだけ。見えないところは自分にはわかりません。」

カメラが設置されていないトイレと風呂。椎名の振る舞いについてはこの二カ所についてだけは分からないと富樫は言うのであった。
彼は机の上に置かれた自身のノートPCの画面を指し、椎名の自宅部屋の様子を百目鬼に説明した。

「先ほどの調べの中で椎名はここに越してきたときからカメラの配置を把握しとったことがわかりました。ほやから奴は自宅内ではそのカメラがないトイレと風呂で外部とのコンタクトをとっとったようです。」
「なんでバレたんだ。」
「オフラーナとしては常識だと。」
「カメラを探すような素振りを見たことはなかった?」
「ありません。あの部屋の中ではあいつはただ生活をしていただけです。」
「協力者か。」
「おそらくは。」

百目鬼は片倉を見る。彼はさもありなんといった表情でうなずいた。

「モグラ探しは今はいい。椎名のスマホとPCの解析はどうだ。」
「これから自分がやります。」
「富樫、お前がか?」
「はい。」
「ひとりで?」
「はい。」

百目鬼は片倉を一瞥する。

「理事官。マサさんはこう見えておそらく県警では一番その方面に長けた人材です。他の誰よりもデジタル系の知識と技術があります。」

片倉がすかさずフォローを入れた。

「それは俺も聞き及んでいる。」
「あ…そうでしたか。」
「俺が言いたいのは富樫がそれに当たるとなると、椎名の対応は誰がやるんだって事だ。椎名は富樫だから話をしてるんだ。他の人間が出てきたら奴の気持ちに変化が出るかもしれない。」
「たしかに…。」
「理事官いいですか。」

岡田が口を挟む。

「仮に我々を欺くことが椎名の本意だとして、我々としてはどう奴と接するのが正解でしょうか。」
「奴に我々の本当の考えを悟られないようにする。そしてさらに偽情報を与えて奴をミスリードするのが良い。」
「はい。ですが今の我々は奴がもたらす情報の何が本当で何が嘘なのかがよくわかりません。だからどういった情報を与えれば奴に混乱を与えることができるのか見極められない。そこでとにかくあらゆる手法を試してみるのが良いのではないかと思います。」
「具体的に。」
「椎名に当たる人間を富樫に絞らないで、何名かに担当させます。そしてシフトを組んで彼らを椎名に当たらせます。彼らの中に椎名にものすごくシンパシーを感じる人間をひとり潜り込ませ、彼を通じて椎名の本当に意図するところを引き出す。」
「だめだ。」

岡田から目を逸らした百目鬼が言った。

「どうして。」
「そんな悠長なことをしている時間は無い。」
「…。」
「岡田課長。時間があれば俺もその方法を採用するだろう。しかし我々に残された時間は24時間程度。そんな手の込んだ芸は採用できない。」
「そうですか。」
「しかし偽情報を与えるのは有効な手立てだ。」
「ではどうしましょうか。」
「俺が椎名の調べをやる。」
「えっ。」

岡田もうそうだが、その場に居た富樫と片倉が声を出して反応した。
彼らの反応を意に介さないように、百目鬼は着ていたジャケットを脱いだ。

「理事官自らですか。」
「ああ。俺がやる。俺が情報を見極めてその場で判断する。一番早い対応方法だ。」
「しかし理事官は椎名と初見です。予備情報も何も無い状態で奴を調べるなんて無謀です。」

心配ないと言って百目鬼はスマートフォンを取り出して片倉に見せる。
そこにはマインドマップのようなものが表示されており、放射状に無数の項目が打ち込まれていた。

「調べの基本は抑えてある。あとは俺と椎名とここの力比べだ。」

こう言って百目鬼は自分の左側頭部を人差し指で指した。

「リスキーすぎます。」
「じゃあどうする。」
「それは…。」

百目鬼は窓側に歩いて行き、しまっていたブラインドシャッターを引き上げた。
先ほど降り出した雨が横風に煽られて、目の前の窓に打ち付けられている。

「酷い天気だ。」
「…。」
「今の俺らには椎名のオファーを断る術はない。」

その場は沈黙した。
皆が心の奥底に抱えていた本心を百目鬼が代弁した瞬間だった。

「このオファーが出された瞬間、俺らには断れない状況を作り上げられていた。将棋で言えばもう詰んだ状況だ。ここから奴はどう出るんだ?この詰みの状況はブラフか?とここで考えるのは全く意味が無い。」

「俺らはもしもの時の被害を最小限に食い止める。これにつきる。」150

ここ金沢に来る新幹線の中で百目鬼が呟いたこの言葉が片倉の頭の中でぐるぐる回った。
何も言えない。只々途方もない絶望のようなものが片倉の脳を、そしてその場に居る岡田と富樫の脳を支配する。

「しかし負けではない。」

気のせいか、窓を打ち付けていた雨が弱まったような気がした。

「王将を獲られなければ良い。」


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