オーディオドラマ「五の線3」

164.2 第153話【後編】


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前進党幹事長、仲野康哉に呼び出された陶は議員会館の彼の部屋の前に居た。

ノック音

ドアが開かれ秘書の男性が彼を迎えた。

「先生はいま会議室でミーティング中です。先生の執務室でお待ちいただけますか?」

執務室に通された陶はソファに腰をかけた。

「もうしばらくしたら終わりますので、しばらくお待ちください。」

ドアが閉まる音

すっくと立ち上がった陶は窓際に立った。
衆議院第一議員会館8階のこの位置からは首相官邸と首相公邸が見える。
窓から視線を逸らし、左を一瞥すると壁側に三脚台に立てかけられた日章旗が目に入った。そしてそれを背にする形で仲野が執務する机がある。机の上には固定電話とデスクトップ型パソコン。紙の書類は少しだけ。無機質な印象があった。

「愛国精神だけでは政権は取れませんよ、先生。」

こう呟いたときだ。会議室の扉が開かれ仲野が部屋に入ってきた。

「あぁお待たせしました。」

どうぞと言われ陶は仲野とソファに座って相対した。

「今日は折り入って陶専門官に頼みがありましてね。」
「先生の頼みであれば何なりと。」
「先日のあなたの提案を参考にしました。」
「おお!」
「ツヴァイスタンと連携をとりたい。」
「ん?」

狂喜に満ちた表情の陶の顔が一瞬にして歪んだ。

「あれ?先生…。私はアルミヤプラボスディアを止めるために、そのツヴァイスタンの親分格であるロシアと連携しませんかと言ったと思いますが…。ツヴァイスタンですか?」
「え?あぁ…そうか…私の聞き間違いだったかぁ…。」
「そうですよ先生。ご公務でお疲れなんでしょう。」
「しかしなぁ、そのつもりで協力者を用意したんだよ。」
「え?」

どうぞと仲野が言うと会議室の扉が開かれ、男が入室してきた。
きょとんとした様子で陶は彼の様子を見る。
三つ揃いに縁なし眼鏡。髪の毛は整髪料で固められ、寸分の隙も無い整った出で立ちである。

「こちらは?」
「関さんといって、あなたと同じ内閣情報調査室の方だ。」
「えっ!」

どうもと言って関は仲野の横に座り、陶と向かい合った。

「陶専門官はロシアの情報機関と連携する用意があると伺いましたが、それは具体的にどういった機関のどうのような方のことを指すのでしょうか。」

関は静かに陶に尋ねた。

「陶晴宗。」

呼び方に敬称が無くなった。

「あなたはツヴァイスタン内務省警察部警備局、通称オフラーナの協力者として我が国で工作活動に従事してきましたね。そのあなたがなぜロシアの情報機関と連携をするのでしょうか。」

どうしてそのことをこの関という男は知ってるのだ。

「答えてください。」

ここで陶は下間悠里の画像を入手した昨日のことを思い出した。あのとき部屋から出た直後に人の気配を感じた。ひょっとしてこの関が自分のことを監視していたのではないか。
いや昨日だけではない。関はオフラーナの工作員としてその活動に従事してきたと断定している。ということは一体いつから
自分は監視されていたのだろうか。
陶の首筋は脈打ち、その音が脳に響く。

「関さん。」
「はい。」
「まさかあなたも双頭の鷲の…。」
「違います。」

関は陶の言葉にかぶせて発言した。

「陶。あなたは私の問いに答えていない。もう一度聞きます。ツヴァイスタンのオフラーナ協力者であるあなたが、なぜロシアと接近しているんですか。」

相変わらず陶の呼び方に敬称はなかった。
陶は口ごもる。

「私の問いに答える気が無いですか…。」
「…。」
「いくらロシアがツヴァイスタンと友好関係を持つ国と言っても、秘密警察がよその国の情報機関と妙な関係を構築するなんて許されるわけがないでしょう。」
「力関係が違う。ツヴァイスタンとロシアでは。」
「ほう。」
「俺は強いものにつく。オフラーナではアルミヤプラボスディアの動きは牽制できない。所詮警察は軍には勝てない。」
「軍?アルミヤプラボスディアは民間軍事会社じゃないですか。」
「実質ツヴァイスタン軍だ。」
「実質でしょう。軍じゃない。」
「何が言いたい。」
「まだオフラーナは抑え込めると言うことですよ。アルミヤプラボスディアを。」
「…どういうことだ。」
「我々と組みましょう。」
「!?」

陶の眼球の動きが激しくなった。関の目を見たり、その隣の仲野の表情を探ったり、部屋の様子を目で追ったりと落ち着きがない。

「内調と組む…とは。」
「あなたは内調の人間。オフラーナのスパイだ。あなたが今までやってきたこと。あなたを取り巻く人間関係。そのすべてを我々は把握しています。」
「すべてとは。」
「高橋勇介。」

陶は関の目をじっと見つめた。

「朝倉忠敏。」
「…。」
「佐々木統義も付け加えましょうか。」

陶は何も言わない。

「あなたは随分と特定秘密保護法違反を犯してきました。いや考えようによってはそれに留まらない。」
「…。」
「外患誘致という重い罪もあります。」

仲野が口を挟んだ。

「陶専門官。内調さんはそのすべてに対して目を瞑ると言ってるよ。」
「目を瞑る?」

関は黙って頷く。

「その代わりあなたは今のままオフラーナと連携してくれないか。」
「今のまま?」
「そう。当初の計画通りそれを実行するんだ。私なんかに色目を使わず、粛々と計画を実行に移す。」
「何のことでしょうか先生。」
「金沢で大規模なテロを起こすんだろう。」

陶は何の反応も示さない。
関が仲野に代わって口を開く。

「明日ですね予定日は。チェスを模した連中がそれに向けて着実に動いています。具体的にはナイトとビショップ。そしてキング。」
「…。」
「朝戸慶太、空閑光秀そして椎名賢明こと仁川征爾ですね。」
「…。」
「これにプラスしてレフツキー・ヤドルチェンコとウ・ダバも付け足します。大規模なテロになります。ならないはずがありません。」
「つまりこういうことだ。オフラーナは朝倉事件でミソをつけてしまった。その失地回復を期して翌年仁川征爾を日本に送り込み、朝倉の意思を引き継いだ君に別の形でこの日本という地で何かしらの実績を作り、国内のプレゼンスを高めようとした。その中には長年の懸案事項だった鍋島能力、すなわち瞬間催眠のオフラーナによる実用化と管理があるのは言うまでも無い。瞬間催眠を我がものとし、かつそれを使って派手な実績を作る。そうすれば人民軍なにするものぞとなれるわけだオフラーナは。本国でね。」

仲野が関が言うはずだったことを淀みなく語った。
流石政治家だ。簡潔明瞭な語りである。

「しかし敵も然る者。アルミヤプラボスディアを日本に寄越してきた。そしてオフラーナの企みを監視、その牽制をしてくる。昨今の不審船漂着。あれはアルミヤプラボスディアの手口だ。オフラーナはあんな直接的実力行使みたいなことはしない。いやできない。なにせ警察だからね。あれは訓練を積んだ軍がなせる芸当だ。」
「いかにも。」

ようやく陶が反応を見せた。

「陶専門官。きみはアルミヤプラボスディアがここ日本で何をどうするかご存じか?」
「恥ずかしながら全てを把握できていません。」
「だろうな。」

陶は関を見る。
関は彼に頷いて見せた。

「なるほど…。」

この瞬間陶は全てを悟った。
自分だけが知らなかったのだ。自分が内閣情報調査室という部署にあったのは、全てを承知の上での事だったのだ。
朝倉忠敏の薫陶を受け、この国の治安組織の改革をゼロから作り直すことを自身の使命とした陶晴宗。しかしなんでもゼロから作るのは難しい。何かを手本としてそれを猛スピードで追いつく。いわゆるキャッチアップ型の方法が一番である。その手本を陶も朝倉も旧ソ連に見いだしていた。それ故に彼らの行動の根底に革命と似通った思想が根を張っているのである。
しかし現実はどうだろう。
彼らの夢想は今この瞬間に見事に打ち砕かれた。いやむしろ我が国の治安組織は彼らが思うほど愚かな体制でもなかった。
スパイを敢えて受け入れることで相手方の情報を抜き取り、対策を講じる。安全保障予算の拡充という予算措置は、それらの機能強化を急ピッチで着実に進めた。確かに急ごしらえのためそこかしこに綻びはあった。しかし日本のインテリジェンス機関の勤勉さと能力の高さはそれを埋めてあまりあるものだったようだ。
大日本帝国のころ、あまたの優秀な情報機関をこの国は有していた。その眠っていた実力を経済的な裏付けが呼び覚ましたのかもしれない。

「参りました。」

陶は腰を折って二人に頭を下げた。

「ではご協力いただけると?」

この仲野の問いに陶は素直に応じた。

「はい。私はなにをすれば?」

これには関が応えた。

「何もしなくて良いです。あなたは今まで通り動いてください。」
「今まで通り?」
「はい。仁川と連携をとって粛々とテロを実行するよう、その下地を整えてください。」
「それがアルミヤプラボスディアの牽制になると?」
「はい。アルミヤプラボスディアはあなたらのそういった実力行動を嫌がっている。だから牽制をかけるんです。」
「しかしそれではどんどんエスカレートしませんか。お互いが。」
「その心配はあります。ですがそこはあなたが考えることではない。」

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