オーディオドラマ「五の線3」

165 第154話


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椎名が乗り込んだ車は何事もなかったように、そのまま北署を出発した。
その様子を窓から眺めていた百目鬼が誰に言うわけでもなくつぶやいた。

「気づかれることを心配せず、椎名をおおっぴらに尾行できるだけマシになった。浮いた人員は別の方面に回せる。」
「油断は禁物です。」

片倉が苦言を呈した。

「心配してもどうしようもない。いずれにせよこれで椎名は丸裸だ。気楽にいこう。」

百目鬼が楽観的な見解を示したそのとき、椎名の車内に設置されたカメラからガサゴソと音が聞こえた。その場の百目鬼、片倉、岡田、富樫がモニターに視線を集中させた。

「椎名です。すいません。ちょっと体調を崩してしまって病院にいってました。え?あ、はい…今のところは…。いまそちらに向かっています。」

無断遅刻に関する勤務先への弁明だった。

「大事なことや。」

片倉は椎名の行動に納得した。

「片倉班長。」

岡田が片倉の名前を呼んだ。

「なんや。」
「この場でこんな相談をするのも何なんですが、気がかりなことがありまして。」
「いいよ聞くよ。言ってみろ。」
「何個かあるんですが。」
「なんだ?俺も聞く。」

百目鬼がそこに入ってきた。
いまここには普段接点を持てないほどの上位の存在である百目鬼、そして嘗てのバディ的存在である片倉の二人がいる。
今回のヤマはあらゆるところから重要情報がもたらされる。通常の公安業務とは比べものにならない。岡田の処理能力は限界に達していた。そこに情報を共有でき、相談できる存在が増えたと言うことはどれだけ心強いことか今の岡田には身にしみて感じるところだった。彼は半ばすがるように二人に話した。

「ボストークに目の写真…。」
「ええ。同じようなシチュエーションは先の天宮憲行の事件でもありました。」
「天宮憲行は自殺に見せかけたコロシの線が強いって言っとったな。」
「はい。天宮憲行の臨場は佐々木統義が担当していました。」
「なんやろう…気にはなるな…。」

片倉は顎に手を当てて何かを考えている。

「まだあるんです。」

さらに岡田は光定班の班長が行方不明になっていること、ボストークに調べに入っていた朝戸班の2名が行方不明になっていること、そして昨日のネットカフェ爆破事件の被疑者、冴木亮も未だ行方知らずであることを二人に報告した。
いままで自分の中で消化しきれずにため込んでいたことを吐き出すように。

「冴木は光定が殺害された時間の警備担当でした。その調べをしていたのが光定班の班長。やつは班長に言われて戻ってきましたと言って、ケントク部屋に一時帰還。マサさんが休憩中、無線の仕切りをしていました。」
「その無線で冴木は朝戸班の2名を内灘へ派遣指示。しかし今その2名が行方不明か…。」
「いっそ冴木のこと椎名にぶつけてみるか。」

こうつぶやいた百目鬼は周りに確認することなくその場で椎名にコンタクトをとった。

「百目鬼から椎名。」
「はい椎名。」

公安特課に寝返った椎名の対応は早かった。

「聞きたいことがある。いいか。」
「どうぞ。」
「冴木亮は今どこに居る。」

数秒、間があった。

「わかりません。彼は自分とは別ルートのオフラーナ要員です。」

知っていた。その場の人間が顔を見合わせた。

「連絡は取れるか。」
「直接は無理です。」
「どうすれば連絡を取れる。」
「佐々木が唯一のルートでした。」
「その佐々木は死んだ。」
「はい。」
「つまり無理って事か!」

百目鬼は声を荒げた。

「公安特課は冴木の行方を?」」
「把握できていない。しかし昨日のネットカフェ爆破事件の際、奴が現場にいたことは把握している。」
「そうでしたか。」
「冴木はそこで何をしていたか知っているか。」
「奴は佐々木の協力者を偽った自分の監視役です。」
「佐々木の協力者を偽った監視役?」
「それは佐々木も承知していたのか。」
「わかりません。ですが多分気づいていないでしょう。佐々木はオフラーナの協力者です。外部委託先の人間はそこまでの内部事情は知らされていません。」
「あの爆破事件の際、冴木が同じ場所に居たことは君も知っていたのか。」
「はい。知っていました。冴木もろとも爆破する予定でした。」
「え…。」
「ですがしくじりました。全く別の人間を巻き込んでしまいました。」
「あの爆破は冴木殺害が目的だと。」
「それはあくまでもサブの目的です。主目的は単なる爆発テロ。建物だけが被害を受けるよう意図していました。人に危害を与えることは企図していませんでした。」

爆破テロのついでに邪魔な存在を消し去ることに何のためらいを感じない椎名の冷徹さを感じた発言だった。
椎名は出頭時に多数の人に危害を与えたことに、良心が痛んだ的な発言をしていた。しかしその解釈は間違っていたのではないか。
ネットカフェを爆破し、ビジュアル的成果を得ることが主目的で、そのついでに目障りな監視役を事故を装って爆殺。それがあくまでも椎名の計画。しかし結果は爆発成功、冴木殺害失敗、一般人を巻き込まないことも失敗と1勝2敗。自分の思ったとおりの成果を出せなかった事が心を痛める一番の理由だったのではないか。
こう考えたのは椎名とやりとりをする百目鬼だけではないことを、この場に居る皆の表情が物語っていた。

「君のようなオフラーナ直轄要員は、冴木や佐々木の存在にあるように用心に用心を重ねた体制を承知ということだね。」
「はい。」
「ということは君が寝返ったことが先方に露見するのは時間の問題。」
「はい。ただ冴木が行方不明であることは今の我々には良い作用をもたらします。」
「と言うと?」
「おそらく冴木も佐々木同様、粛正されたんでしょう。」
「粛正?」
「はい。あの組織にはよくるあることです。ある時突然消息を絶つ。これは工作活動に従事する者への無言のメッセージなんです。」
「無言のメッセージ?」
「はい。ボヤボヤしてるとお前もこうなるぞと。」

非道すぎる。あまりにも日常とかけ離れた冷酷無比な世界がそこにあることを知った百目鬼は、こんな単純な感想しか思いつかなかった。もちろん百目鬼だけではない。片倉も岡田も富樫も皆、言葉を失っていた。

「私のお目付役がひとり粛正された。そのことは別の私のお目付役をその事実確認に奔走させます。なぜなら我が身を護る体制を整えなければなりませんから。」
「芋ずる式の粛正を恐れて保身の準備をすると。」
「はい。ですから偶然にもオフラーナが私を監視する体制は現在のところ手薄ということです。」
「…なんと言って良いものやら…。」

ここで無線は切られた。

「椎名のやつ、どこからどこまで把握しとるんでしょうか。」
「わからん。ただこう言う場合、さすがにこのことは知らないだろうと適当な見当を付けるのは事故の元だ。」
「なるほど…。」
「今のところあいつは全知全能の神的な存在として対応した方がいい、変な油断は身を滅ぼす。」
「その神は我々をどう使うんでしょうか。」
「さあ、それは神のみぞ知る。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「すいません。遅くなりました。」

身をかがめながら職場に入ってきた椎名の様子を、同僚が横目で見た。

「どうしたん?体調悪いん?」

彼女は目を合わせずに気遣いの言葉をかけた。

「ちょっとなんか身体がここのところずっと重くって…。」
「へぇ…。」

気遣いの言葉をかけた割には、こちらのことに興味なさそうである。
このやりとりに何の意味があるんだ。こう思ったときのこと、課長が自分の名前を呼んだ。

「椎名大丈夫かー。無理すんなよ。」
「あ…えぇ…。」
「医者はなんて言ってた。」
「疲労かと。」

じゃあと言って課長は椎名を自販機コーナーに連れ立った。

自販機の音

椎名は栄養ドリンクを手渡された。

「今日の晩にはひととおり準備は整うようです。ボストーク。」

煙草に火を着けてそれを吐き出す課長がそれとなく呟いた。

「そうか。」
「ヤドルチェンコはまったくこちらの動きに気づいていません。」
「では予定通りで。」
「数時間前に公安特課から私にあなたの動きを探る連絡がありました。」
「で。」
「以降、何の連絡もありません。」
「奴らにはくれぐれも勘づかれないように注意されたい。」
「はい。」
「これから以降、俺の動きにはノータッチで。」
「矢高さんからは極秘だと聞かされています。」
「そうか。」
「ひとつだけ確認をと。」
「なんだ。」
「このままベネシュ隊長に任せていいですか。」
「ああ。隊長を全面的に補佐して欲しい。」
「わかりました。」
「俺はまた外に出る。このまま会社には戻らない。」
「ではこちらで調整しておきます。」
「頼んだ。」

営業の人間が自販機コーナーにやってきた。

「お疲れッス。」
「お疲れ様です。」

椎名が彼に応えた。

「あ、椎名さん聞きましたよ。ちゃんねるフリーダムの記念誌受注確定なんですって?」
「あ…はい…。」
「すごいなぁ。どうやってあそこと繋がったんですか?」
「あ…まぁちょっと…。」

課長は一足先にその場から姿を消した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「Да.Значит, дальнейшие действия будут возложены на капитана Бенеша.
はい。なので今後はベネシュ隊長に一任されます。」
「Понятно. わかった。」
「いかがします?」
「いかがとは?」
「少佐ですよ。」

ファミリーレストランの隅に座ったベネシュは一緒に座る白人連中の顔を見やった。

「君の言っている意味がよくわからんが。」
「注意された方が良いのでは。」
「なぜ。」
「極秘の任務のようです。」
「少佐のような特務の人間はその存在自体が極秘。今更何を。」
「アルミヤプラボスディアはあくまでもツヴァイスタン人民軍のフロント。いざとなれば即座に切り捨てられることもあり得ます。」
「何が言いたい。」
「人民軍の狙いは別にあるのかもしれない。そう勘ぐりました。」
「人民軍がどういう企みを持っていようが、我々は彼らとの契約を履行するだけだ。それがビジネスってもんだろう。」
「しかし。」
「政治はもうこりごりだ。だから俺はこっちに来た。我々に政治将校は必要ない。それに。」
「それに?」
「こちらが切られるときは先方からの一方的な契約破棄。こちらにも考えがある。」
「相手は正規軍です。」
「だから?」
「…。」
「矢高。君はいったい何をしたいんだ?」
「あ…いや…。」
「本作戦は俺に一任されたんだ。味方の士気を下げるようなくだらん情報を俺に上げるな。」
「はっ。出過ぎました。」
「ただし。君の言うことも一理ある。少佐の動向に注意を払え。」
「はっ。」

政治はこりごりというベネシュである。しかし矢高の邪推を咎めつつ、ビジネスマンベネシュの立場を通し、かつ密かに矢高を使って軍にも睨みを効かせるというこの立ち振る舞いは極めて政治的なものだった。

「自ら命を絶ったと聞いた。」
「はい。警察の調べの前に。」
「手厚い対応をするよう本社に私から言っておく。」
「ありがとうございます。」
「しかし目障りだな。」
「はい。あからさまな尾行までやり出しました。抑止行動でしょうか。自衛隊情報部。侮れません。」
「ボストークは問題ないのだろうな。」
「ええ。公安特課に一時的にマークされましたが、あそこのマスターがうまくあしらってくれています。」
「ボストークにはウ・ダバらの銃火器はおろか、いま我々のブツが運び込まれている。抑えられれば全部ぱあだ。」
「承知しております。ですから本日中にその完成を見る手はずとなっています。」
「ところでそのケイタとか言ったか。」
「はい。チェス組テロ実行の先兵、朝戸慶太です。」
「奴は具体的にどういった行動を起こす予定となっているんだ。」
「爆破です。」
「いま金沢駅は厳重警戒態勢だ。どうやる。」
「どうやら車両を使うらしいです。」
「車両か…。」
「はい。古典的です。」
「ヤドルチェンコの奴、どうも冷戦時代からアップデートできていないと見える。」
「ですが確実な方法でもあります。」
「まあな。」
「いずれにせよ派手目のことをやられる方がこちらとしては大義が立ちます。」
「そうだ。」
「明日の夕方まで準備をしてお待ちください。」
「Спрашивается. 頼んだぞ。」


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オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


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