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「くせぇ…臭すぎる。」
「どうしました。次郎アニキ。」
「ほら見てみろよ。」
顔面に切り傷のようなものが十字に入った男に前に次郎は出力した紙を並べた。
「これが例の白人だ。」
次郎が指す白人はどうやら2日前の4月28日からこのホテルのスイートルームに泊まっているらしい。
雨澤が作り出した画像解析ソフトが、時間をかけずにそのことを次郎に示していた。
このホテルにはスイートルームは2室があり、一方はこの白人。そしてもう一方の部屋は先ほど雨澤が身の危険を感じた部屋であった。
部屋を利用するのは彼ひとりだ。来客はない。正直ひとりでは持て余す広さである。
彼は外出の際に荷物のようなものを持って出ることはない。またその際に誰かと一緒ということもない。
時折スマートフォンをいじりながら誰かと連絡をとりながら、ホテル内のロビーでくつろいだり、スイート利用者の特権なのかもしれないバーカウンターでウイスキーを飲むこともある。その時にも彼以外の人の気配はない。
しかし今日の朝、彼の宿泊する部屋にはじめて男がひとり訪ねてきた。
それが相馬が行方を捜していたサツカンの人間だった。
いままで白人以外、誰ひとり人の気配がなかったスイートルーム。そこにひとり来訪者が現れたことは象徴的でもあったが、その先がさらに次郎に疑惑を抱かせた。
来訪者である警察官。以降、彼の足取りが途絶えたのである。
「この来訪者はまだ白人の部屋に居るってことですか。」
「いいや。こいつみてみろ。」
今度は次郎は手元のラップトップを操作し、別の人物を抑えた映像を示した。
「なんですかこの外人集団。」
次郎と相馬がホテルの外で見かけた、ビッグシルエットの服を着た屈強な外国人集団の姿がそこにあったのだ。
「まぁ見てな。」
ボタンを押すと、その外国人観光客の動きが時系列で再生された。
ロビーで自然と合流した彼らは、そのまま流れるようにエレベータに乗り、スイートルームがある27階で降りる。
するとそこには清掃スタッフがいた。
「あ。」
外国人の中のひとりが清掃スタッフと接触し、手振り身振りを交えて何かを話している。
清掃スタッフは彼に手を振って、何かを拒んでいるようだった。
「なんか揉めとるんですかね。」
「いや。」
外国人が清掃スタッフの身体を掴んだ。そして彼が身につけるエプロンポケットの中に何かをねじ込んだ。
すると清掃スタッフは急に従順になり、外国人集団をいま清掃していた部屋の中に通した。
「この部屋、雨澤のアニキが泊まった部屋じゃないですか。」
それから経つこと1時間。彼らはその部屋から再び姿を現したのである。
顔に切り傷のある男は考えた。
「なるほどこういうことか…。」
「そう。こいつらがあのホテルの従業員に金を握らせて雨澤アニキの部屋に先にはいっとったって訳や。」
「しかしこいつら、何でこんなことを?」
こう言った直後、彼はあっと言った。
「ボストンバッグもっとるじゃないですか。大きめのやつ二つ。」
「盗みですか?」
「盗みに1時間かけるか?」
「いや、手際悪すぎですね。」
「雨澤アニキの部屋のバルコニー鍵開いとったやろう。」
「はい。」
そこで次郎は先ほどの白人の写真を指さす。
「アニキの部屋と白人の部屋は隣同士なんや。」
「え…。」
この次郎の言葉を聞いた彼は絶句した。
「白人の部屋にサツカンが来訪、それからしばらくして隣の部屋に外国人集団侵入。1時間後にはあいつら、バルコニーの鍵をかけ忘れてそこからボストンバッグ抱えて出て行った。因みに白人の部屋に来たサツカンの消息は不明。」
次郎も同様の推理をしている。そう感じた彼は戦慄した。
「お前、この手のシノギ、やったことなかったっけ?」
「…アニキ、それ今の俺に言います?」
「あぁ悪ィ。気を悪くせんでくれ。」
その場にいた二人に重苦しい空気がのしかかった。
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相馬に冴木の情報が入ってきたのはそれから間もなくの事だった。
「白人の隣部屋からボストンバッグ抱えて出てきた…。」
「白人の部屋にいたそのサツカンは未だ部屋から出た様子はありません。」
しばらくの沈黙を経て相馬は言った。
「アレですか。」
「…アレとは?」
「サツカンは殺されている。」
次郎は何も言わない。沈黙で相馬の推理に同意を示しているようだ。
「サツカンの遺体処理に外国人集団が動いた。」
「はい。自分はその線が強いような感じがしてます。」
「…なんか回りくどいやり方ですね。」
「あいつらなりに外に勘ぐられないように、カモフラージュしてるんじゃないですかね。」
「調べる必要がありますね。」
「警察の方で調べてもらえますか。」
「はい。」
「ついでにその白人の情報もこっちに流してもらえませんか。」
「それは…。」
次郎は口ごもった。守秘義務的にマズいのだろう。
相馬はその申し出をすんなり撤回した。
「いやそういうことじゃないんです。」
次郎の返答は意外なものだった。
「こいつは、こいつだけはよくわからない。」
「どういうことですか?」
「あるとき突然、ここに姿を現したんです。」
次郎が言うにはこうだった。
街頭設置の監視カメラの動画アーカイブにアクセス。そのログから当該白人の映像を抽出した。
しかしその痕跡はなし。この白人が映っていたのは先ほどのホテルの中のカメラしかない。
「待って。なんであなたら仁熊会が街頭カメラのアクセス権を持ってるんですか。」
「え?ダンナ知らないんですか?」
次郎は仁熊会と警察の関係を簡単に説明した。
仁熊会が警察の協力企業と化している現状を、相馬はこの時初めて知った。
「神谷さんが…。」
「ダンナ面識おありで?」
「ま、えぇ…。」
相馬ははっきりとしない返事をした。
「とにかくまぁ、あの白人。ヤバいニオイしかしない。」
「どうやって街頭カメラの監視の目をかいくぐったのかはわかりませんが、何らかの目的があって自分の姿を消しているってこことですね。」
「ええ、そうとしか考えられません。」
「じゃあなんでホテルではノーガードなのか。」
「考えられることはひとつです。」
相馬も次郎も黙った。
「もう姿を現しても大丈夫な状況になった。」
先に口を開いたのは次郎だった。
「誰なんですか…この白人。」
「わかりませんよ。わからないから困ってるんです。相馬さんの方こそしらんがですか。」
知らない。見たこともない。
「こいつも警察の方で調べてもらうってわけにいきませんか。」
「やってみましょう。」
ではと言って相馬は電話を切った。
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電話の着信音
「はい岡田。」
「相馬です。冴木の情報です。」
「おう。頼む。」
「金沢駅近くのホテルに確かに冴木は入りました。そこのスイートルームに誰かを訪ねています。」
「なに?で。」
「カメラを見る限り、現在もその部屋に居るようなんですが…。」
「ですが、なんだ?」
「奴はもうそこには居ないかもしれません。」
「ん?なんで?」
相馬は次郎からの情報をそのまま岡田に伝えた。
「わかった。そのホテルに捜査員を派遣する。」
「お願いします。」
「相馬、お前は冴木の件はこれで一旦離脱してくれ。」
「はい。で、自分どうしますか。」
「相馬。片倉だ。」
岡田の電話から片倉の声が聞こえた。
一体何が起こっているのか掴めない相馬は言葉を失った。
「たった今からお前はケントクから特高に戻す。お前は俺の指示で動け。」
「え?なんで。」
「なんでもいいがいや。ここには百目鬼理事官もいらっしゃる。」
「え!?」
一体どこから出しているんだと思うほどの妙な声を相馬は出した。
「お前はそのまま金沢駅周辺におかしな様子がないかどうか探ってくれ。」
「あ、はい。」
「今のところ金沢駅でマルバクのようなものは見つかっていない。となればそれ以外の可能性を当たる必要がある。警備総出であたりの周辺を捜索しとる。お前はお前なりの判断でテロの防止にすべてを注げ。」
「応援は。」
「ない。」
「自分ひとりで何ができるって言うんですか。」
「使えるものは何でも使え。」
無茶振りだ。
片倉からたまには休めと石川に帰るように言われ、帰ったら帰ったでケントクのフォローをせよと言われた。
彼は言われるがまま岡田の下で古田と連携。鍋島能力の研究者である石大病院の光定公信の情報をとるために木下すずと接触した。その後ひょんな事で天宮の遺体の第1発見者になってしまう。石大病院にさらに入り込むために病院部長の井戸村と坊山に接点をもち、入院する三波と接触。彼から光定に関する情報を入手し、さらに光定本人と直接対峙して彼の籠絡に成功した。
この間わずか4日間。かなりの成果だ。
続いて岡田から冴木の行方を追えと命じられ、それを抑えたかと思えば、ここで金沢駅テロの兆候をつかみ取れという。任務の困難さと労働時間の過酷さはブラック企業の比ではない。
しかしことここに至って片倉のこの指示は、相馬に事が逼迫していることを悟らせた。
「もうひとついいですか。」
「なんや。」
片倉の携帯に相馬から写真が送られてきた。
その写真を見た片倉は首をかしげる。
「どうした。」
百目鬼が片倉に声をかけた。
「冴木の行方を追っていたウチの捜査員が、この白人が気になるので調べてくれないかと言ってきまして。」
「白人?」
「はい。」
「見せてみろ。」
片倉のスマホを見た百目鬼の表情が硬直した。
「理事官?」
「片倉。これはマズい。これはノータッチだ。」
「え?」
「こいつは防衛省マターだ。俺らが関わったらだめな奴だ。」
「え、誰なんですかこいつ。」
「アルミヤプラボスディアの精鋭部隊、トゥマンの隊長。マクシーミリアン・ベネシュ。」
「なんやって…。」
「片倉。こいつの話は俺から防衛省に伝える。おまえはその捜査員にストップをかけろ。」
「はい。」
「マズい…。こいつはどうやら途轍もなくヤバいヤマになってきてるぞ…。」
すぐさま百目鬼はその場から席を外した。
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古田は金沢駅から1キロ程度離れた交差点にさしかかっていた。
古田の前方10メートル先に朝戸の姿がある。
その姿を見て古田はため息交じりに呟いた。
「コミュの残党ってわけか…。」
彼の手には携帯電話がある。
先ほど野本から第一報として朝戸慶太の情報が送られてきた。
「妹さんを事故で…。んでそれは事故ではなくてコロシと…。」
「住職の言(げん)の通りってことか…。」
「白銀篤…。東京の方のサツカンの話なんかわしゃ知らん。誰なんやそいつ。」
古田はその男の詳細を調べて欲しいと野本にメッセージを送った。
これには現在調査中と即座に返ってきた。
雨が止む気配はない。
瀑とした雨の降りっぷりは身を隠すのに好都合だ。反面、対象を見失う危険性をはらむ。手元の文字情報を見たり、遠くの対象を監視したりと、同じ動作を繰り返す。するといい加減この単調な動きに飽きが来て不意によその様子を見て気を紛らわしたくなる。
この時の古田もそうだった。
ガラガラガラっと近くでシャッターを開ける音が聞こえたので、そちらの方を見る。
するとそこは串焼き居酒屋であった。
どうやらこれから夜の営業に向けて仕込みをはじめるのだろう。
そういえば昼食はまだだ。途端に彼の腹の虫が騒ぎ出す。
「いかん。いかん。後や。後で食えば良い。」
古田は自分に課した朝戸の尾行という任務に意識を戻した。
「あ…。」
つい先ほどまで対象の姿を確実に抑えていたのに、この一瞬の油断、そして先ほどより幾分弱くなったといえ、しっかりと降るその雨が朝戸の姿をかき消してしまった。
見失った。
得も言われぬ虚脱感が古田を襲う。
しかし次の瞬間、彼は気がついた。
朝戸はそこにいた。
青になった歩行者信号の下で、彼はただ呆然と立ち尽くしていた。
先ほどまで動きがあった対象が、突然動きを止めて周囲と同化するかのようにただ立ち尽くす。
そのために古田は彼を見失ったのだった。
これに安堵の表情を浮かべた古田だったが、同時に疑問をもった。
信号がすすめの合図を出しているというのに、なぜ彼はその場から動かないのか。
この疑問の答えは彼の頭上にあった。
そこにはよくある信号機に地名を記した白地に青文字の看板があった。
「白銀…。」
古田が呟いたと同時に、視線の先にある朝戸は膝から崩れ落ちた。
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https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM
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