オーディオドラマ「五の線3」

167 第156話


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出社した椎名だったが、やはり体調が優れないと言うことで今日は休むこととした。

「どこに向かっている。」
「とりあえず一旦家に帰ります。あてもなく車を走らせるのも、見つかったらリスクですから。」

雨脚が強くなっている。
滝のように降るそれはフロントガラスから見えるはずの景色を白いしぶきのようなもので覆い、視界は極めて悪い。
前方の車のストップランプが断続的に光る。
椎名の運転する車は減速せざるをえなかった。

「一体どれだけ降るんだ…。」

家に向かう間も雨が収まる気配はない。やがて携帯に通知が届く。
大雨警報だ。氾濫警戒情報も併せて知らされた。

「やめてくれ…。」

椎名はぼそりと呟いた。
雨粒が車体をたたきつける音が大きいためか、この彼の言葉に対する警察側の反応はなかった。そのときフロントガラスをはねた水が覆った。

「うわっ!」
「どうした!」

直ぐさま警察無線で椎名に連絡が入る。この呼びかけが椎名を引き戻した。

「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」
「水はね?」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
百目鬼は部屋を出て行ったきり戻ってこない。富樫も椎名のPC解析のため別の部署にいる。
金沢北署のこの部屋の幹部は片倉と岡田。このふたりだ。

「うわっ!」

椎名の大きな声が片倉と岡田に届いた。

「どうした!」

片倉がすかさず呼びかける。

「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」
「水はね?」

ふたりが顔を見合わせた。

「あ、いえ、なんでもないんです。すいません。驚かせてしまって。」
「あんたほどの人間が水はねごときにそんなびっくりするなんて、意外すぎる。」
「不意を突かれると人間誰だってびっくりします。」

すべてが計算ずくの椎名賢明こと仁川征爾。そういう認識だった片倉と岡田にとって、彼もまた自分たちと同種の生身の人間であることを感じさせるに足る言動だった。それは一種の安堵を二人にもたらした。

「この大雨はしばらく続くらしい。この状況が続けば人手も少なくなるし、何かを起こすにも障害となる。俺らにとっては恵みの雨になるかもしれない。」
「どれだけ続く予報ですか。」
「一応夜には収まる予報や。けど今後線状降水帯が発生すると災害になるかもしれん。」
「線状降水帯?」
「知らんか。」
「はい。」
「なんか次から次と雨雲ができて、集中的に豪雨をもたらすやつ。俺が話すよりもネットか何かで情報を得てくれ。その方が正確や。あぁ今は駄目やぞ、運転中やしな。ちゃんと帰ってから調べるんや。」
「わかりました。ところで百目鬼さんは。」
「理事官は所用で席を外しとる。」
「所用とは?」

片倉は言葉を飲み込んだ。

「どうしました。」
「あ、いや。」
「隠し事は無しですよ。自分はあなたらのことを把握している必要があります。なにせ私が頭であなたらが手足なんですから。」
「…。」
「なにがあったんですか。」
「マクシーミリアン・ベネシュ。」
「…マクシーミリアン・ベネシュ。」

椎名の反応に間があった。

「知ってるか。」
「はい。」
「関係あんのか。今回のテロ事件に。」
「いいえ。関係があるはずがないです。」
「なんで?」
「今回のテロ事件はオフラーナである自分が指揮監督してるんです。なんでツヴァイスタン人民軍の息がかかったアルミヤプラボスディアがそこに協力してくるんですか。」
「悪い。オフラーナと人民軍ってそんなに仲悪いんか?俺、その辺りは理事官ほど詳しくないんや。」
「犬猿の仲ですよ。オフラーナが右って言えば人民軍派左と言います。人民軍が白と言えばオフラーナは黒と言います。」
「そんなに?」
「はい。」
「えっと…それであの国の安全保障、よく回るね。」
「回っていないんです。」
「どういうことや。」
「オフラーナと人民軍。この二つがいつも足を引っ張り合う。決して一枚岩じゃないんです。」
「俺にはそうは思えんが…。」
「その辺りの外向けの見せ方は、あの国は一流です。決して綻びを見せません。」
「じゃあその強大な力を持った秘密警察と軍の勢力のバランスを、だれがどうやって保たせとるんや。」
「それは…。」

何かを言いかけたときだった。

「うわっ!」
「どうした!」
「ごめんなさい。水はねです…。」

片倉と岡田は再びお互いを見る。

「ところで今どこや。」
「家まで後半分の距離のところです。このままドラブスルーで食事でも買って帰ります。」
「それがいい。この雨や。外に出たら一瞬でずぶ濡れや。ここであんたに風邪でも引かれたら最悪や。」
「では。」
「あ、待って。ところどころで冠水が発生しているとの報告が入っとる。気をつけて帰宅されたい。」
「冠水?」
「おう。不用意に水溜まりに突っ込むなや。浅いと思っとった水溜まりも実は深くって、エンジン周りに水が入って車が動かんくなるなんてこともある。」

これの椎名の返事に間があったような感じがした。

「了解。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

目を覚ますと木目の天井が朝戸の視界に映り込んだ。

「ここは…。」

身を起こすと自分が布団の中で眠っていたことに気づかされる。
辺りを見回す。昭和が色濃く残る一般住宅の和室。そう。ここは自分が逗留する民泊の部屋だ。
彼はゆっくりと立ち上がり障子を開ける。そこから見えるものは滝のような雨。外の様子はそれによって靄がかかってる。

「なんだこりゃ…すげぇ降り方だ…。」

恐怖すら感じさせる雨脚に思わず声が漏れた。
枕元に携帯がある。それをタップすると14時を表示した。

「14時!?」

瞬間、頭痛が走る。

「ってぇ…。」

ボストークを出たところで警察に職質を受け、持ち物も改められたが、特にこれと言った処置をされることなく解放。そのまま金沢駅方面に向かった。あの沙希にそっくりの女性を見るために。そこで偶然、藤木と再会。彼に誘われ喫茶店でコーヒーを飲んでいたところ、ヤクザ風の男たちが目の前のホテルに駆け込んでいくのを目撃し、危険な感じがするとしてその場で彼と別れた。

「そこからの記憶がない…。」

部屋を出て食堂である十畳間のほうに行くと店の主人に呼び止められた。

「大丈夫ですか。」
「あ、はい。」
「藤木さんが運んでくれました。」
「藤木さんが?」
「なんでもこっちの方に移動してたらあなたが倒れているの発見したって。」
「え?俺が倒れていた?」
「はい。」
「どこで。」
「すいません。そこまでは。」
「藤木さんは。」
「部屋で休んでらっしゃいます。」
「わかった。」
「ナイト。」

主人は朝戸をチェスの名前で呼んだ。

「藤木には気をつけた方が良いかと。」
「どういうことですか。」
「あなたとの距離の詰め方が急です。」
「偶然では。」
「いや。」

こう言って主人は窓を数センチ空かせた。
宿の屋根を雨が打ち付ける音の中、しぶきが靄のように立ちこめている。

「ほら、あの向こう側のアパートの2階にカーテンが閉まったままの部屋があるでしょう。」

朝戸は目をこらして彼の言う方を見た。

「あそこで誰かがこちらの様子を監視してます。」
「監視?」
「はい。ナイト、あなたがこの宿に来てしばらくしてからです。」
「既にそうだったんだ。」
「なにかありましたか。」

朝戸は今朝ここで早めの食事を済ませた後、ボストークに向かい、そこのマスターから起爆装置の指南を受けた。しかし時を同じくして警察らしき人間がボストークに入店。いろいろを察した朝戸は店を出たところ、別の警官に職務質問をされた旨を主人に話した。

「ナイト。それなら尚更、藤木には注意したほうがいい。奴の接近がタイムリーすぎます。」
「…ですね。」
「警察からの職質の件、ビショップにも報告されましたか。」
「ビショップには言ってません。」
「…え?」
「言ってません。」
「いや待って下さい。自分はあなたの管理をビショップから依頼されてるんです。」
「管理管理って、俺はビショップの部下かよ…。」
「あ、いや…。」
「ったく…。どいつもこいつも同志よ!って接してきておきながら、時間が経てばあーしろこーしろ指図ばっかりだ。」
「ナイト。それは考えすぎです。」
「いいや考えすぎじゃない。大丈夫ですよ。そのあたりも自分、含んでのことですから。」

主人はこのナイトの言葉に黙るしかなかった。

「大丈夫です。みんなに迷惑はかけません。俺はちゃんとやります。」
「…。」
「ただね。ちょっと思うところがありましてね。」
「なんですか。」
「ここまで自分のことを気にかけてもらったのって、実は生まれて初めてでしてね。」
「気にかけてもらった?」

朝戸は窓の隙間からその先を見やり、呟いた。

「その相手が警察なんて、皮肉なもんですよ。」

雨が止む気配はない。
排水能力を超えてしまった雨水が雨樋からあふれ出ている。

「それにしても酷いですね。」
「このまま降り続けたら、計画に変更も出てくるんじゃないんですか。」

主人が朝戸に尋ねる。

「自分は全体像は把握していません。ですがいまのところビショップから俺のところに連絡がないんで、このまま予定通りなんでしょう。」
「あ、ビショップからも連絡がないんですね。」
「はい。まぁここまできたらむやみに連絡を取り合うよりも、各人が各人の判断で動く方が良いと思います。」

朝戸のこの合理的な判断に主人は納得した。

「しかしどうします?」
「なんですか。」
「藤木です。」
「…。」
「あなたは藤木という人間にマンマークされている可能性があります。」
「…。」
「思うに奴、公安の人間では?」
「…だったらそのままこちらも藤木をマンマークすれば良いんじゃないですか。」

朝戸の顔から表情というものが消え失せているのを、この時の主人は見逃さなかった。

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