オーディオドラマ「五の線3」

170 第159話


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テロ対策本部に戻ってきた椎名を迎えたのは、百目鬼をはじめとするスタッフたちのただならぬ殺気だった。

「外の様子はどうやった?」

片倉が椎名に声をかける。

「酷いですね。こんな雨いつぶりでしょうか。」
「いつぶり?とは?」
(あっ…。)
「あぁ西日本豪雨ってのが2年前にあったっけ。あいつも酷かったけど、最近こんな感じの雨の降り方多ないけ?ある地点で局所的にドバーってバケツひっくり返したみたいに降って、んでしばらくしたらからーって晴れてさ。」
「…確かに。」
「あれか。気候変動ってやつか。」
「正直それについては自分は懐疑的です。」
「へぇ。こんな感じなんに?」

片倉は窓の外を見る。

「ええ。」
「まぁ気候変動なんて地球規模の危機よりも、いまは目下の危機の対応や。気候変動については今の危機対応が終わってから、ゆっくりと議論するとしようか。」

片倉が椎名と何気ないやりとりをすることで、対策本部の重苦しい空気感は多少軽くなったような気がした。
継続し続けるこの場の緊張感に世間話という一拍を入れることで、スタッフたちの注意が別の方に向いたのかもしれない。

「で、どう指示を出す。」
「ビショップに連絡をとります。」
「空閑か。」
「はい。彼もこの天気を見て焦っていることでしょう。」
「ほうやろうな。」

片倉が同意を示したそのとき、椎名の携帯に空閑からのメッセージが入ってきた。

「今電話できるか。」

片倉が頷くのを見て、椎名は彼に電話をかけた。

「おいキング。なんなんだこの天気。」
「何だって、見ての通りだ。大雨だ。」
「俺はこんなところでじっとしてる場合じゃないだろう。」
「確かにそうだが、この天気相手にお前に何がやれるってんだ。第一お前は公安にマークされてるんだ。ヤドルチェンコに任せろ。」
「キングはヤドルチェンコとは連絡をとったのか。」

ヤドルチェンコとは直接連絡を取る術はなく、空閑を介してのものだけと椎名は富樫に語っていた。しかしその空閑が開口一番ヤドルチェンコと連絡を取ったのかと椎名に聞いてきた。先ほどの最上の一件がある。百目鬼と片倉、岡田。顔色ひとつ変えず嘘を言う椎名に疑いを持っているような表情だった。

「ああ。」
「なんて言ってた?」
「問題ない。計画に変更はない。」
「本当か。」
「ただ。」
「ただ?」
「この天気が続いて洪水とかの災害に発展したら話は別だ。」
「クソが…。」
「ああクソだ。付近一帯が水についてしまうみたいな事態になれば中止だ。なにもできない。」
「くっ…。」
「水浸しになった無人の金沢駅で何ができるって言うんだ。」
「…わかっている。わかっているが…。」
「もしもそんな状況になるようだったら、運がなかったと思ってどこかに身を隠すんだ。」
「しかし俺の周りには既に公安が。」
「いる。いるがお前の力を使えばなんとかなるんじゃないか。」

(お前の力…)

百目鬼らはお互いの顔を見やった。

「今からでもそのホテルの脱出経路を確認しておけ。最悪の場合に備えるのも大事なことだ。」
「しかし…。」
「一か八かの賭けをすることが俺らに求められている訳じゃないだろう。お前の目的は何だ。」
「インチョウの奪還。」
「だろ。」
「わかった。いまはお前に言うとおりこのままおとなしくしてる。水害の際の行動も了解した。しかし明日は俺はどうする。」
「俺が合図する。」
「合図?」
「ああ。俺が合図したらビショップはヤドルチェンコと合流するんだ。」
「どこで合流すれば良い。」
「もちろん金沢駅だ。奴らに加勢してやってくれ。」
「わかった。で、その合図は。」
「そうだな…。」

椎名は百目鬼を見る。

「アナスタシア。」

百目鬼の顔色が変わった。

「アナスタシア?」
「ああ。」
「なんで女の名前なんだ。」
「なんでも良いだろ。いまひらめいた。」
「…わかった。」
「頼むぞ。」

椎名は空閑との電話を終了した。

「ご苦労さん椎名。聞きたいことが二つある。」

百目鬼が口を開いた。

「先ず一つ。椎名、お前ヤドルチェンコと直接連絡とる方法は持ち合わせないって言ってたが、アレ嘘だったのか。」
「はい。」
「なんで俺らに嘘ついた。」
「全てはテロを未然に防ぐため。」
「最上の一件で嘘織り交ぜて、ここでも嘘。こんなことだと流石にお前の言は信用できんくなるぞ。」
「理事官。」

片倉が口を挟んだ。

「なんだ。」
「ちょっと一緒に来てもらえますか。」

片倉は百目鬼と一緒に席を外した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ドアが閉まる音

「なんだ片倉。」
「理事官。多分椎名の奴、わざと嘘をついています。」
「わざと嘘を?」
「はい。って言うか嘘を言っている体をとっているだけかも。」
「なんで。」
「アルミヤプラボスディアですよ。ほら椎名言っとったじゃないですか。冴木とか佐々木のヤサをあいつらが抑えてるなら、自分のヤサもきっと抑えとるやろうって。あいつがガンガン嘘を織り交ぜだしたのが、その情報が本部に入ってきてからです。」
「たしかに…。」
「情報に嘘を盛り込んで、椎名なりにアルミヤの連中を攪乱させようって魂胆なんじゃないですかね。」
「って事は、本部には既にスパイが。」
「それは分かりません。予防線を張っているだけかもしれません。いずれにせよ椎名の嘘は本部内に不協和音をもたらします。これをアルミヤプラボスディアがどうとらえるか。」

百目鬼は頭を抱えた。

「理事官。ここは何が嘘で何が本当のことかはひとまず触れないようにして、椎名に全部任せてみましょう。オフラーナやらアルミヤプラボスディアやら、魑魅魍魎がこの本部に紛れ込んどる可能性がある今、それがベターでは?」
「いやそれはできない。」
「なんで?さっきの空閑との電話でわかったでしょう。あいつテロの直前に実行犯を一定の場所に集合させようとしとる。理事官が出したオファー通りですよ。一網打尽です。」
「できすぎだ。」
「何言ってるんですか。理事官が求めたことでしょう。」
「片倉。」
「はい。」
「本当にお前、椎名を信じているのか。」
「信じていません。」

即答だった。

「信じていませんが、あいつに張ったんです。ここで降りるわけには行きません。」
「なんだお前、意地になってるのか。」
「そうじゃありません。椎名の芝居に乗るんです。」
「芝居に乗る?」
「あいつは賢い男です。いまのこのテロ対の不協和音も計算ずくでしょう。ほやからその裏をかくんです。俺らが従順にあいつの言うとおり動く。それがあいつにとって一番の想定外じゃないんかと思うんです。」
「ということはお前…。」
「はい。自分はあいつのことを1ミリも信じていません。ですがあいつの力がないと何もできないところまで追い詰められているのは確か。だからギリギリまであいつの言うとおりに振る舞おうと思います。」
「…。」
「そもそも椎名に乗るって言ったのは百目鬼理事官、あなたです。あなたがここでブレてしまったら現場の連中に示しがつきませんよ。」
「…。」
「何か。」
「内調から椎名と連携して欲しいと要請が来ている。」
「内調?上杉情報官ですか。」
「いや、情報官自身からのものではない。しかしその意思が反映されていると思って良い。」
「だったら尚更、椎名の芝居に乗っかるのは妥当な措置かと。」
「そうなんだ。」
「なんだ理事官もわかってらっしゃるじゃないですか。」
「当たり前だ。そんなもん言われなくても理解している。ただ…。」
「ただ、何ですか。」
「片倉、お前もわかるだろう。何というか、胸騒ぎがするんだ。」
「胸騒ぎ…ですか。」
「ああ。」
「どういう点に胸が騒ぎますか。」
「得体の知れなさだよ。椎名の。」
「確かに得体が知れませんね。」
「鵺のようだ。」
「鵺…か…。」
「この鵺が椎名だけならまだいい。ただ椎名が投降したこの僅かな時間で、このテロ対もオフラーナもアルミヤも内調も、そしてこの天気も鵺のように得体の知れないものになってきている。」

百目鬼の言うとおりだ。対象が得体の知れないものになるが故に、対応する公安特課、自衛隊情報部、内調の役割分担、任務も曖昧なものになっている。それがための胸騒ぎのようなものは片倉も同様に感じていた。

「このぼんやり感は危険だ。」
「おっしゃるとおりです。」
「理屈ではわかっているんだ。このままで良いって。しかし本能がこれじゃ駄目だって言ってるんだ。」

焦りのようなものを全面的に出す百目鬼の様子を持て、片倉は煙草を一本彼に差し出した。

「なんだ?」
「そういうときこそ息抜きです。一本どうですか。」
「吸うなら喫煙所にしろ。」
「面倒です。」

そう言って片倉はその場で煙草を吸い出した。

「ふぅーっ…。」

百目鬼は迷惑そうな表情を見せる。そして室内に充満する煙草の煙を逃がすために窓を少し空かした。
振り付ける雨の勢いはまだ強く、窓の桟で跳ね返り、その僅かに空かしたそこから室内に飛び込んできた。

「毒ですよ煙草は。身体にとって何も良いことはない。こんなもん吸ったところで頭がさえることもないし、身体が休まることもない。」
「じゃあ場所を選んで吸えよ。」
「リズムです。」
「リズム?」
「ええ。リズムとってるんです。なんか今のところリズムが良くない。」

煙草を吸う片倉を百目鬼は黙って見つめた。

「どうです?」

チッと舌打ちした百目鬼は片倉の差し出すそれを抜き取り、それに火をつけた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

煙草を吸う音
煙を吐く
大雨の音

「くっそ…ここで突っ立っとるだけでびしょ濡れや…。」

急いで2,3回それを吸うと古田は宿の中に入った。

「あ、藤木さん。朝戸さん目ぇ覚ましましたよ。」

つい先ほど目を覚ました朝戸はいま、身体を温めるために風呂に入っているらしい。
彼の身体に悪いところは得に見受けられないとのことだった。

「そいつは良かった。」
「それにしても偶然が重なりますね。藤木さんは朝戸さんに助けられ、朝戸さんは藤木さんに助けられ。」
「そうですね。」
「どちらも気を失い、助けられる。」
「まぁ。」
「偶然というか…お導きというか、何というか…。」

古田は宿の主人が自分に何らかの疑いを抱いていることを察した。

「必然。」
「え?」
「巡り合わせなんでしょうね。以前接点があったわけでも何でもない。そんな二人がこれですよ。もう必然としか言えない。」
「必然ですか…。」
「ええ。」
「…これが女性だったらどれだけ心が躍るだろうかと思う自分がいます。」
「あ…。」
「冗談です。んなこと言ったら朝戸さんに失礼ですね。」
「いいえ。自分も同じ状況なら藤木さんと同じ思いですよ。」

二人は笑った。

「今日はこれからはどうするんですか。」
「いやぁこの天気でしょ。降り方が尋常じゃない。何もできませんよ。って言うか、ここは大丈夫なんですか。直ぐそこに浅野川がありますが。」

主人はため息をつく。

「2008年にありましてね。そのときウチは水に浸かっちまった。だからそういうこともあるって考えておいてください。」
「そうですか…。」

滝のように落ちる雨音に混じって、微かにカーンカーンと消防車の鐘のような音が外で鳴っているのがわかった。

「まずいですね。ほかの宿に移られてはいかがですか。」
「お代は?」
「一泊分で結構です。」

朝戸は最上殺しの犯人だ。そう見知らぬ男から告げられ、その真偽を確かめるためにここに来た。
しかし今のところ、彼が最上を殺したと決定づける情報は得られていない。むしろここに来て白銀篤という、全く情報の無い人物が登場し、情報が入り組んできた。朝戸をこのまま掘り下げ続けるのは果たして捜査にとって得策なのだろうか。

「どうです。藤木さん。」
「あ、あぁ…。」

東京から仕事でやってきた設定だ。あまりに朝戸に執着するのも彼自身もそうだが、宿の主人にもあらぬ疑いを抱かせてしまう。古田はこの宿から一旦距離を置く事を決めた。
そのときである。けたたましい音と共に古田の携帯が震えた。
自治体からのエリアメールだ。
宿の中にある携帯という携帯が音を出している。

「土砂災害警戒警報…。」

古田がこう呟くと同時に、主人が言った。

「避難場所は近くの小学校です。」
「小学校…。」
「こいつはヤバそうだ。避難するかほかの宿に移るかしてください。何があってもウチは責任とれませんよ。」

グズグズしている暇はないと主人は体よく古田を宿から追い出した。

「困ったな…。」
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オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


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