オーディオドラマ「五の線3」

171 第160話


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「県内は前線の影響で大気の状態が非常に不安定になり金沢市では大雨となっていて、金沢市昭和町では午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。気象台と県は金沢市に土砂災害警戒情報を発表し、土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水に警戒するよう呼びかけています。
金沢地方気象台によりますと、30日の県内は梅雨前線の影響で大気の状態が非常に不安定になっていて、金沢と野々市市では大雨になっています。
金沢市昭和町では、30日午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。
30日午後4時半時までの3時間に降った雨の量は金沢市昭和町で90ミリ、野々市市で50ミリなどと急速に雨量が増えています。
金沢市と野々市市には午後3時40分ごろまでに大雨洪水警報と土砂災害警戒情報が出されています。
県内はこのあとも大気の不安定な状態が続き、31日にかけて1時間に降る雨の量はいずれも多いところで加賀地方で40ミリ、能登地方で30ミリと予想されています。」

スマートフォンで地域のニュースを見ていた相馬はそれを閉じた。
彼は金沢駅の構内にあった。
現在時刻は16時。そろそろ学生たちが帰宅の途につきはじめる時刻であるが、ここの人手はまばらだった。
この大雨により金沢駅発着の電車は全線運転を見合わせているためだ。
相馬はため息をつく。
ふと外に視線を移すと冴木が姿を消したホテルがあった。

「わかった。そのホテルに捜査員を派遣する。」155

岡田はこう相馬に応えたが、それからこのホテルに捜査員らしき人間がやってきた形跡はなかった。
それもそのはず。このホテルに滞在する白人男性を調べて欲しいと片倉に告げて間もなく、彼から返事があった。

「その白人については公安特課は関わらない。冴木についても一旦保留とする。」
「どうしてですか。」
「その白人は防衛省マターとなる。防衛省マターに公安特課は関わらない。」
「防衛省?」
「そうだ。防衛省だ。あいつらのヤマはスルーしろ。」

ホテルの側に一台のステーションワゴンが止まっている。
助手席の男はパソコンの画面の覗き、運転席の男は電話をしている。この大雨にも関わらず彼らはそこから動く気配はない。
数時間前、このホテルから4名の外国人が出てきた。30年落ちのオンボロ車に乗り金沢駅を発ったとき、一台のハッチバックがそれをつけるように走って行った。
そのとき相馬は思った。
同じニオイがすると。
いま目の前にあるステーションワゴン。この車もまた彼に同じ感覚を抱かせていた。

「防衛省か…。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大雨の中、外から激しく窓を叩かれたことに車内の二人は驚きを隠せなかった。

「こんな天気に誰だ。」

助手席の男がわずかに窓を空かした。

「すいませーん。警察ですー。もうちょっと窓開けてもらえますか。傘さしてとるんでもっと開けてもらって大丈夫ですよー。」
「は?警察?」

開けられた助手席の窓から、警察手帳を見せられた。

「お二人ともこんなところで何やっとるんですか?ラジオとかでも言っとるでしょう。大雨警報がでとるんで早めに安全な場所に移動してください。」
「あ、あぁ…ちょっと仕事の打ち合わせしてまして。」
「打ち合わせ?こんな雨の中、車の中で?打ち合わせなら建物の中とかでできるでしょう。いまは安全のためにここから離れてください。」
「もうしばらくしたらお客さんと合流するんです。」
「この天気で?」
「はい。」
「どちらで?」
「ここにお客さんがいらっしゃるんで、そこで考えます。」
「この雨の中、ここに?」

こう言いながら相馬は車の中さっと見回した。
車内には男二人以外、何もない。これから客と落ち合うというのに、鞄のようなものも、書類の類いも車内にはなかった。

「念のため運転免許証お願いします。」

相馬がこう言うと運転席側の男が胸元のポケットに手を突っ込むのを視線で追った。彼の大胸筋上部の張り出しが普通の男と違う。

「お名前は?」
「吉川春樹。」
「キッカワ…。」

写真と彼は同一人物である。
続けて助手席の男のものも確認した。助手席の男は児玉穰二というらしい。児玉は吉川と対照的で身体の線は細かった。

「おふたりともお仕事は。」
「安芸重工という会社に勤めています。いろんな機械の部品を作っています。」
「そうでしたか。」

警報が出されている状況で、この場に留まるのは危険である。その客と合流したら速やかに安全な場所へ移動されたいと言って、相馬はその車から離れようとした。

「テロの兆候は?」
「えっ…。」

唐突な質問に相馬は言葉を失った。

「多分、なにも仕掛けられてないぜ。俺の見た感じな。決め打ちは良くない。」

児玉はそう言うと顎でしゃくる。
その方向を見やると、雨合羽を着た警察官たちの姿があった。彼らは植え込みの中や物陰を丹念に調べている。
さっきから同じところばっかり調べてる。あれは無駄だ。

「何者だ。」
「勘づいてるんだろ。公安特課さんよ。」

相馬は何も言えなかった。この二人も自分の出自を察していたようだった。

「ったく…おたくの指揮系統はどうなってんだ。俺らには干渉するなって話だろうが。」
「何の話ですか。」

児玉はかぶりを振った。

「俺らはあんたらのシマを荒らさない。あんたらも俺らのシマを荒らさないでくれ。」
「だから何の話なんですか。」
「自衛隊情報部。」
「じえいたい?」
「なんだ本当にあんた聞いていないのか。」

相馬はかろうじて自然に頷いた。

「テロを防ぐのはあんたら公安特課の仕事。俺らは俺らでもしもの時に備えている。そういうこと。」
「もしもの時に備える?」
「おい児玉。もういいだろう。」

吉川が遮った。

「相馬とか言ったな。」

吉川は相馬の警察手帳に書かれている名前を把握していたようだ。

「児玉が言ったとおりだ。おたくらとウチらは上で役割分担をしている。今のところその指示が行き届いていなかったってことで見逃してやる。とっととこの場から消えろ。」

こう言い捨てた吉川は助手席の窓を閉めようとした。

「待って。」
「なんだ。」
「いま言ったでしょう。何も仕掛けられていないって。」

吉川は窓の動きを止めた。

「ああ言った。」
「その手の作戦とかに詳しい自衛隊として、他にどういったテロの手段が考えられるか教えてくれませんか。」
「だから相互不干渉だと言っただろう。」
「自分には想像力が欠けています。プロとしての意見を参考にしたいんです。」

吉川が児玉を見ると、彼はやれやれと言って代わりに話し出した。

「テロにおいて爆発物の使用を疑うのは普通のことだ。しかしこれだけ警察が血眼になって探しているのに見つからないなら、そもそもそれが設置されていないと踏んだ方がいい。」
「ではどういった方法が考えられますか。」
「自爆テロ。」
「自爆テロ…。」
「これなら面倒な準備も何もいらない。爆発物を身につけてそのまま対象に突っ込むだけ。どんなに場所でも自分の意思だけでテロができる。」
「自爆テロ…。」

現実しか見ない自衛隊という組織の人間が突きつける分析は、相馬にとってわずかの希望も見いださせない冷徹さを持っていた。

「あんたらの捜査はどこか希望を持っている。だからさっきから同じところを何度も何度も調べている。最悪を想定し切れていない。最悪を想定するなら今のうちにもっとやれることがあるだろう。」
「自爆テロ以外にもいろいろある。毒劇物を散布するというのもあるし、無差別に人を銃か何かで襲撃するってのもある。もちろんその全てを決行するというのも可能性として考えられる。」

吉川が更なる可能性を提示した。

「しかしどうもあんたらの捜査が、その全部を想定したんものであるように見えないんだよ。ここから様子を見る限り。」

相馬はとっさに児玉の手を握った。

「なんだよ。」
「ありがとうございます。プロの意見を聞けて良かった。」
「…。」
「自分は全ての可能性を排除するなと言われました。大変参考になりました。」

素直に感謝の意を示す相馬に二人はまんざらでもない表情を見せた。

「と言うことは、自衛隊はその全ての可能性を想定して、いま準備をしているという理解でよろしいでしょうか。」

この相馬の問いに児玉はゆっくりと頷いて応えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なに?自衛隊と接触した?」

喫煙所で片倉は思わず大きな声を出してしまった。

「なんで…。俺、お前に念押したやろが。防衛省のヤマはスルーしろって。」
「はい。ですが自分なりの判断でテロ防止に全てを注げとも言われています。」
「おいおい …。」
「使えるもは何でも使えとも。」

「お前はそのまま金沢駅周辺におかしな様子がないかどうか探ってくれ。」
「あ、はい。」
「今のところ金沢駅でマルバクのようなものは見つかっていない。となればそれ以外の可能性を当たる必要がある。警備総出であたりの周辺を捜索しとる。お前はお前なりの判断でテロの防止にすべてを注げ。」
「応援は。」
「ない。」
「自分ひとりで何ができるって言うんですか。」
「使えるものは何でも使え。」155

確かに言った。頭をクシャクシャッとかき乱した彼は吸い込んだ煙を大きく吐き出した。

「で。」
「マルバクは設置されていないと、彼らも見立てています。」
「そうか。ほしたら他にどういったものが考えられる。」
「自爆テロ。」
「自爆テロ…。」
「あとはサリンのようなものを散布したり、銃のようなもので無差別殺傷を行ったり、ありとあらゆるものが想定されると。」
「聞きたくないな…。」
「考えたくもありません。」
「しかしそれを想定すると作戦が変わってくる。」
「作戦ですか?」
「ああ。」
「どういった作戦で。」
「それはこちらで考えるもんや。相馬、お前はそこに首突っ込まんでいい。」
「わかりました。」
「しかし…」

こう言って片倉はしばらく黙った。

「班長?」
「あ…あぁ。」
「自分はどうすれば。」
「…んー。」
「いっそ自衛隊情報部と連携してみるってのは。」
「それはできない。話がややっこしくなる。」

即答だった。

「朝戸ですかね。自爆テロがあるとすれば。」
「相馬、お前もそう思うか。」
「はい。」
「その朝戸が最上さんを殺した張本人や。」
「え?」
「さっき椎名が白状した。捜査を攪乱させるためにやったらしい。」
「鍋島能力の実験体が…最上さんを殺害ですか。」
「そうや。」
「パクりま。」
「駄目や。」
「なんで。」
「作戦や。」
「人が殺されてるんですよ。それを見ぬふりですか。」
「作戦やっていっとるやろうが。」
「作戦…。」
「ほうや。作戦についてはお前が口を出すことじゃない。」

しかしと言って片倉は言葉を続ける。

「くそ…ほうなんやって…。全ての可能性を排除せんのやったら、とっととやればいいんやって…。」
「班長?」
「うん?」
「班長何言ってるんですか。」
「あ、あぁ何でも無い独り言や。」

電話を切った相馬はこころに何かモヤモヤとしたものを抱えながら、雨のしぶきに身を隠す吉川と児玉が乗る車の姿を見つめた。

「あんたらの捜査はどこか希望を持っている。だからさっきから同じところを何度も何度も調べている。最悪を想定し切れていない。最悪を想定するなら今のうちにもっとやれることがあるだろう。」

「どこかに希望を持っている…それって希望って言わないんじゃないのか…。」
「ただの願望か…まずいな…。」

きびすを返した相馬はこの場から姿を消した。

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